表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
91/125

90話 襲来

 観客席まで上がってきたエストレアは、真っ先に闘技場を見下ろした。

 闘う前は整っていたその場所は、今となってはボロボロだ。壁の一部が粉砕され、ヒビが入り、地面だって少なくない損害を受けている。


「これは……」

「やりすぎちゃったみたいだね」


 エストレアに続いてそれを見下ろしたアグニは、苦笑いしながらエストレアの肩を叩く。遊夢やユート、セティも揃って顔をしかめていた。


 そんな中、龍義とラック、ティナはそれぞれ別の表情をしていた。龍義はエストレアたちが辰乃に本気を出させたことに驚き、ラックはエストレアの火力に目を見張り、ティナは単純に「凄い戦いだった」とエストレアや辰乃、アグニに感服している。


 彼らとは離れた距離に居る他の観客は、エストレアたちに恐れをなし、席の上部まで上がっていた。

 それも当然である。自称とはいえ、今回エストレアが放った魔法は正しく神の領域に届く魔法。力の水準が高いとされる龍人であろうと、人は人である。

 そういう意味では、エストレアは最早別次元の存在と言っても過言ではない。


 多種多様の反応をしている観客席で、一人だけ戦いとは関係のない悩みを抱えている人物も居るのだが。


「……なぁ、爺さん」

「なんじゃ、辰乃」

「この修理費ってさ、やっぱり──」

「そうじゃのう。そうなるわな」


 ガックリと肩を落とす辰乃を後目に、龍義は笑いながら息子の問いを肯定する。

 闘技場を借りて──それも、壊さないよう念を入れられてこの有り様なのだから、運営がお金を負担してくれる筈もない。


「何の話してるの?」

「大人の話。ティナは気にしないでくれ」


 修理費の事情を知らないティナは、話に入ろうとするが、適当にあしらわれてしまう。それに対して頬を膨らませるものの、言うだけ無駄だと思ったのだろう。直ぐに口を閉じて、今度はエストレアたちに向かって歩き始めた。

 辰乃も遊夢と話をするべく、ティナの後を追う。


「───おい、リュウギ」

「今度はお主か。なんじゃ?」


 そっと闘技場から出ていく観客たちの中で、いつも通りの空気を維持している『アザーファル』と辰乃たち。

 彼らの中で、ラックだけが深刻な表情をしていた。それはどう見ようと、お金が絡んでいるような顔ではない。


「……嫌な予感がする」

「ふむ。他の奴なら一笑に付すところじゃが……お主の直感は馬鹿にならん。儂が外に出るから、お主らは固まっておれ」

「了解。緊急事態なら、爆発でも起こしてくれ」


 ---------------


 闘技場から出ていった龍義は、真っ直ぐにある場所へ駆け出していた。

 目指すは、先日魔族が村に侵入したとされる村の裏口。


「儂らの敵と言えば、魔族くらいしか居らんからの」


 そして、先日侵入してきた敵が正面から来るとは思えない。

 他の侵入経路を考えていても仕方ないため、今はただその裏口を目指していく。


「───さて、次は何体じゃ?一や二じゃなかろうて」


 他の村人に呼び掛けたりしながら、ラックが言った『嫌な予感』を排除することだけを考える。脅威は娘か、それとも神か。はたまた勇者たちか。


 緊張も、高揚感も無い。敵が強者ならば龍義としては楽しみではあるが、脅威を排除する者としてはそんな事情を挟む余地は残っていない。


 そして、村人が十人程集まる頃。

 以前魔族が侵入してきたその入口で、龍義は大きすぎる脅威に出くわした。


『出迎えご苦労様、龍人の皆さん』


 少年の形をした災厄は、側に控える十人の魔族に、


『それじゃあ暴れてね。村の娘を適当に回収して、調べよう』

「「「御意」」」


 村を壊せと、指示を出した。


 ---------------


「ラック様!翡翠滝様から伝言です!」


 突如、闘技場に男の声が響き渡る。一方では和気あいあいと、他方では恐れをなしていた空気は一瞬で静寂へと切り替わり、皆の視線は叫んだ男に注がれた。


「なんだ?」

「“案の定襲撃じゃ。よりによって、最悪の神様が来おった。恐らく、お主らの言う邪神じゃろう。他にも魔族が十体程居る。どうするかの判断はお主に任せた”……とのことです」

「───!?」


 伝言を聞いて、真っ先に飛び出しかけたのが遊夢と辰乃。それを、遊夢はユートが、辰乃はエストレアが阻止する。

 アグニは周囲に気を配り、セティはティナを庇えるように、彼女の側に立った。


「……ユウム、どうする?」

「行くに決まってるだろ。何が目的かは知らないけど、このまま放置なんてしてられるか」

「───よし、行くか」


 あっさりと遊夢の意見を肯定したラックは、遊夢たちを誘導して闘技場の外へ出る。

 その際に、辰乃へあることを問いかけた。


「タツノ。ティナはどうする?連れていくか?」

「……どうしたらいい?」

「俺は奨めないな。ここの村人だって強いし、ティナを守っているとお前が全力を出せないだろ」


 自分の意見を伝えた上で、ラックは辰乃の決断を待つ。


 しかし、辰乃は中々決断出来なかった。

 何故なら、この前は彼女の側に居なかったから守れなかったからだ。今回の襲撃が前回の単独侵入よりも規模が大きいことは分かっている。ラックの言う通り、ティナを連れていると全力が出せないことも承知の上だ。

 けど、それでも、と。彼はあと一歩踏み出すことが──決断することが、出来ない。


 ───なら、ラックに従って置いていくか。

 渋々そう決断しようとしたとき。直ぐ後ろから、袖を引かれた。


 振り返ると、彼にとっては見慣れた少女が、頬を膨らませていた。

 どうして怒っているのか。それを訊ねる前に、ティナが早口で辰乃に告げる。


「私は大丈夫だから。頑張ってね」


 ラックとのやり取りを聞いていたのか、それとも自分で考えて決めたことか。それを計り知ることは出来ないが、分かることが一つ。


「───分かった」


 少女の瞳には、強い意志が込められていた。

 それは辰乃の不安を和らげ、自発的にティナを置いていくという選択をさせる。渋々選ぶことと、自発的に決めることは大違いだ。そういう意味では、彼女の発言は大きな力となって、辰乃に届いたことになる。


「じゃ、行ってくる」

「……うん」


 彼女に笑顔でそう告げて、辰乃は先へ進んだ。彼の視線の先には、さっきまで戦っていた強力な仲間たちが居る。


 ---------------


「悪い、待たせた」

「ホントよ。……ま、下手な気持ちのまま来られるよりはマシだけど」


 辰乃の謝罪に、反応したのはエストレア。他の皆は何か言うでもなく、ただ前へ駆けている。

 かく言う俺もその一人。龍義さんの言葉を思い出しながら、ただ警戒心を高めていた。


『それにしても、邪神ねぇ。タイミング良すぎっつうか』

「……前の襲撃は、ティナを狙ってのものだろ」

『まぁな。けど……ま、いっか』


 俺自身が抱えている、胸の突っかかりを代弁するように、狂夢は語りかけてくる。

 そうして言葉になったモヤモヤを把握しながら、俺も皆に続いて走り続けた。



 周囲を見渡すが、特に変化は見られない。

 先頭ではラックが走っていて、それに次いで辰乃、アグニ。真ん中にエストレアとセティ。そして最後尾に、俺とユートが居る。


「周りは……特に何もないな」

「そうだね。後ろも大丈夫そうかな」


 周辺を気にしながら走るものの、それは結局徒労に終わった。

 横からも、後ろからも、前からも。奇襲はおろか正面衝突すら無くて、ただただ自分たちの精神を削るだけに終わる。


「そろそろ裏口……でいいんだな?」

「そうだな。あの時の魔族はここから入ってここから逃げた」


 先頭で、ラックと辰乃が小声で話す。それによると、もうすぐ目的地に着くようだった。


 その事実を認識すると同時に、俺の内で様々な感情が沸き上がる。

 戦いへの高揚感、邪神への殺意、死への恐怖、それによって約束が果たせなくなる───不安。


 それを受け入れて、踏み越えて。

 脳裏に焼き付くような嫌な予感を振り払い、一歩踏み込む。


「───え?」


 その瞬間。


『あ、かかったかかった。それじゃ、勇者御一行様ご案内~』


 何の前触れも無く、意識が暗転した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ