種族差なんて障害にならないって言ってくれたじゃないですか!
俺は露天市場で旅に必要なものを買い足していく。保存食に日用品等……
アクセサリーを扱う店で銀製の指輪をいくつか買うが、これは着飾るためではない。露天市場を歩きながら簡単な付与魔術をリングにむけて発動する。
着火に浄水、それに発光。魔術に応じて指輪に文字が刻まれていく。火打箱などに比べてかさばらないのが便利なのだ。
買い物を終えた俺は冒険者ギルドへと向かう。パーティーの離脱手続きを行うためだ。不正を防止する意味で、リーダーからの報告と本人からの離脱届の提出、その両方が義務付けられている。
「スコットさん……、本当に離脱したんですね。仲のいいパーティーだと思ってたんですけど……」
「ああ、俺ももうすぐ三十五だしな。すこし早いが引退しようかと思ったんだ」
顔なじみのギルド職員が残念そうに言いながら手続きを進めているが、パーティーの不仲を宣伝する必要もない。
「そうだったんですか。引退できるほど蓄えができるなんて羨ましい限りですね。……それではこれで手続きは完了です」
「では、これで手続きは完了です」
ギルド職員はそう言いながらハンコをぽんっとついて決済箱に書類を入れる。蓄えなんてないどころかローンが残ってるんだが……。けどまあ装備やらを売り払えば一年や二年は遊んで暮らせるんじゃないかな。
王都でやるべきことは全て終えた。早めの昼食を取ったら、故郷へ帰るとしよう。
――王都を出て一か月
急ぐ必要もないない気楽な道中だ。ゆっくりと物見遊山を楽しみながら旅を続けていた。
有名な地底湖に浮かぶ都市は、発光コケの光をキラキラと反射する水晶の街並みと湖面の美しさが最高だった。万病に効くという温泉地では一週間も入浴を楽しんだ。稀に見る当たり年だというワインの名産地で飲んだワインも良かった。
これらの場所はどこも冒険者として仕事で訪れたことはあった。しかし、これまでは通り過ぎるだけでゆっくりと楽しむということはなかった。冒険者時代には見えなかったものや、気にも留めなかったもののすべてが新鮮でとても楽しい。今はもうパーティーを離脱してよかったとしか思えなくなっていた。
観光にはお金がかかるし、うまい飯も同様だ。ちょっと使い過ぎた上に腹も少し出て来た気もするが、長く冒険者として休みなく働いてきたのだ。
このくらいの贅沢は許されるだろう。多分……
そして、陽が傾き始めたころに街道の脇で昼食の準備をしていると、「ぴゃあああああああああああっ」というすこし間の抜けた叫び声が聞こえてきた。
街道に戻って声のした方をみると、二百歩ほど先の森から魔族の少女が大量のゴブリンを引き連れて飛び出してきた。いつ追いつかれてもおかしくないほどの距離にしかない。
俺は即座に魔力を高めゴブリンの群れに向かって魔術を放つ。
「重力!」
動きを制限する弱体魔術の効果で、ゴブリンたちの動きが緩慢になる。ゴブリン程度では俺の弱体魔術に抵抗するなんて絶対に不可能だ。逃げている少女に向かって叫ぶ。
「早くこっちにこい!」
少女が俺の所にたどり着いた時、ゴブリンの群れはまだ先ほどの位置にいる。よく見ると少女は黒く色揚げされた赤銅の腕輪をしていた。つまり、Cランクの冒険者という事だ。強化魔術をかけてやれば二人でも殲滅できるはずだ。
強化魔術を俺自身と少女にかける。効果が発動すると、彼女も効果を感じたのだろう目を見開いて俺をみる。
「よし、強化魔術をかけた。ゴブリンどもを倒すぞ」
そういって笑いかけると俺はゴブリンに向かって走り出していく。彼女も俺のあとをついてくる。
もともと、Cランクの冒険者であればゴブリン程度、数匹まとめても楽に勝てる相手だ。彼女はもちろん、俺も不得手とはいえCランク程度には剣を使える。強化魔術もしっかりと効果を発揮しているし、動きの鈍くなったゴブリンたちを殲滅するのに時間はかからなかった。
「ふう……、どうやら片付いたな」
「助けて頂いてありがとうございました。私の名前はメリッサ・ハルトマン。見ての通り魔族です」
「俺はスコット・クラークだ」
落ち着いてよく見ると、確かに頭から羊ような形の、黒くて小さな角が渦を巻くように生えていているし背中に小さな羽もある。
魔族らしい夜明け間際の空のような深い紺の髪はさらさらと綺麗で、同じ色の瞳も美しい。十五、六歳の少女、いや美少女だった。
「大量のゴブリンに追われてるのを、ほおって置けないだろ」
「でも、魔族ですよ? 私の姿を見ただけで逃げる人も多いのに」
俺は左腕にはめているSランク冒険者の証である、虹色に輝く腕輪を指さす。
「同じ冒険者同士だからな。魔族がどうとか関係ない」
「本当にありがとうございました、この御恩は……」
「その前に、これを片付けないとな」
メリッサの言葉を遮り大量に転がっているゴブリンの死体を指さす。こんなものが転がっていては馬車は通れないし、旅人たちも迷惑する。
街道に転がっているゴブリンの死骸を片付け終わった時にはもう陽も落ちようとしていた。
倒すことより後片付けのほうが労力がかかる。これでもかけ続けた強化魔術のおかげで早く終わったほうだ。
次の村まで行くことは諦め、街道脇の広場で野宿する準備をする。よく利用されているのだろう。ところどころに焚火の跡が残っている。
逃げているうちになくしてしまったらしく、メリッサは野宿に必要な持っていなかった。
ため息をひとつついて、予備のマグカップにスープを注ぎメリッサに渡してやる。
「ありがとうございます……。あの……えっと……」
「どうした?」
「さっきのって付与魔術ですよね?」
「っ!! 知っているのか?」
これには驚いた。初対面で付与魔術を知っているというのは初めてのことだった。
「見たのははじめてですけど、そういう魔術があるということはお婆ちゃんが話してました」
「ふうん、なるほどな。しかし、魔族で冒険者っていうのは珍しいな」
「ええ。ちょっと思うところがありまして、冒険者になりました」
メリッサの瞳に一瞬だが仄暗いものが宿っていたのを見逃さなかった。話題を変える様にメリッサは胸の前でパンと手を叩きながら言う。
「そんなことより、私と家族になってくれませんか?」
「はあ? なに言ってんだ?」
メリッサの予想外のセリフに俺はつい間抜けな返事をしてしまった。ついメリッサの大きすぎず小さすぎず形の良い胸につい視線がいってしまう。
「だから、家族になってほしいんです」
「そういうのは惚れた男に言えよ」
いい年をしたおっさんは小娘の誘惑になど負けないのである。きっぱりと断る。
「えっ? 惚れた男??」
メリッサは少しだけぽかんとしていたが、すぐにいたずらっぽい表情を浮かべる。
「おじさんやらしーんだ……そういう意味でとるのかあ。なるほどねえ……」
「ほかにどういう意味があるんだよ」
「パーティーを組んでほしいってことだよ。寝食を共にして一緒に行動し助け合う。家族みたいなもんじゃない?」
メリッサの言葉に俺の心はチクリと痛む。やめてくれもう忘れたはずなのに。
「家族なんかじゃない! 結局は金だけのつながりなんだよ!」
俺の怒鳴り声にメリッサはびくっとして「ごめんなさい……」という。
「俺のほうこそすまない。だが、パーティーは組めない」
「そうですか……。無理言ってすみません。やっぱり魔族の上にCランクの小娘なんていやですよね」
「そうじゃないんだ。冒険者なら魔族だろうが神族だろうが獣人だろうが差別はしない」
「じゃあ――」
「俺はもう引退しようと決めてるんだ。だから誰ともパーティーを組むつもりはない」
俺はメリッサにテントを譲り焚火の番を続ける。徹夜になるが全く問題がない強化魔術もあるしクエスト中は二、三日眠れない事もざらにある。
日が昇り、朝食を済ませると手早く荷造りをする。手馴れたものであっという間だ。
「荷物もなしじゃ不安だろう。次の街までは一緒に行ってやる」
メリッサにそういうと俺は歩きはじめた。自分の言ったことに五分とかからず後悔することになる。
「ねえ、やっぱり家族になってくださいよー」
「もう断っただろ」
「お試しで良いんですけど」
「無理だって!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!」
「だから無理!!」
「さきっちょだけ!」
「パーティーのさきっちょってなんだよ!!」
俺とメリッサは村に到着する昼すぎまで、似たようなやりとりをもう延々と続ける。何度となく強化魔術でスピードアップして逃げ出そうかと思ったがそれはできない、一度言ったことを撤回することはできない。
やっと村が見えて来た時の安堵感は冒険者人生の中でも一、二を争うものだった。
メリッサはこのまま諦めてはくれそうにないので、俺は一計を案じることにした。
「宿をとるぞ」
そういってメリッサを連れて村で一番大きな宿屋へ向かう。主要な街道沿いの村だから規模の割りには宿泊施設が充実している村だ。
「すまない俺とこいつで風呂付の部屋を二部屋たのむ」
宿屋のおやじにそういうと、ダブルの部屋もありますぜ。そっちの方が色々と良いでしょう? と下品な笑みを見せる。
「いや、二部屋でいい」
そういって俺は二部屋分の宿賃を払う。
「私の分も払ってくれるんですか? ありがとうございます」
俺にも覚えがあるが、駆け出しのころは風呂付の部屋なんて滅多に泊まれない。メリッサも同じなのだろうぱあっと表情を輝かせている。
「じゃあ、後で一緒に晩飯を食おう」
そう言って俺は自分の部屋へ向かう。メリッサも自分の部屋へと入って行ったし、しばらく風呂に夢中になるだろう。俺は音をたてないように注意しながら宿屋の受付に戻り、鍵を返して宿を引き払う。
そのあとは最大出力の強化魔術をかけてすたこらさっさと逃げ出すだけった。さらばメリッサ!立派な冒険者になるんだぞ。
――メリッサを撒いてからもう三日、ラクカーンの街についた俺は宿を取るべく大通りをのんびりと歩いていた。
「いつの間にか居なくなるなんて!でも、やっと見つけました!」
どこからか現れたメリッサは、俺に向かってズビシッと指さしながらそう言った。
「スコットさんお願いします! 私と一緒に家族を作ってください!」
「もう何度も断っただろ」
「(パーティーを組むのに)種族差なんて障害にならないって言ってくれたじゃないですか!」
「それとこれとは話が別だ」
「あの日スコットさんのテントの中で決めたんです。一生この人についていこうって!」
「しらん! 勝手に決めるな!」
俺とメリッサがやりあう声を聞いた街の人たちが足を止め集まってくる。いつの間にか俺たちの周りに人だかりができている。
「あんなにやさしく(救助)してくれたのに」
「それ(人助け)は当然だろ」
「私、(強化魔術をかけてもらったのは)初めてだったんです。あの衝撃が忘れられないんです」
「だが断る!!」
俺はもう冒険者を引退すると決めてるんだ。断固として断る。
「一人じゃ不安なんです……」
「そういわれてもな、何度も言うが断るほかない」
立ち去ろうとする俺のマントの裾をつかんだメリッサが「後生ですから……」と消え入りそうな声でいう。
見物人の中からなぜか「痴話げんからしい」とか「おっさんが少女をだましたみたい」とか「あんなに若い子を手籠めにするなんて」などと聞こえてくる。
メリッサを振り払い立ち去ろうとするが、見物人たちに阻まれてしまう。
「おっさん、男らしくないぜ。自分がやったことだろ? 責任とってやれよ」
見物人の一人の声に、周りの連中もそうだそうだと騒ぎ始めた。騒ぎを聞きつけてやってきていたらしい衛兵までもが「このおっさん冤罪で連行してやろうか」などと物騒な事を言っている。解せぬ。
どうやら俺がパーティーを組んでやらないとこの騒ぎは終わりそうにない。天を仰いで言葉を絞り出す。
「わかった……、ゆっくり話し合おうじゃないか」
それは事実上の敗北宣言だった。
初投稿作品です。
一区切りつくまでは毎日更新頑張りたいと思っています。
よろしくお願いします。