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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
92/125

91話 魔を裂け

「お前───誰だ?」

『さて、誰だろうね?』


 辰乃の周りで起こった異変──遊夢たちの姿が消えてから現れた、少年。

 軽いようで、どこか威厳に満ちた不思議な声は、聞くだけで彼がただの人間でないことが理解出来る。だから、辰乃はそう問いかけた。


 だが、しかし。返ってきたのは分かりきっていた、適当にはぐらかす言葉。正体を隠す気なのか、それとも他に別の意図があるのか。


「どうして、オレだけを残した?」

『色々あってね。今ここでは、俺は彼らを殺せないんだ。多分、連れてきた魔族たちも彼らに撃退されるだろうし』

「……それもそうか。相当強い魔族じゃないと、あいつら相手に善戦すら出来ないだろ」

『随分、彼らを高く評価してるみたいだね。実際に戦いでもしたのかな?』


 質問に答えることで、いずれ来る衝突を引き延ばす。確実な戦力差は分からないが、目の前は少年は強い。辰乃はそう判断して、最大限に警戒している。


「さあ、どうだろうな?」

『答える気はない、と。……いや、別に答えてくれるなんて思ってなかったけどさ』


 少年は少年で、辰乃の話にわざと乗っている。自分から動く気は無いのか、“いつでも辰乃を殺していける”という自信の表れか。その意図こそは分からないものの、辰乃は薄々それに感付いていた。


 少年を警戒したまま、辰乃は周囲に注意を向ける。

 村の裏口であるこの場所には、戦闘の形跡は全くない。それどころか、先にここへ向かったであろう龍義の姿も無かった。


 先程遊夢たちのように、どこかへ飛ばしたと考えるのは妥当だろう。


「爺さんはどうした?」

『あー、あの龍人か。彼らには眠って貰ってるよ。手加減はしたから安心して』

「どうして殺さなかった?」

『殺して欲しかった?』


 質問を質問で返し、はぐらかす少年。

 それに「まさか」と返答してから、辰乃は右腕に魔力を込めた。


「……で、お前の目的は?」

『目的、ねぇ。

 ………色々あるけど、どれが聞きたい?』


 少し敵意を見せても、動じることはない。当然といえば当然だが、目の前の少年は間違いなく“戦える”。

 ただ力を持っているだけではない。敵の悪意も殺意も受け慣れているような、そんな気配を感じたのだ。


「どれ?」

『そんな怒った顔しないでよ。……一応、目的の一つは“龍人の研究”だね。ヒューマンやエルフ、ビーストと違って、龍人と鬼は数が少ないからさ。魔族は分かりきってるし』

「どうして龍人を調べる?」

『この世界の種族……厳密に言えば、文明を築ける生命体は、大きく分けたら二つだけだ。人間と神っていう、非力な種族と信仰から創られたとされる概念だね』


 少年は手を前に出して、指を二本立てる。


 相変わらず軽い調子の少年からは、何かを窺っている気配が無い。話を変えたのも、大した意味はないのかもしれない。


『でも、いつの間にか人間の種類は増えていった。始まりは俺も知らない。けど、気付けば人間は獣となり、(あやかし)の力を持った。多分、元は人間と魔物の交わりだろうね。魔物の身体能力が表面化したのが獣人、魔法能力が表面化したのが妖人さ。

 ……でも、現実問題、俺の配下である魔族も、君たち龍人も存在している。その違いは何か、分かるかな?』

「つまり、何が言いたい?」


 辰乃は少年の言いたいことがあまり理解出来なかった。分かったのは、種類は大きく分けて二つという、いつ使うともしれない無駄知識のみ。

 そもそも、辰乃は少年の話を聞く気も持ち合わせていない。ただでさえ、こういう話への理解力が乏しい辰乃が、少年の意図を汲み取ることが出来る筈も無かった。


『魔族と鬼、龍人は神としての要素がある。ってことだよ。魔族は魔神か邪神から、鬼は鬼神から、龍人は龍神とでも交わって、種族として確立している。それは同時に、さっき挙げた三つの人間よりも強力であることが証明されてるんだ』

「それで?」

『魔族たちの話は諸説あってね。一説によると、鬼と魔族の成り立ちは獣人と妖人のそれと似たようなものらしい。つまり、場合によっては君たち龍人が、この世界で最も特異な種族なのさ。だったら、ほら。調べない訳にはいかないよ。あのイレギュラーが龍の力まで手に入れたら、余計面倒になる』


 イレギュラーと呼ばれているものが何なのか、辰乃には分からない。


 少年の話には聞いたものの、それは結局、自分たちを狙う理由が明かされただけ。自分たちを襲うという事実が覆らないのであれば、辰乃にとってはただの無駄話だ。


 ───救援とかは無さそう、か。


 もし誰か来たとしても、半端な者なら却って足手まといだ。

 エストレアのような魔法使いが理想的だが……彼女のような魔法使いがぞろぞろ居る程、この村は魔境ではない。


 であれば、取るべき手段はただ一つ。


「他の目的もって聞きたいけど……時間の無駄だな」

『ふぅん。どうして?』

「そりゃあ、お前」


 見た目は年若い男の子ではあるが、中身は明らかに人間ではない。

 となれば、自ずと彼が何者かははっきり分かる。


 辰乃は右腕に込める魔力を増やし、左手で魔法を放つ為の魔力を溜め始めた。


 そして、宣言する。


「オレがここで、お前を倒すからに決まってる。魔神様」

『へぇ……大口叩くじゃん。人間の割に』


 瞬間、炎と闇の波動が辺りの木々を飲み込んだ。


 ---------------


『……はぁ、なんだこれ』


 狂夢の声に同調しながら、辺りを見回す。

 目の前に広がっているのは、草原の中で作られた、石の闘技場。乱雑に整備したであろうそのステージは凸凹で、簡単に逃げられないように壁が張ってある。

 まるで、巨大すぎる岩を削って作ったような、そんなイメージを抱いた。


「来た来た来た、俺様の獲物」

「誰だよお前」


 耳をつんざく高い声が前方から聞こえる。俺の視線の先──ちょうどステージの中央に、その魔族は居た。

 真っ直ぐ縦に長く伸びている白い髪と、所々破けている黒い革ジャンという組み合わせは、この風景、ひいてはこの世界に驚くほど似合っていない。


 言っては失礼かもしれないが、売れないロックバンドのメンバーみたいだ。


「おいおいおい、テメェ何ガンつけてんだ?俺様のグレートなコスチュームに慄いたか?」

「その服装は色んな意味で無い」

「やっぱテメェも分かんねぇか!この俺様の、最高にグレートな感性がよ!

 ……ったく、邪神様ですら『それは微妙』っていうんだ。世の中終わってるぜ」


 飛行には使えなさそうなぼろぼろの翼を広げ、長い尻尾を鞭のようにしならせて地面を叩く。

 乾いた空気に響き渡るその音は、彼の怒りを表してるようだ。


「まあいい、どうせ直ぐ終わる命だ。せめて死に際はグレートに。俺様を楽しませるように死ねや」

「『語彙力、低いんじゃねぇの』」


 名乗りを上げないまま、魔族が腰を屈め、足に力を込める。

 微妙に締まらない調子を、いつもヘラヘラしている狂夢の口を真似ることで無理矢理アゲて、剣を構えた。


「グレートに行くぜ、イレギュラーさんよ!」

「うーん。

 ………かかってこいよ、ロック魔族」


 適当な口上を述べてから、頭に雷の魔力を流し、脳の機能を上げる。

 どれだけ馬鹿らしく見えようと、相手は魔族。あの時俺たちを殺しかけたような、そんな存在だ。出し惜しみはしてられないし、する気もない。


「《ダーク》!」

「《サンダー》」


 前方から放たれた闇の波動を、手から放つ雷で撃ち落とす。

 一回、二回、三回。先程の大雑把そうな態度とは裏腹に、魔族が放つ波動は正確無比に俺へと突き進む。

 その威力は俺のそれよりも高く、徐々に雷が押され、ジリジリと闇が広がっていく。


「へいへいへい!その程度かよイレギュラー!」

「………【妖人化】」


 その様子を見て、自分が優勢だと感じたのか。大声で叫び散らす魔族の声が聞こえた。

 相手が調子づいてきたと感じた俺は、戦い方を変えるべく【妖人化】を起動。常世刃を杖にして、気持ち強めの《サンダー》を放つ。


 先程よりも格段に威力が高い雷は、魔族の波動を押し返せる程度の力を持っていた。小さかった青い閃光が荒れ、黒い闇を切り裂いていく。

 同時に、だんだんと押されていく魔族。彼が取るであろう行動は、二つ。


 一つは、魔法の威力を上げて、再び押し返すこと。

 一つは、この撃ち合いを放棄して、避けること。


 どっちの行動を取るか予想がついている俺は、魔法の連射を左手に任せて常世刃の形を弓に変更。武器を通さなくなったせいで魔法の威力は下がってしまったが、それでも魔族の闇魔法よりは強力だ。


「───来たか」


 こちらの魔法が若干弱まったせいか、それとも彼元来の性格か。あの言動から感じられるイメージ通り、魔族は魔法の出力を上げ、こちらを押してきた。

 このままでは敵の魔法に飲み込まれる。客観的にそうなることを悟った俺は、《電光石火》を全力で起動して魔法の範囲内から脱出。撃ち合いを放棄した。


「なあなあなあ!グレートじゃねぇよなぁ!」


 怒りを露にしたか、それとも俺を格下だと判断したか。大声で叫び散らす魔族は、俺を仕留めるべく魔力を溜める。


 俺は弓が相手に見えないように隠しながら、逆の手で《金の矢(メタルアロー)》を生成。そのまま相手から距離を取るように駆ける。


「消し飛べ───!」


 準備万端。魔法を発動出来る状態になった魔族は、大きく右手を引いて闇の魔力を顕現させる。

 放たれる魔法は《闇の槍(ダークランス)》。恐らく、俺が避けられない程度の速度と、俺を殺せる威力はあるに違いない。


 ならばこそ───撃つ前に、射つ。


「───シっ!」

「《闇の──》いでぇぇえ!!?」


 敵が魔法を撃つ直前に、弓に《金の矢》をつがえ、射つ。放たれた矢は真っ直ぐに、魔族の右腕に突き刺さった。


「アァァァアア、が………」

「痛みに慣れてないのか?」


 それだけで身動きが取れなくなった魔族に少しだけ近付き、足を射抜く。事象具現魔法の《金の矢》で貫かれた足は、地面に縫いつけられた。

 絶えず上げられる悲鳴を無視しながら、それを手にもやっていく。


『呆気ねぇな。あの魔族たちよりよっぽど弱い』

「そりゃあ、【神殺し】と【回復封じ】だろ?前者は推定だけどさ」

「痛ぇ……グレートに痛ぇ」


 叫び疲れたのか、魔族の声が小さくなっていく。

 それを戦意喪失と捉えた俺は、あることを聞き出すことにした。


 下らないこともあるが、それは後回し。


「おい、聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「……けっ。敗者は勝者の言いなりだ。なんでも聞きやがれ」

「それじゃあ一つ、ここはどこだ?」


 まずは、ここがどこか把握し、可能なら脱出することが先決だ。

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