22.しまったなぁ
何かから逃げるかのように王都まで飛んだ。
パン屋の場所など知らないので、王都のギルドで聞いてみることにした。
『ようこそギルドへ。ご用件をお話しください。』
「おいしいパン屋さんを教えて。」
『検索結果を表示します。』
まるでGoogleのCMのような聞き方をしてしまったが、ギルドの白いロボットが導き出した結果を確認する。
俺はその中から、評価が脅威の星4.3となっているパン屋に的を絞った。
ここからあまり離れてないから、歩いて行くか。
そのパン屋は、どこか北欧風のデザインとなっていた。
日本でありがちな、欲しいパンをお盆に乗せて持っていくタイプではなく、ケーキ屋のようにガラスケースに入っているものを注文するタイプだった。
お店のこだわりなのか、食パンだけで数種類あった。
どれにしようか迷っていると、店員に話しかけられた。
「どのようなパンをお探しでしょうか?」
「ビーフシチューに合うやつがいいですね。」
「それでは、こちらのバゲットがお勧めですよ。」
「どれ?ああ、フランスパンか。」
「はい、こちらのバゲットは、塩味が少なく、ビーフシチューのような味の濃いお料理にも合います。」
「じゃあそのフランスパンください。」
「お待たせいたしました。ご注文バゲットになります。ありがとうございました。」
バゲットとフランスパンの違いって何だろうね?
まあ、美味けりゃなんでもいいや。
さて、まだ風呂入ってるかな?
もう少し時間を潰すか。
そうだな、飲み物も買っておこう。
俺にはわからんが、やっぱり赤ワインなのかな?
『ようこそギルドへ。ご用件をお話しください。』
「酒屋」
『検索結果を表示します』
雑な聞き方だったが、ちゃんと検索結果を出してくれた。
いっぱいあるが、よくわからないので近くの店にしておこう。
検索結果の一番上に表示された酒屋に向かう。
店内に入ると、ソムリエ風のダンディなおじさまがいた。
ワインを見繕うように頼むと、献立と食事をする人の年齢、性別を聞かれた。
年齢はわからないが100年以上生きていそうだな。
なので、年齢不詳だが20代の女性と説明した。
出されたのはフルボトルの赤ワイン、甘み強目のロゼワイン、さわやかな酸味の白のスパークリングワインだった。
そんなの選べないっす。ええい、全部買っちゃえぃ。
ワイン選びに時間を使ってしまった。
これなら完全に風呂を出て、着替えも終わっているだろう。
俺は、パンとワインを抱えて【ヘスペリデスの園】に飛ぶ。
三姉妹の喜ぶ顔を想像しながらび、玄関を開けた。
「お待たせしました。」
スエメ「お帰りー」
テーブルの上には、ビーフシチューが準備されていた。
4人分あることに、ちょっとした感動を覚えた。
3人が振り向いた瞬間、おかしな感覚に襲われた。
足が動かない。
まるで石で固められているようだ。
それがやがて全身に伝わる。
俺の脳には、ある注意書きが蘇った。
【無敵の実】物理攻撃/魔法攻撃/状態異常がすべて無効(※)
(※)効果は最長で6時間継続。
しまった、6時間経過してしまった。
しまったなぁ。
***** メドゥーサ視点 *****
目の前で男が石化していく。
何度も見慣れた光景だが、気持ちの良いものではない。
こんな体になってしまった自分を恨む。
自分に対して危害を加えてくる相手ならまだしも、今回は違った。
半日足らずの付き合いだが、自分を怪物ではなく一人の女性として扱ってくれた。
この男は昼前にやってきた。
私たちに来客など、ギルドから依頼された素材提供の依頼ぐらいしかない。
だいたいは私の顔を見た瞬間に石化してしまうが、こいつは違った。
「あ、すみません、みなさんがあまりにも美しいので、固まってしまいました。」
ステンノが取り乱しているのがおかしかった。
エウリュアレも、口調もいつも通りの物に戻してしまうほど、この男には不思議な魅力があった。
「これ、王都で人気のプリンなんです。お口に合えば幸いです。」
私たちに素材を要求してくる輩には2つのパターンがある。
・武力で奪おうとする者
・金品で買い取ろうとする者
この男は前者ではなかったが、後者でもないだろう。
こんなプリン程度で貴重な素材と交換できわけもない。
じゃあこのプリンが意味するものは何か?
これは私たちとの距離を近づけるために持参したものと思われる。
簡単に言えば、仲良くなりたいという意味合いのものではなかろうか。
私たちはそれを理解し、スプーンがないことも指摘せずに手で食べた。
ちょっと行儀が悪いが、スプーンの事でこの男を傷つけたくなかったのだ。
「実はですね、この世界の『美女図鑑』を作ろうと思ってまして。」
まったく、嘘をつくならもう少しまともな嘘をついて欲しい。
即、ステンノに論破されたが、満更でもないようだ。
我が姉ながら、チョロすぎる。
男は落ち着きなく、部屋の中をキョロキョロと見まわしていた。
散らかっていて恥ずかしい。あまり見ないで欲しいものだ。
ス「気になるかしら?でしたら片付けていいのよ?」
ステンノは男に部屋の片づけを要求した。
これは男に対して素材を渡して良いかの一種のテストだろう。
でも
メ「そのタンスの左上の引き出しは絶対開けちゃだめよ。」
私もチョロい女なのか?
そんなはずがない。きっと。
メ「ピザがいいな。」
私は、昼食にピザを要求した。
別に食べたいものではない。この家にある食材や設備では作れないから要求した。
意地の悪い要求に、姉二人がジト目で私を見てくる。
これでギブアップして、さっさと帰ってくれ。どうもこの男といると調子が狂う。
「ピザをお持ちしました。」
ところがこの男は、ピザを準備してしまったのだ。
諦めて帰ってくれることを期待して注文したのに、今はピザを準備したことに喜んでしまっている。
いかん、やはり調子が狂う。
いつもなら1枚は食べてしまうピザを、2切れしか食べられなかった。
全部こいつのせいだ。
「お食事に満足いただけて光栄です。それでですね、できれば・・・」
素材の要求をしてくるようだ。
渡しても断っても、その瞬間こいつはここから出て行ってしまう。
まだ早い。もう少し見極めてからだ。
離れるのが寂しいからじゃないはずだ。
ス「あら、これから雨になるみたいだわ。」
そういうと、ステンノは私を見て軽くウィンクした。
ちょっと、変な勘違いしないでよ?
ほんと、困った姉だわ。
この土地は、雨は降らないっていうのに。
屋根に使われている板は、以前に一度だけ素材を渡したことがある
不思議な力を持った人間に作らせたものだ。
とても貴重で、簡単には手に入らないものだと言っていた。
これでしばらくは足止めできるだろう。
ステンノ姉、Good Job!
あ、いや、余計なことをしやがって。
男は外で板を修復しようとしていた。
粉々になった板を組み合わせて、元の状態にしようとしている。
そのあと、どうやって固定するんでしょうね?
ただ、パズルを楽しんでいるようにしか見えませんが。
ス『不思議な方よね。』
ステンノ姉がテレパシーで話しかけてきた。
エ『あれ、直す気あるの?遊んでるようにしか見えないけど。』
私たちは、テレパシーで共有する能力を持っている。
いつもは私たちだけだから使わないけどね。
『そのうち諦めて投げだすわよ。さっさとお帰り願いましょう。』
ス『あら、わかりやすい反応ね。』
エ『逆に素直すぎるってば。』
ちょっとなにこの姉二人。
勘違いも甚だしいわ。
ス『でも、狙ってるのはあなただけじゃないですわよ?』
エ『正々堂々と勝負なさい。』
トクン。
鼓動が大きく波打った。
意識しないようと意識しすぎて呼吸すら荒くなる。
誰にも取られたくない。
今まで感じたことがない感情が溢れ出した。
今日は調子が悪い。やっぱり、全部あいつのせいだ。
「屋根、直りましたよ~」
想像より早く、あいつは屋根を直してしまった。
今度はエウリュアレが仕掛ける。
エ「おう、ご苦労ご苦労。疲れただろう、風呂に入っていいぞ。一番風呂に入る権利をやろう。」
この家の風呂を使わなくなってどれ位経つだろう?
扉を開けるのも怖く、誰も開けなかった開かずの扉だ。
そこに向かわせるとはエウリュアレ姉もなかなかの策士だ。
この策士っぷりは、まだまだ止まりません。
悲鳴とも怒声とも取れる声が風呂から聞こえてくるが、きっとあいつなら、ピカピカにして出てくるだろう。
今までの実績から、これは予想ではなく確信だ。
「あの、お風呂ありがとうございます。次の方どうぞ。」
ここで策士が動く。
エ「あんがと。久し振りのお風呂だから、3人で一緒に入っちゃおうか。妹の成長も確認しないとな。」
最初、何が目的の発言か理解できなかったが、あの男の狼狽っぷりを見てわかった。
なんとも古典的な作戦だろうか。単なる色仕掛けだ。
エ「興奮を鎮めるためには、料理なんて作ってみたら?」
再び、料理を作らせて時間稼ぎをする作戦か。
じゃあお昼のピザより難易度高めにしてみようか。
メ「ビーフシチューを作ってくれるだなんて、素敵だわ。」
私がそう言っても、あの男は虚無を見続けるだけだった。
聞いているのかしら?
何も言わず、あの男は飛び出して行ってしまった。
エ「じゃあ、みんなでお風呂に入ろうか?」
え?あなた本気だったの?
宣言通り、3人でお風呂に入る。
こうやって三姉妹で一緒にお風呂に入るのは、何年振りかしら?
何十年?何百年かもね。
お風呂に入って間もなく、家の中に侵入する気配がした。
もう?まだ30分も経ってないわよ?
事前にエウリュアレから仕込まれた芝居を打つことになる。
エ「やっぱりステンノ姉には勝てないな。」
メ「大きさじゃない!形が重要!」
エ「それに感度もな。グヘへ。確認してやろうか?」
ス「エロい顔になってるわよ?」
すぐに男の気配はなくなった。
エ「覗いたりしないのね?意気地なしだわ。」
ス「きっと覗いたら命を奪われると思っているわよ。」
エ「命は奪わないけど、精気はいただくつもりよ?」
メ「せいき!?」
ス「あらやだ、赤くなって、かわいいわね。」
エ「免疫なさすぎだよ。」
私は一人だけ先にお風呂から飛び出した。
これ以上、からかわれる対象になるのは御免だわ。
台所には鍋が一つ置かれていた。
蓋を開けると、デミグラスソースのいい香りが漂う。
お玉ですくってみると
あれ?これって本当にビーフシチュー?
エ「お、ビーフシチューがあるじゃん。先に食べちゃう?」
メ「私まだそんなにおかかすいてないし、あいつが帰ってきてからでもいいんじゃないかな?」
ス「ふふふ。少しだけ待ちましょうか?」
しかし、5分経っても、10分経っても、あいつは戻ってこなかった。
風呂を出るタイミングを計っているのだろうか?
エ「もうだめ、このいい匂いに耐えられない。食べようぜ。」
ス「そうね、お皿に盛りつけたり、準備だけはしておきましょうか。メドゥーサちゃんもそれでいい?」
メ「なんで私に確認するの!?」
ス「だってさっきあなた自分で、まだおなかすいてないって言ってたから。」
メ「あ・・・。」
エ「墓穴掘ったな。」
墓穴でも何でもいい。穴があったら入りたい。
体中が熱いのは、風呂上りのせいだけではないと思う。
エ「ねえ、ビーフシチューってこんな感じだっけ?」
ス「これ、きっとハッシュドビーフね。」
メ「ビーフシチューは、ビーフが入ったシチューなんだから、間違いではないでしょ!」
エ「なんであなたがフォローしてんのよ。」
ス「苦労して手に入れたのでしょうから、ありがたくいただきましょうね。」
エ「ねえ、なんで4皿準備してんの?」
メ「違う!数え間違えただけだって!」
ス「はいはい、ちゃんと4皿準備しますわよ。」
あいつのせいだ。
あいつのせいだ。
二人の姉が変にはやし立てるから、変に意識しちゃってるじゃないか。
あいつのバカ!早く帰ってこい。
「お待たせしました。」
私は反射的に声の方向を振り返る。
満面の笑顔で、パンとワインを抱えているあいつがいた。
しかし、その笑顔は、長くは続かなかった。
見る見るうち足が、銅が、手が、顔が色をなくして行く。
バカ!石化しないって言ってたじゃないか!