84話 因縁の爺?
二日後。
迎えに来たリエイトに連れられて王都から出ると、そこには一台の馬車があった。
何時ものごとく、ライドさんが連れていってくれるのだろう。
そう思いながら馬の騎手を見ると、やはり見覚えのある顔があって───。
「久しぶりだな、ユウム」
「お久しぶりです、ライ……ラック!?」
気さくに手を上げて挨拶してきたラックに、思わず悲鳴のような声を上げてしまった。
俺の声を聞いて、ようやくユートたちは気が付いたのだろう。
皆が皆、ラックを指差して驚いたように目を見開いた。
「え、ラックさ…ええ!?」
「ライドじゃないの!?というか、なんでアンタがここに居んのよ!」
「···ラック、馬に、乗れたの?」
「何言ってるんだ。馬くらい誰でも乗れるだろ?なぁ、アグニ」
「いや、私は乗れるけどさ…。誰でも乗れるっていうのは流石におかしいんじゃないかな?」
一気に場の空気を独占したラックを見て、リエイトが小さく笑う。
どうやらこの展開は予想済みだったらしい。
「あ、案の定こうなったね。
……因みに、ライドが居ない理由は簡単だよ。
『危ないから』。この一言に尽きるんだ」
「そういう訳だ。馬乗りとしてはライドの方が上だが、巻き込まれて死んだら意味がない」
リエイトの言葉に反応しながら、ラックは馬の頭を撫でる。
馬は抵抗しなかったものの、ライドさんがやっていた時のように上機嫌という訳でもなかった。
「運転は幾分荒いだろうが、我慢してくれ。
流石に、命には換えられないからな」
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ラックが引く馬車は彼の宣言通り、ライドさんのものと比べて幾分か荒かった。
馬がどのような状態なのかは分からないが、車に乗っている俺たちの下に揺れがよく来るのだ。
しかし、それにも慣れた。
慣れてしまえばどうってことなく、皆と他愛ない話をしたり、眠ったりして時間を潰すことが出来る。
それをすること、約5日後。
ある山の入口で、俺たちは馬車を降りた。
「登っていくぞ。ここの魔物は───多分、この国で一番強い連中が集まっている。
魔族に比べると少し劣るがな」
馬車の前にアグニ、右に俺、左にユート、後にセティとエストレアが立つ。
鬼の村に行くときもやった、あのポジションだ。
幾らここの魔物が危険だとは言っても、馬車を置いていく訳にはいかないだろう。
その為、必然的にラックは馬に乗り、本人の機動力は殺されている。
「お手並み拝見って奴だな。どれだけ変わったか、見せてくれ」
「言われなくても。武器も、それを扱う自分も。かなり強くなったぞ、俺たちは」
ラックの軽口に返事をしたその瞬間、四方から魔物が飛び出してきた。
蛇に羽が生えたような奇っ怪な形をしたその魔物たちは、目の前に居る俺たちに向かい、火を出しながら飛びかかってくる。
それは、あの山のゴブリンよりもかなり素早く。もしかすると、『輪廻の森』の猪の突進力に次いで、かなりの突進力を有していたのかもしれない。
しかし、
「たぁっ!」
突進力があるということは、正面以外での力はそこまで多くはないことも表している。
ユートに向かっていった魔物は、普通に叩き付けられるように斬られ、そのまま絶命。
アグニは目眩まし代わりに魔法を放ち、魔物が怯んだ瞬間に【狩人の誇り】を起動し急接近。
魔物の頭を短剣で突き刺してから、そのまま縦に切断した。
エストレアは風の魔法を起動して、辺りの木ごと魔物の破砕し、吹き飛ばす。
「【妖人化】」
そして俺は、【妖人化】を起動しながら常世刃を弓に作り替え、《金の矢》を事象具現で発動し、つがえる。
それでも迫ってくる、蛇の魔物。
口から漏れているのが火の魔法だけでなく、涎もあることを鑑みると、こいつは尋常ではないくらいに腹を空かし、耐えきれなかったことを察することが出来る。
しかし、そんなことは知ったことではない。
俺は狙いを定めてから、容赦なく手を放した。
俺の手を離れた矢は、抵抗を無視したかのように魔物の口に入り込み、貫いていく。
「…かなり上達しているな、お前たち」
魔物を貫通した矢が消えるのを確認してから、【常人化】を起動。
常世刃の形を剣に戻す。
一連の攻撃を見たラックは嬉しそうにそう言ってから、ゆっくりと馬車を進めた。
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「龍義様。客人が来られました」
「客?例の、勇者を名乗る者共か」
「ええ。リエイト、という神の名を挙げております」
清潔感漂う畳と、埃一つない襖。
置物どころか掛け軸一つ無い、無味乾燥なその部屋で、一組の男女が話をしていた。
「ふむ…。辰乃は居るか?」
龍義と呼ばれた初老の男性は、蛇が比較にならない程の眼光を宿しながら、傍に座っている女性に問いかける。
彼女は慣れているのか。鋭い眼光を受け流しながら、まだ年若いであろう女性は、龍義の問いに答えた。
「はい、辰乃様はずっと、ティナ様に掛かりっきりですから」
「それはそれは。余程あの娘を気に掛けておるようじゃ。善きかな善きかな。しかし、それだと客人の案内は無理かの。
……仕方あるまい。儂が行こう」
そう言ってから、龍義は立ち上がった。
刺々しい緑の髪に、血のように黒赤い双眼。
老体ながらも衰えていないしなやかな筋肉に、激しく自己主張している緑の顎髭。
そして何より目立つ、緑の鱗に覆われた右腕。
「『アザーファル』、と言っておったか。精々、その手並みを見せて貰うとしようか」
老人はギラついた笑みを浮かべながら、部屋を後にした。
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「───下がってろ」
集落の前にある、関所。
そこに居る門番に止められ、俺たちは許可が降りるのを待っていたのだが、急にラックが小さく、そう警告をして前に出た。
何のことは分からないまま、馬の制御をアグニに頼む。
そして得物に手を掛けて【獣人化】を起動。両手に鉤爪をセットして、周囲に意識を張り巡らした。
同時に前方から感じ取る、強大な殺意。
俺が《電光石火》を起動し、腰を深く落とすのと、ラックが動き出すのは殆ど同時だった。
それはつまり、ラックが一人で、殺意の元に飛び出したこととなる。
「な、貴様、押し通るとは何ご───!?」
「なにやってるんだ、ラッ───?」
門番と二人でそれを止めようとしたが、もう遅い。
殺意を発している存在は、俺たちの直ぐ傍まで近付いていて……。
何の迷いなく、ラックへ向けて突撃したのだ。
その生物───人間らしき男性の一撃を短剣で難なく受け止めたラックは、彼にしては珍しく鬱陶しげに吐き捨てた。
「ったく、まだ生きてんのか、ジジィが!」
「───ハ、言うようになったのぉ、小僧が!
久し振りの客かと思えば、よもや貴様が勇者に…な、ど?」
それに同調するように、叫び散らす初老の男性。
彼は言葉を続けようとし、漸く俺たちに気が付いたのか。俺たちを見て、首を傾げた。
「……ぬ、これはどういうことじゃ?」
「どういうことも何も。勇者はこいつらだよ、リュウギ爺」
説明を求める老人に、呆れながら説明していくラック。
理解に時間を要しているのか、暫くの間固まる男性。
そして数秒後、男性はニヤつきながら、俺たちに頭を下げた。
「これは失礼したの。儂は翡翠滝龍義じゃ。
お主たちの神から話は聞いておったが───まさか、倅と同年代とは思わなんだわい」
「初めまして。『アザーファル』のリーダーを務めている、青原遊夢です」
俺も同じように頭を下げて、自己紹介する。
すると龍義さんは笑いながら、俺の手を取った。
「おお、その名前。もしや漢字を使う名か?鬼以外じゃ見たことないわ!面白い者もいるものじゃのう!」
「え、あ、はい。ありがとうございます?」
そのまま腕をブンブンと振る龍義さん。
勢いが強すぎて軽く悲鳴を上げているのだが、彼はそんなこと、お構い無しらしい。
そして、ユートたちも自己紹介した後、ラックが口を開いた。
龍義さんに恨みでもあるというのか、その口調は少し刺々しい。
「それじゃあ村に入れてくれ。ついでに、倅とやらも紹介しろ」
「言われんでも分かっとるわい。
…それじゃあ勇者たちよ。着いてこい。お主らの寝床と、同年代の倅を紹介しよう」
妙にニヤつきながら、龍義さんは俺たちに背を向ける。
それを見計らったように、ラックが俺たちに小声でこう伝えてきた。
「皆、明日以降は油断するなよ。あのジジィ、何を仕掛けてくるか分かったもんじゃないからな。
毒物や倒壊以外の罠には、概ね気を遣え」
「───え?」




