おっさんではないか!
エルフたちの首都ロリヤンは俺の想像をはるかに超えた場所だった。遠くから見たときは森の中にひっそりと王城があるだけにみえていた。しかし森に入ると木々の間に簡素な建物が立ち並び、自然の地形をそのままに活かした街の作りになっている。
自然の森をそのまま街にしているせいで、どこになにがあるのかが非常に分かりにくい。道も石畳などの舗装されてなく独特な風景を生み出している。俺たちを先導している師匠は時折道を尋ねながらも殆ど迷わずに進んでいく。
進むほどに人がまばらになっていき代わりに警備が厳重になっていく。だんだんと神域とやらに近付いているのだろう何度かエルフ兵に止められる事もあったが師匠が何かいうと問題なく通してもらえた。
そして大きなキノコを模した不思議な建物の前についた。俺たちに待つように言うと師匠は一人で中に入っていく。しばらく待っていると師匠が出てきて俺たちにも入ってくるよう手招きをする。
「おっさんではないか!どういうことなのだ!」
二十歳くらいに見えるエルフの女性は興奮気味にそう言った。
「そりゃあスコットは人間だからね。三十五にもなれば立派なおっさんさね」
「ナーシャの息子だっていうから、そりゃあさぞかし可愛かろうと期待してたのだ」
「息子は息子でも孤児だったのを引き取っただけだからねえ」
「それを早くいうのだ!」
師匠の事をナーシャと愛称で呼ぶこのエルフの女性が師匠の母親でアリサだと名乗った。同時に師匠が心当たりと言っていたエルフの治癒術師でもあった。
「ナーシャの旦那かと思ってうっかり呪殺するところだったのだ」
「うっかりでは殺されたくないな」
「そんなこと言うなら、もう診てやらんのだ!」
「すみません。診てくださいよろしくお願いします」
今確信した確かに師匠の血族だ。こんな面倒くさい性格の人そう多くは居ない。へそを曲げてもう診てやらないとか言い出されると非常に面倒なことになる。ここは出来るだけ下手に出ておくのにかぎる。
「他らならぬナーシャの頼みだし診てやるのだ。こっちへきて横になるのだ」
師匠とメリッサは部屋の外で待つといって出て行った。残された俺は処置台へと導かれて横になる。特に服などを脱ぐ必要はないようで、アリサは俺に向かって手をかざすと何やら魔術を使い始める。
「ふむ。良くこれで生きていたのだ。いつ死んでもおかしくない状態なのだ」
「なっ……どういうことだ?」
「毒にやられたと聞いていたが、毒がそのまま体内にのこってるのだ」
「そんなことがあるのか?」
「何度も何度も上書きされた毒消しの魔術が凝り固まって毒を封じたカプセルのようになっているのだ」
「もし毒が漏れだしたら……?」
「あっという間に死んでしまうのだ」
状況の説明が終わると、アリサはその毒を魔術のカプセルごと取り出すといって呪文を唱え始める。詠唱を伴う魔術を使っているということは想像以上に大変な作業なのだろう。アリサの額にみるみるうちに玉のような汗がにじんでくる。
左胸にアリサの指が吸い込まれるように入っていくが痛みは一切ない。ごそごそと体内をかき回し何かをつかんだかと思うと指を引き抜く。不思議な事にアリサの指にはべっとりと血がついているが、俺の体には傷ひとつついていない。
「もうちょっとで心の臓に届くとろだったのだ。あと一週間も放置してれば死んでいたのだ」
そう言って脇に置いた皿にころんと真珠のような球を転がす。
「これが凝り固まった魔力の結晶なのだ。こんなのはアリサも初めてみたのだ」
真珠のような球はキラキラと光を放っていたが、体外に出たことで役目を終えて蒸発するように消えてしまった。後には毒だと思われる黒々とした液体だけが残った。
「感謝するのだな。お主のことを助けたい強い気持ちが奇跡を起こしたのだ」
「ああ…… 感謝してるさ」
まだこれで終わりという訳には行かない。肝心の事を聞く。
「それで、俺は魔術をまた使える様になるのか?」
「他人の魔力が体内にあったせいで魔力の流れが乱れてただけなのだ。三日もすれば魔力ももどるのだ」
その言葉を聞いた瞬間心の中で澱のように積もっていたものが全て出ていくように感じた。早くメリッサと師匠に治ったことを伝えないとな。俺はすぐに部屋を出て待っているメリッサと師匠の元へと向かう。
「すぐにまた魔術が使える様になるらしい」
「本当ですか!よかったあ」
「よかったなスコット!べらんめえ!!」
メリッサは何度も何度もよかったと繰り返しながら涙をぽろぽろとこぼしながら泣いている。いい年をしたおっさんの俺が若い娘をこんなに心配させてるなんて情けない。キャラのおかしくなった師匠まで涙ぐんでいた。師匠の涙をみたのは初めてかもしれない。
「もう心配は要らないのだ。どうだナーシャ!お母さんはすごいだろう!!」
「そうさね。助かったよ母さん」
片付けていたのか遅れて出て来たアリサも会話にくわわる。
メリッサと師匠。本当に二人ともに心配させてしまった。俺も泣きそうになるがおっさんに涙は似合わない。ぐっとこらえて二人に礼をいう。
「メリッサが何度もかけてくれた解毒魔術のおかげだ。ありがとうな」
「師匠も心配させてすまなかった。ダメな弟子ですまん」
俺は深々と頭をさげる。頭を上げたときには師匠はもうケロッといつもの様子に戻っていた。
「スコット!謝った以上は今夜の食事はおごりで文句はないね」
「えっ……スコットさんがおごってくれるんですか?」
「もちろんアリサもごちそうになるのだ」
「ぐぅ。仕方ない今日だけだからな」
師匠の両親にことわってからエルフの街へと足を延ばす。俺もそうだがメリッサもエルフの国は初めてらしく目につくものすべて新鮮で興味を惹かれる。
「あれはなんでしょう?」
「ああ、あれは大道芸人の連中さね」
「ちょっとみていくか?なかなかおもしろそうだ」
大道芸人たちは見た事のある出し物もあれば見た事の無いものもある。よくいる似顔絵描きからバナナのたたき売り、果てには何やら体の柔らかさを見せる気持ちの悪いおっさんまでいる。その中でも異彩を放っていたのは蛇使いの見世物だった。
「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。こちらのお人は当代きっての蛇使い」
助手が口上をのべると蛇使いは籠を開ける。中から出て来た大きな蛇が鎌首をもたげて威嚇をしている。
「この蛇は南国の密林に住んでいる猛毒の蛇だ!こいつにかかれば巨大な象もひとたまりもないって物騒な蛇だよ!」
蛇使いが笛を吹くと、その音楽に合わせて蛇がゆらゆらと体をくねらせる。
「ところがどっこいこの通り!蛇使いの笛にかかりゃあ体をうねうねくねくね躍らせちまうってわけさあ」
魔術が使われているような様子はないしどうやって蛇をあやつっているんだ。音に秘密があるんだろうか。
「すごいですね」
「んだな」
「蛇使いなんて懐かしいねえ」
「前にも見たことがあるんですか?」
「そりゃそうさね。蛇使いはエルフ伝統の大道芸だからね」
毒蛇は蛇使いの笛のあやつるままに次々と芸を見せる。どういう仕組みなのかタネがさっぱりわからない。
「どうやって操ってるのか分かるか?」
「あたしにはさっぱりだよ」
「ふふん!アリサはしっているのだ。あの音楽のリズムで蛇の感覚を麻痺させているのだ」
「なるほどです。アリサさんって物知りですね」
素直に感心するメリッサにどや顔を見せるアリサ。その様子は師匠にそっくりでやはり血は争えないものだ。どうやら蛇使いの見世物は一通り終わったらしく助手が籠を片手に見物人の間を回る。良いものを見せてもらったお礼に、周りに」倣って銅貨を数枚投げ入れる。
大道芸人を一通り堪能した俺たちは少し早めの夕食を取るためにアリサおすすめの店へと向かった。ロリヤンでも一、二を争う料理店というだけあって出てくる料理は驚くほど美味かったが、値段もまた驚くほど高かった。
持ち合わせの足りなかった俺は、メリッサに建て替えてもらいギルドでお金を下すという恥ずかしい事になるのだった。
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