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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
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89話 龍神の試練 赤風

「それで、舐めてんの?アンタ」

「……第一声がそれか。なんだよエストレア。そんなに気にくわないか?」

「当然」


 下の階に降りたエストレアは、まずタツノに文句を言った。それを真正面からタツノは聞き返すが、エストレアは理由を言わないまま、彼の言葉を肯定する。

 それをアグニは苦笑いしながら見ている。エストレアを止めようとしていない辺り、彼女も不満を感じているらしい。


「ま、勘弁してくれよ。爺さんが太鼓判を押してたのはユートと遊夢だけだったからな。エストレアやアグニも相当高い評価だったけど───ユートたちに比べれば劣ってたからな」

「悪気は無いんだろうけど、勘に触る言い方だね」

「自覚はしてる。まぁ、普通に戦って勝てるとは思ってないから、オレも弱めに【スキル】使うよ。だから、それでイーブンってことにしておいてくれ」


 少々申し訳無さそうな顔をするタツノに、アグニの気勢が若干削がれる。けれどそれも一瞬のこと。

 ユートとの闘いで最後に見せた【龍神化】。それを起動した瞬間、エストレアとアグニの表情が変わる。不満一色のしかめっ面から、闘いの高揚感による小さな笑みへと。


 二人ともが似た表情をしていることに若干呆れながら、タツノは右腕を突き出して、アグニに標準を定める。後は闘いの宣言をしてから、魔法を放つだけだ。


「それじゃあ始めるぞ。先に撃たせて貰うからな」

「上等。勝負よ、龍神サマ」

「勝たせて貰うよ、タッ君」


 突き出した腕に渦巻く、龍の灯。それはただのエネルギーとして、無造作に彼女たち目掛けて放たれた。

 直撃すれば大怪我は避けられない《龍炎》を前にして、エストレアが前に出る。その様子を見たアグニは、何かを察したのか。エストレアの後方に、距離を取って避難した。


 アグニの挙動を確認もせずに、エストレアは杖に魔力を込める工程を破棄。自らの【スキル】の名を叫び、無理矢理莫大な魔力を杖から放つ。


「【絶魔砲・風】!」


 何も無かった所から放たれる、津波のような大魔法。《ウィンド》の形をとったその魔法は、しかし《ウィンド》の範疇に収まらない。

 かつてエストレアが放った《神風》と同程度の風魔法は《龍炎》と激しくぶつかり合い───龍の炎を掻き消した。


「なっ!?───この」


 一方的に撃ち破られるとは想像だにしなかったタツノは目を見開き、右腕に魔力を込めて一閃。負傷を負いながらも、残った《ウィンド》を払う。


 次にしたことは、目標の確認。

 まず視界に入ったのはエストレア。彼女は少し疲れを見せているものの、まだまだ戦える様子だ。まだ魔法を放っても、相殺されるに違いない。


 そして、アグニは──自分の直ぐ傍まで近付いていた。


「身体強化の【スキル】、か」


 顔面に向かって放たれる拳を、首を動かして避ける。

 反撃に魔法は使わず、タツノはアグニとの肉弾戦に出ることにした。


「───」

「──ちっ。狙えないじゃない」


 距離を取らず、取らせないように立ち回ることで、エストレアによる援護射撃を抑圧する。

 先程の魔法合戦で察したことであるが、魔法の出力で言ってしまえば、タツノよりエストレアが上回っている。そのため、いかにしてエストレアに魔法を撃たせないかが重要だ。


 そして、アグニとの接近戦であるが……こちらは、対応出来ない程実力が離れている訳ではない。

 アグニの【スキル】をタツノは理解しきれていないものの、現状ではアグニが僅かに身体能力が上であるだけであり、アグニの方が僅かに体力を消費している。


 このままアグニの体力が尽きるのを待ち、その後にエストレアを倒そうとしている算段だ。


「……距離、取らせる気がないね」

「エストレアの魔法は厄介だからな」


 後ろに退こうとしたアグニへ一歩踏み込んで、また打撃を見舞う。魔力を込めている右腕は硬く、それ自体が一つの凶器だ。

 真っ直ぐ突き出される腕──斬突と見間違う一撃を、短剣を抜いて受け流す。アグニの【狩人の誇り】に影響を受け、切れ味が上がっている短剣は、タツノの腕に薄い切り傷をつけた。


 がら空きになった胴に、腕を振り抜いて殴り飛ばす。

 急に速度が上がった(・・・・・・・・・)カウンターに対応出来なかったタツノは、アグニとの距離を離されることになった。


「まさか、【スキル】の出力を──」

「《風の(ウィンド)──」


 それに感付いた時はもう手遅れ。タツノの視線の先では、エストレアが魔法を発動せんとしていた。


 急いで体勢を立て直し、エストレアへ向けて魔法を発動しようと手を後ろに引く。《龍炎》のように、力を分散させたりはしない。

 放つ魔法は《龍炎の槍》。《炎の神槍(ファイアグングニル)》と肩を並べる、おおよそ人に放つべきでない魔法である。


 タツノの意志に応えるように、彼の手の中で渦巻き、圧縮され、形を作る緑の魔力。

 エストレアの魔法とタツノの魔法がぶつかり合ったのは、その一瞬後のことだった。


「《龍炎の槍》!」

「───神鎚(ミョルニル)》!」


 真っ直ぐに突き出される槍と、横向きに振られる鎚。

 二つの魔法はぶつかり合って───競ることもなく、両方の魔法が霧散した。


 事象具現魔法(・・・・・・)で放たれた《風の神鎚》は、《龍炎の槍》に触れた瞬間に形を作っていた魔力を破壊され、中に込められていた風が一気に爆発したのだ。

 竜巻を思わせるような暴風は、それを予期していなかったタツノを吹き飛ばす。


 予期……というよりも計画していたエストレアたちは、当然対策を持ってきている。

 とは言っても、それは酷く単純なものだが。


「離さないでよ!」

「そっちこそ!」


 短剣を地面に突き立てて、空いている手でエストレアの手を握るアグニ。

【狩人の誇り】を最大出力で起動して踏ん張っているためか、この嵐の中でも、どうにか堪えることが出来ている。

 アグニの手に、杖を持ちながら両手でしがみついているエストレアは、杖に魔力を込めていた。


 そして、嵐が止んだ瞬間、エストレアは殺意にも似た意志を乗せて、全力の魔法を放った。

 狙いはタツノの足。もし胴や頭を穿とうものなら、いくら龍神といえど即死は免れないと判断したためだ。


「いくわよ。───《風の神槍(ウィンドグングニル)》!!」

「ホントに人間かよ、お前」


 まだ立ち上がれていないタツノに、これを避ける術は無い。

 変わらず、神の名を冠する風魔法はタツノに迫っている。


 観客席の誰もがエストレアたちの勝利を確信している中、リュウギだけが、面白そうに笑っていることに気付かずにいる。


 ───はぁ、仕方ないな。

 内心でため息を吐きながら、タツノは自分の【スキル】の制限を──解除した。


 ---------------


 これは一部の者にしか伝わっていない事実ではあるが、神と呼ばれる者には最低三つの【スキル】が備わっている。


 一つは、その神が本来持つ【スキル】。

 二つは、神が人の願いを叶える【神徒契約】。

 三つは───強大な力を制限するために、備えられた【上限決め】。


【龍神化】によって神となった翡翠滝辰乃もその例にもれず、この三つの【スキル】を持っている。

 そして、彼は力を約半分に制限して戦っていた。


「さて」


 今までしていた栓を外したために漏れ出た魔力を、左手で魔法として使用。ただの《龍炎》であるそれでは、エストレアの魔法を阻止することは叶わない。

 だから──右腕に魔力を注げるだけ注いで、それを槍目掛けて一閃した。


 真っ直ぐ飛んでいる物体は、横からの力に弱い。

 魔法もその例に漏れず。極上の凶器と化した辰乃の打撃を受けた槍は彼から逸れて、近くの壁を粉砕する。


 それを確認した辰乃は砂煙から抜け出しながら、大声で叫んだ。


「これで切り上げよう!エストレアたちの実力は分かったから!」

「えー、まだ戦い足りないよ」

「………そうね。まだ足りない気持ちもあるけど、まだ戦いは残ってるから良しとしましょう。

 引き上げるわよ、アグニ」

「うーん。……分かったよ。分かったから睨まないでって」


 消化不良らしいエストレアとアグニに呆れながら、辰乃は闘技場を見渡した。


 たった数回しか魔法を撃っていないにも関わらず、地面も壁も、見事なまでにボロボロだ。

 今まで大きな修理はしてこなかったこの闘技場ではあるが、ここまで欠損してしまえば修理をするしかないだろう。使うことに問題は無かろうと、見栄えにも気を配らないとならないのが、人間共通の面倒な所である。


「これの修理費は………十中八九、ウチからだよなぁ」


 観客席から、手を振ってくる少女へ視線を向けて、ため息を吐く。


 ───ティナには悪いけど、明日からの飯、ちょっと粗末になりそうだな。


 あまりお金に詳しくないティナに、食に興味が向いていないリュウギとは違い、ある程度家計のことも考えられる辰乃はそれを憂いもう一度、ため息を吐いた。

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