94話 戦闘終了
村の外へ出て、戦闘痕を追って山を駆る。何かあった時の為に【狂獣化】は起動せず、《電光石火》のみの機動力で移動していた。
それはアグニの速度よりも少し遅く。いつの間にか、後から来た彼女に前を走られている。
「右折!」
アグニの掛け声と共に、彼女の姿が右へ消える。それと同時に目の前に現れる、木の幹。
スムーズに曲がれないと判断した俺は、木の幹に飛び掛かり、足で幹を蹴って方向転換する。彼女が周囲まで警戒しているせいか、こういった警告は遅れることが多い。
「……ごめん、ユウ君!」
「俺は大丈夫だから前を見ててくれ!周囲は俺が気を配る!」
息が乱れそうになるので叫びたくないのだが、こうでも言わないと彼女は似たような失敗をしてしまう。
大声で「うん」と返事をしてからは、彼女の警告も早くなった。
………逆に、俺が前への注意が疎かになったので結局大差無かったのはここだけの話である。
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『──ぐ!』
『うん、確かに強くなったね』
進み続け、広い場所に出た二柱の神は、そこで戦闘を繰り広げていた。【龍神化】を最大限発揮した辰乃が一方的に攻撃を仕掛け、少年──邪神がそれをいなしている。
周りの木々を凪ぎ払い、風を切り裂いて進む緑の炎は、尽く邪神の片腕に叩き落とされ、意味を失い消えていくだけだった。
『そろそろネタばらししてあげよっかな?』
『《龍炎》!』
攻撃しているはずなのに、全く通じていない。
その事実に段々と余裕を無くしていっている辰乃は、邪神の言葉に耳を貸さずに攻撃を重ねる。
緑の聖火が荒れ狂い、一つの魔を呑み込まんと波打ち、吼え、前進していく。
時に槍、剣、球、鎚へと形を変えるそれは、相手がこの邪神でさえなければ、確実に敵を殲滅出来る程の魔法だ。
『順を追って説明しよう』
聖火を脅威とさえ見ることなく、邪神は片手で炎を握り潰す。少なくとも、今の邪神にとって神の炎はその程度の存在だ。
『まず一つ。君は神になった』
ゆっくりと一歩踏み出して、邪神は辰乃へと歩み寄る。
辰乃はそれを最大限に警戒しながら魔法をぶつけるも、聖火が邪神を焼くことは無かった。
『そして次に、俺は運命の加護を受けている。世界の未来を定める、世界の気紛れみたいなものだと思ってくれていい』
ジリジリと近付いていく邪神に、なお辰乃は攻撃を続ける。
炎が駄目ならと、彼は手頃な木を吹き飛ばし、邪神へと放つ。
それすら邪神には届かず。まるで木が彼を恐れているかのように、木は邪神の腕で軽々と吹き飛ばされた。
『最後に。神って言うのは世界の一部みたいなもので、人間とは違って“定義される側”の存在なんだよ。そして、定義される側の存在っていうのは、運命に逆らうことは出来ないんだ。例外はあるかもしれないけど──君はその例外じゃない』
邪神があと一歩の所まで来た所で、辰乃は《龍炎》で爆発を起こし、邪神の背後へ移動する。敵の反応速度よりも先に攻撃体勢に入れた龍神は、首を折るつもりの勢いで足を振り抜いた。
極限まで力が込められた打撃は、吸い込まれるように邪神の首へ迫っていき───。
『そういう訳で、君は俺に勝てないんだ』
一撃は首に触れる直前で止まり、獲物を狩ることは叶わなかった。
『な──』
『じゃあね。楽しかったよ、それなりに。もしお互い生きてて運命が消えたら、今度は君が勝つだろうね』
伝わってくるべき感覚が来なかったことで、辰乃の動きが止まる。その隙を突くように、邪神の魔法が──闇の剣が、辰乃の左腕を切り飛ばした。
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「広い場所に───タッ君!」
「どうした、アグニ!」
目に見える光が多くなってきた時、前に居たアグニが急に速度を上げる。
彼女に続いて速度を上げるものの、彼女の方が早く、少しだけ引き離されてしまう。
遅れて進むこと数秒。広い場所に出ると同時に、その光景が目に入る。
「辰乃!」
倒れている辰乃に駆け寄る。既にアグニが呼び掛け続けているものの、気絶しているのか返事がない。
外傷は二点。欠損した左腕と、腹に空いた大穴。そこから絶え間なく血が出ていて、普通なら助からないと思ってしまう程の重症だった。
「アグニ。傷を狂わせるから、全力で村へ向かってくれ。俺は直ぐに追い付く」
「……うん。気絶しちゃ駄目だよ」
アグニの警告を無視して、【狂人化】を四回起動。左腕を無理矢理くっ付けて、腹の傷の治療に掛かる。
けれども、治らない。左腕は辛うじて繋がったものの、致命傷である腹の傷は全く塞がらなかった。
『これは……チッ。【神殺し】かよ!』
「アグニ、行ってくれ」
あと数秒も経てば【狂人化】が解け、気絶する。それによって余計な心配をかけないようにするために、アグニに発破をかけて送り出す。
彼女は心配そうにこっちを見たものの、理性で優先すべきことを判断したのか、直ぐに駆け出してくれた。
「……お前、気絶してる時動けるか?」
『分からねぇが、やってみる』
【狂人化】が解け、体の力が抜ける。
残った力で木まで這い、そのまま意識を手放した。
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「「───が、ぎ」」
「……生きてるのは三人、動けるのは一人か」
【決戦場創成】で創られた最後の空間──周りを木々で囲まれた広場に、ラックとセティは立っていた。
何の偶然か。彼と彼女は分断されず、同じ空間へ転移させられたらしい。
「き、貴様も勇者、なのか……?」
「違う。俺はどこにでも居るような人間だ。武器は普通のナイフで、魔法が使えて、【スキル】を持ってる。……そら、お前の周りにもごろごろ居るだろ」
二人分の屍と、二人分の伏した仲間の先に居る魔族が、震えた声でラックに訊ねる。ヒーラーの補助はあったものの、ラックはほぼ一人で、五人の魔族を相手取っていた。
「ふざけ──るなァ!」
怒りと共に放たれる《闇の球》は、ラックとセティを轢き潰さんと巨岩のように転がっていく。
しかし、それは無意味な抵抗だ。怒りを抱くと同時に、恐怖に震えるような魔族の攻撃ならば───。
「《炎の槍》」
「···《光の槍》!」
炎と光の槍が、闇を穿つ。二人分の魔法を受けきる能力は魔族にはなく、《闇の球》は呆気なく崩れ落ちた。
「ああ、あああ!!?違う、違う違う違う!勇者と龍神以外は雑魚だって聞いてたんだぞ!」
「だから、俺は危険じゃないと」
自身の死を予感してか、魔族は錯乱し闇の散弾を放つ。単発の《闇の球》と違い、一発一発が格段に劣るその魔法は、ナイフの一振りで壊せる程度のものだ。尤も、散弾に反応出来る身体能力があればの話だか。
何発かは適当に弾いていたラックだったが、魔族の様子を見て、ある判断を下した。
───こいつは何も話せなそうだ。終わらせるか。
そう決めてしまえば話は早い。
セティに守りに徹するよう伝えてから、彼に教えて貰った魔法を起動させる。持ち前の勘と推測で正確なイメージを抱いたそれは易々と魔法となり、ラックは飛躍的に加速。
一瞬で魔族の背後に回り、その首を掻き斬った。
力を失って倒れる魔族を無視して、ラックは地に伏している魔族へ歩み寄る。動けない彼らにナイフを突き付けて、あることを訊ねた。
「さて。どうやったらここから出られる?」
「……俺たちを全滅させりゃOKだ。さっさと殺ってくれ。お前みたいな奴に殺されるなら悔いはないさ」
ラックの質問に、魔族の一人が答える。
これから自分を殺せと提案しているとは思えない程、声は清々しく、表情は穏やかだった。
「そうか。……この空間を作った奴は?」
「………それは、私だ。この決戦場は五つまでしか作れないのでな」
「分かった」
もう一人の魔族の返事を聞いてから、ラックは二人の魔族にナイフを突き立て、絶命させた。【スキル】を持っている魔族だけ殺せば脱出出来たかもしれないが、それはしなかった。
何故なら、相手は魔族である。
一応“王都の神の部下”という位置に居る彼には、邪神の眷族を生かしておくという選択肢はない。リリィの時とは違い、彼らは戦いに殉じようとした、歴とした魔族なのだから。
そうして空間が瓦解する。
転移前の場所──村の裏口前にラックとセティが戻されるのと、辰乃を抱えたアグニが裏口に辿り着くのは、殆ど同時のことだった。
【スキル】解説 追記
【決戦場創成】
一度に作れる決戦場は五つまでであり、【スキル】保持者が死亡すれば全ての決戦場が消える。この場合、強制的にゲスト側の勝利となる。
また、立場的に完全な対立状態にあるものを同じ陣営にすることは出来ない。




