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妖獣忍法伝INAZUMA  作者: 浦切三語
第一章 士獣姫
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第八話 雷嵐奇天

「も、森田様……」


 木の上から、軽やかに地面へ着地した森田の背に(かつ)がれたまま、彩姫が遠慮がちに声を掛ける。


「今のは、一体……」


「……」


 口をつぐむ。森田の沈黙が完全な拒絶を意味しているのではなく、どこか後ろめたい気持ちから来ている事を、彩姫は彼の背中越しに何となく察した。


 今、彩姫と栗介の脳裏に浮かぶ疑問は一致している。

 果たして、この森田甚五郎なる男は何者なのか。

 単なる旅の武芸者が、なぜに棒手裏剣などという忍特有の武器を隠し持っていたのか。


 それに彼はあろうことか、目の前で稲妻を起こして見せた。

 本来なら天空から降り注ぐ筈の凄まじい雷撃。

 自然の(ことわり)を人が操るとなれば、いよいよ、人の領域を超えている芸当ではないか。


 謎めいた素性を尋ねようと、恐る恐る彩姫が口を動かす。

 しかしそれを遮るように、林の中に突如として、不気味な(わら)い声が木霊(こだま)した。


「忍法〈電磁手裏剣〉の威力、しかと見届けさせて貰ったぞ」


 糸鋸(いとのこ)同士を激しくこすり合わせたような、不快感極まる甲高い声が林中に轟いた。

 彩姫が思わず眉根をしかめる。

 森田の方はと言えば、明らかに敵意を滲ませた目つきで、周囲へ(くま)なく視線を送っている。


 声の主と思しき者の姿は何処にも見当たらなかった。

 あるのはただ、闇に鬱蒼(うっそう)と茂る草や樹木のみ。

 気配はおろか殺気すら漏れてない。


 完璧な隠形術(おんぎょうじゅつ)

 それだけで相当な手練れであることが分かる。


「何者だ!?」


 森田が天に向かって声を張り上げる。

 その問い掛けに応えるが如く、森田の正面に位置する大木の樹皮に、あり得ぬ変化が生じた。


「ひっ……!」


 彩姫が、恐怖に声を震わせた。

 樹皮が独りでに細かく波打ちはじめたのだ。


 風に吹かれて砂丘の砂が移動する様に、樹皮の模様が次々に変化し、やがてはっきりと人の顔を形作った。

 眉も、鼻も、舌も、口もある。

 まさしく外法(げほう)の為せる妖術という以外、他にない。


 細部まで忠実に再現された樹皮の顔が、不敵な笑みと共に宣言する。


「お初にお目にかかる。拙者は慚魔衆が精鋭。慚魔三轟忍が一角、肉蝮現生と申す者」


 慚魔衆。

 その決定的な一言を聞いて、彩姫と、彩姫の懐中に潜む栗介の体が緊張で硬くなる。


「しかし、奇縁とはまさにこのことよ」


 唐突にその面を露わにした樹木の怪人は彩姫と栗介には目もくれず、森田の顔を興味深そうに見つめた。


「五年前、我ら慚魔衆が滅ぼしたはずの白鳳忍軍。その生き残りが、藤尾の姫君護衛の任に就いていたとはな」


「えっ!?」


 肉蝮の唐突な科白に、反射的に声を上げる彩姫。

 まだ十三歳の彼女にも、おぼろげでありながら、その名には聞き覚えがあった。


 白鳳忍軍。近巳国(おうみのくに)は領国大名の鴎外守直(おうがいもりなお)が組織した、八洲で最初の忍集団。

 人でありながら彼らの扱う忍法は人の領域を超えており、数々の戦場で近巳国に勝利をもたらしたと聞く。まさしく、常勝を運ぶ影の軍団。


 だが五年前、謎の集団に城を襲撃され、抗戦するもあえなく全滅したと聞く。

 その襲撃者が慚魔衆であることにも驚いたが、何よりその生き残りが、今こうして身を預けているこの男……森田甚五郎であったとは。


 彩姫の何とも言えぬ視線を背中越しに感じ取っても、森田の心は微塵も揺らいでいないように見えた。

 唇を真一文字に結び、眉間には深々とした皺が刻まれている。

 こちらの足元を見るような態度の肉蝮の顔を、彼は終始、じっと睨み続けた。


「御頭領のご推察も、なかなかどうして外れるということを知らないらしい」


 愉快そうに、樹皮の喉を震わせて肉蝮が嗤った。

 その時であった。初めて、森田の表情にはっきりとした変化が現れたのは。


 (くら)い、実に昏き魂の情念。

 夕焼け色の瞳に、闇よりも濃い、幻の影が入り込む。

 殺戮の影だ。それが森田の瞳の奥で、不気味に嗤い続けている。


 周囲の温度が、一気に低下したかのような感覚。

 それは錯覚に過ぎないのだが、彩姫は本気で当惑した。

 あまりのことに、思考が追いついていかない。


 森田の全身から、殺気が(にわ)かに立ち昇る。

 背筋に悪寒がはしるほどの、不気味な圧であった。

 それは、あの凶悪無比な慚魔の忍が放つ気配に良く似ていた。

 信じたくもなかったが、しかし背中から感じる森田の強い怨讐(おんしゅう)の念を、どうやって誤魔化すことが出来ようか。


「頭領とは、黒嶺餓悶のことか」


 出会ってからずっと頼もしさを覚えていた森田の声は、それまで聞いたことのない冷たさを宿していた。

 太陽の光が一切差し込まない深淵の底に、魂が沈んでしまったかのように。


「ほう、そこまで知っているとは……なるほど。どうやら御頭領の言葉通り、稲妻の忍法使いとは、お主の事で間違いないようだ」


 言い終わると同時、森田が機敏な動作で懐から苦無(クナイ)を取り出し、恐るべき速度で投げ放った。

 鋭利なそれが、肉蝮の額に深く突き刺さる。

 予想外の不意打ち。

 肉蝮の顔が苦悶に歪み、額から樹液のように鮮血が流れ出す。


 少なくとも、額を穿たれて生きている人間などいない。

 慚魔の忍にしては、実に呆気ない幕切れだ。

 姫も栗介も、そう思った。思って当然であった。


 だが、


「ふふ……随分と、手荒な真似をするなぁ?」


 苦痛に満ちた顔から一転、大したことはないとばかりに、肉蝮が哄笑(こうしょう)する。

 これには、姫や栗介はもとより、流石の森田も思わず呻いた。


 慚魔三轟忍。慚魔衆の中でも傑出した忍法の使い手。

 その力に、如何なるからくりが仕掛けられているのか。

 森田の思考がその事に及ぶより先に、かっと両目を見開いて、肉蝮の金切り声が(とどろ)く。


「そちらがそのつもりなら、容赦はせぬぞっ!」


 咆哮(ほうこう)と共に、周囲の木々が立ちどころに変化を始める。


「これは……!」


 森田が、驚きの声を上げて後ずさる。

 彼に背負われたままの彩姫は、目の前で起こっている出来事が本当に現実のものかどうか、信じられないでいる。


 一行を取り囲む数多の木々。

 そのあらゆる枝葉が、あらゆる蔦が、その一つ一つが疑いようもなく自在に蠢き、様々な武具の形状を象った。

 刀。槍。薙刀。弓矢――そして、火龍砲。

 戦場ではごく当たり前な、金属質の武器そのものへと。

 それらがずらりと、森田の命を奪わんと激しく牙を剥く。


「ちぃっ!」


 舌打ちを置き去りにして、森田が跳躍。

 後を追う様にして、絡まり合う蔦の刀が斬り掛る。

 森田も山杖の鞘を抜き、仕込み刀で応戦する。


 返す刀で幾重にも斬撃を見舞う刃の群れを弾き、受け流しては躱す。

 すると今度は、木々の幹から槍と弓矢の群れが生まれ、一時に飛来した。


 森田は宙を飛びながら、懐から棒手裏剣を抜き取り、投擲の後に結印(けついん)

 燃え輝く蒼紫色の閃光が、襲い来る矢と槍を撃ち落とす。


 そこへ休む間もなく、森田の死角になる位置から、火龍砲の砲撃が飛んだ。


「あがっ――!」


 間一髪のところで火龍砲の一撃を避け切れず、森田の右脇腹から鮮血が噴き出した。


「森田様っ!」


 悲鳴に近い彩姫の声。

 こんな状況で、こうやって叫ぶ事しかできないことがもどかしい。

 歯痒(はがゆ)い感情が姫の全身に沸くも、それを解消する(すべ)はなし。


 姫を背に庇いながら、地面に落下する様にして森田は着地した。

 はるか頭上が騒めく。

 見上げれば、木々の枝が火龍砲へ変化していた。

 その数、十五機。

 好機を逃さんと、太く冷たい銃口が森田を見下ろす。


 間を置かずして、立て続けに放射される銃口炎。

 地面を抉る爆炎と轟音の嵐に呑まれ、森田と彩姫の姿が周囲から隔絶され、煙の中に消えた。


 直撃したか――否。

 立ち込める分厚い爆煙の壁が、火薬の強い匂香が、見えない力に内側から強く押されたかのように散る。

 煙の向こう側から現れたのは、依然として彩姫を背負い、片膝を突く森田の姿。

 見れば彼の全身からは、蒼紫の電磁波が断続的に放出され続けていた。

 それが、爆炎を散らした圧力の正体であった。


「やりおるな。電磁波の障壁を張ることで、砲撃を凌いだか」


 反響混じりに響き渡る肉蝮の科白に、焦慮(しょうりょ)の色はない。

 この状況にあって、そういった防護策に出る事を予め予測していたかのような余裕を感じる。

 恐らくは、前もって黒嶺餓悶から聞かされていたのだろう。

 稲妻の忍法使いが操る、術の特性について。


「良いぞ、良いぞ。実に良いぞ。忍法合戦らしくなってきおったわ」


 好戦的な嗤い声。森田が、血の溢れる右脇腹を片手で抑え、ゆっくりと立ち上がる。

 苦し気に吐息をもらすような真似はしない。

 彼の表情は、至って冷静そのもの。

 弱さを意地でも隠し通そうとする、普段通りの彼のままだ。


 そんな彼の強気な態度が、彩姫の心の中に、ある種の罪悪感を芽生えさせた。

 それは次第に膨れ上がり、抑え続けるのも限界に来ていた。

 これ以上、口を(つぐ)んで事態を見守るに留まるのは、耐えられなかった。


「森田様。もう、良いのです」


 全てを諦めたかのように、彩姫が言った。


「私を……」


「言うな」


 振り向くことなく、森田が諫める。

 お前が諦めたら、誰もお前を護れなくなる。

 そんな口調だった。


「大切な笛を、奴らに簡単に渡して良い筈がない」


「ですが、このままでは森田様が……」


 彩姫の視線は、黒く変色した森田の右脇腹部分に釘付けになっていた。


「案ずるな」


 気丈に振る舞う。

 森田の瞳が輝きに燃えている。

 まだ、忍法勝負の決着はついていない。

 むしろ、此処からだという意気込みでいるに違いない。


 どこからそんな気力が湧いてくるのか。

 正義心からか、あるいはまた別の感情からなのか。

 それとも、その両方なのか。


「ただのかすり傷に過ぎん。それに、勝機もある」


「本当でございますか?」


「うむ。彼奴(きゃつ)の忍法のからくり、ようやっと見えてきたわ」


(わた)けたことを。だからどうしたと言うのだ」


 一向に正体を見せぬ肉蝮の声音に、少々の苛立ちが見えた。


「たとえからくりに気づく事が出来ようと、決死の覚悟で手に入れた外道忍法〈朱血肉鱗(しゅちにくりん)〉。落ちぶれた白鳳の忍如きが、どうこうできるものではないっ!」


 森田の足元。湿った地面が急にうねりを見せた。

 地震(じぶるい)か。否、違う。

 不自然極まる激しい蠕動(ぜんどう)だ。

 自然のものではなかった。あろうことか、その発生源は肉蝮である。


 肉蝮は、何も森田の力量に怯えて姿を見せないわけではない。

 むしろ、進んで身を晒していると言って良い。

 何しろ、それこそが彼の会得した奇怪極まる忍法術〈朱血肉鱗(しゅちにくりん)〉の要諦(ようてい)なのだから。


 外道忍法〈朱血肉鱗〉。

 それは一言で言うなら、極限にまで高められた肉体の変異である。

 一体どういう原理なのか定かではないが、肉蝮現生は己の肉体を泥のように溶かし、広げることを可能とする。


 無論、それだけに留まらない。

 泥と化した肉蝮の肉体は、乾いた大地に雨水が染み込むよりも(はや)く、あらゆる場所や物体に広く深く潜行し、物体や土地の形を変え性質を変えて自在に操作することが出来る。

 ゆえに急所たりえる場所はなく、どこか一か所を破壊しても意味はない。

 樹木に映し出された肉蝮を殺しても、それは肉蝮の肉体が変化して出来た彼の一部分に過ぎない。


 今、肉蝮の肉体は争忍(そうにん)の舞台と化した、この林全域に潜行している。

 樹木も、枝葉も、地面も、場に満ちる空気に至るまで。

 あらゆる処に肉蝮の肉体と意識が薄く広がっているのだ。

 途方もない範囲である。意思持つ魔森林を相手にしていると言っても、過言ではない。


 森田自身も、肉蝮の忍法がどういったものであるのかを肌で理解しつつあった。

 また、勝ち目もあると彼は宣言した。

 それが本心から出たものなのか。

 あるいは、彩姫の不安を払拭させるための方便なのか。

 本人以外に、分かるはずもない。


「我が外道忍法の極意、しかとその目に焼き付けるが良い」


 森田と彩姫を囲うように、地面が怒涛の勢いでせり上がる。

 咄嗟(とっさ)に、余人ならぬ脚力で中空に逃れる森田。

 地中より生まれし土くれの忍達が、土中の鉱物から形成せし硬質な刀を手に躍りかかる。


 応戦に次ぐ応戦。空中で目まぐるしく展開される、森田と土造りの忍達との攻防。

 電磁手裏剣を放ち、襲い来る土くれの忍を仕込み刀で斬り伏せながら、森田は駆ける。

 木々という木々。その隙間を縫うように駆ける。


 逃げる森田。

 その背に庇いし彩姫に向かって、今度は大量の葉が風を切り裂いて流れ飛んできた。

 葉の刃だ。肉蝮の術で、鋼鉄の刃と化した枝葉という枝葉。

 意思持つ緑の牙が、血を欲する餓狼の群れが如く、遁走(とんそう)する森田一行に追い(すが)る。


「どうした下郎! 恐れを為したか! 勝てぬと知って逃げに徹するが、白鳳の流儀か!」


 残酷無比な闘争の声に触発されたかのように、森全体が激しい熱量を伴い、攻撃の嵐を吹き荒らす。

 宙を飛び回る森田も、己の全神経を傾けて、迫りくる慚魔の刃を精妙の見切りで躱していく。


 枝が寄り合わさって野太刀に成り代わり、木から木へ飛び移る森田を迎え撃つかのように、一閃を見舞う。

 森田は身を反転させてこれを凌ぎ、近くの大樹から生えた枝の一つへ飛び乗る。


 その途端だった。不意に、足許に強い熱の気配を覚えた。

 壮絶にして鋭敏なる感覚が無意識のうちに働いた。

 言いようのない圧迫感。とっさに地上へと逃れる。


 瞬間、さっきまで体を預けていた樹木が縦に割れ、爆裂した。

〈朱血肉鱗〉により、木それ自体が爆薬に変じたのだ。

 周辺の樹木もまた同じように割れ、連鎖的に爆発を起こす。

 まるで、爆薬で満たされた檻の中に放り込まれたような感覚だった。

 それ程の威力。それ程の熱風。それほどの爆音。


 爆発はなおも続き、辺りの草木を灰へ還し、豪炎を迸らせる。

 彩姫に燃える木々の破片が掛からぬよう、森田は姫を素早く背中から降ろすと、無理やり地面に伏せさせた。

 耳元から木々の爆裂音が無くなるまで、二人はその場から一歩も動くことが出来なかった。


「勝負あったな」


 起き上がり、森田と彩姫がふと周りを見渡せてみれば、既に敵に囲まれていた。

 土くれで出来た慚魔の忍達だ。

 頭上を仰ぎ見る。樹木と枝葉が変異した火龍砲と数多の弓矢が、虎視眈々と二人を狙っていた。


「他愛もない。まぁそれも、拙者の外道忍法を前にしては、当然の事かもしれんがな」


「……囲まれたか」


 呟くように言うと、森田の直ぐ耳元で声がした。


 姿なき、不気味な声が。


「稲妻の忍法使いよ。お主一人だけ、冥土に旅立ってもらうとしよう。彩姫と妖獣魔笛は、我ら慚魔衆が頂く」


「そうはいかぬ。閻魔に舌を抜かれるのは貴様の方だ」


「ほほぅ。この〈不死の肉蝮〉とも称される拙者を前にして、そのような大言壮語が吐けるとは。その胆力、褒めてやるぞ」


「不死、だと?」


 余りにも大袈裟な二つ名を耳にして、それまで防戦一方だった森田が、余裕を匂わせる笑みを見せた。


「それは、まことか」


「おうよ。拙者は己の肉体を、どこまでもどこまでも薄めて広げることが出来る。潜行する領域が広ければ広いほど、同じく拙者の命も広がり続ける。どこか任意の場所を攻撃されたとしても、痛くも痒くもない。これぞまさに、不死の忍法術。この世に二つとて存在しない、拙者だけが会得した魔人の妙技よ」


「そうか。なら――試してみるか」


 森田が、神憑り的速度で印を結んだ。

 その夕焼け色の瞳に、獰猛な気配が宿る。


「一か所と言わず、お主の命が蔓延する全ての範囲を一時に攻撃されても、不死でいられるのかどうかをな」


「何だと……っ!?」


 意味深な言葉を吐いた刹那、森田の全身が激しく輝く。

 透き通るほどに清く蒼く、それでいてどこか禍々しい紫の波紋をも伴った、熱光溢れる雷撃の大放射だ。


「なんと! これは!?」


 肉蝮が驚嘆の雄叫びを上げた。

 森田の全身から放出された雷撃の嵐が熱線の束となり、取り囲んでいた忍の軍勢を、頭上の火龍砲を、辺りの木々を次々と穿ち焼き尽くしていく。

 形勢が、一瞬にして逆転した。


「忍法〈雷熱波(らいねつは)〉――俺がただ逃げ回っていると思い込んでいたのが、貴様の運の尽きだ、肉蝮現生」


 雷電放射の手を一向に休めることなく、森田は姿なき肉蝮へ語り続ける。


「俺の袷と袴は、特殊な繊維で編まれておる。動けば動くほど、静電気が溜まる仕組みになっているのよ」


「すると、この雷は……」


「そうだ。先ほどの攻防を経て十分に溜まった静電気を、結印することで威力を増加させ、一気に解き放ったのだ――だが、これだけではないぞ」


 すっと、雷光に包まれた森田の右手が、遥か頭上を指さす。

 そこには、何とも幻想的にして怪奇な風景が広がっていた。


 夜の帳が下りた天空。その中心が渦を巻いて、異様なほどに光り瞬いていた。

 白と蒼と紫の輝き。森田の〈雷熱波〉に呼応される形で召喚された聖なる滅光(めっこう)

 光の渦は徐々に範囲と輝度を増していき、御伽岳一帯を囲むまでに拡大する。


「忍法〈雷嵐奇天(らいらんきてん)〉――千々なる稲妻の槍に、呑まれるが良いわっ!」


「うぬぅ……!」


 口惜し気に呻く肉蝮を尻目に、森田の言葉通り、それは起こった。


 天空から凄まじい疾さで、稲妻の槍が大量に降り注ぐ。

 それは無限にして、圧倒的で、それでいて終わりの見えぬ攻撃に思えた。


 驟雨(しゅうう)を彷彿とさせる勢いで、森中に迅激(じんげき)を叩き込む雷槍(らいそう)渦嵐(うずあらし)

 千を超える暴雷。圧倒的な破壊の渦中に、御伽岳が呑まれる。

 木々という木々が、土という土が焼き尽くされる。


 炎の列柱があちらこちらで立ち昇り、激しく爆裂を繰り返す。

 そこに時折、肉蝮のものと思われる叫び声が入り混じる。


 彩姫の瞳には、これらのどれ一つとして映らなかった。

 いや、見ることが叶わないと言った方が正しい。

 視界に広がる蒼白い光から逃れる為、目を瞑り続けるしかなかったからだ。

 だが、耳元で炸裂する轟音と足許から伝わる激しい震動から、目の前で起こっている惨状を想像するのは難くなかった。


 やがて揺れが収まり、彩姫は恐る恐る目を開けた。

 明滅する視界の中。ぼんやりと映るのは、辺りに揺らめく炎熱の海。

 熱波が吹き荒れ、虫のさざめきも消えた中、ただ一人灰塵(かいじん)の上に佇立(ちょりつ)するは、稲妻の忍法使い。


 肉蝮の声は、跡形も無く消えていた。

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