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パーティーをクビになったおっさんは、魔族少女と世界を巡る  作者: 内藤 京
第一章 おっさんは、故郷を目指す
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最後なのはスコット。お前だけだよ

 王都ゴ・ジョーカを離れて二日、リンシーンにほど近い森の入り口まで俺たちのパーティーは来ていた。鬱葱うっそうと生い茂る森には霧が立ち込めていて静まり返っていて不気味な雰囲気を醸し出している。


 本来、四日以上かかるはずの距離を二日でたどり着けたのも強化魔術のおかげだ。俺は無言で効果時間延長の為メンバー全員の強化魔術を上書きする。ごっそりと魔力を持っていかれるが、仲間の安全には変えられない。


 パーティーメンバーはいつもの通り、リーダーで勇者のキリアンに女戦士のパメラ。賢者トッドと女司祭プリーステスのジュディス。それに付与術師エンチャンターである俺の五人である。最初キリアンと二人で始めたパーティーだったが、このメンバーでSランクに昇格してからもう何年たっただろう? 頼りになる仲間達だ。


「無事でいてくれるといいんだが」


「スコット、心配することはないだろう。Cランクの連中も一緒に居るんだ、うまくやり過ごして隠れてるだろう」


 俺のつぶやきにキリアンがそう答える。俺たちの受けているクエストは二つ。CからEランクの冒険者による部隊の捜索とブラッド・ドラゴンの討伐だ。


 ことの起こりは一週間ほど前にさかのぼる。リンシーン村にほど近い場所に現れたオークの群れを討伐するためにCからEランクの冒険者が派遣されたのが予定時刻を過ぎても戻ってこない。


 不審に思ったギルド職員が様子を見に行くと、森へと降りていくブラッド・ドラゴンを見たのだった。村に戻ったギルド職員は高速魔術通信で王都のギルド本部へと連絡、その日たまたま街にいたSランクである俺たちのパーティーにクエストが発行されたのだった。


「森が静かすぎる。どうやらブラッド・ドラゴンが現れたって言うのは本当のようね」


 パメラのいうようにブラッド・ドラゴンのような強大な捕食者が現れると、森の生き物たちはどこかへ隠れたり逃げだしたりしてしまう事が多い。村のほうに現れたオークの集団と言うのもドラゴンから逃げていたのかもしれない。


「まずはドラゴン退治だな。そうしないと駆け出し共を探す探索魔術を使えない」


 トッドがいつもと同じ苦虫を噛み潰したような表情で提案する。ブラッド・ドラゴンというのは本来ならSランクといえども単独パーティーで倒せるような相手ではないし、実際にギルドからも無理に戦闘せず村の護衛をしつつ応援が到着するのを待つようにと助言されている。


「早く倒せれば、もしけが人がいても私の回復魔術で治せる確率が高くなります」


「なにより、単独で倒したほうが報酬独占できておいしいわ」


 ジュディスの発言にパメラが答える。どうやら単独で挑むことに異論のあるものは居ないようだ。俺も早く駆け出し共をたすけてやりたかった。


「できるだけ静かにいこう。ブラッド・ドラゴンなら正面から戦っても勝てない相手じゃないが、不意打ちできるに越したことはない」


 俺の言葉に全員がうなずき森へと向かって歩き始める。


 森に入ってしばらくすると、すっと手を挙げたトッドに全員が注目する。どうやらブラッド・ドラゴンが発する魔力の流れを見つけたらしい。トッドの指し示す方向を目指して音をたてないように注意しながら進んでいく。


 森の中を数時間は進んだだろうか。途中何度も迂回する必要があって時間が掛かってしまったが、俺たちは洞穴の奥で眠っているブラッド・ドラゴンを発見することができた。最近住み着いたということから巣立ちしたばかりの若い個体かと思っていたが、目の前で眠っているそれは十分に成熟した個体だった。その巨体はちょっとした小屋ほどもある。


 キリアンがハンドサインを使って全員に支持をだす。俺たちだけでなんとかなると判断したのだ。俺は前衛のキリアンとパメラが飛び出す瞬間に間に合うように弱体魔術を用意する。視線で合図するとキリアンとパメラはドラゴンに向かって駆け寄っていく。


 弱体魔術が発動した瞬間ブラッド・ドラゴンは眠りを解き攻撃態勢に入ろうとするが、その動きは本来のスピードでは絶対にありえないような緩慢としたものになっている。今はうまく弱体魔術が効いているようだが、ドラゴンという種族は魔術耐性が高いことでも有名だから油断はできない。魔力を更に込めて弱体魔術を維持し続ける。


 飛び掛かったキリアンとパメラの剣先がやすやすとブラッド・ドラゴンの体に傷をつける。一瞬、体の傷を気にするような動きを見せたブラッド・ドラゴンの隙をついて、トッドの放った魔術がドラゴンの眼を焼く。視力を失ったブラッド・ドラゴンにもう勝ち目はない。そこからは単なる作業のように討伐するだけだ。


「ふう、大したことなかったな」


 高値で取引されるドラゴン素材を回収し、剣に付いている血をぬぐい鞘におさめながらキリアンがつぶやくと、「そうね。早く村へ行って風呂に入りたいわ」とパメラが答えた。


「その前に駆け出し共を探して助け出してやらないとな」


 俺の言葉より早くトッドは探索魔術を発動し終わっていたようで、来た方向とは別のほうへすたすたと歩き出していた。


 ほどなくして、全員無事とはいかないものの過半数のメンバーを見つけ出すことができた。ろくに水や食料もなく隠れ続けていたせいで、自分では歩けないほど衰弱しているものもいた。


 俺は残っていた魔力で出力を抑えた強化魔術を救出した冒険者たち全員にかける。やはり強化魔術を体験するのは初めてなのだろう。口々に言う。


「うおっ、なんだこれ? 体が急に軽くなったぞ」


「もう歩けないと思ってたが、村まで余裕で走って帰れるわ!」


「つか、強化魔術ってなんや? そんな魔術聞いたこと自体ないんやが?」


 まあ、聞いたことがないのも仕方ないだろう……。俺も自分と先生以外の付与術師エンチャンターを見たことないもんな。初めて見るって人の方が多いだろう。


 そこからは、特に危険な事もなく村に帰り着くことができた。村に戻ると村人たちの歓迎をうけ感謝される。感謝されるのは悪い気分ではないが俺は好きではない。仕事をこなしているだけだし……。そこのお婆ちゃん達、ホント拝むのは勘弁してください。


 村で一泊した後、特に急ぐ理由もなかったがのんびり観光するつもりもない俺たちは、強化魔術をかけやはり二日でゴ・ジョーカへ帰ってきた。


 早速クエスト報酬を受け取るために冒険者ギルドへ向かう。金額が金額なので村の支部では支払い不可能だったのだ。ギルドの窓口で報酬を受け取り、ついでにブラッド・ドラゴンの素材を買い取ってもらう。素早くたおしたおかげで傷が少なく、通常よりかなり高値で買い取ってもらうことができた。


 キリアンがずっしりと重そうな金貨の詰まった袋をみんなに見せる。今回の稼ぎは全部で金貨三十枚ほどになった。素晴らしい成果だといえる。


 なにせ、贅沢さえしなければ金貨二枚もあれば四人家族が一か月は楽に暮らせるのだから。


 とはいえ、一流の冒険者ともなれば装備だなんだと色々と金のかかるのも事実である。俺の場合、装備ローンの返済や飲代のツケもあるから幾らも残らないだろう。来年くらいからは老後の資金の積み立ても始めたい。稼いでも稼いでも暮らしは楽にはならないのだ。


 食堂を兼ねている宿屋に戻ると早速、仲間たちとクエスト成功の祝杯をあげる。冒険者になって以来何度繰り返してきたか分からない恒例行事だが、なんどやっても今が人生で最高だと思える瞬間である。


 十六の時に勇者適正を持っているキリアンと二人で旅をはじめ、必死でランクを上げ仲間を増やしていった。今ではパーティーメンバー全員が家族のようなものだ。そんな仲間達と勝利を祝う瞬間が最高以外のものであるはずがない。


 しかし、今日は何か雰囲気が少し違っていた。いつもは上機嫌で街の噂を話しているパメラは落ち着かない様子で黙っているし、自分は一滴も飲まないがニコニコとしているジュディスが俯いてスープの入ったカップを飲むわけでもなく見つめている。いつもと同じく苦虫を噛み潰したような難しい顔をしているトッド……


 場を盛り上げようと冗談を言ってみたりするが、どうも全員様子がおかしい。そう思っているとキリアンが小袋にわけた報酬をメンバーに配りはじめた。他のメンバー全員に報酬を配ったあと、


「これが最後の分け前だ」


 キリアンはそういうと、俺にクエストの報酬を渡してきた。


「えっ? 解散でもするのか? 二人で始めたパーティーなのに相談くらいしてくれても……」


「最後なのはスコット。お前だけだよ」


 俺の質問に冷たい口調で答えたのは、パーティー最年長のトッドだった。考え直してもらえるよう頼もうとしたが、メンバーたちの表情を見てすべてを理解する。


 どうやら家族のように思っていたのは本当の家族を知らない俺だけだったようだ。心の中で音を立てて何かが崩れ行くような感覚があった。


 もはや遠慮もなくなり、俺に対する不満が口々に並べ立てられていく。大部分は役に立ってないのに分け前を持っていくのが許せない。というような内容のものだ。


 しかし、そんなことはもうどうでもよくなっていた俺は、席を立つと部屋に向かい荷造りをはじめる。


 戦災孤児だった俺に、住むところと食事を与えてくれただけでなく、独り立ちして生きて行けるようにと付与魔術まで教えてくれた師匠の言っていた言葉を思い出す。


 ――付与魔術は強化と弱体の効果が体感しづらいから上手に使うんだよ。理解できないものは価値も分からないからね。


 確かに師匠の言う通りだった。メンバーは誰一人として付与魔術の価値を認めてはくれなかった。せめて付与術師エンチャンターというものが多く居れば理解されるのだろうが、十九年も冒険者として各地を転々としていて師匠以外の付与術師エンチャンターに出会ったことがないほどの稀有な職種だ。


 ――たまに付与魔術を使わずに効果を体感させるくらいでちょうどいい。


 家族同然のメンバーたちを苦しめたくなかったから、そんなことはできなかった。その結果として俺たちのパーティーはどんなにキツい任務でも大きな怪我をすることもなくこなすことができた。俺の行動は間違っていたのだろうか……


 ――そうやって価値をアピールしておかないと役立たずだと思われちまうよ。


 師匠から受けた恩に少しでも報いるため送金するついでにやり取りしていた手紙でも、何度も忠告されたことだった。そのたびに俺は、そんなことはない。家族同然だからわかってくれていると返事をしていたが、何のことはない師匠の言うとおりになってしまった。


 荷物をまとめ終わるころ、ふと気づくといつの間にかキリアンが部屋の中に立っていた。


「本当にすまないと思っている……、罪滅ぼしにこれも貰ってくれ」


 キリアンが差し出したのは先ほど渡されたのと同じ小袋だった。中にはキリアンの取り分である金貨が入っているのだろう。十九年間共に生死を共にしてきた事の清算が金貨数枚だと思うと受け取る気にはなれない。


「やはり受けとってはもらえないか……」


 まとめ終わった荷物を担ぐと、さっさと手続きをすませ宿屋を出る。ここに居てもお互いに嫌な思いをするだけだし、王城を挟んで街の反対側にある宿へ向かって移動する。


 冒険者ギルドから遠くなるためこちら側は商人や旅人が多く、冒険者が宿をとることはほとんどない。混雑する季節ではなかったこともあり日暮れ直前に着いたにも関わらず、一軒目の宿屋で運よく空き部屋を見つけることができた。


 狭い部屋に案内されると、着替える気力もなくなってしまい倒れこむようにベッドに入りそのまま眠った。


「おっ、起きて来たかい。昨日に比べて大分顔色が良くなったな」


 宿屋の主人が他の客のテーブルに朝食を届けて厨房へ戻る途中に、そう声をかけて来た。


「そんなにひどい顔をしてたか?」


「そりゃあもう。うちのカカアの着替えでも見ちまったんじゃないかってほど真っ青な顔してて、心配してたんだよ」


「心配させたみたいですまなかった。朝食をもらいたいのだが何か軽く用意してもらえるかな」


「知ってるとは思うが、宿賃とは別料金になるがそれは問題ないね?」


 俺が軽くうなずくと、宿の主人はまいどありと言い残して厨房へと向かっていった。ほどなくして目玉焼きと薄切りのハム、それに薄く切ったライ麦パンを乗せた皿をもって戻ってきた。


「はいよ、ごゆっくり」


 それだけ言うと、宿の主人は厨房へと帰って行った。


 人間というのは不思議なもので、こんな朝でも腹は減るし食事をしていると落ち込んでいた気分も上向いてくる。やっぱりキリアンの差し出した金貨を受け取っておけばよかったな、と思える位の余裕は取り戻した。


 とりあえず行くあてもないことだし、十年以上見ていない師匠の顔を見に行こう。厨房にいるはずの宿の主人に向かって声をかける。


「清算を頼む!」

できるだけ毎日更新頑張りたいと思います。

よろしくお願いします。

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