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この喜劇的にしてきりきり痛む事態は、僕が望んだほど直ぐには終わりませんでしたが、終わりはしました。それが始まったのは、僕が彼女を大人びた女学生と見なしたからでした。若い女の子と話す事は毎度僕を落ち着かなくさせました。でも結婚している女性なら何ら問題はありませんでした。僕の埒外にある女性なら、トロイのヘレンとも気の置けない友人のように会話した事でしょう。結婚適齢期の女性となると、目二つと鼻一つでじゅうぶん僕を驢馬に変えることが出来ました。我々の出会いの時、滋子が小さな女の赤ん坊の母親だと知ったのなら、ぼくは幸せで嬉しかったでしょう。それならば僕は彼女の美しさを称賛できた筈です。人はラファエロの品を称賛するのにそれを所有する必要はない。称賛者にして同時に所有者である者も、少数ながらいはした。僕はその内の一人たるべき者で無かった。そして僕は逃げました。それは去年の十一月でした。




