88話 龍神の試練 斬
《脚力強化》、《腕力強化》、《瞬発力強化》を掛けてから、剣を構えてタツノ君を待つ。
腰を落として、剣は正面に。
彼がどういう動きをするのか。どんな魔法を使うのか。
そんなことを予測出来るはずもないので、ただ彼を視界の外に出さないように努める。
タツノ君の様子は……さっきとあんまり変わっていない。
僕を油断させるためか、それとも何も考えていないのか、分かりやすい隙だらけの状態で立っている。
「………それじゃあ行くか」
肩を回してから、彼はその場で腰を落として右腕を前に差し出す。
それに呼応するように、差し出している掌で、魔力が唸り始めた。
無色の波は色を変え、赤い炎に姿を変える。
掌の上で回るそれは、まるでとぐろを巻いた蛇だ。
「《ファイア》」
魔法が放たれる。
しかし、恐れることはない。この程度の魔法であれば、避ける必要すらないのだから。
高速で迫ってくる炎を、剣の腹を使って弾き飛ばす。
それから一度、膝を深く曲げて、タツノ君へと飛び出した。
「今度はこっちから行くよ!」
間合いに入ったタツノ君の腹目掛けて剣を突きだす。
それをタツノ君は後ろへ跳ぶことで避け、もう一度魔法を放ってきた。
瞬きの間に放たれる三つの魔法。
《炎の槍》は正面から貫かんと。《炎の鎚》は上から叩き潰さんと。《炎の剣》は右から断たんと僕に襲いかかる。
そのタイミングは殆ど同時。先程のように立ち止まったまま迎え撃っていたら、どれかの魔法にやられてしまう。
だから、僕は左へ駆け出した。
まずは槍の正面から外れることで逃れ、ギリギリ範囲から出られない鎚は剣で切り上げ、断つ。
それを見計らったように来る剣は、体を捻って回転させて剣を振るうことで対処した。
魔法を撃ち終わったことを確認してから、再び飛び出す。
今度は距離を取らせないように。前進しながら剣を振るう。
縦、横、突き。大振りと見せかけての回し蹴り。それを、タツノ君は直接受けず、受け流すことで防いでいた。
拳や足も絡めた攻撃は、徐々にではあるがタツノ君に傷を付けていく。
「………っと」
ゼロ距離で戦っているため、《ファイア》のように飛散する魔法は使えない。
だが、他の魔法であれば別だ。槍や剣の形状をした魔法であれば、飛散して使用者にまで傷を与えることはないのだ。
それに気が付いたのか、それとも今まで手を抜いていたのか。
タツノ君は《金の槍》を手に持って、正面から打って出た。それによって、一方的だった戦いは少し状況が変わる。
相手が攻撃してくるようになったため、自然と後退することを余儀なくされたのだ。一気に防戦一方になっているわけではないが、少しだけ押され始めたことに変わりない。
魔法で出来た槍は、聖剣の一撃で容易く砕ける程脆いもの──元々、魔法の武器は一回きりの使い捨てであるのだが、魔力がある限り生み出せ続けられるというのは大きい利点だ。
右手に持つ槍を絶っても左手から槍を放てるし、逆もまた然り。
魔法であるから当然、投擲して使い捨てることだって躊躇いなく出来る。
「魔力量とか、大丈夫なのかなっ!」
「ヒューマンと同じにするな。龍人っていうのは、あらゆる種族の上に立つ、最強の種。
その昔、世界すら脅かしたとされる邪龍と、世界を救ったとされる聖龍の子孫だぞ」
聞き覚えがあるような、無いような言い伝えを言ってから、手元の槍を乱暴に振り回してくる。
剣の腹を盾にするように構えると同時に、全身に走る衝撃。それに耐えられなくて、体が宙に浮いて飛ばされる。
剣は変わらず無傷であるが、向こうの槍はそうではない。中程で折れてしまった槍を投げ棄てて、タツノ君は両腕を突きだした。
「これで気絶しなかったら合格だ!
───《神炎》!」
二つの手から放たれたのは、異常なまでに濃い炎の魔力の竜巻。
エストレアさんの全力と比較出来るほどのそれは、僕に向かう途中で融合し、更に巨大化。荒々しい嵐のように揺らめきながら、僕を焼き尽くさんと唸る。
──────理不尽だ、とは思えない。
この規模の魔法は、エストレアさんの武器が完成してから何回か見ている。この竜巻と、彼女の暴風に、何の違いがあるというのか。
……要は、目が慣れてしまったのだ。
ならば、どうするか。
唯一絶対の破壊力を持つ【絶対斬り】は使えない。しかし、普通に斬れば巻き込まれる。
大魔法、と言えそうなくらいの大火力だ。直撃すればまず意識は無いし、最悪死んでしまう。
「だったら……!」
着地すると同時に大地を踏み締め、剣に魔力を込める。
イメージするのは【絶対斬り】の飛ぶ斬撃。属性を決めるなんてことはしない。ただ純粋に魔力を込めて、擬似的にアレを再現しようとする。
「───く」
ヴォーパルキラーの恩恵なのか、僕の魔力量は何故か上がっている。レンキさんが【スキル】とは別に色々仕掛けたのが原因らしいけど……詳しいことは分からないので、考えないようにしている。
とにかくだ。
魔力量が増えた僕の魔力を限界まで注ぎ込んで、剣を構える。
剣に宿る魔力は剣の形に。それを肌で感じながら、目の前に迫る炎を見た。
既に回避は不可能。もしこれで迎撃出来なければ、僕の敗北が決定する。
だから、叫ぶ。負けないように、勝てるように。
自分のイメージに、この炎に、限界に、決して屈したりはしないと。
「飛、べぇぇぇええええええ!!」
剣を振り、斬撃を飛ばす。
意志は刃に、魔力は形に、力は推進力となって炎へと激突。そのまま斬り裂いた。
───けれど、その程度では止まらない。
斬る役目を与えられた魔力は止まることなく、タツノ君を切断せんと風を切って飛んでいく。
「なん……!」
正面から炎が掻き消されるとは思っていなかったのか、タツノ君の動きが一瞬だけ止まる。
それに構わず、加速している斬撃。このまま行けば、タツノ君の腕や体を切り裂いてしまう。
「待───!」
しかし、僕にはどうしようも無かった。
一度放たれた斬撃や魔法は、キャンセルすることは出来ない。かといって、走っても追い付けない程に、斬撃との距離も速さも離れている。
だから僕に出来たのは、叫ぶことだけ。
対してタツノ君は、ただ真っ直ぐに斬撃を見つめていた。
「避けて!」
「──────ちっ。【龍神化】」
彼の舌打ちが聞こえた瞬間、闘技場中に魔力が走る。
荒れた魔力の中心には、雰囲気が変わったタツノ君が、静かに立っていた。
「《龍炎》」
小さな呟きとともに放たれる、緑色の炎。
盾のように展開されたそれは、斬撃を完全に防ぎきる。
「……よし、これで切り上げよう。次はアグニとエストレアで頼む」
それだけ言って、タツノ君は上の階へ向かって歩き出した。
……どうやら、僕の試験は終わったらしい。
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「お疲れユート。あれ、どうやったんだよ」
「うーん……。勘かなぁ?【絶対斬り】を自分なりに真似ようとした結果だから、説明しにくいや」
「もー、油断しちゃ駄目だよ!ただでさえ危なっかしいんだから、タツノ君は」
「とりあえず、保護者みたいに叱るのは止めてくれ」
観戦席に向かったタツノとユートは、真っ先にセティの下へ向かって治療を受けた。
その間に、タツノから指名されたエストレアとアグニは準備をし、ティナとユウムは互いの仲間を労っている。尤も、ティナのそれは労いではなくただの心配ではあるが。
「【龍神化】、か。成る程。だから偽神か」
「おうさ。実際は神を名乗っても良さそうではあるがの。辰乃の奴、頑なに『オレは神なんて名乗らない』と譲らんのじゃ」
ラックとリュウギは少年少女から少し距離を取って、話をしている。
話題は【龍神化】のこと。ユウムと似た【スキル】を持つタツノを、ラックは興味深そうに観察していた。
「それで、他の変身はあるのか?」
「いや、無い。お主の所のあやつが異常なんじゃよ。原則、【スキル】は一人につき一つじゃ」
リュウギはそう言うものの、やはり例外は常に存在する。
今ここに居るものならばユウムがそれであるし、鬼の鍛冶屋であるレンキ、神であるリエイトなどなど。王都での生活──それも、勇者として生活していたユウムたちにはその原則は頭の中に無いし、ラックもラックで、そんなことを気にするような性格ではない。
彼の中で、化物や異常なんて言葉はリエイト……どこまで譲渡しようと、邪神程度の実力を最低限保持している者を指す言葉だ。【スキル】が百や二百ある訳ではないのだから、ラックの中では一も七も変わらない。
その上、
「ああ、そうだな。ユウムの【スキル】も、元々は一つだぞ。あいつの能力は、『力を手に入れる力』だからな」
「はん。それが反則的だと言っておろう。リエイトから聞いたぞい。あやつの能力の一つ、【狂人化】のことをな」
【狂人化】の能力は、「【スキル】保有数+1回だけ事象を狂わせる」というもの。単体では二回しか事象操作出来ないこの能力であるが、ユウムが使うことでこの能力は別物の能力と化す。
常・獣・妖・狂・廃・鬼の六つに、力を手に入れる【スキル】の計七つ。つまり【狂人化】で狂わせられる事象は八つであり、通常の四倍にも上っている。
「全く。あの小さな神も、ろくでもない奴を喚び出したの」
「それには賛成だな」
適当な軽口を叩きあいながら、タツノたちを見る。
治療が終わったらしく、タツノとエストレア、アグニが下へと降りようとしていた。それを、遊夢とユート、ティナとセティが見送っている。
「ふむ、次はビーストと魔法使いか」
「タツノは変わらずに一人か」
柔軟運動をしているタツノたちを見下ろしながら、ラックとリュウギは笑みを浮かべる。
そして、休む間もなく、第二戦が始まった。
魔法解説
《龍炎》
種族:龍神のみが扱える炎魔法。
《ファイア》との違いは色と出力、そして事象具現魔法として発動出来ないことである。




