うわああああああああん
「スコットさん……」
メリッサも血に気づいたのだろう、小声で俺に注意を促してくる。見た目十歳から十二歳位の少年に見えるが、犬耳族はエルフと同様に見た目では正確な年齢が分からない。実際には二十歳を超えていて俺たちの荷物を狙っている野党という事もあり得るのだ。
「分かっている。念のため強化魔術をかけておくぞ」
俺は返事をしながら練っておいた魔力で強化魔術を発動させる。身体能力を強化する強化だ。
――あと百歩ほど
しかし、その心配は必要ないかもしれない。目前まで近づいた時に犬耳族の少年が持っているのが同じく乾いた血のこびりついたぬいぐるみで、そのうえ少年は泣きながら歩いていたからだ。手の込んだ仕込みである可能性もまだ残っているから気は抜けないが、メリッサはすぐに少年に駆け寄っていく。
「君、大丈夫?どうしてこんなところを一人で歩いてるの?」
犬耳族の少年はメリッサの問いかけられたことで、初めてそこに人が居たという事に気づいたようだった。俺は念のためまだ警戒を解いていない
「うわああああああああん」
堰を切ったように大声で泣き始める少年。さすがにもう警戒する必要はないだろう。メリッサはどうしていいのかわからずおろおろするばかりだ、俺も駆け寄って話しかける。
「もう、大丈夫だ。泣く必要はないぞ」
「そうそう、わたしもスコットさんもついてるから大丈夫だよ」
なんとか落ち着かせて事情を聞き出すのに半時ほどかかってしまったが、どうやら両親との旅の途中で野盗に襲われてしまったらしい。それで一人で歩いていたというのだ。この出血だと絶望的かもしれないが両親どちらかでも生きている可能性はあるかもしれない。
「急ぎましょう」
「そうだな」
強化魔術は解除せずそのまま俺は犬耳族の少年を抱き上げメリッサと共に走りだす。しばらくいくと野盗が現れたという場所はすぐに分かった。そこには犬耳族の死体が二つ転がっていた。
野党の連中は何のためらいもなく二人を殺したようで二人とも一突きに命を奪われていた。子供には見せられないのであらぬ方向を向かせては居るが、ほとんど意味はないだろう。
まだ近くに野党が潜んでいる可能性を考えてメリッサに周囲を警戒してもらう。俺は簡単だが穴を掘り墓を作る。突然の事で深く掘ることは出来ないが、せめて動物達に荒らされない程度には掘ることで供養する。
「終わったぞ」
「じゃあ、みんなでお参りしましょうか」
犬耳族の少年も合わせて三人で黙とうをささげる。簡単ではあるが旅の途中にあっては最大限の事ができたはずだ。後でギルドに報告するため位置情報を記録する。こうしておけばこの少年が将来両親の墓を建てようと思い立った時に調べることができるし、旅行中に埋葬した倍の所定の手続きでもある。
「これで一通りは終わったな」
メリッサは少年に話しかけていた。こんなところに放っておくわけにもいかないし、色々と聞き出す必要があるだろう。
「ねえきみ、お名前は?」
「ジェームス……」
「どこかに身寄りはある?」
「ベランメにボクのおじいちゃんたちがすんでるん」
ベランメというのは魔王領域で二番目の都市だ。俺たちが向かっている首都バーロに向かう途中で立ち寄る街でもある。
「じゃあベランメまで連れて行くか」
「そうですね」
連れて行くのは問題が無いのだが、一つだけ懸念すべきことがある。
「問題は、暗殺者どもが現れるかもしれないってことか……」
「そうですね。巻き込んじゃうかもしれません」
「ま、なんとかなるだろ。最悪ギルドに任せればいい」
「できれば送って行ってあげたいですけど……」
次の街でギルドにかけあって暇な冒険者に護衛を依頼してもいいのだ。子供を無事に親類の所まで届ける程度のクエストなら大した金はかからないだろう。
野営の準備をして食事を食べるころには、ジェームス少年もだんだんと元気を取り戻してきていた。幼くして両親を無くすなんて事は特に珍しい事ではない。俺もそうだしメリッサもそうだ。明日の昼すぎまでには次の街へたどり着けるはずだし、今日は残っている食材をふんだんに使った料理を作った。とは言え野営中だし大したものは作れないのだが。
「遠慮せずに食えよ。食べないと元気が出ないぞ」
「はい。ありがとうございますん」
そして、また三人黙々と食事を続ける。どうしても話題が少なくて沈黙が支配する時間が長くなってしまうのだ。
「あ、そういえばスコットさん。夜はどうするんですか?流石に今襲われるのはまずいですよね」
「うーん、テントに入った後でテントそのものに硬化を掛けておけば大丈夫だろ」
「そんなので大丈夫なんですか?」
「下手な宿屋よりは侵入できないはずだ。解除するまで俺たちも外へ出られなくなるがな」
今までも夜間はそうしてきたし、それはメリッサも分かっているはずだ。しかしあえてこんな話を出してきたのは重い空気に耐えかねての事だろう。おれも合わせて返事するが話はすぐに途切れてしまう。
「で、次の街はどんなところなんだろうな?」
「わたしはいった事が無いのでわかりません」
俺がふった話題も全くふくらまずに終わってしまう。俺もメリッサも行ったことが無いのだから仕方ないが、もう少しなにか気の利いた返事は無かったものか。次の話題を探そうとしているとジェームズが口を開いた。
「ボクそのまち通ってきたん。羊が沢山いる町なん」
「へえ、羊が沢山いるんだ?」
「うん、おねえちゃんみたいな角生えてたよ」
俺も話に参加する。
「じゃあ毛織物とかが盛んな街なのか?羊料理も出るんだろうし楽しみになってきたな」
「ですね。わたしもお肉は楽しみです」
そのあとコーヒーを飲みながら少し話をしたのだがジェームスは十二歳という事だった。犬耳族はその名の通り犬にそっくりな耳と尻尾を持つ種族で部族によって耳や尻尾の毛並みに特徴がある。
体の大きさも部族によって違っていてジェームスくらいの年でも見上げるほど大きい部族や、俺より年上なのに子供にしか見えない部族もいる。そのせいで犬耳族の年齢は分かりづらいのだがジェームズは普通に成長する部族のようだ。
メリッサが水浴びから戻ってきたので俺はテント全体に硬化を掛ける。ちょっとした煉瓦作りの建物より頑丈な状態になる。
「これすごい!テントかちなちなん」
ジェームズは初めて見る付与魔術に興味津々なようで、触ったり叩いたりしていたがやはり精神的に参っていたようですぐにすうすうと寝息を立てて寝てしまった。その寝顔をみているとなんとか無事に送り届けてやりたいという気持ちが湧き上がってくるのだった。
初投稿作品です。
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