俺はガサツで礼儀も知らない冒険者なんでな
詳しい話を聞いたところ、どうやらその高貴なお方とやらは俺たちと直接会って話をしたいそうだ。どう考えても面倒な事しにかならないのは想像に難くない。ここは断る以外の選択肢はないだろう。
「言い忘れておりました。各地から取り寄せた素晴らしい料理をご用意しております」
「行く行く!」
俺が断るより早く師匠が返事をしてしまう。こうなった師匠はもう梃子でも動かない。事前に調査をしているのだろう執事風の男は満足そうにしている。
やはり事前に徹底的に調査されていたようで、俺達にピッタリ合ったサイズの礼服が用意されていた。俺の礼服は男のものとしては一般的なもので、これ一枚あればどこにでも出て行けるだろう燕尾服である。メリッサは大きく肩をだした黒いカクテルドレスに、同じ黒のレースのロンググローブをはめて現れた。藍色の髪とあっていてよく似合っていてつい見惚れてしまう。
「よく似合ってるな。そうやってるとお姫様みたいだぞ」
何を照れているのかメリッサは頬を桜色に染めて俯いてしまう。そして、師匠の方は白のイブニングドレスだった。いつものようにツインテールにしたエルフらしい色素の薄い金髪によく似合っていて十人いれば十人が美幼女だと認めるだろう。ただし、口を閉じていればだが。
「あたしにはなにも言わないのかい?」
「師匠もほんと似合ってるぞ。喋ると台無しだが」
帰りはそれなりに遅くなるだろう。一応帯剣して準備をしているとメリッサと師匠も武器を持ってきて俺に渡す。確かにドレスで帯剣はできないからな。鞄に入れて持っていくことにした。いくら浮遊島の治安が良いとはいっても夜間に丸腰で歩き回れる程ではない。
案内された部屋には大きなダイニングテーブルが置かれていて言われた通り食事の準備がされていた。俺たちがテーブルに着き待っていると小剣を下げた男をつれてでっぷりと肥えた男が現れた。礼儀として俺たちは席を立って頭を下げる。ややあってでっぷりと太った男は俺たちに言った。
「苦しゅうない。表を上げて席に着くがよい」
高貴なお方とか言っていたが確かに偉そうでいけ好かない男だった。
「その方らがスコット・クラークとメリッサ・ハルトマンか」
「そういう事になるな」
俺の返答を聞いて傍に控えていた男は「無礼な」とつぶやき剣に手を掛けようとする。
「よい。許す」
でっぷりと太った男は手で制すると、
「今日、その方らはここへは来ていないし。余とも会ってはおらぬ。よいな」
この会合は秘密にするということのようだ。俺たちのようなただの冒険者を呼びつけていったい何の用事があるというのだ。
「名前も知らぬ相手をなんて呼べばいいんだ?」
「余の事はそうだな。気軽に陛下とでも呼ぶとよい」
このおっさん身分を隠す気は無いのだろうか。まあどんな話にしろ聞くだけ聞いてあとは断るだけだ。来てしまった以上は食事を楽しむほかない。
最初に軽く食前酒と小料理が運ばれてくる。土の中にできるという貴重なキノコをふんだんに掛けたイノシシの肉を柔らかく煮たものだった。食前酒は杏から作った果実酒で甘さはあるが甘すぎない上品な味だ。
「そなたらに来てもらったのはほかでもない。そなたら騎士として余に仕えて――」
なんだ思ってたよりつまらない用事だ。これが何かクエストの依頼であれば一応話を聞く必要もあるだろうが、仕官なんぞするつもりは毛頭ない。もはや話を聞く価値は無くなった。
「この料理美味しいですね」
「だな。固いイノシシの肉をこんなに柔らかく仕上げるなんてな」
「この果実酒の甘味と肉の野性味がなんとも言えない美味ささね」
「本当ですね。このお酒飲みやすくて私でも飲めます」
続いて巨大なエビが運ばれてくる。このエビは大陸南方の海でごく少数だけ獲れるという希少なエビだ。獲れる数が少ないうえこんなところまで運ぶためには冷却魔法をかけ続ける必要もある。そんなエビを贅沢に大きく切ってソースに絡めてある。エビの殻から出る出汁を利用したスープも絶品だった。エビの殻からこんなに濃厚な出汁が出るとは知らなかった。
「そなたらのウバースでの活躍は宝石商の――」
「俺の分のエビまで食おうとするなよ」
「誰のおかげでそこまで育ったと思ってんだい!親孝行だと思って諦めな」
「それとこれとは話が違う。このエビは渡せないな!」
「アナスタシアさん。そんなに好きなら私の分のエビ食べますか?」
「馬鹿弟子とは違ってメリッサちゃんは良い子だねえ」
陛下が何やらヒフキドリの話をしている。話を吹き込んだのはあの宝石商の店主か…… 一瞬の隙にメリッサの分のエビを片付け終わった師匠にエビを取られてしまった。まだ食うのかよ。
「そこは魔王領域にも近い領地でな、そなたらならば魔族の民にも人の民にも受け入れられ――」
「いくらアナスタシアさん相手でも、このお肉だけは譲れません!」
「くっメリッサの皿を狙ってたのはフェイントかよ!だが甘い!!」
「残念だったねメリッサちゃんこれが本当のフェイントさね!!」
「ああっ!ひどい私のお肉がああああ」
メリッサの皿を狙うと見せかけて俺の皿が本命かと思いきや、やはりメリッサの肉を奪う流石に師匠のテクニックは凄いと感心する。俺はメリッサの肉が師匠を引き付けている間に自分の肉を食べ終わることに成功した。メリッサの肉という尊い犠牲は忘れない。
「ええい、話を聞かぬか!!この礼儀も知らぬ冒険者どもが!!!」
俺たち三人の手が止まるなかなかの剣幕だ。さすがは国を動かす王なだけの事はあると変な所で感心してしまう。
「おぬしら余の話を聞いておるのか!!」
「まあ、一応はな。要するに俺を貴族に取り立ててくれるって話だろ?」
「うむ。冒険者のようなつまらぬことをしておるより良いであろう」
冒険者のようなつまらぬことか。対価を受け取るとはいえ人助けを続ける冒険者のどこがつまらないというのか。
「まあ陛下の言う通り、俺はガサツで礼儀も知らない冒険者なんでな。そんなガラにもない事断らせてもらうよ」
「な……なんたる!!余は今まで欲しいものは全て手に入れて来た。その方の事も必ず手に入れてみせるぞ」
そういうとまだまだ料理は運ばれてきているというのに陛下は席を立って奥へと戻ってしまった。もったいないことだ。陛下の分まで俺たちが食べてやるしかないな。
最後に出て来たお菓子は街で食べ比べていたものと同じだった。しかし、使っている小麦粉からして違っているらしく同じお菓子だと思えない程上品な味だった。これを超えるものは街中では見つけられないだろう。明日からの楽しみを奪われたようで残念だ。
「もう一度よくお考え下さい。良い返事をおまちしております」
見送ってくれた執事が、そういってお土産までもたせてくれたのはありがたいことだ。しかし、考え直すまでもなく断る事は決まっている。貴族なんてものは結局のところ、自分勝手な理由で戦争を始めては庶民に代償を払わせるだけの存在だ。そして何より気楽な旅暮らしの方が性に合っている。
宿へ帰る途中で人気のない場所に差し掛かったその時、どこからともなく片腕の暗殺者が現れた。見間違う事などないあの時の暗殺者だ。一人でも最悪だったというのに、今回は一人ではない。既に七人の同じような装束を来た暗殺者達に取り囲まれていた。
「今回は決して逃げられんぞ。覚悟してもらおう」
抑揚のない冷たい声で暗殺者はそういうと、残っている左手で刀を抜く。それを合図に周りの七人も一斉に刀を抜き放つ。一糸乱れぬ揃った動きから暗殺者達の腕前がとんでもないものだということが分かる。
「うちの弟子が世話になったらしいね。たっぷりと礼をさせてもうから覚悟するんだね」
師匠は大身鑓を構えてそう言い放つ。俺とメリッサも武器を抜く。夜も遅いからと念のために各自武器を持っていて正解だった。
「師匠、できれば殺さずに捕まえたい」
「こいつら大したもんだよ。手加減できるか分からないがやってみるさね」
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