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『でもまあ、とりあえずはあれかしら。
高校生のときの、あのおイタ。あれだけはちょ〜っと、いただけないわねえ』
「高校生」。
その言葉に俺は目を剥いた。
なんだ。
それは、なんのことだ……?
思い巡らすうちにも、目は文面をさらに追う。
「休憩時間」で済まされるだろうリミットは、とうの昔に過ぎている。
『まあ、いいのよ? べつにアタシは痛くもかゆくもないんだし。
でも、お相手のお嬢様、それを聞いても「気にしないわ」って、あなたとこのままゴールインしてくださるかしらねえ。たとえお嬢様がよくったって、お義父さまはそうはいかないんじゃなくて?
「そんな体で、よくもうちの娘が欲しいなんて言ってくれたな」とばかり、激怒なさって当然なんじゃないのかしら。
せっかく着々と歩んできたエリート街道もここでジ・エンド。さっさと閑職にまわされて、下手すりゃそのまま飼い殺しじゃない?』
なるほど。
なんとなく、話の先が読めてきたぞ。
と思ったら、あっちも案の定、そんなことを書いてやがった。
『と、ここまで言ってもピンと来てないおバカさんじゃないわよね、あなたは。
そ。要するにこれはあなたとアタシのビジネスのお話よん』
ほら、やっぱりな。
『まさかまだ二十代のあなたには到底支払える額じゃないと思うから、今のうちに優しくてお金持ちのパパりんとママりんに泣きついて、それなりの承諾をいただいておくのが吉よん。
そうねえ、S県のあの山林、手放すぐらいでちょうどいいんじゃないのかしら』
「はあ?」
俺は思わず、変な声をあげていた。
親父の山林だと? いくら最近じゃ目減りしてると言ったって、あれは普通に億は下らねえ代物じゃねえか。
第一そんなこと、どうやってあの親父に頼むんだ。ぼっこぼこにされるだけじゃ足りねえぞ。
なにを言ってやがんだこいつ。
俺がこのまま警察に駆け込むとは思わねえのか。
『話の主旨は大体おわかりいただけたかと思ってるけど、少しぐらいは考える時間をあげる。
詳しい話は、また次回に回すとするわ。
ああ、一応参考までに断っておくけど、次回はまた違うところから連絡するからそのつもりで。このメールをたどっても意味はないってことよ。おわかりね?』
ぐう、と俺の喉がへんな音で鳴った。
なるほど、そこいらのことはとっくに考えてあるってわけか。
『警察に相談したり、こちらを無闇に探そうとしたり、当時のあなたたちの被害者につらなる誰かに害を加えていることが分かったら、もちろんその時点でこのお話は決裂したものとみなすわ。
その場合はまあ、あなたが絶対に知られたくないと思っているはずの情報が、絶対に知られたくない相手に渡ると思ってもらって結構よ。
ああ、そればかりじゃないわね。
あなたがその子にしたのと同様、同じ情報がこのネットの海に流れ出す』
「その子」。
その子って言ったのか、こいつ。
ってことは、相手はまだ若い奴か。
高校時代にちょっとつるんでいた奴らとあれこれやらかしたのは確かだが、どうも思い出せねえな。
なにしろ、色々やったからな。
ターゲットにした奴のことなんざ、いちいち覚えちゃいねえっつうの。
大体、何年前の話だよ。
第一なんだよ、その程度のこと。
ちょっとした子供のお遊びだろ。ガキがちょっといきがって、ちょっと行き過ぎた悪戯をしただけのことじゃねえか。
今頃になってごちゃごちゃと、こんな脅迫まがいのことをしてもしょうがねえだろ。
やるならあの時、ちゃんと訴えるなり被害届をだすなりしてなきゃ、とっくに時効だっつうのよ。
そもそも相手に弱みなんか見せるのが悪いんだろ?
そこにつけこまれて虐げられたからって、こんな後になってからごちゃごちゃ言ってきたって知らねえよ。
そんなことを考えながらさらに画面をスクロールさせると、やっとこのメールも終盤に来たらしかった。
『まあ、あなたがやったことですもんね。
これが文字通り、因果応報ってやつじゃない?
それを回避するためなんだから、相応の断捨離ぐらい安いもんだと思わなくちゃね。
じゃ、また連絡するわ。
そろそろ寒さの厳しい季節になってきたわね。
風邪なんかひかないで、お仕事がんばってね。
あら、これ本気よ? だってあなたに何かあったら、このビジネスそのものが台無しになっちゃうものね。
それじゃね。
ちゃお〜』
メールを読み終わっても、俺は多分、殺意の浮かんだ目をしてずっと、その最後の台詞をにらみつけていた。
「Kちゃんより 愛をこめて」とされた、その最後の一文を。




