96話 邪神の言葉
走りながら、剣を一閃。
殺すことではなく、追い払うことを考えながら、自分目掛けて駆けてくる魔物を倒していく。
戦闘の痕が残る道を進んでいくものの、目的地まではまだまだ遠い。
何故なら───。
「この!」
僕がそこへ行くのを拒むかのように、十を超える魔物たちが集まってきていて道を塞いでいるからだ。
魔物たちの行動は、一貫として“僕を足止めすること”で固定されている。自分たちからは攻めず、あくまで僕が先に行動をするのを待っているのだ。
ただ戦うのであれば、苦戦はするものの突破出来た。幸い一体一体の能力はそこまで高くなくて、今の僕なら容易に対処出来る程度のものだからだ。
でも、守りに徹されると───突進力に欠ける僕では、魔物の壁を斬り崩すことは出来ない。
「「「………」」」
「通したくない理由が……あるんだろうね」
《腕力強化》、《脚力強化》、《瞬発力強化》をそれぞれ発動して、深く腰を落とす。
あの壁の向こうに何があるのか。そんなことは分からないけど、ろくなものではないことには違いない。
ユウム君が危機に瀕している可能性も高く、そう考えれば今は一刻を争う状況だ。
だから、無理矢理にでも、押し通ってみせる。
「悪く、思わないでよね!」
後ろへ下がってから、助走をつけて突進。魔物の一体を踏みつけて、真横へ跳んだ。
魔物たちは、僕は迂回して先に行くと判断したのだろう。いつの間にか二十を優に超えている軍勢が、僕の下へと駆けてくる。
───その、一直線に移動する挙動を待っていた。
これで全員、とまではいかないだろうが、今僕へ向かっている魔物はかなりの数になっている。もしかすると、そろそろ三十を超えたかもしれない。
走りながら、剣に意識を集中する。僕の【スキル】をある程度再現するためには、研ぎ澄まされた集中力と、何が何でもやり通す強い意志が必要だ。
鋭い刃に魔力を通し、魔力へ鋭さを伝染させる。
それは、一つの魔法。
杖ではなく、剣を媒体にした──鋭く飛んでいく、無色の魔法だ。
「───はっ!」
剣から飛び出した魔法は魔物の群を裂き、木々を薙ぎ倒して前へ進んでいく。暫くして魔法が消える頃には、不自然なまでの一本道が出来上がっていた。
………当然、木々が薙ぎ倒されたせいで、戦闘痕を道なりに進むことは困難になっている。だからやりたく無かったのだが。
「……考えても仕方ないや。行こう」
もたもたしていてまた囲まれたら大問題だ。そう判断した僕は、ユウム君が居るであろう場所へ向かい、戦闘痕を追った。
───因みに、あの魔法のことを、後の僕は《絶刀》と呼ぶこととした。
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『来たね』
「ん?───っと!?」
辰乃が助からない、という言葉の真意を問いただそうとしたものの、邪神は静かに笑っているだけ。だからと言って、不用意に背を見せる訳にもいかない。
ずっと睨み合うことになるのか、と覚悟を決めた瞬間に、それは邪神目掛けて飛んできた。
『流石は勇者って所かな?斬撃を飛ばすなんて、あんまり聞かないね』
凄まじい勢いで邪神へ迫る、透明色の斬撃。
それを感心した様子で見つめた邪神は、腕を振って闇魔法を起動。斬撃を相殺した。
一連の状況変化を、援軍が来たと判断した俺は、直ぐ様斬撃が飛んできた方向へバックステップ。
邪神から距離を取ると同時に、斬撃の主を確認した。
「ユウム君、大丈夫!?」
「俺は大丈夫だ。……辰乃はどうした、ユート」
援軍が信頼に足るものだと判断した俺は、直ぐに邪神へ意識を向け、ユートに問いかける。
ユートがここまで来たということは、アグニが皆と合流出来たということだろう。
それでも、邪神の言葉が頭から離れない。
少なくない不安感を振り払うために、俺はユートに辰乃の安否を聞いたのだ。
それに対する言葉はとても小さく───、
「正直、分からない。直ぐに飛び出してきちゃったから」
同時に不安げな答えだった。
「でも、大丈夫だよ。僕はセティさんを──そして、タツノ君を信じてる」
『……ま、信じる信じないは勝手だけどね。真実はいつだって、後から君たちに降りかかるものだし』
それでも前を向くユートに、冷ややかな声がかけられる。
犯人は当然の如く邪神だ。
『それじゃあ、そろそろ帰ってあげなよ。丁度今、あの子が死んだ頃だろうし』
「……」
敵意を抑えながら、俺とユートは後ずさって村への一歩を踏み出す。今この場で、俺たちが邪神に敵わないなんてことは分かっているからだ。
そして広場と違い、光が遮られた山道へ入っていく瞬間。
『お土産を一つあげよう。
───俺は、一回反則を使ってる』
何を意味するのか分からない、邪神の伝言が耳に響いてきた。
言葉を記憶して、俺たちは山へ消えていく───。
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「……よお。慌ててるみてぇだな。グレートじゃねぇぞ」
「縛られてる奴が、何言ってる」
持ち前の勘で龍義を探しだしたラックは、この十数分間放置していた魔族の下へ来ていた。
運が悪かったのか、魔族に助けは来なかった。
罠の気配も、身を凍らせる感覚も感じないラックは、一見無警戒に魔族へ歩み寄る。
「俺様は縛られててもグレートなのさ。
……で、殺すのか?」
「ああ」
軽快な声色で返事をした後、魔族はラックに訊ねる。答えが分かりきっているせいか、その音は今までの魔族とは比べられぬ程に凍っていた。
同じように、ラックは無機質な声で魔族の問いを肯定する。
元々、ラックにとって魔族は敵だ。“殺すのか?”と問われれば、殺すことしか選べない。
「あっそ。だったら早く殺ってくれ」
「言われなくてもそうするさ。タツノが死んだ後、憎しみのぶつけ先は必要だからな。お前には悪いかもしれないが……ここへ来たってことで、諦めろ」
動けない魔族へ向けて、ナイフを投擲する。ラックの手から離れたナイフは、吸い込まれるように魔族の首へ飛んでいき───。
『───運が良かったね。ゲラキウス』
「……邪神様か」
突如現れた少年の魔法により、叩き落とされてしまった。
最小限の火力で放たれた魔法はナイフを砕くまでには至らず、地に落ちたナイフがからんと音を発てる。
音と同時に状況を正確に把握したラックは、全力で後ろへ跳び、迎撃体勢を取った。
「邪神、か」
『うん。久しぶり』
美少年らしい笑顔でラックへ挨拶した邪神は、一瞬で魔族──ゲラキウスの拘束を破壊。
固定する時に縛られていた傷口は空気に曝され、ゆっくりと血を流していく。
『あ、止血してあったんだ』
それに気が付いた邪神は、闇の魔法で巨大な手を形成。ゲラキウスを掴み、魔法の握力によって止血した。
その間、ラックは静かに邪神を観察する。
「邪神様。俺様にトドメを刺してくれんのか?グレート過ぎる最期だぜ全く」
『それも悪くないけどね。………ま、今回は治してあげるよ。帰るまで生きてたら、だけど』
「こりゃあ手厳しい」
痛覚が遮断されているためか、ゲラキウスは歯を剥き出しにして笑っている。魔法の手の力は強く、彼の体は悲鳴を上げているはずだ。
『じゃあね、お兄さん。今度部下が王都に遊びに行くと思うから、精々迎撃してね?』
「───ああ、予定調和って奴か」
『そうそう。命をとして戦い抜いてよ。一人くらいは救えるかもよ』
「上等だ。守り抜いてやる」
ゲラキウスを置き去りにした問答は一瞬で終わり、邪神は最後に“ばいばい”と言ってから、その場を後にした。
タイミングよく、姿が見えてきた遊夢たちを見ながら、ラックは小さく呟いた。
「……全く。まるでリエイトと話してるみたいだ」




