81話 赤月の夜
『ねー真理。君の世界ってどんな所だったのかな?』
唐突に、邪神はそう口を開いた。
彼はベッドで文字通りゴロゴロしていて、誰の目から見ても暇をもて余していることは明らかだ。
そんな彼が声を掛けたのは、この時代での二人目の転生者である、暁真理である。
とは言っても、今この場に真理は居ない。
邪神は自らが持つ【スキル】の一つを使い、真理と対話しているのだ。
本来は支配に関連する【スキル】ではあるのだが、使用者がロクに使っていないため、ただの電話と化している。
「私の世界?かなりアバウトですね、それ」
『そうは言ってもさ。俺、知らないんだよね。ばーさんと違って、世界の管理してた訳でもないし』
急な連絡にも慣れたのか。
真理も普通に邪神と対話する。
ただ、邪神の質問がかなり適当で、返事に困る。
彼女の精神世界は例の地獄であるし、そもそも邪神は心に入り込むような【スキル】を持っていない。
こんな所で運命の力を使う訳にはいかないだろう。
つまり、実際に見せるという方法は取れない。
「一応、絵くらいなら描けますが…」
『ほんと?それじゃあ、何を書いて貰おうかな……』
それでも絵なら伝えられると判断した真理は、邪神にその旨を伝えた。
邪神は直ぐに紙とペンを取り出して、それを真理に渡す。
そうしている間にも、真理に何を書いて貰おうか考えてはいるのだが、いいものが思い付かない。
出店、道路、遊具など聞きたいことは多いものの、一度にたくさん頼むのも憚られる。
『…それじゃ、君の家なんか見せてよ』
「私の家、ですか?」
結局、最初は彼女と縁のある場所から書かせようと判断して、邪神はそう指示をだした。
真理は目を丸くして問い掛け、邪神はそれを頷くことで肯定した。
「なら、いいですけど…。女の子の部屋覗くなんて、趣味悪いですね」
『ああ、嫌なら家の全景やリビングなんかでもいいよ』
一言嫌味を付け加えたものの、邪神はどこ吹く風。さらりと別の案を出されてしまった。
……それはそれで好都合だったりするのだが。
「では、全景から書かせて頂きますね」
『うん、頑張ってね』
あいにく、断る理由もない。
やることもなかった真理は、紙の上でペンを滑らせ始めた。
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ちょっとだけ、昔の話をしよう。
これは、私がまだ普通の少女だった頃の話。
親が居ないものの、可愛い妹がいて、学校でも数人の友達がいて、一人の男の子を好きになったという、どこにでもいた、普通の話だ。
そしてそれは同時に、普通を壊された、悲劇でもある。
最初の不幸は、何を言っても妹がアイツに狙われたことだろう。
当日の夜、妹が帰って来なくて心配で仕方なかった私ではあったが、1日に満たない程度の行方不明で警察が取り合ってくれるはずもなく、その日は眠れないまま朝を迎えた。
翌日、ポストに見慣れない手紙が入っていた。
封を開けると、そこには機械的な文字と、ある写真があった。
手紙の内容は、『妹を返して欲しければ、指示に従え。まずは今日の24時、指定の場所に来い。場所は───』というもの。
そして封筒に入っていた写真には、見慣れない車の中、制服姿で眠っている妹が写っていた。
『それ、君の前世での話だよね?無理に話さなくてもいいんだよ?』
「…はい。ついでに、話しておこうと思いまして」
過去を語りながら、ペンを走らせる。
あの出来事を思い出す度、涙が溢れ、呼吸が苦しくなるけれど。
神さまは私の事情を知らないし、いつか誰か──遊夢君に話さざるを得ない日が来るかもしれないから。
『…全く。どこの世界にもそういう、無駄に力のあるゴミって居るんだね』
「……」
続きを話そう。
指定通りの時間に指定場所へ向かった私を迎えたのは、校内でも有名な御曹司だった。
彼の名前は───いや、もう関係のない話だ。名前を出すまでもない。
彼は心底嬉しそうに私を椅子に座らせると、近くにいた屈強な男に何かを持ってくるように告げたのだ。
そうして持ってきたのは───連れて来られたのは、制服をボロボロに引き裂かれ、虚ろな目になっている妹だった。
私は悲鳴を上げた。
何がなんだか分からなくて。その事態を受け入れられなくて、叫ぶだけ叫んだ。
けど、それで状況が変わるはずもなく。
私が表面上だけ落ち着いた時、御曹司は今日の予定を話してきた。
それは、どのように妹を弄ぶか、という予定。
聞くだけで怒りが湧いてくる怒りに身を任せ、そいつを殴り倒したかったが、妹があちらの手にある以上、下手な真似は出来なかった。
その時に、御曹司が問いかけてきたのだ。
「お前が俺のモノになれば、この子の負担を半分以下にしてやる」、と。
『───なるほど。それで頷いちゃったんだね、君は』
「そうするしか、無かったんです」
涙のせいで、視界が歪む。
既にペンは机の上に置かれていて、私は泣きながら、当時のことを話していた。
「どんなに嫌でも、救いが無いと分かってても。こうするしか───」
『……。話せる?続き』
心配そうに声をかけてくる神さまに、首を縦に振ることで返事をする。
そして、私は出来るだけ冷静になろうと努めながら、過去を紡いでいく。
そして妹を人質に取られて、色んなことをさせられた私を支えてくれたのは、遊夢君だった。
特別、何かしてくれた訳でもない。
ただ、私に何かしらの出来事が起こったことを察してくれたのか、時々傍に居てくれただけ。
そうしてくれる理由を聞くたびに、「辛そうだから」「何かあったのか」と、私の身を案じてくれたのだ。
気が付けばすっかり彼に依存するようになっていて。
本当に辛くて、死にたくなった時は、彼に電話して元気を貰ったりした。
『待って。電話ってなに?』
「今の私と神さまの状態ですね。遠く離れた場所で対話が出来る機械があるんです」
時々神さまの疑問に答えたり、目元を拭ったりして休憩を挟む。
絵を描くという約束はどこへやら。今やこの通話の主題は、私の過去の話になっている。
───そんな時に、あの命令が下される。
『青原遊夢を殺害しろ』、と例の御曹司に強要された。
断ろうにも彼は妹を人質に取ってるし、私が殺さないなら自分たちが彼を殺すとも言った。
だから結局、私に断るなんて選択肢は残されてなくて…。
『なるほど。そうやって殺した訳だ』
「その後、御曹司に回収された私は───」
続きを言おうとする私を、神さまが手で制する。
それは知ってると言わんばかりに見透かして。とても、悲しそうな目をした。
『そこから先は知ってる。言葉にしなくていいよ』
「……はい。絵、描き忘れちゃいましたね」
『んー。気にしなくていいよ。君のことが分かっただけ、収穫さ。それじゃあ切るね、ばいばい』
気分屋なのか、私の昔話が終わると、神さまは笑いながら一方的に通話を断った。
盗み聞きされていないことを確認してから、ベッドに寝転がる。
「………。寝よう」
昔のことは、出来れば思い出したくない。
壊された日常が恋しくなって、家族や遊夢君に会いたくなるからだ。
───でも、それは叶わない。
家族はもう別世界の存在だし、遊夢君は立場的には敵同士。
神さまがこの世界でどういう立ち位置に居るか、という程度なら、私だって心得ている。
要は世界の敵なのだ。だけど、裏切ることは出来ない。
それは彼との約束…【神徒契約】によって結ばれたものだからだ。
それに、あの遊夢君は……。
「無理もないよね。忘れちゃったんだから」
視界が滲む。
不思議に思って目元を拭うと、指が涙で濡れていた。
───ほんとうに、勝手だけど。
あの出来事は、忘れないで欲しかったな、なんて。
自分勝手な悲しみに縛られながらも、私は静かに目を瞑った。




