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暖色・中間色・寒色短編集

死にたい彼と殺したい彼女は

作者: むあ


 今日、少年は自殺をする。

 今日、少女は人を殺す。





 2人はそれを、今日という日に決めた。

 もう桜がすっかり葉を落としてしまった冬のこんな日に。













 ~♪







「いらっしゃいませー」




 店の入り口のセンサーが反応し流れる入店の合図。機械的にその言葉に応対するアルバイト。

 2人の少年少女が、普段通りの恰好で、普段通りの顔をして入ってきた。




 ――【何をやってもうまくいかない】


 何をやっても、上の姉に成績が追い付くこともなければ、いつも自分を罵倒する父親を見返すことができるはずもない。学校では優等生だが、日々のガリ勉の成果であり、努力の結晶だ。

 少年は思い悩んでいた。親にしかれたレールの上で、毎日もがく日々、落ちかけているに必死にしがみつくそのレールの行き先も知らず、自分が何をすべきで何がしたいのかも見いだせない日々。仮病を使えば休めるがそのたびに募る罪悪感から結局自分をそのレールから引き下ろすことを自分は断固として許さないのだ。



 だから死のうと思った。

 漫然としているかもしれない。こんな軽い事情で自殺するなんて馬鹿馬鹿しいかもしれない。

 それでも少年は、本気なのだ。これこそが自分がレールから降りることもなく、レールの上から"飛び立てる"―――そう、彼は思ったのだ。






 ――【何をやってもうまくいかない】


 何をやっても、彼氏に振り回されてばかりだった私に自分はなく、ただ遊びまわり、厳しい母親に何時に帰ってきたの、と叱られる日々。学校では劣等生で、日々教室に寝る為だけに通っている。

 少女は思い悩んでいた。親への反発と彼氏への未練ばかりが先行し、自分が立ち止まっている事に気が付いているから。自分が何をすべきで何をしたいのかも見いだせない日々。不機嫌になって教室を飛び出す勇気はあっても、そのたびに募る元彼への思いを、結局自分は捨てられずにこだわり続けているのだ。



 だから殺そうと思った。

 漫然としているかもしれない。こんな軽い事情で殺される元彼が可哀想と思うかもしれない。

 それでも少女は、本気なのだ。これこそが、立ち止まっている自分がその罪悪感に押しつぶされることもなく、本当の意味で自分の心を"昇華"させられる―――そう、彼女は思ったのだ。







 2人はだからコンビニに来た。



 少年はもうすでに自殺の道具も全て用意してある。少女も殺すための道具は全て揃っている。

 彼らがここを訪れたのは、ただ自分の"さいご"の欲望を満たすためだ。


 新発売の炭酸水。

 しゅわしゅわとしたこの飲料水、この時期(ふゆ)に何故新発売なのか、それは誰にもわからないが、そのすっきりとした飲み口は大変好評だと言う。彼にとっては最期の、そして彼女にとっては逮捕される前の最後の、飲み物になるのだ。





 まっすぐ奥にある飲み物売り場に向かった2人は同じところを目指し、手は同じ飲み物を……

 つかんだ。



「え」「あ」



 つかみ、自分の元に引き寄せる努力をする。

 お互い意地でも離さない。


「ちょっと、これ私がとったんだけど」「いや、僕の方が先でしょ」


 取り合っている内に、その飲み物は無残にもはじけてこぼれおちた。


「「あ」」


 2人はしばらく沈黙したが、そのあとその飲み物を壊したことを店員に告げ、二人が半分ずつその弁償をする。勿論2人の手には新しい炭酸水のペットボトルが大人しく収まっていたが。


「ありがとうございましたー」



 扉を出るのも同時だった。だからお互いを見つめてしばらく沈黙する。





「ぷっ」「あははっ」




 これはさいごの笑いだろう。

 2人はお互いの意地に敬意を表して、労った。




「あんた根性あるじゃん」「君こそ、そんな可愛らしい恰好していながら強情だよね」




 2人はそのまま反対方向の道に進んでいった。








【これで、僕は死ねる】


 机の上に置き手紙をして、ごめんね、と心配してくれていた母親に呟く。少年はそのままロープと大きめの脚立を抱え、夜の閑静な住宅街に消える。




【これで、私は殺せる】


 携帯電話で元彼を呼び出し、ごめんね、と携帯の向こうにいる被害者(かれ)に呟く。少女はそのままナイフを隠すこともなく、夜の閑静な住宅街に消える。






 これで最後(チェックメイト)


 公園の前で少年少女はふぅ、と息を吐く。冷たい風の中に、暗くて見えないが白い湯気になって消えて言っているであろうそのため息。桜の木の下までやってきた2人は、思わぬ再会に苦笑した。




「君……?」

「あれ、あんた何やってんの」



 2人の間に、1分か、2分か―――いや、正確には10分以上もの沈黙が支配した。




「私さ、」「僕さ、」


「「(先に)どうぞ?」」


 少年がまず話した。

 少女が次に話した。


 2人は自分たちが、全然違うはずなのに、同じだ、そう思った。



「それで、もうすぐ元彼が来るん、だけど、さ」

「あ、あの人でしょ」

「うん、そう」

「…行かないの?」



 少女は「うーん…」と呟いた後、"ナイフをその場に投げ捨てて" 元彼の元に駆けていった。

 少年はくすりと笑い、そのまま桜の木の下に腰かけた。

 話している内容を、少年は聞こえない―――フリをした。








「なつな、ヨリ戻さないか?」

「え?」


 少女は思いがけない提案に目を瞬かせた。


「どうして」

「いや、今付き合ってる彼女とさ、お前を比べちゃうんだよ。お前の方がもっと尽くしてくれたし、もっと優しかった。わがままなおんなは嫌いなんだよな」

「……そう」

「それで、どうだ?まだ俺の事、好きだろう?」 ――― 「それは可笑しい提案だね」


 少女は思いがけない反論にその声の主の方を見返した。


「恭平、くん」


 図らずも知り合いとなった、自殺するはずの少年は、少女を見つめ、それからすぐに言葉をかぶせた。


「彼女をさんざん苦しめたのはお前だっていうのにさ、尽くした彼女をつまらないと吐き捨てた男が、今度は都合がいいからって復縁を求めるなんて理性的ではないと思うよ」

「おま……え、誰だよ」

「ん?ただの……なつなちゃんの知り合いだけど」


 たった数十分の仲だ。それでも彼と彼女は互いをよくわかっている。

 抱えるジレンマも。もどかしさも。

 2人の心は随分近いようだ。


「ねぇ恭平君、死ぬのやめない?」

「ん?」

「私ね、君となら楽しく過ごせる気がするのよ。こんな(やつ)と一緒にいるより」

「そうかな」

「だから、私と付き合って」



 元彼はただ訳がわからないと立ち尽くすばかりだ。

 彼女はそんな理由をしらない少年に頭を下げた。



「私を自由にしてくれてありがとう。そして、良かったね。殺されなくて済んで」






 少年(きょうへい)がその街灯の下で光るそれを見せれば、男は慌てて逃げ出して行った。

 恐怖が色濃く瞳に残っていたから、もう彼が彼女(なつな)に近づくことはないだろう。


「変な噂たたないか?」

「私もう、ヤクザと付き合ってるとか、そういう噂あるから大丈夫」

「こんなに馬鹿真面目な子がねぇ」

「黙れ」

「あぁ怖い」


「……それで」


 真面目ないでたちとは対照的に、自分をからかって楽しむ恭平に、なつなはもう1度尋ねた。


「死ぬのやめて、私の彼になってよ」

「そうだね……」


 しばらく考えるフリをして、恭平はふっと笑った。



「いいよ」

「じゃ改めて。私2年のなつな。同じ高校よね、恭平君」

「俺も2年。じゃあクラスが違うんだな」

「G組だよ」

「俺はA。どうりで知らないわけだ」

「意外。ガリ勉そうなのに、知り合ってすぐ付き合う軽い子なんだ」

「君の方だろう、言ってきたのは」




 今日、少年は自殺するつもりだった。

 今日、少女は人を殺すつもりだった。



 2人はそれを、今日という日に決めた。

 もう桜がすっかり葉を落としてしまった冬のこんな日に。







「僕に足りなかったものは何だろう」「私に足りなかったものは何だろう」


 同じ言葉を呟いて、ふと、笑みがこぼれ、笑いあう。

 脚立を立て懸けた裸の桜の木の下、2人はそれを考える。




 優等生で、真面目なふりをする少年。

 劣等生で、真面目じゃないふりをする少女。




 周りの目に怯え、父親からほめられたい少年と、周りの目を気にしつつも、誰かの愛が欲しい少女。二人はしばらくすると、どちらからでもなく、互いに顔を見合わせて真剣にこう言った。



「僕に足りなかったのは、ふまじめさかもしれない」

「なにそれ」

「で、君に足りなかったのは?」

「――真面目に戻る勇気、かな」

「なんだよそれ」

「……」

「……」




 また、夜の静かな公園に、2人の少年少女の笑い声が響いた。








――



 翌朝、彼は栗色に染めた髪で予習を簡単に済ませただけのノートを持ち、桜の木の下に向かう。

 ガリガリと勉強もせず、その顔は隈もなく、なんと清々しい。

 翌朝、彼女は久々にしめたネクタイと染め直した黒髪をぎこちなく思いながら、桜の木の下に向かう。

 昨晩は分からない数学の宿題に頭を悩ませつつも、なんとすっきりした表情。


 親は口を開けて驚くようにそれを見ているだけだった。

 笑顔の2人は、親に感謝の気持ちを込めて、いつもより大きな声で言いきった。




「「いってきます」」





  そして桜の木の下で。

 彼らは今までもずっとそうだったように、

 これからもずっとそうあるように、




       ――おはよう、と笑った。



「髪の毛似合うね」

「なつなこそ、黒髪の方が大和撫子みたいでいいんじゃないか?」

「あ、そうだ!今度勉強教えてよ」

「……いいよ」

「代わりにさ、おいしい紅茶が飲める喫茶店連れて行くから」

「ヤクザの彼女さんが喫茶店か……ふっ」

「笑わない」

「笑ってないよ。可愛いなぁて思っただけ」

「……何それ……ほーらっ!早く行くよ」



 吐く息は白く、マフラーをはめていない恭平に、長いからと言って2人で巻こうと誘うなつな。

 2人は昨日まで赤の他人だった。








 そして今日からは、一緒に通学路を歩く、他人(かんけい)になった。


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