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輪廻の狭間 (『夏のホラー』投稿作品集)

病院の階段に佇む少年

夏のホラー2019応募作品。


暑い夏だった。


 それは今から5年前。当時の私は33歳の会社員だった。 

とある運送業者の営業の仕事をしていた私は、残業続きで忙しい最中さなかに、ちょっとした不注意から軽い骨折をしてしまい入院を余儀なくされたのだった。

きっと日頃の仕事の疲れに暑さが重なって、自分でも気が付かないうちに、限界を迎えてしまったのだと思う。

それで、日差しで焼けた歩道橋の階段を下ってる時に目眩がしたかと思ったらそのまま意識を失い、気が付けば病院のベッドの上だった。

どうやら見ず知らずの他人が、階段から転げ落ちたそんな私を目撃して、救急車を呼んでくれたらしい。

その人はきっと、さぞ驚いた事だろうと思うが、今となってはお礼の仕様もなかったのだった。 

目が覚めた私は、看護師や医者から幾つかの質問をされた。

名前、年齢、住所、職業・・・等々・・・・。

独身の私は、実家を離れて独り暮らしをしていたのだが、その実家との距離は100キロを越えるものだった。

なので、私は自分の容態が大して深刻なものでもないと医者に伝えられると、携帯電話で実家の母にそう伝えて、わざわざ病院まで来なくて良いと言ったのだった。


むしろ、それよりも気掛かりだったのは会社の方だった。

外回りをしていて倒れたのは午後2時半頃だったのだが、病院で目が覚めたのは午後6時半過ぎだったのだ・・・。

当然その間、私はなんの連絡も会社にしてない訳だったので、スマホには、会社からの着信が8件とメールが3件入っていた。

私が会社に電話をすると、どうしたのかと怒られる様に心配されたのだが、事情を説明すると、直ぐに上司が病院に来るという話になったのだった。

内心、私はとても面倒な事になった気がしたのだが、当然断る訳にもいかず「ご面倒をお掛けします。」と言って電話を切ったのだった。

そうして残業を終えた帰りに私の様子を見に来た上司は、2割は私の身を案じていた様だが、さらに2割は今後の仕事の仕方をどうするかを心配していた様だった。そして残りの6割は、この事は『労災』にしない方がお互いの為だと言う話をする為に来たらしかったのだった・・・。

私はつくづく、サラリーマンというものに嫌気がさしそうになったのだったが、自分がこの上司の立場だったとしたら、やはり同じ様な心配をするのかと思わなくもなかったので、途中からは上司の話に半ば同情しながら病室の天井を見上げて居たのだった・・・。


 そんな私が入院したのは、私が住む市内の市立病院だったのだが、私はここで、奇妙な体験をしたのだった。

それは先の事も、ある意味、ほんの儚い一瞬の些細な出来事に過ぎないのだと教えてくれた様な体験だった・・・。



 「酉島とりしまさん。どうですか?痛みは?」

そう私の名前を呼び、質問してきたのは私にリハビリの指導をしてくれてる『水沢』さんという20代後半の女性介護師だった。

「はぁ・・・。」

私は、まるで質問の答えに成ってない受け答えをしてしまっていた。

「はぁ・・・って、なんですか?痛くは無いって事は判りますけど。」

そんな気の抜けた返事を返した私に、水沢さんは優しい笑顔を返してくれた。

「あ・・・いや。」

思わず答えに苦慮する私に「足首の感覚はどうですか?」と、水沢さんはもう一度訊いてきたのだった。

「大分良いですよ。痛みは感じませんし、力も入ります。」

そう答えた私に「そうですね。では、明日からは一人でここまで来れそうですね。」と言ったのだった。

「え?一人で?」

私は今度は困惑した表情と声で聞き返していた。

「はい。杖が有れば、今日から院内なら好きに行動しても大丈夫だと思いますから。明日からのリハビリは、私が病室まで迎えに行かなくても来れますよね?」

そう私に元気を送る様にして話す水沢さんの言葉に、多くの人達なら喜ぶところなのだが・・・。

この時の私は、内心、酷く落胆したのだった・・・。

それは、水沢さんが私の病室まで迎えに来てくれて、そこから二人でゆっくりと歩いてリハビリ・ルームに向かうことは、この時の私にはとても心躍る至福の時であったからだった・・・。

しかし、気付けば私は「そうですか。では、私の足も大分良くなって、退院の日も近いって事で、喜んで良いのですか?」と、心とは裏腹な言を口走ってしまっていた・・・。

「う~ん・・・・退院の予定はまだ立ちませんけど・・・順調に良くなってるのは間違いないですから。」

私の事を気遣って、そう答えてくれた彼女の笑顔は、私にはとても眩しかった。

「そうですか・・・・。」

私は少し沈んだ表情で答えたのだが、それは退院がまだ先だという事が私の気持ちを沈ませたからでは無く、やはり彼女が私を迎えに来てくれなくなったということへの落胆が大きかったからだった・・・。 


 その翌日からだった。

私が少し奇妙な光景を日々見ることになったのは・・・・。


 院内2階にある私の病室からリハビリを行うリハビリ・ルームまでは、廊下を移動した後に階段を上って行くのが近かった。

エレベーターを使うのが楽だったのは確かなのだが、それだと階段を横切った先であったし、何よりもリハビリの為には階段を使った方が良いと思ったからだった。

リハビリ・ルームは3階なので、私の病室の1階上なだけだったのも、私のやる気を丁度良く後押ししてくれていた。

そして何より、私はあの水沢さんに、自分はリハビリを積極的に頑張ってるとアピールしたかったのだった。

私はこの時、少なくとも入院してる期間とその少し後まで、水沢さんに恋心を抱いて居たのだった・・・。

思えばそれは、こんな閉鎖された空間では、私にとっては大きな出来事であった。

つまり私は、この病院に入院してる間に、体は骨折した足の治療をしながら、心は『ナイチンゲール・シンドローム』と言う名の別の病にかかってしまっていたのだった・・・。

しかし、それは仕方の無い事だった・・・・水沢さんは確かに魅力的な女性だったからだ。


それはこの後、退院した後も、私が私のそんな心の病に気が付くまでの半年余りの間は、変わらない思いだったのだから・・・・。


 水沢さんに一人でリハビリ・ルームに来れますねと言われてしまった翌日。

ベッドの横に立て掛けて有る杖を右手で掴みながら、私はベッドから立ち上がった。

そして4人部屋の一番廊下側の自分のベッドから出入り口へと向かい、廊下に出た。

時間は午後2時に少し前。

この日の私のリハビリの時間は午後2時だった。

私は、杖を付きながら自分の足の感覚を確かめる様にしながらゆっくりと廊下を歩く。

すると、直ぐに階段の前へとたどり着いたのだった。

私は左手で備え付けの手摺を掴み、右手で杖を使いながら階段を上り始めたのだった。

痛めた右足首に痛みは感じない。

私は順調に階段を上る。

そうして、2階と3階の間の踊り場にたどり着くと、私は休む事無く続けて階段を上ろうと上を見上げた。

すると、階段を上りきった所。つまりは3階の廊下の床に当たる場所に小さな男の子が座って居るのが見えたのだった。

『院内のこんな場所に座ってるなんて・・・危ないなぁ・・・。』

そう思った私だが、これは子供ならではの行動かと思い直して、特に構わずにそのまま階段を上り続けた。

幸いというのも何だが。男の子は、私が掴まってる手摺とは反対側の壁ぎわに座って居たので、私が階段を上るのに邪魔になることは無かった。

杖と手摺を頼りに階段を上る私が、その男の子の横を通りすぎようとした時、私は改めてその男の子を横目で見た。

男の子は、両手を膝の上に置いて、深くうつ向いていたので、顔は殆ど見えなかったのだが、暗く沈んだ雰囲気だけはとても伝わってきた・・・。

『家族の誰かが、思い病気かなにかだろうか・・・?』

私はそんな勝手な推測をしながら、その場を後にしたのだった。


 その翌日。

私は日課にし始めたばかりのリハビリ・ルームへ向かう階段での移動で、又も昨日の少年を見かけたのだった・・・。

場所も、昨日とほぼ同じ・・・3階の廊下から数段下がった所だった。

『どうも彼は、ここが一人になれる場所と思ってるらしい』

私は自分の中でそんな言葉を思い浮かべて、私なりの彼の分析を言葉にしたのだった。


 それから数日、私は階段に座り込む彼の横を通り過ぎてはリハビリス・ルームへと通い続けた。


 ほんの30分程の心弾む水沢さんとの時間・・・。

私はがそれを堪能し、来た階段を下りて自分の病室に戻る時には、彼の姿は何時も無かった。

奇妙な事にそれは、私のリハビリの時間が毎日違うのにも関わらず続いた・・・。

すると最初は特に気にしてなかった私も、一週間も過ぎた頃にはさすがに彼の存在が気になってきたのだった・・・。


 「何時も私がここに来る途中の階段に座ってる男の子は、入院してる人のご家族か親戚でしょうか?」

私は、リハビリの最中に水沢さんにそう訊いたのだった。

「え?男の子?」

「はい。何時も階段に座ってて・・・前は3階の廊下に近い所に座ってて・・・最近は階段の途中に・・・。」


そうだ・・・・。

そこまで言って、私も思い返して居た。

あの男の子は、最初に見かけた場所よりも少しずつ下に降りて来てないか?・・・・と。

「階段に座る男の子ですか?」

「え?ええ・・・・。私がここに来る、ほらあそこの階段です。」

私はその階段の在る方を指差しながら、まるでそこが見通せてるかの様にリハビリ・ルームの中で振る舞ったのだが。

「私もさっき、酉島さんがここに来る少し前にその階段を上って来ましたけど・・・男の子が座ったりはしてなかったですよ。」と、少しキョトンとした表情で水沢さんは、そう私に言ったので「え?・・・・さっきって・・・何分前ですか?」と、少し驚きながら、私は聞き返してしまっていた。

すると水沢さんは自分の左上の天井を見上げながら「うーん。今日はギリギリに入っちゃったから。実は酉島さんを1分も待たなかったんですよね。」

そう照れた様に言った彼女の顔は、きっと何時も以上に可愛らしかった事だろう・・・。しかし、私はこの時の彼女の顔を後に思い出す事が出来なかった・・・なぜならそれは、記憶する事を忘れてしまって居たからだった・・・・。

それは彼女の言葉の意味する事を思ってである・・・。

『そんな奇妙なすれ違いが、私と水沢さんと、あの男の子の間に起きたというのだろうか・・・。いや、確かに1分弱も違えば、あの子は何処にでも移動出来るのは確かなのだが・・・。』

この時私は、理解しがたい奇妙な胸騒ぎを感じていた・・・。


 それから気付けば、私はリハビリを上の空で終えていた・・・。

そして、何時もの様に病室に戻る階段を前にした時、やはりあの男の子の姿は無かった。

『毎日、リハビリに向かう私を待ってるって事は・・・。』

私は思わず立ち止まって考えて居た。

しかし見知らぬ男の子にそんな事をされる覚えは何処にも無い・・・。

それに・・・。

それに・そんな事になんの意味が・・・いや、たまたま偶然の事なのかも知れないのに・・・。

ああ・・・そうだ。

自分に関係の無い事を、まるで自分に関係が在るかの様に勘違いしてるだけなんだ・・・。

そう結論付けた私は。

「きっと・・・そうに違いない。」と、誰に言うでもなく、3階の廊下から階段を見下ろし、そう呟いたのだった。


 翌日。

ベッドの上で寝転びながら、私はあの男の子の事を考えて居た。

それは『今日もリハビリに向かう途の階段で、あの男の子を見掛けたら・・・。』っと言うものだった。

「何を、ばかばかしい・・・。」

見掛けたら何だと言うのだろう・・・。

「ただ、男の子が階段に座って居る。」

それだけの事だろう・・・・。

しかし。

しかしだった。

どうも得体の知れない恐怖感が自分の中に芽生え始めてる気がしたのだった。

だったら。

私は一つ確かめる事にしたのだった。

それは、リハビリに行く前の時間・・・つまりは今、あの階段を見に行ったとしたら、果たしてあの男の子が座ってるのだろうか?・・・・と言う事だった。

「よし。」

何が『よし』なのか自分でもよく分からなかったが、私は自分を鼓舞する様にそう言うと、右手に杖を握りしめてベッドから立ち上がったのだった。


私がリハビリに行く時間には、まだ2時間は早かった。

もし、あの男の子が前もって私がリハビリに向かう時間を知ってて、それに合わせてあそこに座ってるのだとすれば、今は居ないのではないか?

だから何だと他人に言われれば、どう答えれば良いかは私にも分からない論理だったが、それでもこの時の私は確かめずには居られなかったのだった。 


それなりに人通りがある廊下にでると、例の階段へと向かったのだった。

そして、時おり人とすれ違うにも関わらず、この階段を恐る恐る上っていた私は、2階と3階の間の踊り場から残りの階段を見上げ、立ち止まって居たのだった。

『居ないな・・・。』

これがどういう意味を持つか、全く分からなかったが、取り敢えず胸を撫で下ろした私は、そこから自分の病室へと戻ったのだった。

そして、その後。

いよいよ、リハビリに向かう時間が来たのだった。

「やっぱりまた居たりして。」

私は白昼の不安を払拭する様にして、そんな独り言を呟き、杖を握りしめ立ち上がった。

そうして階段の前に立った私は、思わず身を固めた。

何故なら、あの男の子が、既に階段に座って居たからだった・・・。

それも、以前よりもずっと下に降りてきて居たので、私が階段を上ろうと見上げると直ぐ見えたのだった。


正直、私はゾッとした・・・!


何故、そうなるのかは自分でも分からないがゾッとしたのだ!

『なんで・・・・何時も、このタイミングなんだ・・・!?』

深くうつ向く男の子の顔は、今日も見えない。

これが夜中の病院であったらなら不気味に思うのは無理もないだろう・・・。

しかし、真っ昼間の病院の人通りも時折有る場所で感じるこの不気味さは何だろうか!?

そんな思いが尚、自分が置かれたこの状況をより不気味にさせている様に思えたのだった。

『いっその事、声を掛けてみようか・・・?』

私の中にそんな思いが沸き起こるのは、防御本能からだったろうか?

重い空気を押し退ける様にしながら階段を上り始めた私は、その思いのままに、彼に声を掛けようと口を開こうとした・・・。


しかしだった。


喉が、思うように開かない・・・。

声が出せないのだ!

知らぬ間に、全身には冷たい汗が噴き出していた・・・。

それが何故か分からない・・・!

今の私は極度の緊張の中に有るか!?

自分に備わった本能が何かを感じてるからなのか!?


それをしてはいけないと、心の中の何かが警笛を鳴らし、自らの行動を止めようとしてた様だった。

「ぁ・・・・・か・・・・あ・・・。」

この時、私は私の発する意味不明な声を確かに聞いた。


直後だった。


慌てた様子の一人の女性看護師が目の前の階段を駆け下りて来たのは。

私が気が付いた瞬間。その看護師は3階と2階の踊り場を駆け足で曲がり、手摺の影で階段に座る男の子の直ぐ後ろに迫って居たのだった。

駆け下りる看護師からは、階段に座る男の子は手摺の死角に入ってるので見えない。

瞬間。

私は看護師が階段に座る男の子とぶつかり、二人とも階段から転げ落ちてしまうと思ったのだった!

『あぶない!』

私はそう叫ぼうとした。

しかしこの時の私は声を出す事が出来なかったのだが・・・・。

どちらにしても間に合わなかったろうと思う。

だから、結果としては、きっとあれで良かったのだと、今は思うことにしてる・・・・。

何故なら、階段に座り込む男の子と女性看護師がぶつかるかと思った瞬間、看護師は男の子に見向きもせずに、階段を駆け下りて行ったからだった・・・。


階段に座る男の子をスッと・・・・すり抜けてである・・・。


直後、ずっと俯いたままで階段に座り続けて居た男の子がスッと立ち上がるのを私は見ていた。

初めて見たその男の子の顔を私は忘れられない。

それは、子供とは到底思えない、青白い肌をした無表情な顔だったからだ・・・。


階段を駆け下りる男の子は、私の前を走り去り、彼をすり抜けた看護師を追い掛けて行った。

私は驚き身を固めながらも、目は無意識に『二人』の後を追っていた。

すると、看護師が急ぎ入って行った病室に、徐々に体が透明になり薄れていく男の子がその後を追って同じ病室に入って行くのが見えたのだった。


「オオツキさーん!?オオツキさーん!?聞こえますかー!?オオツキさーん!?・・・・・聞こえますかー!?」

急に騒がしくなった、その病室を遠目に見る私にも、今、中で何が起きてるのかは直ぐに分かった。

誰かが・・・・オオツキ呼ばれてる誰かが、今、命の危機に有るのだと・・・・。


そして、それから数十分後。

そのオオツキと言う人は息を引き取った。


後に訊けば、70歳を超える高齢の男性だったとの事だった。


この日。

私はショックのあまり、入院してから初めてリハビリを休ませてもらった・・・・。



 階段に座り込んで居た男の子が、そのオオツキと言う名の人と、どんな関係にあったのかは、私には知る由もない事だった。


しかし、彼が、その人の死を何かの理由で待っていた事だけは確かだったろうと、私は今も思っている・・・・。



最後まで読んで頂きまして、有難うございました。

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