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※残酷描写があります。お気をつけください。



『こんにちは。Kちゃんよん』


 そいつから二回目のメールが来たのは、あれから二週間後のことだった。

 むしろ次の連絡をじりじりしながら待っていた俺は、腹立たしいことにそいつのメールをまるで恋人からの連絡みたいに待ち焦がれていたのだった。


『ちょっと時間をあげるとは言ったけれど、どうやらロクでもないことにそれを使っちゃったみたいね?

 昔のお仲間にあれこれ連絡したらしいけど、ムダだったでしょ?

 人生の時間は貴重なんだから、ムダなことはやめておきなさいな』


「ちっ、こいつ――」


 なんでもお見通しか。

 そうだ。こいつの言うとおりだった。

 あれから俺は、高校時代につるんでいた奴らに連絡をいれ、似たような脅迫メールを受け取っていないかどうかを確認しようとしたわけだ。

 だが、結果はかんばしいものではなかった。

 あいつらもそれなりの家の子弟だったわけなんだが、今では親父の会社に入ってその子会社を任されていたり、俺みたいにいいとこのお嬢をうまいこと引っ掛けてすでに子供までいるなんていう奴もいる。

 すでに連絡先が変わっているのもいたわけだが、そうでない奴も、俺がメールをしたその翌日には携帯を解約したり、アドレスを変更したりした。つまり、ろくに連絡は取れなかったのだ。


『今じゃあ他の子たちもアナタ同様、色々と立場ができちゃってるってことじゃない? わが身が可愛いのは、なにもアナタだけじゃないんだし』


 「Kちゃん」とかいうふざけた名を名乗るこいつが、得々とした顔でこれを打ったかと思うと脳天が焼き切れそうになる。なるが、今の俺には何ができるわけでもなかった。

 せいぜいが自分の部屋のクッションか何かをひっつかんで、壁に投げつけるぐらいのことだ。跳ね返ったそれがフロアランプに当たり、その拍子に床に倒れ、むなしく派手な音を立てた。


「くそっ……あの野郎」

 

 俺は、とっくに思い出していたくだんのオカマ野郎の名前を口汚い形容詞を山ほどつけて吐き出した。


 カヤノショウゴ。


 漢字なんか忘れちまったが、確かそんな名前だった。

 高校になって同じクラスになったそいつは、俺とどっこいどっこいの背丈の精悍な顔つきの奴だった。成績も人当たりもそこそこ良くて、ガタイはいいがそんなに目立たない地味な奴。最初はそのぐらいの印象だった。

 今にして思えば、あれは敢えて目立たないように行動していたんだろうと思う。

 

 あいつは要するに、「ソッチ系」の奴だった。

 つまり、オカマだ。体のほうは立派な男のもんでしかなかったが、あいつは()()が女の奴だったのだ。

 はじめのうち、俺はあいつをただ「ふーん」と思うだけで無視していた。別に構う必要はない。俺の領分を侵しさえしなければ、別にいてもいなくてもいい奴だ。その程度のことだった。


 小学校のときから始まって、適当なターゲットを見つけては時々憂さを晴らしていた俺だったけれども、高校生になってまでそんなことをすんのはカッコ悪いとも思ってた。あんまり目立つようにやっちまうと、女にもてなくなっちまうしな。

 え? なにをやったのかって?

 そんなこと、いちいち覚えてるわけねえじゃねえか。

 自慢じゃないが、親に地位もあり、顔もイケてて身長もある俺は、ずっと女にはもてていた。高校でもそれは続いていたし、このままうまく高校と大学時代を乗り切って、あとは親父のコネで適当な会社に入り、楽に生きるんだ。なにかをひたむきにがんばるなんて、カッコわりいし。汗かくのなんて、きれえだし。

 「勉強なんてやってねえよ」っていいながら、そこそこの成績が取れるのが、やっぱカッコいいじゃんか。


 だが、どこかでその歯車は狂った。

 そこが、言ってみれば俺の分岐点だったのかなとも思う。

 中学ではなんとかなっていた成績も、高校に入ると次第に内容が難しくなり、下降していった。親父は金にあかせて俺にいい家庭教師をつけたり予備校に通わせたりしてきたが、それでもあまりうまくはいかなかった。

 俺自身が、必死で机にかじりついて勉強してるメガネのガリ勉野郎みたいな真似をしたくなかったってのが大きいのかな。わかんねえけど。

 とにかく、成績はじりじりと下がっていき、親父の機嫌は日増しに悪くなっていった。


 その頃には俺も、なんだかんだ言いながらあいつらと一緒にあれこれカヤノの野郎を構うようになっていた。それでも最初のうちは、ちょっとした軽いからかい程度だったはずだった。だけど、ある程度顔や姿なんかがよくて、めちゃくちゃ勉強してる風でもないのに比較的いい成績をとるあのオカマ野郎のことが、俺は次第にむかつくようになっていった。

 それは日ごとにちりちりと俺の胸の中の薄い皮膜を針で刺し、臭いにおいのするどろりとした汁を溢れさせ、その中にいる悪魔みたいな奴を呼び覚ましたのかもしれなかった。


 そいつが言うんだ。


『いいじゃないか、この程度のこと』

『そいつだって、口じゃあ「いやだ、やめて」なんて言ってたけど、今は何も言わなくなっただろ? つまり、大したことじゃないからさ』

『もう少しぐらい、金もらったって問題ねえって。うちほどの家じゃないみたいだが、両親とも働いてんだろ? 無問題ノープロブレム、無問題』

『ほかの奴だって、楽しそうに一緒になってやってんだしさ』

『もうちょっと、やってやろうぜ。大丈夫、見えるとこには傷つけてねえし。バレやしねえって』――


 そうやって知らないうちに、俺らのやることはエスカレートしていった。


 二学期だかの実力考査が最悪で、そのあとすぐにおこなわれた三者面談で担任にあれこれきつく言われちまって、親父はぶち切れ、母親は泣いた。俺の成績はそのころには、恐ろしいほど低空飛行のラインにあった。

 家の中で高い食器がとんで、壁や床にぶちあたって砕け散った。

 「お前の教育が悪いからだ」っていうのは、ああいうワンマンな男親の決まり文句だよな。個性がねえよ。

 けどまあ、そういう個性のない家だったんだよな、俺んは。


 だから、次の日。

 俺はあいつらと一緒になって、あいつを人目のないとこへ引きずっていった。

 そうしてそのまま、あいつを犯した。

 他のやつらと一緒になって、泣き叫ぶあいつを俺は犯した。

 男のケツになんて興味なかったはずなんだがな。なんでかな。

 やっぱりちょっと、あの時はおかしくなってたんだ。俺も、きっとな。


 気がつけば、ぼんやりと宙を見つめてそんな過去のことに思いを馳せていた俺は、はっとしてまた手元に目を戻した。


『ま、要するにそういうことよ。アナタが今頼れるのは、アナタの優しいパパりんとママりんだけってこと。おわかりね?

 いい子だから、あれこれじたばたしないで観念なさい。

 なるべく早く、資金集めの行動を開始したほうがよくってよ。あとになればなるほど、話っていうのは切り出しにくくなるんだからね』


 と、部屋のドアが控えめにノックされ、俺は慌ててスマホを寝巻きのポケットにねじこんだ。


「どうしたの? なにか大きな音がしたけど」

「何でもないよ、ママ。心配いらない」

 俺はごくにこやかに、いつもの品のいい声を作って答えを返した。

「ちょっとぶつかって、ランプが倒れただけ。大丈夫だから」

「……そう。気をつけてね」


 スリッパを履いた足音が静かに遠ざかるのを確かめて、俺はまたスマホの画面を見た。


『恋人みたいに、あんまりだらだらメールしててもしょうがないわよね。

 ここらで時間を切ろうと思うの。

 来月一日を期限とするわ。イエスかノーか、お返事をちょうだい。

 返事の出し方は、こうよ――』


 俺は自分のこめかみがぴくぴくと痙攣してくるのを覚えながら、つづく文面を怨念まみれの目でにらみつけた。

 


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