93話 跡を追え
「あ、ユート」
「エストレアさん!?ぶ、無事だったの?」
「どういう意味で言ってるのかは知らないけど、アタシも転移食らったわよ」
村の裏口前で、ユートがエストレアの前に現れた。エストレアは既に脱出済みだったらしく、ユートの反応を見てため息を吐いている。
仲間と合流出来て少なからず喜んでいるユートは、驚いた後に周りを見渡した。
「これは…」
「間違いないわね。ここに誰かが残って、戦ってたんでしょ。アタシたちが見た時はこんなに荒れてなかったわ」
「そうだっけ?」
削られたり、倒れたりしている木々を眺めながら、エストレアはここで戦いがあったと判断する。
ユートもそれに概ね賛成しているが、自分が飛ばされる前の裏口の様子を覚えていなかった為に、素直に聞き返した。
彼をジト目で見てから、エストレアは近くの倒れた木に腰かける。
「追わないの?」
「ええ。他の奴が帰ってくるかもしれないし、待ってましょう」
「でも、皆はあっちに行ってるかもしれないじゃないか」
さも当然のように言い放つエストレアに、ユートは異を唱える。
彼女の発言を鑑みるなら、当然“転移に巻き込まれなかった人”も居る。もしかしたら、転移に巻き込まれたのは自分たちだけなのかもしれない。
そう考えるならば、ここで待っていても仕方がないだろう。ならば、争いの跡を辿って加勢しに行くべきだと。
「……それじゃ、ちょっと意見を言い合いましょう。アタシはここに残るべきだと思うわ」
「僕は、あの跡を追うべきだと思うよ。ここに待ってても人が来るかは分からないけど、向こうには人が居る可能性が高い。エストレアさんだってそういうふうに言ってたじゃないか」
「あれは、誰かがここに残されたってことだけ言ったのよ。アタシとユートが飛ばされた以上、ユウムとセティ、アグニは飛ばされてる可能性が高いわ」
互いの意見は変わらず、実際に見ていない憶測のみで話を続ける。
そして確かな証言が無い以上、片方が片方の意見に納得するはずもなく、議論はループしていく。
「───だから、アタシはここに残るべきだって主張するわ」
「───だから、跡を追うべきなんだって!」
この状況で単独行動は危険であるため、二手に分かれるという案は口には出さない。
どこに魔族が潜んでいるのか分からないのだ。最低二人で固まるべきという考えくらいは、彼らは持っている。
そして、何回目かの主張へ舞い戻った時───。
「おっとっと。あ、ルー君にエスちゃんじゃないか」
「よし、脱出出来たか。残りは──四回か」
「なななな、何しやがったイレギュラー!?」
空間が歪み、そこからアグニとユウム、ユウムに拘束された魔族が出てきた。
一番最初に出てきたアグニは、真っ先にエストレアたちに気付き、ユウムは【狂人化】の残り回数を確認。そして魔族は、何が何だか分からないといった表情で、訳も分からず叫び散らしている。
「ああ、アグニたちも──って、何で魔族連れ出してるのユウム!?」
「え、あれって魔族を殺さないと脱出出来ないんじゃ………」
「あー、いや。出来るかなって思って狂わせたら……出来た」
エストレアの質問とユートの疑問に、ユウムは頬を掻きながら答えた。空いた手は魔族の拘束具の一つを掴んでおり、そんな魔族は抵抗するでもなく沈黙している。
「いやそうじゃなくて。……それもそうだけど、どうして魔族を生かしてるのよ。アンタが【狂人化】を余分に使う理由でもあるの?」
使いきったら気絶するでしょう、と魔族に伝わらないように警告するエストレアに、ユウムは頬を掻いていた手で頭を押さえる。
───正直にいえば、これと言った理由は無い。
戦わないなら殺さなくていい、くらいにしか考えていなかったユウムは、魔族が生きていること前提で脱出策を練っていたのだ。それでたまたま【狂人化】で歪ませたら出て来られただけで───無理だったら普通に殺していた。
それでも無理矢理に理由をでっち上げるなら───これしかないだろう。
「利用価値がある。こいつの【スキル】は【衣類模倣】って言って、どんな服でも作ることが出来るんだよ」
「……まさかアンタ、それに釣られて」
「し、仕方ないだろ!?俺の世界の服も作れるんだから」
理由を説明した瞬間に、エストレアが大きく息を吐く。明らかに呆れている様子の彼女は、一種の可哀想な者を見る目でユウムを見つめていた。
そんな目をされたら困るユウムは、即座に弁解を始める。この魔族の【衣類模倣】は、ただ服を作る訳ではないのだと。
一応の説明を受けたエストレアは、改めて魔族の様子を観察した。
──所々破けている、見慣れない上着。
太陽の照り返しなんかで、自分たちが見たことがない素材だと思ったエストレアは、けれどもユウムに疑いをかける。
「コイツのセンスがおかしいことは分かったわ。けど、それと【スキル】の有無はまだ何とも言えないわね。証明方法はあるかしら?」
「そう来ると思った。
……それじゃ、頼む。多分制服辺りでキーワード設定すれば出てくると思うから」
「おうよ。テメェの世界の奴出せばいいんだな」
ユウムの声に応えるように、魔族が小さな声で【衣類模倣】と唱える。
同時に、大気中の魔力が凄まじい──それこそ、空間を裂けると錯覚するような勢いで、魔族に流れ込んでいく。
「───」
「ちょっとユウム、これ服作ってるだけなのよね!?」
「あ、ああ。多分」
「多分って何さ!?」
騒ぎ立てるエストレアとユート、想像以上の魔力の流れに驚いているユウムやアグニを後目に、【スキル】保持者は淡々と仕事を進めていく。
イメージするのは異世界の──それも、ユウムの世界の服。
これでユウムの発言の真を証明出来なければ、自分はあっさり殺されてしまうかもしれない。戦いの中で死ぬならやむ無しだが、こんなガチガチに拘束された状態で最期を迎えるのは避けたい所だ。
「──────」
幸い、ユウムの世界の衣服で良いのならば簡単だ。何故なら自分は一度彼女の服を仕立てている。
アレの類似品ならば、あまり時間もかからない。
自分の中にある無数のクローゼットから、作りたい衣服をキーワードとして設定する。
具体的な像があれば像が。名称が分かっていれば名称が、服を見つけ出すことに必要だ。出なければ、彼はこの無数の中から目当ての一着を見つけなければならない。
「これと───ついでにこれだ」
折角なので、彼女用に仕立てた物の異性用も用意する。折角だ。たまたまとは言え、自分の命を見逃した彼にプレゼントくらいはしてやろう、と思ったのである。
「おお。───おお!」
「何か……ショボいわね」
「うーん……なんか違和感あるなぁ。見慣れないから?」
イメージの中で服を掴んだ手を、大きく振り上げる──気分になる。
その手──両手には、それぞれ別の服が握られていた。
服をユウムに渡し、女性服をエストレアに渡して貰った魔族は、声高に言い放った。
「ほらよ、イレギュラー。それと、緑の姉ちゃん。『第1世界』にある『東峰高等学校』の制服──正装だ」
「って、名前も分かるのかよ。便利だなそれ」
「ダイイチ世界?トウホウコウトウ……なんて?」
「高等学校。第1ってのは気になるけど…まあいいか」
聞き慣れない名称に目を白黒させるエストレアは、手元を動かして服を触る。
単なる触り心地、耐久・伸縮性、デザインなど。どの要素を鑑みても、自分の知っている服とはかけ離れていた。
ざっと見た所、自分が着るには胸の部分が小さいんじゃないかと感じたエストレアであったが、ここで着る気もないので深くは考えない。
「……ま、ソイツの能力が本当にあるってことは分かったわ。それとこいつを生かすかは別だけど、それも後回しね」
「どうしてだ?」
「ユウム君は見てなかったね。アレだよ」
魔族のことは放っておくことにしたエストレアは、やっと話を本筋に戻そうとする。
村の裏口にある傷に気が付いていなかったユウムは、ユートに指摘されることで初めてそれらに気が付いた。それはアグニや魔族も同じで、アグニが少し目を見開き、魔族は妙に納得したように頷く。
「誰かが戦った跡…だね。村の外まで続いてるみたいだけど」
「あー。ありゃあ邪神様と龍人だな。邪神様みたいなグレートな御方に転移なんて喰らわせられねぇってアイツ言ってたしよ。お、アイツってのはお前らを転移させた奴のことで───」
「……ってちょっと待ちなさい!今の話本当!?」
「ん?おうよ。嘘なんか吐けるように見えるか?俺が」
さらりと重要なことを口にした魔族に、エストレアが慌ただしく問い詰めにいく。
今の情報が本当であるならば──仮に本当でなかろうと、参考にはなる。
「………よし、アタシとユートが残るから、ユウムとアグニはあの跡を追いなさい。足の速いアンタたちなら追い付けるし、加勢も出来るでしょ。
アタシとユートはここに残って、セティとラックが戻って来るのを待つわ。ついでにコイツも見張っとく」
「分かった。五時間経つと麻痺が戻って活動するかもしれないから、容赦なく魔法叩き込んでくれ」
「任せなさい。キツいのぶちこむわ!」
「おいおいおい死ぬぞ俺!?」
話の流れからこうなるであろうことを予測出来ていたユウムは《電光石火》を起動。アグニに一声掛けてから、戦闘痕を追って駆け出した。
「そ、それじゃあ私も行ってくる。気をつけてね!」
ユウムに続くようにアグニも飛び出して、場にユートとエストレア、魔族が取り残された。
備考
『第1世界』は遊夢(と真理)が暮らしていた世界。『東峰高等学校』は彼らが通っていた高校の名前。
東峰高等学校の略称は東高。
※作中に出てくる組織・団体名はフィクションです。仮に現実世界に同じ団体名があったとしても、一切関係がないことを予めご了承下さい。




