ほんとに来るのかなあ?
「ほんとに来るのかなあ?」
「来るかもしれんし、来ないかもしれん。警戒はしておいたほうがいいだろう」
「なにそれ。全然答えになってない」
「そう言われてもな。グレッグを暗殺した連中の考えなんて分からんよ」
「じゃなくて!スコットさんの予想を聞きたいんだよ」
「予想か…… 多分来ないと思うぞ。わざわざ俺たちを狙う理由がないしな」
「邪魔された恨みとかは?」
「あくまで予想だが、感情で動くような連中じゃないと思うんだよな」
ウバースの街を出て四日。俺とメリッサの話題はもっぱらこれである。街を出る日に衛兵隊長から王都へ移送されていたグレッグが道中暗殺されたと聞かされた。今のところは特に何もなく順調な旅ができているが警戒を怠るわけにはいかない。
国境を越えてしばらく進んだ頃、そろそろ今日の寝床になりそうな場所を探している時だった。
「ねえ、スコットさん。あそこに煙でてるよ」
「ああ、猟師の山小屋でもあるんだろうか?」
「行って泊めてもらう?」
「聞くだけ聞いてみるか。ダメでも薪くらいは分けてくれるだろう」
煙をたどっていくと、そこは山小屋ではなく地図にも載っていないような小さな集落だった。メリッサは藍色の髪を弾ませながら近くの家へと駆けよっていく。
「すみませーん!誰かいますかー?」
メリッサの呼び声を聞いて家から出て来たのは、六十代も後半であろうお爺さんだった。
「これは珍しい。旅のお人か」
「はい!そうなんです。できれば一晩止めてほしいなあって」
「大したおもてなしは出来ませぬが、それでよければ歓迎させていただくのじゃ」
「すまない。本当に助かる」
お礼をいって俺とメリッサは家に入れてもらう。家の中はろくに調度品もなく、貧しいものだったが綺麗に手入れされている様子だった。俺とメリッサを案内してくれた後お爺さんは表へ出ていった。暫くしてお爺さんは畑から抜いてきたのだろうラディッシュをいくつか持って帰ってきた。
「このピルスクに人が来るなんてないもんで、おもてなしの準備もできていなくてすみませんのじゃ」
「ピルスクというのは初めて聞くな」
「見ての通りの小さな集落じゃし、若者たちはみな行商中ですじゃ。残っているのは老人ばかりじゃ」
「なるほどな」
お爺さんはラディッシュをお婆さんに手渡すとテーブルについた。俺たちがたずねて来た時には既に食事中だったのだろう、パンと食べかけのスープが置かれている。
「食事中だったものですみませんな。先にいただかせてもらいますのじゃ」
「こちらこそ食事中に突然すまなかった。気にせず食べてくれ」
「では遠慮なく」
後で調理場を貸してもらおうと思いお爺さんの食事が終わるのを待っていると、
「お待たせしました。召し上がってください」
そういってお婆さんは俺とメリッサにスープを出してくれる。お爺さんとお婆さんが食べている具のほとんど入っていないスープとは違い、ラディッシュと干し肉がたっぷりとくわえられていた。老夫婦の好意に感謝しながらいただくことにする。
「すまない」
「御馳走になります」
俺とメリッサはありがたくスープとパンをいただく。明日の朝出る時にこのお礼をしないとな……お礼と言ってもお金を渡すくらいしかできないのだが。
「若者たちは行商に出ているといっていたが、なにを商っているんだ?」
「集落で作ってる薬ですじゃ」
「なるほど薬か」
「秋の収穫がおわったら、春の種まきまで行商にでる。そうやって生活してますのじゃ」
「どんな薬を作ってるんだ?」
「秋に山で取れるキノコから作る薬でこの集落の自慢のしなですのじゃ」
そういうとお爺さんは家の奥へ入っていき、戻ってきたときには薬を手に持っていた。
「これですじゃ」
「なにに効くんだ?」
「怪我・病気・腹痛・風邪なんにでもよく効きますのじゃ」
「ほう」
それから爺さんはその薬について色々と教えてくれた上に、旅をするなら持って行けと薬を持たせてくれた。
息子さんの部屋を貸してくれたばかりか。風呂まで用意してくれて久しぶりにさっぱりすることができた。
「なあ、メリッサ」
「うん?」
「ここの爺さんたち良い人だったな」
「うん、すっごくいい人!」
「さっきの薬の話なんだが」
「あげちゃっていいと思うよ?」
「だよな」
「うん」
翌朝、旅立つ前に老夫婦にお礼として銀貨に加えて漬物石を渡す。薬を作るために例のキノコを上手く発酵させる方法を伝えることも怠らない。これで少しはこの村の暮らしも楽になってくれるといいのだが。
ピルスクから二週間ほど旅をして、俺たちはもうすぐトサルフというところまで来ていた。だんだんと陽が落ちてきているが故郷がもう近いのでつい歩を進めてしまう。メリッサは野宿できそうな場所を探しているのかきょろきょろとしながら歩いている。
「確かもう少し先に、寝るのにちょうどいい場所があったはずだ」
「なんだか嬉しそうだね」
「明日の昼前にはトサルフに着けそうだからな」
「スコットさんの師匠が住んでるんですよね?どんな人なんですか?」
「名前はアナスタシアっていうんだが……どんな人かは会えばわかるさ」
「楽しみです」
メリッサは楽しみだという言葉とは裏腹に少し寂しそうな表情を見せていた。パーティーを組むのはトサルフにたどり着くまでという約束を思い出したのだろう。最初は本気でトサルフに着いたら解散するつもりだった。しかし、今ではメリッサとの旅を楽しんでいる俺がいる。もう少しこのままでも良いかなと思っているのが正直な気持ちだとメリッサに言いかけたときそいつは現れた。
俺とメリッサの前に黒ずくめの東方の衣装に身を包んだ男が立っていた。だらりと下げた右手には短めの刀が握られていて、その刃はじっとりと濡れている。間違いなく毒だ。
「無事に行かせてくれる気は無いようだな」
「無理ですね。個人的な恨みはありませんが仕事ですので」
「グレッグを暗殺したのもあんたか?」
「なんの話かわかりませんね。あなた達二人を斬る。ただそれだけです」
言い終わる前に襲い掛かってくる。ギリギリのところでショートソードで刃を止める。強化魔法をかけていなければ、間違いなく一太刀で首を斬り落とされていただろう。
そこへメリッサが斬りかかってくる。俺ごと斬り殺す勢いだがこのくらいでないと、返り討ちにあってしまう。それほどの手練れだ。暗殺者は俺を蹴って、その反動でメリッサの攻撃をかわして距離を取る。
想像以上の強さだ。なんとかうまく弱体しないと二人とも簡単に殺されてしまうだろう。
「元気のいいお嬢さんだ。急がなくても順番に殺してあげますから」
今しかない。魔力を練って最大出力の弱体魔術を発動する。
「重力!!」
が、しかし効果は発動しない。ブラッドドラゴンでもレジストできなかった弱体魔術をレジストした?!
「フンッ!なにやら不思議な魔術を使うと聞いていましたがこの程度ですか」
「ヤァッ!」
一瞬の隙を見逃さずメリッサが斬りかかる。暗殺者は攻撃を綺麗に受け流し反撃する。メリッサは飛びのいてその攻撃を避ける。メリッサと暗殺者は互角の戦いを繰り広げている。弱体魔術はかからないが、ならば。
「メリッサ強化魔法を上書きするぞ!」
叫ぶと同時に、最大出力の強化魔術をメリッサに掛ける。効果時間は一分ほどしか持たないが十分だろう。
強化魔法を受けたメリッサは放たれる矢のように暗殺者に向かって飛び出す。暗殺者もまたメリッサに向かって走る。
ぱっと二人の体がすれ違ったかとおもうと、ごとりと音を立てて刀を握ったままの暗殺者の右腕が地面に転がった。
「私としたことが…… 今日のところは半分で帰りますか」
ボンという音と共に辺りは煙に包まれ、煙の晴れたときには腕だけを残して暗殺者は消えていた。
「スコットさん大丈夫ですか?」
そういって近づいてくるメリッサに、俺は返事をすることができなかった。痛みに目をやると小さなナイフが左腕に深々と刺さっている。手当をしないとと思うが既に体は思うように動かない。
「スコットさん!スコットさん!!!」
メリッサが呼ぶ声も遠くなり。俺は意識を手放した。