1
『こんにちは。
うふふ、はじめまして。
Kちゃんよ』
それは、こんなメールから始まった。
今ではどこでもそうだろうが、大きな本社ビルの片隅へと追いやられた喫煙所で、俺はふと見た自分のスマホの画面に釘付けになった。
『「あんた誰だよ」ってのはまあ、このさい横へ置いといてちょうだいな。
とにかく、アタシはKちゃん。
あなたがアタシをそう呼ぶことはないでしょうけれど、ほら、一応自己紹介ってもんが必要かと思ってさ』
くわえた煙草をそのままに、俺は頭をひねる。
なに言ってんだこいつ。アホか。
こんなアホメールに付き合ってやる暇なんかねえぞ。あんまりこうやってサボってると、うるせえ上司にまた嫌味を言われちまうしな。
とは言え、そんなのもあと少しのことだろうが。
『突然メールしちゃってごめんなさいね?
え? だれにこのアドレスを聞いたのかって?
それはまあアレよ、企業秘密っていうやつよ』
そう、そこだよ。
てめえ、下手すりゃそれ犯罪だかんな。
『そうそう、まずはお祝いを言わないとよね。
このたびは、あなたお勤めの一流企業の社長さんのご令嬢との婚約成立、おめでとうございまあす。アタシはちょっと見ただけだけど、可愛くって可憐で、いかにも「箱入りです〜!」って感じのお嬢さんよね』
ちっ、と俺は舌打ちをする。
こいつ、どこでそんなことまで聞き込んできてんだ。
『ま、はっきり言って平凡で地味な顔だし貧乳だし、正直あなたの好みじゃあないんでしょうけど。あなたにとってはそういうことが問題の結婚じゃないんだから、まあ我慢しようってとこなのかしら。
とはいえ気をつけないとダメよおん?
今日びの「箱入り」なんて、どんな「箱」やら知れたもんじゃないんですからね』
うるせえよ。んなこた先刻、承知なんだよ。
まあいい。そんなこたあいいんだよ。
それよりも、いったいこいつの目的はなんだ?
何のために、俺にこんなもんを送りつけてきてやがんだ。
俺は急いで、この長文のメールの続きへと目を走らせた。
『あんな「あたし、な〜んにも知りません」って顔したお嬢様ほど、ひと皮むけばなんとやら、なんてこともざらにあるのがこの世の中よ。って言ってもまあ、あなたのことを考えたらそれでちょうどお互い様ってとこなのかしら。
やあねえ、そこそこイケメンで背も高くって頭もよくて、あれこれ立ち回りのうまい男。その場の誰のご機嫌をとったら自分が一番得をするのか、最初からちゃあんと分かって動ける奴。そうじゃない奴のことなんて歯牙にも掛けないどころか、利用できるだけ利用して蹴落とすことしか考えてない。
それやこれやで、お嬢さんのハートも無事にゲット。
大成功よね。あはっ。大したもんだわ。
ま、当のお嬢様がどんなオンナだったとしたって、それはつまり、あなたとはお似合いってことよねん。
あら、そう考えたら、意外と素敵なご縁だったのかもね。
これは失礼しちゃったわ。ごめんあさーせ』
俺は再び、舌打ちをする。
だから、本題はなんなんだよ。
もし目の前にこいつがいたら、俺は間違いなく、すでにその腹に蹴りの二、三発はぶっこんでるぞ。
『あらやだ、うっかりしてたらどんどん話がそれちゃった。
忘れないうちに、本題ね?
そんなこんなで将来の展望も開けちゃって順風満帆のところ悪いんだけど。
将来あなたのお義父さんになる社長さんだの、そのお嬢様だのご親戚の皆々様だのに聞かせたら困っちゃうこと、あなた色々抱えちゃってるんじゃなかったかしら』
「あ?」と言った拍子に、口から煙草がぽろりと落ちた。
『え? いつの、なんの話だって?
あらやだ。おとぼけもほどほどになさい?
別にいつ、って限ったことじゃないでしょうけど。あなたどうやら小学生のころから似たようなことはやってたみたいだし?
随分とおイタを重ねた人生よねえ。
おばちゃま、びっくりしちゃう』
うるせえよ。
ほんっとこいつ、話が長え。
気がつけば、俺はぎちぎちと親指の爪を噛んでいた。
『でもまあ、とりあえずはあれかしら。
高校生のときの、あのおイタ。あれだけはちょ〜っと、いただけないわねえ』
「高校生」。
その言葉に俺は目を剥いた。
なんだ。
それは、なんのことだ……?