80話 練習効率
木箱を担いで闘技場に入る。
俺たち『アザーファル』が出来て直ぐ、あのチンピラ冒険者戦ったあの闘技場だ。
あの時はどうやって貸し切ったのかは知らないが、この場所は公共施設らしく、好きな時に武器や魔法の練習が出来るとのことだ。
…当然のように、何か壊してしまったら弁償となるので、魔法をむやみやたらに使う奴はあんまり居ないらしいが。
「ようこそ、『王都闘技場』へ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「武器の練習です。的やサンドバックって借りられますか?」
受付まで行くと、向こうから用件を訊ねてきた。
それに自然に答えて、受付嬢の返事を待つ。
「はい、貸出出来ます。的は使い回しの穴空きのものと、新品があります。新品を使う場合、別途料金が発生しますが…どうされますか?」
「安く済むなら、穴空きのもので大丈夫です」
「かしこまりました。直ぐに準備致します」
礼をしてから奥に消えていく受付嬢。
その内に、財布からお金を出す。
暫くすると、サンドバックと的を一つずつ、押しながら持ってきた。
「こちらで宜しいでしょうか」
「はい、ありがとうございます」
サンドバックも的も使い古されたものであるが、使えない訳ではない。
それなら問題ないと判断してから、俺は受付嬢にお金を渡した。
「三時間ですね。…こちらにお名前をご記入下さい」
言われるがままに、紙の上に名前を書いている。
俺の他にも利用者が居るのか。紙の上に、俺以外の名前がちらほらあった。
「ユウム様、ですね。あちらから中へお入り下さい」
受付嬢が手を差し出した方向に進む。
俺が木箱を担いでいることを確認したのか、闘技場のスタッフらしき人がサンドバックなどを運んでくれた。
正直に、これはありがたい。
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闘技場の中へ入り、空いているスペースまで移動する。
スタッフの人に、手頃な場所に的とサンドバックを置いて貰い、お礼を言う。
その後彼らは各々の持ち場についた。
それを見届けてから、俺は木箱を開ける。
「うわ、なんかいっぱいある…」
中に入っていたのは、多種多様な武器たち。
槍、短剣、杖、弓矢、鎖鎌、棍棒だ。
これら全ての物が全て刃を潰されているのだが、逆に言えば全部歴とした金属製である。
予め【獣人化】を使っていたとはいえ、よく運んでこれたものだ。
もしかしたら【獣人化】ではなくアレの方が楽だったかもしれにないが、それは周りから浮くので止めておいた。
「周りに槍使いは…居ないな。短剣は優先度低めにするか」
そして俺は、何から練習するべきかを考える。
短剣の扱いはアグニの真似をすれば問題ないし、杖は魔法を放つ道具だ。今練習しなければならない訳ではない。
棍棒も使い方は明白であるため、他の武器を優先するべきだろう。
…というわけで、候補に残ったのは、槍と弓、鎖鎌のどれか。
「ただ…鎖鎌はなぁ」
なのだが、個人的には、最初に鎖鎌へ手を伸ばすのは憚られる。
偏見もあるだろうが、それが一番、クセがありそうな武器だからだ。
避けて通れる道でもないことは分かっているのだが、それでもやはり尻込みしてしまう。
だから、最後に残ったのは槍と弓。
周りの人混みに使い手が居ないため、勝手に技術を盗もうにも盗めない。
つまり、どちらを選ぶかは完全に俺次第と言うことなる。
その俺は、迷った挙げ句……弓を手に取った。
理由は単純。剣についで、ゲームでよく使う武器だったからだ。
一見ふざけているかのような理由だが…これは説明するより、実際に見せた方が早いだろう。
的に目をやり、その周辺に人が居ないかを確認する。
完全に素人である俺からすれば、第一射がどこへ飛んでいくか見当がつかないため、視界に人が入らないように気を付ける。
これで、意味不明な奇跡が起こらない限り、誰かに被弾することはないだろう。
「───すぅ」
鋭く息を吸い、弓に矢をつがえる。
呼吸を止めてから弦を引き、力を込めた。
思ったより強い力が背中にかかり、集中が途切れそうになる。
十秒経過。いまだに標準は定まりきらず、弓は左手の中で震えていた。
震えている腕も、一瞬だけ止まって標準が定まることがある。
その一瞬を狙って、俺は右手をそっと放した。
「……やっぱりか」
自分の中では集中したつもりだったが、初めての射で矢が真っ直ぐ飛ぶはずもなく。
矢はあらぬ方向へ飛んでいき、地面に刺さった。
それを回収してからもう一度、同じ位置に立つ。
そして射るを繰り返すこと二十回。
いい加減背中や腕、胸が痛みを訴えてきた頃。
そろそろ本気出すと内心で呟きながら、俺はもう一度同じ位置に立った。
「───【廃人化】」
使う能力は【廃人化】。
分析に特化したこの能力があれば、弓の使い方だって比較的分かるかもしれないという期待を持ってのことだ。
イメージするのは、パーティーゲームの「アーチェリー」。
今吹いている風を、的への距離を計算し、視界の端に表示。
弓が視界の中心に来るように視点変更して、その状態で弦を引く。
…まだ不足の部分がある。
構えを解いてから、数秒考え、それを見つけ出した。
足りていなかったのは弓の握り方。
漫画やゲームで、武器の達人が言っていたように、弓を体の一部にするように努める。
その為には手の力が限りなく邪魔だ。手を余分に強く握れば握るほど、腕にとって弓は異物と化すのだから。
手の力を抜いて、弓を包むような力にまで抑えると、唐突に手の更に奥の筋肉が働いていることを感じ取った。
どうやら、この形が一番はまっている構えらしい。
「───」
矢をつがえて弦を引く。
先ほどよりも上半身は静かに、されど足は支えるために僅かな緊張感を持たせた。
狙いは的の真ん中。
標準はぶれているが、それは遊夢の筋力が足りていないがために起こる弊害だ。
だからこそ、遊夢は矢を射るその直前に、射のイメージを崩さないまま───、
「【獣人化】」
獣人特有のしなやかな筋肉に体を作り変えて、右手を離した。
すると、どうだ。
俺の手から離れた矢は、的の中心から僅かにぶれた所に刺さったのだ。
「…よし!」
【獣人化】を起動した際に【廃人化】は解除された。
俺は的から矢を引き抜くと、もう一度同じ場所に立ち、弓を引く。
今度の射は中心から外れたものの、なんとか的には当たった。
先程までの結果とは違う結果に、思わずガッツポーズしてしまう。
動かない的の真ん中にすら当てられないようではまだまだかもしれないが、弓を持って初日、それも三十射弱でここまでやれれば良い方だろう。
もっと成果を上げるため、もう二十回程射ようとしたが、その前に眠気が襲ってくる。
【廃人化】のリターンか。頭が休息を訴えているのだ。
慣れない思考をして疲れたのだろう。時間は一瞬だったはずなのに、玄鬼さんと戦った時同様の眠気に襲われていて、とても練習出来る状態では無かった。
「……帰るか」
闘技場のスタッフを呼んで、的を運んで貰う。
俺は【獣人化】を起動したまま、家に帰ることにした。
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「やぁ狂夢、元気?」
「当然のように入ってくんな。公共施設じゃないんだぞここ」
遊夢が眠ってから数時間後。
彼の精神世界にて、当然のように狂夢とリエイトが話し合っていた。
とは言っても、彼は当然のように心を覗く彼女にうんざりしているのか、呆れているのか。
今一機嫌が良くない。
「それと質問だが…最悪の部類だ」
「───やっぱり。おかしいと思ったんだ。だって、遊夢たちが帰ってから、一言も喋って無かったからね」
今彼らが居るのは、日本にある一般的なアパート。その寝室だ。
いつもなら『輪廻の森』で眠っている彼はしかし、自然も機械もない、寂れた空間で休息をとっている。
「で、用件はなんだよ。どうせお前のことだ。ろくでもなく素晴らしい提案をしてくるに違いない」
布団から体を起こして、リエイトにちゃんと姿を見せる。
服は寝間着で、額には冷却シート。傍らには水差しが置いてあった。
今の彼の症状に発熱はないはずだが、彼にとって『休む』とはこういうものらしい。
「提案…そう、提案だ。───狂夢。もう一度、身体を作らないかい?今なら、遊夢と同じ体格で作るサービスも……」
「断る」
明るい調子で問いかけるリエイトを、重い声で制する。
いつもは彼女同様楽天的な彼も、今日に限っては遊夢以上に真剣で、その分雰囲気が暗かった。
「どうして?今の君の状況は、君が一番───」
「分かってる。他でもなく俺が分かってるよそんなこと。……だからこそ、余計に駄目なんだろが」
───ま、俺としてはまだまだ致命傷だけどね。
あの言葉は嘘でもなんでもなく、事実狂夢の状態を的確に表した言葉だった。
そもそも、彼の性質は「狂気」
遊夢に打倒され、主権を取られたことで丸くなった彼ではあるが、それ自体は変わらない。
彼の狂い方は多岐に渡っている。
遊夢が知り得ているものだけでも、嗜虐趣味や征服欲、憎しみに性欲などなど。
それ自体が異常なモノはあまり無いが、過剰に欲が強いのが狂夢の狂い方だった。
そして一際強かったのが──いや、彼の根源とも言える狂気こそが、「唯一人への愛情」である。
誰か一人に愛され、愛し、尽くされ尽くす。
だから、これが当然だった。
環司鈴音を失った遊夢が造る、新しい人格が、それを求める欲望で出来ていることなど、語るまでもない。
そして一人格でしかない彼は、根源が揺らいでしまえば、存在が不確定となってしまう。
遊夢は、セティと鈴音を重ねている。
このことは同時に、二人の女性に想いを馳せていることと同義だ。
厳密に言えば、「鈴音への愛情が少しだけ薄れ、セティへの好感度が上がっている」という表現が一番正しいのだが、それは些末事であるので置いておく。
大事なのは、遊夢が一人だけを見れなくなってしまったこと。
当然、周りを見ていなければ乗り越えられない障害もあっただろう。それは狂夢とのいざこざが証明している。
しかし、それとは別に、だ。
前述のように、狂夢を形成しているものが「唯一人を愛す」ものであるならば。
誰かにも想いを馳せることは、狂夢の存在意義を揺るがす致命的な問題となる。
だから狂夢は調子を崩していて。
だからリエイトは新しい器を造ろうと提案したのだ。
ただの概念である体を、確かな肉体に出来たのなら。その悩みを抱えながらも生きていけるのだから。
けれどもそれは、同時に───。
「それをしたら、俺はどっちに傾くか分かったもんじゃねぇ。俺の願いを忘れたか?」
「…環司鈴音に愛され、愛したい」
「そういうこと。片方だけならまだ我慢出来る。けど、両方消えるのだけは我慢出来ねぇのさ」
もし、狂夢を今すぐ遊夢から引き離したとしよう。
その場合、狂夢は暫くすれば「自分の狂気」を思いだし、誰か一人を狂気的に愛し続けることとなる。
───しかし、それが「誰」になるのかは分からないままなのだ。
ただでさえ二人の間で揺れ動く愛情に、外の刺激を与えようものなら。
彼は高確率でセティに惚れ込み、別の場合でも全く違う女性──例を挙げるならアグニやリリィに心酔するだろう。
それを、今の狂夢は許容しない。
「きっと、それすらも忘れて誰かを愛せるよ」
「お前なぁ…。それ、『転生させてあげるから自害して』って言ってるもんだぞ?誰がするかっての、そんな恐ろしいギャンブル。しかも今生も中々楽しいときた。これで自殺するやつの気が知れねぇ」
「なら、君は───」
「消えねぇよ」
消えるしかない、と言おうとしたリエイトを、狂夢が制する。
先程とは違い、その顔には笑みが浮かんでいた。
皮肉げではあるが、とても楽しげな──まるで、ライバルと戦う寸前の戦士の笑み。
「アイツは乗り越える。俺が出来ることの自重版を遊夢が出来ない筈がない。そしたら、ほら。俺も現役復帰って訳だ。もし鈴音との子供が出来たら、狂夢パパとして登場する予定」
彼らしくけらけら笑いながら、狂夢は勝手な将来設計を語る。
リエイトも釣られて笑いながら、狂夢にあることを問いかけた。
「…もし、遊夢がセティとくっついたらどうなるのさ?」
「直ぐに切り離してくれ。鈴音に猛アタックする」
冗談のような、真剣なような。
そんな他愛のない話をしながら、彼らの夜は明けていく。




