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妖獣忍法伝INAZUMA  作者: 浦切三語
最終章 我一心
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第二十九話 対峙

 神狩ヶ淵より北東に位置するその祠は、見た目の造りだけは一般的な祠と大差ない。ただ、大人の倍以上もの高さと広さを持ち、あまりにも巨大であるという点だけが、異質だった。


 獣道を登りきって、朱塗りの鳥居を潜った先。土を被った石畳の上に、三塊の巨石で構成された石組があり、その中に、木造りの社殿がすっぽりと収められていた。


 社殿の周りには太い注連縄が張られていて、余人の侵入を許さない。社殿の奥に隠された祠の真の姿を、(みだ)りに人々の目に触れさせないためだ。


 つまりは抜け道があり、それは社殿の中にある。


 電七郎は、今は亡き友の言葉を思い出していた。本作戦を決行する以前に、万が一の為にと、抜け道の場所を教えて貰っていたのだ。


 注連縄を太刀で斬り解いてから、社殿の扉をゆっくりと開けた。背を屈め、首を突き出して中を覗く。驚くくらい、社殿内部には何もなかった。神仏像の一つすら安置されていない。


 その代わりに、大穴があった。本来なら板張りの床が敷かれるであろう場所に、穴がある。一見しただけでは、どこまで続いているのか分からない。まるで、巨大な獣が獲物の飛び込んでくるのを待って、大口を開いているかのようであった。


 穴は深さだけでなく、優に大人が通れるくらいには幅が広い。しかもご丁寧なことに、石造りの梯子まで備え付けられていた。


 ならば喜んで、飛び込んでやろう。


 電七郎は梯子を使い、地下へ地下へと降り進んでいった。


 やがて、足が硬く重い何かに触れる。地面。そこが終端だった。


 振り返った電七郎の目の前に広がっていたのは、巨大な地下空間であった。冷えた空気が滞留を起こしているのが、肌の感覚で分かる。


 天井部からは灰色の列柱が無数に垂れ下がっていた。濡れた先端が氷柱のように細く尖り、空間を長く縦に貫いている。自然の営みにより生まれた奇観であり、しかしどこか、人の手によって規則正しく配列されたかのようにも見える。こんこんと、どこからか漏れる水音が岩々を叩き、やけに大きく電七郎の耳を打った。


 何よりの驚きは、月光も届かない空間でありながら、光が広がっているという点だった。


 空間の中央部に、並々と広がる浅い湖。それが光源だった。湖の底に篝火を幾つも配置させたかのように、湖自体が淡い光を放っては、闇に包まれるはずの地下空間を照らしている。


 この、摩訶不思議な現象を引き起こしている湖こそが、祠に祀られた御神体の真なる姿。八百年のその昔、調伏された〈妖獣の皇〉の体から溢れた血が時を経て、清き水へと変じたもの。嘗ては、滅ぼされた怨みを糧に怒りに満ちていたであろう湖面も、今は不気味なほどに静まり返っている。


 そして、湖を挟んだ対岸の向こうに、人の姿が。


 長大な石柱に両腕を縛られ、身動きを封じられし女子の姿を、電七郎はしかと見た。


「彩姫殿!」


 空間全域に轟くほどの大声にあてられ、それまで俯き加減でいた彩姫が、驚きに顔を上げた。


「電七郎様!」


 来てくれた――電七郎様が来てくださった!


 胸の内に、途方もない悦びが湧き上がる。


 だが、それも直ぐに消え失せた。


「ようやく来たか」


 彩姫の隣。


 殺気を孕んだ暗黒の化身が、うっそりと呟いた。


 その鍛え抜かれた全身を隈なく覆う、漆黒の忍装束と忍風布。背負いしは、幾多の民を斬り殺してきた無界角形鍔の忍刀。しゃれこうべの意匠が刻まれた手甲が放つ毒々しい雰囲気が、男の心を代弁しているかのようである。


「やはり貴様も一緒か。黒嶺餓悶」


 すかさず太刀を構える電七郎。刃毀れを起こした仕込み杖は宿場街に置いてきたが、得物の強度はこれでも十分。その力強い輝きに満ちる瞳が、宿敵を見据えて離さない。


「此処まで辿り着いたということは、肉蝮を破ったということか。それだけでなく、竜羅河も葬ったな? 流石、翼折れても白鳳の嘴は、いまだ健在と見た」


 電七郎は答えない。相手がそう思い込んでいるなら、それで良い。誤りの情報を信じ込ませるのも、忍の技だ。


「彩姫殿を放せ」


 率直な要求。餓悶がけらけらと笑った。


「面白い男だ。直情的というか、莫迦というか」


「莫迦で結構。己が欲望のままに悪事を為す者と比べれば、随分とかわいいものだ」


「言うようになったではないか」


 一歩、餓悶が足を踏み出した。滲み出る気を受けて、湖面が緩やかに乱れる。


「我としては交渉の余地あれば、貴様の命は見逃してやるつもりであったが、その決起に満ちる瞳。はなから話の通じる相手ではなかったか。まぁ良い。どのみち、ここが貴様の墓場となることに変わりはない。若き忍よ、予言しておこう。貴様は、この黒嶺餓悶に傷一つつけること叶わず、失意のうちに人生の幕を降ろすであろう」


「……黒嶺餓悶……黒嶺餓悶……か」


「……なんだ」


「いつどこで、そんな名を思いついたか、俺には分からぬ。だが、名を偽っても、その身その心までは欺けぬ……いや」


 電七郎は、何かを後悔するように被りを振った。


「違うな。俺は見事に、欺かれた。貴様の術中にまんまと嵌り、こうして五年もの歳月を無駄にしてきた。俺がもっと聡ければ、もっと早くに貴様の正体を見抜いていれば、こんな事態になる前に、命懸けで止めていたであろうにな」


「我の正体を見抜くだと? 冗談も大概にしろ。我はこの世に生を受けて以来、ずっと、黒嶺餓悶の名で生きてきたのだぞ」


「冗談を言っているのはどちらだ」


 電七郎の夕焼け色の瞳に、憤りが灯った。


「何時まで己を偽り続けるつもりだ。もう良いだろう。そろそろ、本当の事を教えて貰おうか。なぁ――兄者よ」

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