表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂 気 前 夜   作者: Raymond Kobayashi 訳:天野なほみ
39/55

38


   あとは貴方も知っています。〈天野注。二段落前の末尾にある十一月は1981年の十一月。翌月12月14日、伶門父方の祖母が亡くなった。小林牧師の実母である。18日夕刻、教会で追悼式が執り行われた。わたくしも出席していた。宗教を嫌った伶門は、それ以前、叔父の教会を訪れた事が無かった。鎌田家の人々は、教会が川崎に移される前からの信者。伶門と滋子はこの追悼式で再会したのであるらしい。翌年伶門は教会員になり、5月30日、婚約発表。同日、叔父の手で洗礼を授けられた〉

   僕が知らなかった事は、僕はクリスチャンで無かった;紙芝居をして公園の子供たちにイエスがどんなに素晴らしくて優しいかを言って聞かせている時でさえ、です。僕がこの事実に気づいたのは滋子との交際を通してでした。彼女は世界が六日間で創られたと信じていました。信じている振りなどしていませんでした。僕は振りをしたと思います。彼女はルカ伝23:39-43にひどく感動を覚えるのでした。でもマルコ伝15:27-32を読んだ事が無いと云うのではありませんでした。僕たち二人が祈るとき、彼女は僕の手を握って彼女だけの言葉を話しました。彼女はそうではないと云いました。僕は使徒行伝の第二章やマルコの最終章をまだ読まないのか?彼女が話していること、は、彼女が話しているのでは全然ない;それは[せいれい]聖霊が天の父と[みこ]御子とを賛美しているのである。そして彼女が賛美している時は!目は閉じ手は半ばまで上げられ、彼女が神を讃えるその姿は!その非現実の美を数分間目撃する為なら、僕は小児のようになる用意がありました。苟モ小児ノ如カラズンバ以テ滋子ヲ仰視スル無ケン、敢ヘテ小児タラザランヤ!僕は信じたかった。ついに僕は信じていると信ずる事に成功しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ