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華麗な舞を舞いましょう

作者: Sissy

とある女の子のシンデレラストーリーです。

 学院内に植えられたプリムラやマーガレットなどが色とりどりに咲き始めた頃。

 新入生を祝うパーティが開催されていた。

 パーティ会場はまるで舞踏会そのもので、綺麗に着飾った令嬢や、優雅な動きで踊る男女。煌びやかな空気が流れている。


 そんな中、他の令嬢達に比べて随分と装飾も少なく、いささか地味なドレスを着たテレサが辺りをきょろきょろと見回す。行儀が悪いのは承知の上だが、どうにもこんな雰囲気が苦手だった。息苦しさを感じて逃げ出したいのだが、どこへ行けばいいのか分からずその場で右往左往していた。

 淡い金髪をまとめあげ、首にはシンプルな宝石1つが光るネックレス。豪奢におめかしをした他の令嬢達には敵わないが、唯一彼女達よりも目立つところがあった。

「おい、あれ見ろよ」

 テレサのすぐ近くにいた令息の1人が友人に小声で話しかける。耳が良い彼女にとっては、いかに小声で話していたとしても聞こえてくるのが苦痛だった。

「ああ、何であんなところでウロウロしているんだろうな。何か様子がおかしいぜ」

「違うって! 確かにそれもおかしいけど、何よりあいつの目を見てみろよ」

 指まで差してくる令息に内心悪態をつきながら、視線をずらそうとする。それ以上は聞きたくない。耳を塞ぎたくなり、慌ててその場から去ろうとした。

「きゃっ!」

 前を見ていなかったテレサは、慌てて逃げようとした拍子に1人の女性にぶつかってしまった。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 テレサは慌てて頭を下げる。相手はいかにも嫌そうに、眉をしかめて口許を歪めていた。

「なあに、貴女。わたくしにぶつかっておいてそれ? 礼儀知らずにも程があるわ。もしかして平民?」

 この聖ルーペス学院は、その教育理念に基づいて入学資格に階級は設けないことになっている。よって、学院に入るのは爵位を持たない人でも問題はないのだが、実際には奨励金を貰える優秀な一般市民以外の市民は学費の問題で入れないのだ。結果的に、一部を除いて学院に通っているのはほとんど貴族の令嬢や令息ばかりだ。そのため、学院内でも階級差別が激しく問題にもなっている。

 彼女もその例だろう。あからさまに、テレサを見下した目で見ている。

「ちょっと、名乗るとか何かしなさいよ。それにいつまでうつむいているのかしら」

 彼女に言われ渋々、顔を上げる。

 テレサの顔を見て彼女は目を丸くした。

「貴女のその瞳……どうして2色なの……?」

 そこに触れられたくなかったのに。

「そ、それは」

 テレサは淡い桃色と、水色の2色という珍しい目をしている。左右とも違うオッドアイとはまた別だ。

 この瞳のせいで嫌に目立つ。それがまた嫌だった。

 目立ちたくない、陰でこっそりと生きていきたい。それなのに、この瞳の所為でそんな些細な願いすら叶わない。

「貴女。名前は?」

 扇子を閉じ、挑発的に突きつける彼女。

 その鋭い視線に反抗できず、テレサは答えた。

「テレンティア・スティングレイです……」

 テレサの家名を聞いた彼女は、考えを巡らせたあと、挑発的な歪んだ微笑みを浮かべた。

「スティングレイって、あのスティングレイ子爵? あれよね、代々女性が当主を務めるっていう変わった家系。まさか貴女が……へえ、随分と楽しくなりそうじゃない?」

 そう言って、取り巻きにも意見を求める。周りにいた令嬢達も面白そうに笑っている。

「お近づきになれた印として、特別に名乗ってあげるわ。わたくしは、カトリーヌ・エタンプ。エタンプ伯爵令嬢よ。社交界では“白き薔薇”とも言われているの。貴女みたいな子爵ごときの令嬢さんなんて華やかな社交界にすら夢物語なのでしょうね」

 白き薔薇こと、カトリーヌはそう言い高笑いをする。

 テレサは、彼女のその笑い声がとても苦手だった。

 今すぐに振り切りたいが相手は伯爵令嬢。彼女も言う通り、子爵ごときのテレサがそんなことを出来るはずもない。

「じゃあね、テレサ。学院生活を存分に楽しみましょう」

 そう言い、カトリーヌは取り巻きを引きつれ去って行く。

 ようやく過ぎ去った嵐に、テレサは安堵した。


 しかし、本当の嵐はこれからだ、ということをこの時のテレサはまだ知らない。



 ■


 歓迎パーティからしばらく数日が過ぎ去った。

 初めは緊張していた生徒も友人もでき、勉強にも学院の生活にも慣れてきた頃。

 テレサは1人、頭を抱えていた。


(……どうして友達が1人も出来ないの!?)


 聖ルーペス学院は、お世辞にも優秀な教育機関とは言えない。指導する内容やその質は至って平凡。特筆するならば、設置されている剣技学科が有名なくらいだ。来る者拒まず、というのがモットーのこの学院には、勉強嫌いの貴族の子供たちばかり集まる。

 彼らは勉学に励むことよりも、異性に良く見られたい、または貴族の自分をちやほやしてもらうことに全力を注ぐ。必然的に、華やかな見た目をした生徒が多くなる中、全く着飾ることなく、教科書をいつも片手に持ち歩くテレサの姿は嫌に目立つ。

 しかし、少数だがそういう生徒はテレサ以外にもいる。それなのに、入学してからテレサは誰一人として親しい友人が出来ないままだった。



 それどころかテレサの噂まで流れている始末。

 多分、初日に出会った伯爵令嬢カトリーヌあたりが流したのだろうが、それがまた酷いものだったのだ。

『聖ルーペス学院の新入生に、瞳が2色の非ナトゥーラ人がいる』


 このナトゥーラ国の大半を占めるのがナトゥーラ人なのだが、彼等は自分達が最上位に来る人種だと考えており、それ以外の国の人々、または少数民族のことを『非ナトゥーラ人』と蔑称で呼んでいる。


 その噂のせいもあるのか、テレサを避ける人は多く、姿を見ただけで逃げたり、噂話を持ち出したりするのだ。テレサが話しかけてみても、慌てて逃げ出す。


(わたし、何も悪いことしていないのになぁ)


 友達が欲しい。

 多くなくていい。


 それすらも叶わない。

 何もしていないのに悪目立ちし、注目を浴びる。

 それだったらいっそ影のように生きよう。


 そんな決意をテレサは胸に秘め、次の授業が行われる場所へと歩みを進めた。




 □


 学院内にあるガーデンエリアに3人の男女が立っていた。

 青みがかった銀髪を髪紐で束ね、後ろへ流している人物が微笑みながら教科書を持って小走りする少女を見やる。

「あの子とか良いじゃない?」

 見た目に似合わず、魅力的な低い声だが女性口調だ。

 尋ねられた男女は、不思議に思うことなく普通に接している。

「でも彼女は確か新入生でしたよ?」

 濃紺の髪と海のような青色の目をした青年が返答した。


 濃紺の髪色をした青年と、青みがかった銀髪をなびかせる彼は年も近そうだ。それでも、濃紺の青年が女性口調の彼に敬語を使う、というのは彼の持つ爵位が、濃紺の彼よりも上だという証。

 そんな彼の言葉に目を輝かせる女性口調の人物。

「良いじゃない~、だからこそ輝いて見えるのね?」

「輝いているかはともかく、如何いたしますか」

 今度は赤髪で赤銅色の瞳の少女が話しかける。

 凛とした佇まいの少女を見やり、彼はゆっくりと頷いた。

「もちろん、お願いするわ」



 ■


 学院の昼食時は、食堂で済ませる人が多いためかなり混雑している。大混乱を防ぐために、3つも食堂が用意されているのだがそれでも溢れかえってしまう。

 もともと人気が多い所が苦手なだけでなく、一緒に食べる人がいない中、あの大勢に紛れ込むことが出来ずテレサはいつもガーデンエリアで食べている。

 ガーデンエリアは、薔薇を始めとする様々な花が植えられた憩いの場所だ。しかし、華やかな見た目とは裏腹に花の香りに誘われて虫が多い。そのため虫嫌いの令嬢達は寄りつかないのだ。

 テレサにとっては、格好の食事場所だった。


 いつも1人で、誰にも見つからず過ごす。

 今日もそうだと思っていた。しかし。


「あ、いた~」

 低く、魅惑的な声音が聞こえる。ぎょっとして声のする方を振り返る。

「!?」

 驚きすぎて声が出なかった。

 声の主は、テレサと息がかかるほどの距離まで縮めている。


 突如して現れた訪問者に、テレサは何も言えない。

 彼女の様子など気にした風もなく、目の前の青みがかった銀髪の男性は微笑みを向ける。

「ずっとアンタを探していたのよ~。新入生のテレンティアちゃん?」

 なぜ、名前を? そう問いかける前になぜ彼が女性口調なのか、その事実に驚愕し固まる。

 その反応も予想済みなのか、目の前の男性は笑いながら自己紹介をする。


「アタシは、ディランよ。女性口調だけどれっきとした男だから!」

「……そ、そうですか」

 ようやく出せた声は酷く乾いていて、かざついていた。

 テレサの反応に頬を膨らませるディラン。

「やぁね、反応薄いじゃないの」

 彼の言葉に後ろに距離を置くようにして立っていた男性が口を開いた。

「ディラン様、いきなり押しかけては彼女も困るでしょう。まずは、僕たちの目的を説明してみては?」

 そんな彼の言葉に食ってかかるように、今度は隣に立つ赤髪の少女が言う。

「まずは、私達の自己紹介も必要なのでは。誰かも分からないのに、目的を言われても余計に混乱するだけではないか」

 凛とした声だった。

 彼女の提案に、ディランも頷く。

「そうね、まずはお互いを知ることが大切だわ。まずは、ワタシからね。剣技学科剣技コースのディランよ。見ての通り、男だけど女性口調なの。気にしないでね」

 そう言い、優雅な仕草で一礼をした。

 何となく行動の端々に出る品の良さが、彼がただの貴族令息ではないことを語っている気がする。


 ディランに変わって前に進み出たのは、先程後ろに控えていた濃紺の髪を持つ青年だった。

「僕はマルス・フォン・ノイラートと申します。ノイラート辺境伯の子息です。ディラン様と同じく剣技コースの生徒になります」

 堅苦しいわぁ、と不満を言うディランを無視しマルスは名乗る。

 彼が終わったと踏んで、赤髪の少女が真っ直ぐな赤銅色の目を向けた。


「私はロタ・リード・セネカ。同じく剣技コース。貴方とは年が近いだろうから、何かあれば言うといい」

 ロタと名乗る少女はそう言い、胸に手を当てた。騎士特有の挨拶だ。ということは、彼女は騎士家系なのだろうか、とテレサは思った。


「ほら、次はアンタの番よ」

 ディランにそう突かれて、緊張した面持ちでテレサは見やる。

 自分が何故、彼等に自己紹介をする羽目になっているのかよく分からなかったが、向こうも名乗ったのでそれに習って自己紹介をする。


「わたしは、テレンティア・スティングレイです。聖ルーペス学院の新入生で……えっと、治癒魔道士コースです」

「まあ、治癒魔道士コースなのね。ということは、魔法が得意?」

 ディランの輝く翡翠の瞳に絡め取られるような気持ちになる。

「え、ええ」

「そう。珍しいわねぇ、この学院って剣の指導だけ有名だから~。って、そんなことよりアンタのその瞳も珍しいわね。2色の目、っていうことは少数民族の血でも継いでいるの?」

 目ざとく気付いたディランに、テレサは怯えながらも答える。

「祖母がロクス・ソルスです」

「ああ、なるほど」

「ロクス・ソルス?」

 ロタが眉をひそめた。分からないことが嫌だ、というような顔だ。きっと、とてもまじめな性格なんだろう。

「ロクス・ソルスはね、寒い地域に住む少数民族の名前よ。ナトゥーラ語で言えば、シャンバラ族ね」

「ああ、シャンバラ族のことですか。確か瞳が我々と違い、2つの色をしていると」

「ええ。そうよ、合っているわよね? テレンティア」

「はい」

 不思議と彼等には、他の人達と違って軽蔑する空気が漂わない。テレサがロクス・ソルス族の血を引き継いでいると言っても、非ナトゥーラ人だ、と言うこともない。それがテレサにとって、嬉しくもあり、どこか気恥ずかしさもあった。

「テレンティアもアタシ達もこれで知り合った、ということで早速本題に入りましょうか」

 パン、と手を叩きディランがテレサの隣に座る。マルスもロタもそれに続いて、向かい合うように座った。3人一斉の視線を受け震えるテレサ。

「アタシ達はね、3か月後に控える舞踏コンテストに出場することにしたの」

「舞踏、コンテスト……ですか」

 そんなイベントが行われること自体、全く知らなかった。それだけ、自分がこの学院に興味がない証拠だった。

「舞踏コンテストは、大きく分けて2つあります。剣技学科の生徒が出場する剣舞コンテスト。そして、テレサさん、貴方が所属する魔法学科の生徒が出場する魔法舞踏コンテストです。いずれも、優勝すればかなりの名誉が与えられます」

 ロタが言うには、そのコンテストの優勝者は全校生徒の憧れの的らしい。何故なら、王家までもが見に来る大きな大会なのだそうだ。女性限定だからこそ、貴族令嬢達は我こそは、と優勝の座を狙うらしい。優勝すれば、王家にも謁見する権利を与えられるし、玉の輿を願う令嬢にとって何が何でも手に入れるべき機会なのだ。


 ただ1つ、テレサには疑問があった。

「でも、どうしてわたしにその話を聞かせるのですか?」

 先程、ディランは言った。舞踏コンテストに出る、と。ディランは自称男性だし、マルスはどう見ても男性だ。ロタは容姿端麗だし、何でも出来そうなので、冴えないテレサに声をかける理由が分からないのだ。出るなら自分達で勝手に出れば良いのに。

 そう思っていたテレサに、ディランは思いもよらない言葉を残す。

「アタシ達がアンタをプロデュースするの」

「え?」

「アタシとマルス、ロタの3人が3か月後に控える魔法舞踏コンテストに向けてアンタをプロデュースするのよ」

「い、いやいや、無理です! わたしなんて冴えないし、ロタさんみたいに美人じゃないし、舞踏は一応嗜んでいましたけどそれは基本中の基本ですし……。わたしなんかより、もっと適切な人がいるはずです」

 そう言って、うつむいた。3人の視線が痛い。早くこの場から去りたい、とテレサは願っていた。

 しかし――。


「辛気臭いったら!」

 鈍い音を立て、ディランの掌がテレサの背中を打つ。あまりの衝撃に、声すら出ない。

「……ッ」

「いい? アンタ、自分じゃ駄目っていう理由でアタシの依頼を断らないで。アタシ、その理由が一番嫌いなの」

 低くドスのきいた声で脅すように言われる。

 怖くなって、涙目になりつつテレサは必死に頷く。


「アンタが優勝を狙えるレベルに持ち上げるのが、アタシ達の仕事。アンタはアタシ達を信じて前だけ見ればいいわけ? 分かった? 返事は?」

 大きな手で顔を押さえつけられ、さらに近づけられる。

 ディランの美しい顔が今は何よりも怖い。

「はい」

 必死に返事をするテレサに、息がかかるほど近づけたディランは明らかに『男』の声で聞いた。

「舞踏コンテスト、やるわよね?」

「……」

「やるわよね?」

「はい、やります……」

 何故、こんな流れになったんだろう――。

 テレサはそう思わずにはいられなかった。



 ■


 それからは毎日、特訓の日々だった。

 ディラン達も、テレサも昼は授業があるため特訓をするのは放課後だ。それに、全員寮生活なので夜遅くまで練習を行うこともある。

 今日は、ロタに舞踏を教わる日だ。


「体の全神経に集中して。舞踏で大切なのは、指先といった細かな部分のしなやかさだ。これが出来ないと、踊りは美しく舞うことが出来ない」

 ロタはそう言い、テレサに体の動かし方を指導してくれる。

 ディラン曰く、彼女は相当な剣の腕前で、それだけでなく、剣舞コンテストで優勝したこともあるらしい。剣舞コンテストには、剣技コースだけでなく、剣舞を専門的に学ぶ剣舞コースまであるのに、その生徒たちを押さえて優勝したという実力の持ち主。

 そう思えば、そんな凄い実力者に教えてもらっているこの状況が一気に怖くなった。


 その緊張が体にも表れていたのか、ロタはテレサの体に触れながら首を傾げる。

「どうした、筋肉が緊張しているぞ。これでは美しい舞をすることが出来ない」

「ご、ごめんなさい……」

「テレサさん。少し休憩でもするか?」


 このタイミングでそう言ってもらえるのは嬉しかった。

 ロタはどこからか、葡萄酒を持ってくると杯に注いで渡してくれる。


「テレサさん。ディラン様が一方的に貴方をコンテストに出場させることになってしまったが、本当に嫌なら嫌と言ってくれて構わない。あの方を止めるのも、我々の義務だからな」

 真面目なロタは、テレサが置かれた状況をいつも心配してくれる。出会ってまだ少ししか時間は経っていないが、それでも彼女が素直でいい人だということは伝わった。

「い、いえ。確かに初めはどうしてこうなったんだろう、っていう気持ちは大きかったですけど、こうしてロタさんが遅くまで特訓してくださっているので。いつの間にか、その気持ちに応えないと、って思って……」


 今でこそ、舞踏が少しずつ楽しく思えてきたが、特訓を始めた時は何で巻き込まれなくてはならないのだろう、とずっと思っていた。でも、夜遅くまでこうして付き合ってくれ、それ以外でもどうやったら分かりやすく伝えることが出来るか、教える側の努力をしているロタに、少しでも応えたい。そんな気持ちが膨らんでいるのを感じていた。勿論、ロタだけではなく、衣装を担当してくれるマルス、化粧やどう演出するかなど考えているディランにも応えたいとも考えている。


「……貴方はきっと嫌なことを嫌だと言えないのだろうな」

「えっ、そうでしょうか」

「ああ。私から見ればそうだ。私は貴方とは違い、はっきりと物を言うタイプだから貴方のように思いを胸に秘めることは少ない。でも、我慢することはない。誰も貴方を縛ることは出来ないのだからな」

「ロタさん……。でもわたし、今の状態もとても気に入っていますよ。元々、舞踏は嫌いじゃないですし、皆さんと一緒に1つの目標に向かって走っている状態も楽しいんです」

 それだけじゃなかった。

 テレサが嫌がらない理由は、本当は自分が一番よく分かる。

「……それに、学院に入学して皆さんに出会うまで、わたしには友達と呼べる人はいませんでしたから。こうして、他の人と一緒に何かをするというのがとても新鮮で楽しいな、って」

 同期生にはまだ友人はいない。

 ロタ達とは友人と呼ぶ関係ではないかもしれないが、軽蔑せずに同じ目標に向かって同じ時間を共有する仲間がいることにテレサは嬉しく思った。

 だからこそ、嫌だ、とも言えないのだろう。本当は嫌だ、なんて思っていないからだ。


「そうか。私も貴方みたいな人とこうしていられることが出来て嬉しい。今まで私もずっと、ディラン様やマルスと過ごしていたから、同性と話をする機会というのはいなかったんだ。だから私も……きっと嬉しいし、楽しいのだろうな」

 そう言うと、ロタは微笑んだ。花がそっと綻ぶような笑みに、テレサもつられて笑う。

「テレサさん」

「はい」

「私はあの時からずっと思っていた。貴方には勇気が足りないのでは、と。何もかも踏み出さないと始まらない。だからこそ、貴方にはその勇気を持てるようになって欲しいと。この特訓を通じて、私は舞踏だけでなく、そうした勇気も得て欲しいと思っている」

 ロタの真っ直ぐな視線に、テレサは胸を張って返事をした。



 ■


「今日からは、ロタの指導に加えてアタシの演出指導の特訓が始まるわ」

 ディランとテレサは、人気のないガーデンエリアにある、憩いの広間にいた。時刻は夕方。今日はどこかの令息主催のパーティがあるらしく、学院内の有力貴族の生徒たちはこぞって参加しているらしい。そのせいもあり、学院は酷く静かだった。

 そして今日からはロタの舞踏の特訓に加え、ディランの魔法舞踏においての演出の仕方を伝授してもらう。

 そもそも魔法舞踏の内容さえ、テレサはあまり理解していない。


「ディランさん、よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。じゃあ、まずアンタはどれくらい魔法舞踏のこと知っているかしら?」

「全くと言っていいほど……」

「魔法舞踏は、その名前の通り魔法を使いながら踊る伝統舞踊のことなのよ。古くから、踊り子を通じて今に残っているある意味、稀少な伝統かしらね。それを聖ルーペス学院は取り入れているってわけ」

 普通の舞踏を取り入れている教育機関は多いが、この学院のようにあまり認知されていない伝統を取り入れているのは珍しい方だ。

「魔法舞踏って、どんな踊りをするんですか?」

「そのままよ。魔法を繰り出しながら踊るの。自分をより一層美しく魅せるため、そして踊りの世界観を魔法で表現するという意味も含まれているわ」

 ディランの言葉にテレサはどんなものなのか想像してみるが、いまいちピンとこない。その表情で何となく察したのか、ディランは笑いながら言った。

「じゃあ、アタシが一度やってみるわね」


 そう言い、ディランは笑みを消し去る。真剣な表情と呼応するように、纏う空気も鋭く緊張感を含んでいた。

 優雅に手を伸ばし、柔らかな線を描くように振ると彼の指先から氷と冷気が生まれる。それはまるで、絵画の中を自由に動き回っているような光景だった。息をつく間もなく、次から次へと魔法で氷を生み出し、それを操り自分だけの舞台を作る。動きはゆっくりなものから激しく変わり、最後は破裂するように氷が散った。

 あまりの美しさに、テレサは動けなかった。


「やだぁ、見惚れてくれるのは嬉しいけど、アンタもやるのよ~」

 ディランのいつも通りのその口調にハッと我に返る。

 あんな風に踊れるようになりたい、いつの間にかテレサはそう強く思っていた。


「さ、やってみて。ロタに教えてもらった形に合わせて自分の得意な魔法を出すの」

 そう言われ、テレサは指先の動きにまで細心の注意を払いながら、体内にある魔力を流動させる。そして、ディランのように指先から魔法――生きているような水――を出す。


「うんうん、良いじゃない。でもテレサ。アンタってそれだけじゃないでしょう?」

「えっ、どういうことですか?」

「とぼけないで~。アタシ、剣だけじゃなく魔法も嗜むから人の魔力量とか大体分かるの」

 ディランはにこやかに笑うが、その翡翠色の瞳には感情が見えない。

「アンタ、同時に二種類の魔法を出せるくらいの魔力と素質はあるわよね」

「……えっ」

「治癒魔道士コースだけじゃ勿体ないくらいの。いいえ、聖ルーペス学院レベルじゃ持て余すくらいの魔道士の素質。多分、学院でもアンタの魔法の才能は高レベルでしょうね」

 鋭い視線を注がれる。ゆっくりとディランは近づき、耳元でそっと囁いた。


「どうして、この学院に来たんだ?」


 いつもの女性口調でないだけなのに、テレサの心臓はびくりと跳ね上がる。距離の問題だけではない、ディランを見るだけでも早鐘する。


「なんてね♪ さ、やってご覧なさい」

 先程の様子など微塵も感じさせない彼の様子に、困惑しながらもテレサは言われた通りに二種類の魔法を出しながら舞う。


 この世界には、魔法を扱える人間は少数だ。普通、魔道士の才を持つ人間には生まれた時から扱える魔法の属性は決まっている。大抵は一種類。しかし、テレサの場合は二種類も扱える。ディランがそう聞くのも無理はない。テレサ程の魔力の持ち主、素質があれば国お抱えの魔道士になれるのだ。もっと、魔法学に力を入れた学院に入れば、テレサの未来は広がるのに。うぬぼれかもしれないが、テレサはディランがそう感じたのではないか、と何となく思っていた。


「ううん、駄目! 違うのよ~。そうじゃないわ」

 踊り終わった後、ディランはテレサの舞について首を振る。どうにも納得していないらしい。何が駄目だったのだろう、と不安げにテレサが見つめる中、ディランは鋭い指摘をする。


「アンタは、二種類の魔法を出していてもあまり疲れた表情はしていないわね。となると、高位魔法を二、三発放っても平気な程の魔力の持ち主……。それなのに何故、纏う火と水が小さいのよ!」

「ち、小さい……?」

「ええ!! 極小よ! 迫力なさすぎ! せっかく二種類も扱えるんだから、もっと周りに自慢するくらいド派手にいきなさいよ。それでも疲れないでしょ、どうせ」

 そうは言っても、テレサからすれば善処している。

 魔力を注げば注ぐほど大きくなるわけでもなく、ディランの目指すド派手さというのがイマイチ理解出来ていないのも理由の1つかもしれない。


「ほら、もう一回!」

 何度も何度も、ディランから駄目だしをされる。しかし、一向に上手くならない。それどころか、みるみるうちに火と水の勢いが弱まって、最後の方には申し訳程度しか発動しなかった。


「やっぱり、わたしには無理です。何度やってもダメだし、自分には魔法舞踏なんて向いていないんですよ」

 すっかり参ってしまったテレサは次から次へと弱音を吐く。

「わたしには華やかな舞台なんて似合わないですよ、やっぱりロタさんや他の方がやるべきです。わたしは影に紛れて生きるべき人間ですよ。とりわけ美人でもないし、取柄と言えば魔法だけだし……」

「もう! その自信の無さが原因よ、このお馬鹿!」

 ディランはそう言い、うつむくテレサの顎を掴み、顔を上げるようにする。無理矢理、上を向かされたテレサはただディランを見つめるだけしかなかった。


「良いかしら、アンタは可愛いわ」

 そう言い、テレサの前髪を上げる。いきなり何を、と身じろぐがディランは女性口調とはいえ、れっきとした男だ。男の腕力に叶うはずもない。


「それに素敵な淑女よ」

 ディランはテレサの手を優しくとると、そっと甲にキスをする。思わず驚いて手を引っ込める彼女に、面白そうにディランは笑う。


 ずっとテレサの心臓は鳴っていた。耳にまで届くくらいの音、速さで。ディランに聞こえてしまうのではないか、というほどに。


「でも……わたしは……」

「もう、不細工!」

「え」

「不細工よ! アタシ、『でも自分は』って言い訳するオンナは嫌いなの。だって、変わろうとしないままそんな言い訳しても、何も変わらないし、望むものも手に入らない。女性はみんな努力しているわ。努力して自分の理想に近づこうとするの。努力もする前に、自分の能力を諦めているアンタみたいな人、見ていてイライラする。はなから諦めるんじゃなくて、やった後に諦めなさいよ。無駄な努力、って思うかもしれないけどその努力は必ずどこかで実を結ぶのよ。人生って、そういう風に出来ているの」


 優しくディランが頬を撫でてくれる。

 その温かさに身を委ねたい、と強く思った。


「いいこと、テレサ。アタシがアンタをコンテストに誘った理由はね、アンタ自身何も悪いことしていないのに、噂だったり周りのせいだったり、そのせいで自分を殺す羽目になっている。誰が何と言おうとテレサはテレサのままが一番素敵なのによ? それを身で感じて欲しくて無理矢理に誘ったの。どうしても、アンタには輝きを失って欲しくないから」

「輝き、ですか? わたしが?」

「ええ、自分では気がついていないでしょうけど、アンタってとっても輝いているのよ。だから皆注目して嫉妬するの。あんな奴らにアンタの輝きを失われて堪るか! ってね、アンタの意志関係なく、誘っちゃった」

 ディランと出会ったのは、1人で過ごした昼食の時だった。

 あの時、どうして自分だったのか全く聞けなかったが、今こうして聞いてみるとディランがどれほど自分の為を考えて行動してくれているのか、ひしひしと感じた。


「どうして……そこまでしてくれるんですか」

「どうして、かぁ。強いて言うなら助けたかったから、かしらね? コンテストで優勝すれば、変な噂は流れないし今の辛い状態から抜け出せることが出来るしね」

「どうして。助けたいだけじゃここまで出来ませんよ」

 涙が視界をにじませる。声が震える。

 そんなテレサをぎゅっとディランは抱き寄せた。

 強い力に引きつけられたような感覚。彼の中にいる、と理解したのはディランの匂いに包まれた後だった。


「今はまだ全部は話せない。でもいつか、必ずアタシの心の中をアンタに伝えるわ。それとね、泣かないで。泣いてばかりじゃ何も解決しないわ。アンタには笑顔がお似合いよ」

「……ディランさん」

「アンタは何の目的でコンテストに出るの?」

 そう言い彼はテレサを優しく引き離す。

 そっと離れていく体温を名残惜しいとさえ思った。

「初めは何で無理矢理なんだろう、って思っていました。でも、わたしの為に頑張ってくれる、一生懸命な皆を見て恩返しをしたい、って思うようになって」

 テレサの言葉をディランは嬉しそうに聞いていた。


「そう、でもそれだけじゃないわ。見返すためにも頑張りましょう。自信を持って、貴女は素敵なレディよ」


 前髪を上げられたと思った瞬間、額に柔らかいものが当てられた。

「ディラン、さん?」

 テレサの額にキスをした彼は、悪戯っぽく微笑むだけだった。


 □


「今日のパーティはあんまり爵位の高いお方はいなかったわね」

 そう言い、廊下を歩く乳白色の髪をした少女、白き薔薇と名高いカトリーヌ嬢は、ぶつぶつと文句を言い放っていた。

 今日のパーティは、学院内でも有名な公爵令息主催のパーティだと聞いたので、参加したのに当の主催者本人は取り巻きに囲まれ、令嬢が近づく隙もなかった。それだったら、と参加している令息の中で地位の高い人を探したが目立った人はいなかった。

「この学院でも名高い、ヴァンキッシュ侯爵令息とかいると思ったのだけど」

 良い成果を得られなかったカトリーヌは、苛立ちを隠さず取り巻きを引きつれ歩いていた。


 ヴァンキッシュ侯爵家は、この学院でも名高い名門貴族だ。故に、侯爵令息を狙う令嬢は多く、一介の伯爵令嬢のカトリーヌではこういった時くらいでしかアプローチをかけられない。だからこそ、今日のパーティに彼が参加していなかったことに歯がゆさを感じるのだ。


 ふと、ガーデンエリアの憩いの広場の方を見やる。何気なく移した視線の先に、青みを含んだ銀髪を後ろへ流している美麗な男性と、見覚えのある少女が親しげにしているのを見つけた。

「あれは……スティングレイ子爵の令嬢と、ディラン様?」

 カトリーヌの顔に陰りが差す。

 なぜ、ディランとテレサが。目の前の光景を沸々と湧き上がる感情を抱きながら、カトリーヌは見ていた。



 ■


 白を基調とした生地に、青いリボンや刺繍で模様が施された意匠を手にする。

 舞踏コンテストまで1か月をきった。彼女の手にあるのは、マルスが作ってくれた衣装だ。

 彼はロタに手伝ってもらいながら、テレサの寸法を測ると、ディランからデザインを受け取り、すぐに作りあげた。こう言うのは失礼だろうが、見た目からでは裁縫など得意そうにないが、職人と言ってもいいほどの腕前を見せてくれた。

「凄く綺麗だなぁ」

 寮の自室で何度も広げては眺めることを繰り返す。

 今はコンテストが待ち遠しく感じる。

 マルスが作ってくれた衣装は、まるで水の精のような神秘的な雰囲気を醸し出す不思議なものだった。早くこれを着て踊りたい気持ちがどんどんと膨らんで溢れそうになる。

 テレサははじめ、自分がこんな気持ちになるとは思ってもいなかった。断れなくて受けたものの、どこかで挫折するだろう、それまでは付き合う気でいた。でも今はみんなで優勝を目指している。自分でも変化に驚くほど、テレサは変わった。

 美しい衣装を胸に抱いて、テレサは寝台に寝そべる。


「早くこれを着て、踊りたいなぁ……」


 そう思っているうちにいつの間にか、眠りに落ちていた。



 ■


 魔法舞踏コンテストまであと1か月もない。特訓の成果は目に見えて上達してきている。ディランもロタもテレサの成長に目を見張っていた。

 今日はリハーサルも兼ね、最終調整へと入るためにマルスが用意してくれた衣装を着て本番通りに踊る。そのため、教科書とは別に袋に用意して持ち歩いていた。

(治癒魔法学が始まるまであと5分……その前にトイレにでも行こうかな)

 治癒魔法学が終われば、今度はここからかなり遠くに離れた教室まで移動しなければならない。それだけで休憩時間は終わってしまうので、今のうちに済ませておこう、とテレサは立ち上がった。


 その瞬間を鋭く見ていた視線に彼女は気付かなかった。



 授業が始まる前に教室へと戻ってきたテレサは、異様な雰囲気になっているのに気付く。クラスメイトは、皆こちらをちらほらと見ては、小声で話している。入学当初は当たり前の光景だったが、今では落ち着いたはずだった。いきなりどうしたのだろう、とテレサが自身の机を見る。


「――ッ!」

 そこには無残にも鋭利な何かで傷付けられた、白と青の衣装が机上に広げられていた。

 ディランがデザインをしてくれた、マルスがその手で作り上げてくれた大切な衣装。不思議な輝きは見る影もなく、ただの布になってしまっている。溢れだす涙を必死に堪え、目の前の現実を必死に理解しようとした。

 誰が、何のために、こんなことを。

 そう叫びたくて、喉が熱く燃える。

 ふと、誰かが近づく音が聞こえてきた。


「テレンティア嬢。貴女、魔法舞踏コンテストに出るのですってね。子爵令嬢ごときが良くもまぁ。貴女じゃその衣装は似合わないだろうから、わたくしが貴女にふさわしいドレスに仕立ててあげたわ」

 満面の笑みを浮かべて楽しそうに語るのは、カトリーヌ伯爵令嬢だった。初日の入学祝パーティ以来、一度も話していない彼女が何故。しかし、今のテレサにはそんなことを問い詰める余裕もなく、授業が開始するベルが鳴っても気にせず、教室を飛び出た。

 覚えているのは、教室を飛び出す時に聞こえたカトリーヌの高笑いだった。



 1人になっても涙は止まらなかった。

 なぜ、自分がこんな仕打ちを受けなければならないのか。

 自分が彼女に何をしたというのか。

 何も悪いことをしていないのに向けられる悪意ほど、心をえぐるものはない。生まれてきた自分を呪いさえする。もっと意見の言える性格だったら。例えば、ばかり浮かんでは、現実の自分に嫌気ばかり差す。


 ロタは自分に舞踏の基本から全てを丁寧に教えてくれた。彼女にもやることはあるのに、どうすればテレサに分かりやすく教えられるかをいつも考えてくれていた。


 マルスは、テレサが似合う衣装を細部まで丁寧に作りあげてくれた。目立つのが嫌いなテレサが、着て笑顔になれるように、とばかり考えて作ってくれていたのだ。


 ディランは、自信を失いかけた自分に、自分らしくあるための大切さを、身を持って感じてもらおうと、全力を尽くしてくれている。

出会ったばかりのテレサにここまでしてくれる彼らに、恩返しが出来るように優勝を目指して頑張ってきた。


 でも、実際は。

 蔑まれ、ことごとく望みを壊され、希望を砕かれる。

 そんな悪意に耐えられるほどテレサは強くない。傷付くくらいなら、迷惑をかけるくらいなら、無かったことにしよう。特訓した時間は無駄になるかもしれないが、それでも友人のいなかったテレサにとっては、どれも大切な思い出になった。

 彼等に、お礼を言って謝ろう。

 途中で投げ出してしまう自分を責めてもらおう。

 そう思い、立ち上がった時だった。


「どうしたの?」

 優しい声で、心配する声にテレサは瞳を潤ませた。

 よりにもよって、一番会いたくて、一番会いたくない人物だとは。


「ディランさん……」

「何で泣いているの」

 ディランはそっと手を伸ばし、テレサの頬につたう大粒の雫を指ですくう。

「わたし……エントリー、辞退します」

 その言葉を言うのに、どれだけ葛藤したか分からない。口に出す直前まで申し訳なさでいっぱいになり、押し潰されそうになった。

 ディランは表情を一切変えず、静かにテレサを見つめる。

 ただ、彼の翡翠の瞳には怒りが宿っていた。


「どうして?」

「マルスさんが作ってくれた衣装……破られてもう着られない程にぼろぼろにされて。せっかく皆さんがわたしなんかの為に、一生懸命になってくれたのに……戻らない。これ以上、迷惑をかけるならわたし、もうコンテストに出なくていいです。皆さんの負担にだけは……なりたくないんです」

 大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。


 罪悪感で押し潰されそうだった。いっそこのまま消えたい、と泣きながら思った。目の前にいるディランは何と思うだろう。きっと最低な奴だ、と思うだろうか。嫌われることが怖かった。ディランにだけは一番嫌われたくないのに、どうして情けない姿を見せてしまうのだろう。きっと面倒くさい奴だ、と手をあげるかもしれない。

 それなのに、彼の前では弱音ばかりを吐いてしまう。


「テレサはコンテストに出たいの? 出たくないの? アタシ達の都合とは関係なしに、はい、いいえで答えなさい」

 長い沈黙の後にディランは静かに言った。

 その言葉にテレサは思う。ディラン達に迷惑をかけるのは嫌だ。しかし、本音を言えば出たい。出て、彼等に見て欲しい。頑張る自分の姿を。


「出たい」

「なら出なさい。アタシが無理矢理に誘ったのを、嫌がられたかと思っちゃったじゃない~。良い、アンタは何があってもアタシ達を信じなさい。アタシ達は絶対、アンタが“やって良かった”って思えるようにするから」

「……ディランさん」

「一緒に、見返してやりましょう!」


 ■


 それからは、猛特訓の始まりだった。今まで以上に特訓に全力を注ぎこむ。

 ロタ達からの指導が終わっても、自室でずっと舞踏を繰り返す。魔法が綺麗に出せるように、夜な夜な練習する。

 悔しかった。ディラン達は自分を信じてくれているのに、自分自身が信じていなかったことに腹が立った。やれるところまで、高みを望めるのなら届くように、たとえ背伸びでも良いから今、自分が出来ることをやろう。あの後、テレサはそう心に誓った。

 それに何より、カトリーヌ嬢もコンテストに出るらしい、と聞いて負けられないと闘争心を燃やした。彼女にだけは負けたくない。その気持ちでいっぱいだった。


「今日も自主練習か」

 ふいに凛とした声が聞こえてくる。芯を感じさせられる声音。

 振り返るとやはりロタだった。

「ロタさん、どうしてここが?」

「ディラン様に教えて頂いた。テレサさんが毎日、舞踏の練習をしているって。最近、どうされた? 一時は辞める、と聞いていたのだが」

 ロタにまで届いているとは、少し気恥ずかしくなってテレサは頬を染める。一時の迷いとはいえ、情けないところをいつまでもからかわれている気分だった。


「見返すために、それと恩返しのために……ですかね」

「見返し?」

「ええ。ちょっと悔しくって。負けっぱなしじゃ駄目だな、って。いつまでも情けないわたしじゃ、皆さんに泥を塗ることになりますから」

 そう言い、テレサは踊りを続ける。様になった彼女の舞踊をロタは嬉しそうに目を細め、ずっと見つめていた。



 □


 ついにやってきた、魔法舞踏コンテストの日。

 今回出場する生徒たちは、控室で自らを飾り立てようと必死に鏡と向き合っている。ある者は衣装を着て全身鏡で写し、ある者は鏡と鏡を合わせどの角度から髪型が見えるように必死に確認している。

 そんな彼女たちの様子を、テレサは恐々と眺めていた。


 カトリーヌに衣装を八つ裂きにされた後、マルスは急いで新しい衣装を仕立ててくれた。新しい衣装は、装飾も少なくかなり質素で、縫い込みも少々甘い気がする。……きっと、時間がない中でマルスはテレサの為に衣装を縫い上げてくれたのだろう。

 そう思うと、今度こそは破られないようにしよう、と心に誓う。


「次、35番。スタンバイお願いします」

 執行部の生徒の呼びかけに、緊張した面持ちの少女がドレスの裾を持ち上げ小走りに向かって行った。近づいてくる出番に控室の空気は固くなる。


 そんな重苦しい空気を壊すかのように、乳白色の波打った髪を持った少女が取り巻きを引きつれ、近づいてくる。

「あら? テレンティア、貴女まだ出るつもりだったの~? 潔く辞退しなさいよ。衣装も前よりおんぼろな物になっちゃったわね」

 自称、白き薔薇ことカトリーヌ・エタンプ伯爵嬢。

 最初にマルスが作ってくれたテレサの衣装を破いた張本人。


 テレサは鋭いまなざしで彼女を射る。

 しかし、当の本人はそんなテレサの視線でさえも、蔑み、嘲笑った。


「なぁに、その目。ちょっと偉い貴族令息達に気に入られているからってわたくしに勝とうと? いい加減、己の立場を弁えなさいよ」

「カトリーヌ嬢……わたしを侮辱するのは良い。でも、周りの人達まで悪く言わないで」


 カトリーヌに目の敵にされるのはもう慣れている。彼女にとって、テレサというのは子爵というあまり高くない身分なうえ、テレサの推測だがディランやマルス、ロタと付き合いがあるからだろう。

 ディランとロタの詳しい身分は分からないが、確実にテレサよりは上だろう。


 だからこそ、爵位に関係なく接してくれる彼等を、カトリーヌにだけは悪く言われたくなかった。


「なによ、生意気。子爵ごときがわたくしにそんな口調で話しかけて良いとでも思っているのかしら? 貴女はふさわしくないわ、この舞踏コンテストに。観客の目を汚させるだけよ」

 そう言い、カトリーヌは傍に立っていた少女に合図する。


 一体何をするつもり――。

 テレサが言おうとしたその瞬間だった。

 腹部に冷たいものを感じた。見ると赤紫の液体が付着している。驚いてカトリーヌの手元を見ると、空になったワイングラスを手にしていた。


 そして、あの高笑いをすると満足そうにテレサを見下ろす。


 それが引き金となった。

 テレサはカッ、となりカトリーヌにまくしたてる。


「この衣装はね、マルスさんが一生懸命作ってくれたものなの! それをよくも台無しにしてくれて……カトリーヌ嬢、わたしはあなたを許さない」

「許さないから何だっていうのよ」

「コンテストで優勝する。そして優勝した暁には、あなたがわたしにしてきたこと、そしてディランさんやマルスさんにしたことを、謝ってもらいます」


 息をするように言葉がすらすらと出た。

 しかし、カトリーヌはテレサの言葉を鼻で笑う。


「だから何? 貴女が勝てる算段なんてないけど」

 そんな時、ふいに控室の扉が開いた。



「そうかしら? アタシはそうは思わないわ。何たって、テレサはアタシ達が指導した教え子だもの」

 凛と澄みわたる低く魅力的な声。なびく青みを含んだ銀の髪。

 突如として現れた訪問者に、カトリーヌも驚き目を見開いた。


「ディラン……様」

 声を絞り出すようにして名を口にするカトリーヌの顔は、まるで病気なのではないかと思う程青ざめていた。


「やっぱりテレサにちょっかいをかけていたのは、アンタだったわね。ダミーを用意していて良かったわ」

「ディランさん……一体、どういうことですか」

「どうもこうも、アンタの話を聞いた後、アタシふと思っちゃったの。もしかして、相手はアンタをコンテストに出したくないんじゃないかって。コンテストって優勝すれば凄く名誉なわけでしょう? それこそ、そこのお嬢ちゃんが言っている階級問題も覆すほどに。きっと、相手は貴女を下層のままにしたかった。何が何でも阻止するんじゃないか、そうなれば、本番当日になっても何かけしかけてくる……」


 ディランの瞳は驚くほど冷ややかだった。まるで、罪を暴いていくような鋭さ。隣に立つテレサでさえも、彼が放つ威圧感に圧倒される。


「そうなれば、当日アンタに本物を着させるわけにはいかないでしょう? それはダミー。今みたいに何かされても大丈夫なように、マルスには頑張って作ってもらったの」

 にこりと笑うディラン。しかし、その目が完全に笑っていないことくらい、テレサにも理解できる。一方のカトリーヌは、まさかディランが出てくるとは思ってもいなかったのか、体を小刻みに震わせ傍に控える少女達に支えてもらっていた。



「それに、テレサ。アンタにはそんな地味な衣装じゃなくて、もっと華やかなのがお似合いよ」

 そっと手をとるディランの温もりに、張りつめていたテレサの心もようやくほぐれる。しかし、それを許さなかったのがカトリーヌだった。


「お待ちください、ディラン・ド・ヴァンキッシュ様! どうして、そのような娘にばかり目をかけるのです!? 貴方に相応しい身分の女性は他にもいるといいますのに」

 まるで自分を見てくれ、と言わんばかりのカトリーヌの言い分に、ディランはあからさまに嫌そうにしかめ面をする。


「アタシはね、地位や財産で惑わすようなオンナは嫌いなの。純真無垢な、アタシだけを見てくれるオンナがいいわけ。アンタみたいに、ヴァンキッシュの家名しか見ないオンナは飽きるほどいるし、そうした人間と結婚しようとは思わないわ。人は誰だって、自分自身を見て欲しいものなの。だからこそ、アタシは、アタシの本名をしってなお、驚かないテレンティアを選ぶわ」

 そう言ってぎゅっと抱き寄せるディランに、思わず驚いて見上げる。テレサの視線に気付いたのか、ディランは横目で見るとそっと微笑んだ。


「ということで、今後一切アタシのテレンティアに近づかないでちょうだい。ちょっかいもだめ。破ったらどうなるか、伯爵ごときは分かるでしょ」

 冷たく言い放つディランは、今までで一番彼らしくなかった、とテレサは思った。まるで別人のような違和感を彼に手を引かれながら、テレサは感じていた。



 □


 新しくディランが届けてくれたのは、豪奢な衣装だった。派手すぎず、しかし細部にまでこだわりを見せるその衣装に、マルスがいかに尽力してくれたかを思い知る。


「どう? こっちの方がいいでしょ」

「どっちも素敵でしたよ。でも、これを着るのが楽しみです」


 青と金を中心とした新しい衣装は、前よりは目立つデザインだった。前までのテレサは、きっと着るのを嫌がっていただろうが今はこれを着て踊るのがとても楽しみになっていた。その成長ぶりにテレサは自分自身でも驚いていた。


 早くこれを着て、ディランやマルス、ロタに踊りを見せたい。

 気持ちが膨らみ、それを呼応するように心臓も打つ。


 頬を紅潮させ、誇らしげに手元の衣装を眺めるテレサに、ディランは優しく囁いた。


「アンタは立派なレディだわ。自信を持って。そうだ、不安になった時は思い出せばいいわ」


 ふわっ、とディランの香りが包み込む。

 目の前に彼の端正な顔が近づいたと思えば、唇に感触があった。

 柔らかで、そして熱い感覚。その意味を理解した時はもう、温もりは去った後だった。


「おまじないのキス、よ。怖くなったら思い出して頂戴」

 ウインク混じりに語るディランの言葉も、テレサの頭には入ってこない。


「……いま、いま。ああ……」

「ちょっとぉ、何を言っているの。このアタシがアンタにキスしてあげたんじゃないの」

「でも、口づけって大切な人とするもので――」

「馬鹿」

 ディランは指でテレサの額をはじく。鈍い痛みが広がった。


「アタシが何でもない相手とキスするわけがないでしょ! 尻軽じゃないんだから。そうね、あの時覚えているかしら? アンタがアタシに、“助ける理由”を尋ねた時のこと」


 覚えている。あれは、魔法舞踏の練習を始めた頃だった。

 初めはどうして自分をコンテストに誘うのか、理由を知りたかった。それでディランに問い詰めたのだ。あの時は、ただ助けたいからという理由くらいしか聞いていない。

『でもいつか、必ずアタシの心の中をアンタに伝えるわ』


 この言葉も覚えている。記憶の隅にやったが、まだ待っている。

 ディランが伝えてくれるその時を。

 そしてそれは今だ、とテレサは思った。


「はい、勿論覚えていますよ。あの時ははぐらかされちゃいましたけど……」

「そうね、言うとしたら今しかないわよね。アタシ、いいえ、俺はアンタが好きなんだ。俺を爵位で見ない、口調でも惑わされない。純粋で傷付きやすくて優しいアンタが。人目見て、惚れた。ああ、俺の運命の人だ、って」


 そこにいるのは、女性口調を演じて楽しむいつもの『ディラン』ではなく、本当の姿を偽りなくさらける『ディラン』がいた。

 真っ直ぐな翡翠の瞳に、不安げな顔を浮かべるテレサが映る。


「助けたかったのは本当だ。でも、それ以上の気持ちがあったことも本当。アンタは俺を、ヴァンキッシュ家の令息としてではなく、ただのディランとしていつも見てくれて、接してくれた。ますます、アンタに惚れたよ……やっぱり、好きだ、って」


 甘く囁かれる言葉。

 すんなりとテレサの心に染みわたっていく。


「いつか必ず俺のものにしたい、そんな気持ちに溺れたい。(かな)しいほど、テレンティア……アンタを愛している」


 素直にぶつけられる言葉に、嘘の色は1つもなく。

 だからこそ、テレサを絡め取るには充分だった。


「ディランさん、わたし――」

 気持ちを紡ごうと口を開きかけた時、ディランの人差し指が遮った。


「返事は終わった後に聞くわ」

 すっかりいつものディランに戻っているのを見て、テレサは何だか安堵する。いつも見せない仮面の下を垣間見て少し怯えたのかもしれない。それでも、ディランを遠ざける気持ちにはなれない。


「それと、アンタ、本当はアタシの家系知らなかったりするんじゃない?」

「えっ、ど、どうしてそう思うんですか」

「だって反応薄いんだもの」

「……し、知っていますよ! 少しですけど」

「ほらぁ~」

 笑いあうディランとテレサ。


 その時間が終わらなければいいと、心の隅でテレサは願った。



 ■


 魔法舞踏コンテストの会場はかなり広い。

 王族も来るため、学院内の建物ではなく街にある劇場で行う。普段、ここは有名な歌劇団やらが活動しているらしい。観客の為の椅子も、内装も全てが豪華だった。


 舞台を見渡すことが出来る一等席に、ディランは座る。

「やっと来られましたか……遅かったので心配しておりました」

「てっきり迷子になられたのかと」

 言葉通り、心配そうなマルスと、無表情に挑発してくるロタに、ディランは苦笑を向けながら申し訳ない、と一言謝る。


「それで、無事、渡せましたか?」

 マルスは小声で聞いてくる。本番直前にディランが持って行った衣装のことだ。作った本人からすれば、また破られるのは御免なのだろう。


「勿論よ、ちゃんとあの子に渡してきたわ」

「ちゃんと合っていると良いのですが」

「それも問題ないわ、ちゃんと確認したもの」

 ディランの言葉に黙って聞いていたロタが眉をひそめる。


「女性の着替えを手伝った、わけではないですよね?」

「え? 手伝ったわよ?」

 その言葉にロタだけではなく、マルスまでも熟れた果実のように赤くなる。


「テレサは本気で嫌がったのだけど、あの子1人で着られるか心配だったのもあって」

「そのようなことは私を呼んでください、ディラン様!」

 ロタが珍しく動揺している。そのようなことをしたつもりはないのだが、ここは頷いておかないと後々、長い時間説教をされる羽目になる。


 マルスよりも怒らせると怖いのがロタなのだ。


「それより、あの子の出番が始まるわ」


 会場が暗くなる。観客たちもその意味を察し、談笑をぴたりとやめた。一気に訪れた静寂に、ディランは心臓の音を聞いた。


(……何でアタシまでもこんなに緊張しているのかしらね)

 自嘲気味に笑うディラン。汗の滲む手を握ると、真っ直ぐ舞台へと視線をやった。



 ■


 舞台からは観客が見えない。

 今はその方が良いかもしれない、とテレサは思った。

 顔を見てしまうと、緊張して集中が途切れる。


 鼓膜を突き破るような心音に驚きながらも、必死に冷静さを保つ。


 ――大丈夫、やれる。


 マルスが作ってくれた衣装を身に纏い、ロタが指導してくれた舞踏を踊る。そして、ディランがしてくれたおまじない。


 ――1人じゃない。大丈夫。


『立派なレディよ』

 そう言ってくれたディランの顔が思い浮かぶ。


 ――恥じない舞いをするのみ!


 淡く輝く桃色と水色の瞳には、揺るぎない意志が宿っていた。



「エントリーナンバー52番。テレンティア・スティングレイ令嬢です、どうぞ」

 司会の紹介を合図に曲が流れる。



 歌に合わせ、テレサは舞う。

 まるで蝶のように優雅で、艶やかに。

 鳥のような壮大さを。


 テレサの指先からは魔法で生み出された、生きて意志を持ったような水と、炎の両方が溢れだす。大きくテレサを包み込みながら、彼女に翼を与える。

 テレサが舞う度に、水と炎の欠片は花を散らすように辺りを漂う。


 クライマックスに近づくにつれ、だんだんとその大きさは増す。

 それはまるで、それぞれの精霊が彼女を包み込むようだった。


 ――ディランさん達に感謝を。


 炎と水は彼女の背中にまで集まると、それを大きな翼へと姿を変える。テレサが両手を激しく振り上げると、泡のようにはじけた。


 水と炎の残滓は観客席へと舞う。

 そこでようやく、観客たちの声が聞こえてきた。


 やりきった、と一安心した時には観客たちの拍手が、劇場内を響き渡りアンコールの声まで聞こえてくる。確かな手ごたえを感じながら、テレサは笑顔で一礼した。


 不思議と晴れやかな気分だった。こんなにも楽しい思いをしたことがない。でも、それは決して一人では味わうことが出来ない感情だろう。ディランに出会うことで、特訓を逃げ出せずにいたことで、自分は今、最高の気分を知ることが出来た。



(いや、それだけじゃない)


 思い浮かんだのは、おまじないのキス。

 初めての口づけだった。

 あんなに互いを感じることが出来るのか、と驚きもした。


 そして、同時にテレサの中にあった感情も自覚した。


「よくやったわ、テレサ~!」

「テレサさん、綺麗だったぞ!」

「僕の作った衣装とばっちり合っていました!!」

 舞台を降り、控室へと向かうところでディラン達が駆けつけてくれた。


 ディランは分かりきっていたかのような、見透かした余裕の微笑みを浮かべて。

 ロタは感極まったのか、らしくもない涙を浮かべて。

 マルスは、作った衣装とそれを着飾ったテレサを見やり、恍惚の表情を浮かべて。



 3人はそれぞれだったが、テレサは本当に彼等と出会えて良かった、と心から思った。

 そして、伝えなければいけないこともある。


「ロタさん、マルスさん。お2人とも、本当に有難うございました。お2人の力が無かったらここまで来られませんでした。ありがとうございます」

「構わないさ。こちらもとても楽しかったからな」

 ロタはそう言い、ぎゅっと力強くテレサを抱きしめてくれた。

「僕も楽しかった、こちらこそありがとう」

 マルスもそんなロタとテレサに微笑みかけながら、満足そうに頷く。


「はいはい、邪魔者はそのへんで退散して頂戴~。これからテレサはアタシと大事な話があるのよ」

 目配せしながら出ていけ、と言わんばかりに2人の背中を押すディラン。初めは抵抗していた2人だったが、やがて何となく察したらしくそそくさと姿を消した。


 他に人の気配が無くなったところで、ディランは振り返る。

「まずは、お疲れ様。とっても綺麗だったわ、ちゃんと魔法も出ていたし。観客たちも王族も皆、見とれていたわよ?」

 踊っている最中は、周りの反応など気にしていられなかったため、そういった評価をしてもらっていると知った今、とても嬉しくなった。


「ここまで来られたのは、ディランさんのお力がないと無理でした」

「さっきロタやマルスと同じ事言っていたわね」

「ふふ、でも本当のことです。ディランさんには、大切なものばかり教えて貰ってきました。わたし、特訓している時に思ったんです。このまま皆さんと笑い合っていける日々が続けばな、って。その時はまだ友情、として見ていたと思います。でも」


 見上げた先にぶつかる視線。

 彼は何を思っているのだろうか。


「ディランさんに抱きしめてもらった時、その……おまじないの……キスをしてもらった時に気付いたんです。ああ、好きだなって。ずっとこの人の隣に立ちたい、って」

 テレサの言葉に表情を変えないディラン。


 彼は待っているのだ、この先の言葉を。

 そう悟った瞬間、テレサはもう言ってしまった。


「愛しています、あなたを」

 まるでそれを合図かのように、ディランはテレサを抱きしめキスをする。はじめは啄むような感じで。だんだんと求め合っていくキスに変わる。


 この温もりを感じているのは自分だけではない。

 きっとディランも同じだ。


 自分の気持ちはまだ芽生えたばかりだけど、それでも彼と共に育んでいく未来がある。まだ始まったばかりだ。








 ■


 魔法舞踏コンテストより数週間。

 いつもみたく、人気のないガーデンエリアでテレサ、ディラン、マルスの3人が談笑していた。


「ロタはまだかしらね~」

「もうすぐ帰ってきますよ」

 そんな会話をしていたところだった。


 いつの間にかマルスの背後に現れたロタが、1枚の紙を持って立っている。

「ただいま、戻りました」

「お帰りなさい、ロタ。それで結果は?」

 先を急ぐかのようなディランの言葉にロタは首を振る。

「いえ、私は見ていません。こういったものは出たテレサさん本人がよろしいかと」

「そうね、テレサ。内容を教えてくれるかしら」

 ロタから受け取った紙を開き、中を見る。



『第109回 魔法舞踏コンテスト優勝者 テレンティア・スティングレイ。貴殿は今大会の中でも最も素晴らしい舞を見せてくれた。よって、貴殿には“舞姫”の称号を与える。 クワァンダム王家の名にかけて』



「良かったじゃなぁい! さすがはアタシのテレサ! 優勝してくれると思ったわぁ」

 ふいに後ろから回される腕に驚くも、その温かさに微笑む。


「これも、皆さんのおかげです」

「可愛いこと言ってくれるじゃないの~!!」

「テレサさん自身の努力もあるんだ、もっと自分を誇れ」

「違うわよ、ロタ。アタシのおかげなの~」

 口を尖らせて子どものようにすねるディランに、ロタも思わず苦笑いを浮かべる。


「全く……ディラン様はテレサさんに甘い」

「そりゃあそうよ、恋人なんだから」


 恋人、という言葉に未だくすぐったさを感じる。

 いつか慣れる時が来るのだろうか、とも思いながらテレサは笑った。


 大好きな人達に囲まれて過ごせる日々を、これほどまで愛おしく楽しく思えるのはやはりコンテストに出場したからだろう。

 そしてそのきっかけを与えてくれ、自身を影から救い出してくれたディランにそっとテレサは微笑みかける。


 強くなった腕の力に、幸福を感じながら。


ここまでお読みいただいて、ありがとうございます!

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