泡沫の通学
「バス、発車しまーす」
やる気のない声が前から聞こえてきた後に、体が後ろに引っ張られる。
バスに揺られながら、私は普段通り音楽を聴く。最近流行りだなんだといわれて勧められた曲がイヤホンから軽快に流れてくる。けど、特にこれといってハマっているわけでもなく。
次のバス停までの、単なる暇つぶし。
「バス、止まりまーす」
またやる気のない声。しばらくしてからバスがゆっくり止まった。
開いた乗車口から、いつものようにあの子が乗ってきて、そしていつものように、私の隣に腰かける。
「ごきげんよう」
開口一番、彼女は私に元気よく笑いかける。その笑顔からにじみ出る高貴な雰囲気。いつものこととはいえ、私は少しばかり、気後れしてしまう。
ハッと我に返って、イヤホンを外す。
「おはよう」
それから私も同じように笑顔で答えた。そこでちょうどよく、バスが走り出した。
「今日も暑いですわね」
そう言う彼女の肌は汗一つかいていなくて、雪のように白く、触れるとひんやりとしていそうだ。
当の本人は「病人みたいで嫌」とか言うけど、私は綺麗な肌だと思う。同じ女の子として、羨ましいとも思う。
……なんて、恥ずかしくて口が裂けても言えないから「そうね。今日も暑いわ」と普遍的な返答をした。
そんな世間話を少しだけして、後はお互いに黙り込む。別にそれほど親しくないからとか、そういうわけじゃない。なぜかこの沈黙には妙な安心感があるんだ。
言葉を交わさなくても、傍にいてくれると分かっているからだろうか。この静けさが心地よかったりする。
そう思える友人は彼女一人だけなんだけど。
「……何故でしょう。すごく落ち着きますわ。貴女が隣にいると」
不意に、彼女がそう柔らかく笑った。私は窓の風景から目を離して、彼女を見た。多分私の顔は驚きを隠せていなかったのだろう。クスクスと、彼女が笑った。
「なんでそんなに驚いているのかしら? わたくしは思ったことを口にしただけですのに」
それは、そうだけど……。
モゴモゴと口ごもる私をよそに、彼女はまた、楽しそうに笑う。
「わたくしには、無理に話さなくても傍にいてくれると確信できる友人なんて、貴女以外にはいませんのよ?」
光栄に思いなさい? と、彼女は胸を張る。
私はまた驚かされた。
そう思っているのは私だけかと思っていた。彼女は特に私のことを何とも思っていなくて、私だけが一方的にそういう友人だと認識している。と思っていた。
――私と同じ気分になっているわけがないと、思っていたのに。
「ふふっ」
「……? どうしたのかしら?」
嬉しくて、思わず笑い声が出てしまった。
彼女もまた、私と同じように、私と一緒にいるときの静寂を心地よいものだと思ってくれていた。黙り込んでも裏切らず、ずっと傍にいてくれる友人だと、認識してくれていた。
嗚呼、それは、とてもとても――。
「ええ、光栄に思います」
◇◇◇◇◇
バスが止まる。いつも彼女が降りる場所だ。彼女は立ち上がって、「それでは」と私に微笑む。
「ごきげんよう。また明日、お会いしましょう」
それがお嬢様特有の社交辞令なんかじゃなくて、彼女の本心から言っていることがありありと分かった。
「ええ、また明日」
だから私も彼女に負けないくらいの笑顔で答えた。
彼女が降りて、バスのドアが閉まる。私はまた、イヤホンを耳にはめた。聴き慣れた、さして興味のない軽快な曲。それでも今は、「いい曲だな」なんて思えた。
これを機に、また小説を投稿し始めるかもです。あまり期待せずに待っててくださいね?




