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楽でワリがいいらしいぞ

 確かにその街は羊の街と言っていいだろう。街の外壁の外側は広大な牧草地になっていて、無数の羊飼いがそこかしこで思い思いに羊に草を食べさせている。他では見ない位の圧倒的な羊の数だ。魔王領域との国境が近いせいで魔族の羊飼いもエルフの羊飼いもどちらも半々くらいで居る。国境近くの街は混血やらが多くなるのはどこでも同じだ。


「てめえ!ぶっ殺すぞ!!」

「なんだとてめえ!」


 物騒ぶっそうな声が聞こえた方へ眼をやると、エルフの羊飼いと魔族の羊飼いが揉めているようだった。


「てめえら魔族は前から気に入らねえんだよぶっ殺してやる!」

「耳が長い癖に聞こえないのかよ。あっち行けってんだ!」

「ごちゃごちゃうるせえ!死んどけ魔族!!」


 エルフの羊飼いはそういうと腰にぶら下げていたなたを抜いて魔族の羊飼いに襲い掛かろうとする。さすがに殺し合いに発展したら止めないわけにはいかない。メリッサに強化魔術をかける。メリッサは心得たものですぐに羊飼いの元へと走っていく。


 メリッサは通常ではありえない速度で駆け寄っていくが、エルフの羊飼いの鉈の方がわずかに早い。魔族の羊飼いの頭に鉈が直撃する直前になんとか俺の()()魔術が完成する。


硬化シルデ・ナフィル


 強化魔術が発動した瞬間、エルフの羊飼いの前進がぴたりと止まる。エルフの羊飼いの全身の皮膚に硬化を掛けた結果である。鉄のように固くなった皮膚のせいで動けなくなったというわけだ。


 弱体魔術は稀にレジストされてしまう事があるが強化魔術はそれがない。師匠やメリッサと色々と試したのだが強化に分類される魔術はどうも本能的に体に良いものと感じてしまうようで、そもそも抵抗しようという感覚が起きないのだ。


「二人ともやめてください!!」


 メリッサが二人の間に割って入る。安心した俺はエルフの羊飼いにかけてあった硬化を解除する。ジェームズを抱いた俺がたどり着いた時にはもう決着はついていた。


「くそっ覚えてやがれ!」


 吐き捨てるようにそういってエルフの羊飼いは去って行った。それを見て安心したのか魔族の羊飼いはため息をひとつつく。


「あざーっす」


 そういって頭を下げた魔族の羊飼いはメリッサをみて驚いた表情を浮かべる。


「あ…… 黒翼の加護……」


 呟く言葉を俺は聞き逃さない。


「あんた黒翼教団の関係者か?」

「ま、まさか…… あんな恐ろしい人たちとは関係ないっす」

「ならなんでメリッサの事を知ってるんだ?」

「魔族の間では黒翼の加護は常識っすから……」


 詳しく話を聞いてみると、メリッサのような魔族は黒翼の加護を受けているというのは魔族社会では常識らしかった。忌み子として生まれた直後にこっそりと殺されてしまう事も多いらしい。メリッサが魔族の居ない遠く離れた街で祖母に育てられていた理由が分かった気がする。


「だから、街に入るなら角は隠した方がいいと思うっす」

「そういうものなのか?」

「そうっすね。とりあえずこの帽子でもかぶってくださいっす」


 そういうと羊飼いは自分がかぶっていた羊毛で編んだ帽子をメリッサに手渡す。


「いいんですか?」

「助けてもらったお礼っす」

「でも、貰う訳にはいきませんから自分で買ったら返しに行きますね」

「そうっすか、なら羊飼いのトニーと言えばわかるはずっす」


 街に入って最初にやることはいつも同じだ。いつものように冒険者向けの宿を探す。商人用の宿はうまやや馬車を預かる施設などがあったりして設備が充実しているが宿賃が高い。冒険者向けの宿は設備が質素しっそでその分安いという特徴がある。


 俺たちはなかなかいい感じの宿を見つける事ができた。部屋に入る前にみた一階の食堂には羊料理のメニューがずらりと並んで居たしこれは期待できそうだ。


「まずは、帽子を買いにいくか」

「そうですね。それにギルドに報告もしておかないといけませんね」

「俺たちといると狙われる可能性があるからな。できればジェームズの事もギルドに頼めると良いんだが」

「わたしたちと居るより安全でしょうしね」


 街の大通りへ出ると沢山の露店がでている。そろそろ夕方に近付いてきている時間帯なので扱うものによっては店じまいをはじめている商人もちらほらといる。やはり羊関連の物が多く羊肉の燻製や羊毛製品に始まり果てには羊の骨で作ったゲーム用のこままでそろっていた。


 メリッサの帽子はすぐ見つかった。メリッサは大量の羊毛で編んだ帽子の前でいろいろと悩んでいたようだ。最終的にピンク白の縞模様のものと水色と白の縞模様のものとで悩んでいるようだった。


「スコットさんはどっちがいいと思いますか?」

「いや、俺が選ぶってものじゃないだろ?どっちでもいいんじゃないのか?」

「いえ!これは重要な選択なんです!どっちが似合うと思いますか?」


 俺は適当にピンクを選びかけて思いとどまる。メリッサがこれだけ真剣に聞いているのだ。何か俺の分からない重要な要素があるのかもしれない。じっくりと考えて俺は選ぶ。


「どちらも良いと思うが、どっちかと言えば水色のほうじゃないかな?」


 メリッサはにっこり笑うと「やっぱりそう思いますよね」といって会計を済ませた。結局どこがそんなに大問題だったのかよくわからなかったがメリッサが満足してるようなのでこれでよいのだろう。


 メリッサは建物の陰で早速買ったばかりの帽子に交換してきた。角は上手く隠れているし水色がメリッサの髪色によく似あっているように見える。


「よく似合ってるな」

「ほんとうですか?えへへ」



 メリッサは嬉しそうに喜んでいる。こういう時には褒めておくのが鉄板である。だが、本当は変なのに褒めるとあとから数倍になった怒りにその身を焼き尽くされることになる。おっさんは人生経験豊富だ。間違えるわけがない。


「美味しそうな匂いがします」

「あ、これ前に食べたことあるん。羊のお肉の料理なん」

「ほう。それは珍しいな食べてみるか」


 匂いのする方へ歩いていくと屋台はすぐに見つかった。その屋台で売っている羊料理は俺たちが今までみたことのないものだった。


 料理人は薄く切った羊肉を鉄串にさしながら無数に重ねていき一つの大きな串刺し肉のように形作っていく。巨大な串刺し肉を縦につるして回転させながら炭火で焼き上げていく。そうして焼けた部分から刀のような大きな包丁でそぎ落として食べる料理だった。


「これは初めてみたな」

「わたしも初めてです。美味しそうですね」


 俺たちの会話を聞いた料理人が声をかけてきた。


「これは魔族の料理でドネルケバブっていうんだ。安くしとくぜ、ぜひ食べて行ってくれ」

「そうだな三人前貰おうか」

「そう来なくっちゃな。ちょっとまっておくれ」


 そういうと慣れた手つきで肉をそぎ落とし、切れ目を入れたパンに野菜と一緒に挟んでいく。本当に安くしてくれたようで赤字じゃないのかと心配になるような金額で提供してくれた。機会があればまた食べに来てやることにしよう。


「ヤバっ……これ本当に美味しいですね」

「本当だな。こんなに美味いとは思ってなかった」

「でしょ?この料理最高なん!」


 なぜか得意げに自慢するジェームス少年。俺もメリッサもあっという間に食べてしまう。機会があればまた買うとか言っていたがあれは嘘だ。即座におかわりを注文する俺とメリッサ。名物料理はダメなものも多いが土地の人が毎日食べているような料理は本当にハズレ無しだ。おかわりのドネルケバブを食べながらギルドへと向かって歩き始める。



 ギルドへやってきた俺たちはジェームズの両親の墓の位置と死亡状況を報告する。各国の役所への届け出などはギルドが処理してくれる。この制度が導入されてから客死(かくし)した場合に家族に連絡の届く率が上がったらしい。失踪しっそう扱いで何年も待ち続ける家族が減ったのは良い事だ。


 書類の処理が終わるのを待つ間に俺とメリッサはクエスト掲示板を確認しにいく。何か楽に稼げそうな仕事があればいいんだけどな。


「お!これなんか良いんじゃないのか?メリッサひと稼ぎしてきてくれよ」

「どれですか? えっと、ギャラ飲み・女性募集・金貨五枚? スコットさん、ギャラ飲みってなんですか?」

「ああ、要するにお金はあるけど寂しいおじさんにお酌をする仕事だな。楽でワリがいいらしいぞ」


 殴られた。またグーで。師匠と旅してからメリッサが師匠に似てきている気がする。あんな筋肉バカエルフみたいになってもらっては困る。


「バカじゃないんですか!!」

「でも、こういう仕事なら俺はジェームズの世話していられるし。いいと思ったんだよ」


 この手の依頼を冒険者ギルドに出している時点で真っ当な仕事なんだけどな。エロい目的なら娼婦に依頼を出せばいいわけだし。彼らは酒を飲みながら冒険譚ぼうけんたんを聞きたいだけなのだ。自分の知らない世界や魔物の話を聞きたがる金持ちは多いのだ。どうせ聞くならオッサンよりは女から聞きたいからな。いい仕事だと思ったのだが他のを探すしかないか。


 ジェームズを一人にしておくことは出来ないから、子連れでも出来る仕事って言うとかなり厳選する必要があるな。そして一つの依頼をみつけた。


 俺が指さした依頼をみてメリッサも目を丸くする。そのカードにはこう書かれていた。


――幸運の七色羊探し。報酬金貨三枚 依頼人:羊飼いトニー


「これって、あのトニーさんですよね?」

「だろうな。これ受けてみるか?」

初投稿作品です。


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