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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
79/125

78話 抹消予告

 リリィを部屋に招き入れ、扉を閉める。

 鍵をかけようとしたが…少し考え、止めておいた。


 部屋は当然のように無音。

 いつもなら下段のベッドにいるユートも、今ごろはエストレア辺りに拘束されているに違いない。


「ご主人様?」

「あ、ああ。そこに座ってくれ」


 下段のベッドを指差して、そこに座るように促す。

 リリィは緊張しながらも、直ぐに座ってくれた。


 俺は部屋の中央に立っている。


 その位置関係は、奇しくも俺とリリィが初めて話した時と同じだった。


「リリィ。これからの質問に、正直に答えてくれ」

「はい。なんでもお聞き下さい」


 数分だけの、本当のリリィとのやり取り。

 それを思い出しながら、口を開く。


「リリィは、俺と初めて話した時のこと、覚えてるか」

「勿論です。…あの時は、申し訳ありませんでした。私のせいで、エストレア様からお叱りを…」

「それはいいんだ、気にしないでくれ」


 その数分間で俺と彼女が話したことは、他愛ないことだった。

 魔族である彼女を助けた理由と、怪我が治った後に彼女に抱いた感情を訊ねられ、俺は答えた。

 前者はユートが抱くである理由を。後者は俺自身が抱いた感情を。


 彼女を見つけた当時、魔族に対して異様な敵意を抱いていた俺には、彼女を助けられる理由が無かったのだから仕方ない。

 大事なのは、それで彼女が喜んでくれたということ。


「じゃあ次の質問だ。リリィ、お前はその記憶の───」


 しかし、その時は間が悪かったらしい。

 心身共に疲れきっていたであろうリリィは、殆どの魔力を失っていた。


 そういった意味で言うなら、なるほど俺は格好の獲物だっただろう。


 魔族の特徴は、種族の根幹にある攻撃性と、闇魔法への高い適正。

 代わりに他の属性の魔法は使いにくいらしく、その上彼女らの魔力回復力は他の種族より劣っている。

 しかし、その欠点は致命的だ。

 魔力の存在が当たり前のこの世界では、魔力は酸素と同じような役目を負っていると言える。

 下手に魔法を使えば、長い間酸欠に苦しむなんて、魔族の攻撃性とは驚くほど噛み合っていない。


 それを補う為の機能として、魔族には「魔力の略奪」という機能──能力と言えるものが備わっていた。

 その方法は、恐らく二、三種類。


 まずは俺がリリィにやられた、ディープキスによる強奪。別にディープキスでなくとも、唾液などを飲めばそれで大丈夫なのかもしれない。あまり想像したくはないが。

 二つ目は、血を飲むこと。リリィが俺の魔力を獲る前、彼女は俺を押し倒し、首筋に口を近付けていた。

 それは恐らく、吸血鬼のように血を吸おうとしたのではないかと推測される。


 二つの行動に共通していることは、「体液を摂取している」ということ。

 仮にそれが出来るなら、方法は何でも良いのではと思う。


 …以上が、この前【廃人化】状態で思考した推測。多分間違っていない。


 話を戻そう。

 先程の通り、魔力が枯渇していたリリィは格好の獲物を見つけ、強奪した。

 その方法は、先述のディープキス。

 俺は魔力を吸われていたのでそれどころでは無かったのだが、リリィからするとそれなりに衝撃的な体験だろう。


 何故なら彼女は、首に噛みつこうとしてそれを無理矢理中断させた。

 キスで魔力を取り慣れているなら真っ先にそうするだろう。

 そうしなかったということは、彼女自身が魔力の略奪に慣れていなかったことを表している。


 だからこそ、俺はリリィにこう訊ねた。


「───その記憶の、実感は持ってるか?あの時、リリィが俺の魔力を強奪したっていう実感が」

「……あ、ええと。記憶は当ぜ───」


 しかし、そう簡単にピンとくる事はないだろう。

 俺が相当な無茶を言っているのは分かる。それでも、俺は確かめなければならない。


 だから、嫌だった。エストレアがそれとなく探ってくれれば、なんて言うつもりは無いけれど。

 それでも、俺以外の人なら、もっとマシな方法を知っているのではないかと期待したのに。


 何度考えても変わらない方法を、仕方なく実行する。

 勢い余って、本当にやらかしてしまわないように気をつけながら、俺はリリィに抱き着いた。


「!!?…ご、ご主人──きゃ!?」


 狼狽えるリリィを後目に、俺は背中から倒れ込む。

 無理矢理ではあるが、俺が下で上がリリィという、あの時の構図を再現した。


 この構図には続きがある。

 余計な感情を排除するために【廃人化】を起動して、今度はリリィを抱き締めたまま起き上がる。


 そして、熱を測る時のように、俺とリリィの額をくっ付けた。

 互いの鼻がぶつかるくらいに、どちらかが踏み込めばキス出来るくらいの距離に近付いて。

 俺はリリィに問いかける。


「覚えてるか?魔力が足りないリリィは俺を押し倒した。俺はリリィが心配で、とりあえず体を起こして。我慢の限界だったリリィは、キスすることで魔力を奪った」

「…は、はい」


 熱に侵されたように顔を紅潮させながら、リリィは俺の言葉を肯定する。

 その間に俺はリリィへの拘束を少しだけ弱める。


 すると、リリィはある行動に出た。

 それは【常人化】の俺では予想出来ず、けれども今の【廃人化】(オレ)にとっては簡単に予想出来たこと。


 単純な話だ。青原遊夢という、リリィの想い人(・・・・・・・)に抱き締められて嬉しくなった彼女は、同じようにオレの背中に腕を回した。

 たった、それだけ。


 そう流せてしまう自分にさえ、今は何の感情も湧かない。


「覚えているか?思い出せるか?俺の小さな抵抗を、俺の舌の感触を、魔力を奪う快感を」


 台本を読むような、どこか無機質な声でリリィを問い詰める。

 それで、気付かせる。

 今の行動はただの“再現”であって、決してオマエを愛しての行動では無いということを。


「……あ、れ?」


 オレの言葉に従って、リリィはあの時の感触を思い出そうとする。

 ここまでやったのだ。本来ならもっと色濃く、思い出せるはずだろう。


 しかし、リリィの答えは違ったらしい。


「覚えています。覚えています、けど…。薄い壁に阻まれている感覚、です」

「───そうか」


 確証が得られた俺は、【廃人化】を解除する。


 同時に、様々な羞恥心や自己嫌悪感に襲われるが、なるべく表に出さないように気をつける。

 それは功をなしたのか、それとも彼女に気付く余裕が無かったのか。

 リリィはそんな俺の様子に気付かないまま、困惑し続けていた。


「リリィ」

「───はい」


 だから、それを伝えるために。

 彼女の目を見て“それ”を言う勇気が出てこず、代わりにリリィを固く抱き締めた。

 そうやって彼女を視界に入れないようにして、少しでもその事実を言いやすくしようと試みる。


「リリィ、よく聞いてくれ」

「……」

「お前のその心は───偽物だ」


 意を決して、そう告げた。


 リリィの顔色は確認出来ない。

 けれど、彼女から一瞬だけ伝わった震えと、腕の拘束が緩んでいる事実から、動揺しているのが分かる。


 緩んだ拘束から抜け出して、彼女の肩を掴む。

 それは、残酷な事実を突き付けるために。


 ───偽物でも構わないじゃないか。

 脳裏にそっと、こんな考えが浮かび上がる。

 事実、今彼女は幸せであるし、今現在何の不自由もない。


 それでも、俺がリリィを洗脳している事実に変わりはない。

 今まで見向きもしなかった分、ここでケジメをつけなければならないのだ。


「リリィが魔力を奪った後、狂夢…【狂人化】が、お前の中に入っていった。その後のことは、ある程度覚えてるだろ?グチャグチャに心を破壊されたリリィは、とんでもない状態になっていた」


 事件の真相を紐解くように、ゆっくりとリリィに言い聞かせる。

 それぞれの場面を思い出したのか。リリィは肩を震わせた。


「それを見た俺は、リリィを治す方向に動いた。【狂人化】の狂わせる力を使って、リリィの【壊れた心】を直したんだ」


 これで、あの時に起こった出来事は全て語り終わったことになる。

 その後に膝枕されたりしたこと、自己紹介をしたことなんかは、今話すことじゃない。


 そしてこれから話すことは、俺の力が及ばないがために起こった異変。

 異変というにはあまりに規模が小さすぎるが、それでも、変化があったことは否めない。


「でも、それじゃあ足りなかった。リリィの心の傷に対して、あの時の俺では届かなかった。だからこそ…今のリリィは、俺に隸属してる」


 リリィは何も言わない。

 俺の言葉を肯定しているのか、否定しているのか。


 必死に否定の材料を模索しているのかもしれないし、俺の言っていることが的外れで呆れているのかもしれない。


「───一つ、いいですか」


 不安げに、リリィが俺を見る。

 諦めとは違うその感情は、本当にただ、確認したいだけなのだと感じさせられた。


「なんだ?」


 だったら、それに応えない理由は無い。

 彼女がどんな質問をしようと、俺はそれに答えるつもりで身構える。


「ご主人様はどうして、私を気にかけて下さったのですか?」


 しかし、彼女からの問いかけは、本当に単純なものであって。


「…リリィを気にかけた訳じゃない。ただ、ふと思い出して、向き合おうとしただけなんだ」


 単純であるだけ純粋な問いかけは、俺が正直に答えるには少しだけ、眩しいと感じた。

 相変わらずの自己嫌悪感に襲われて、気持ちが沈む。


「話を纏めるぞ」


 それ以上言うことは無い。

 俺は表面上は冷静に、リリィに語りかける。


 内心では恐怖や不安、いずれ来るであろう後悔に震えながら。

 それでも目の前の間違いを正すべく───余りに独善的な、手を差しのべた。


「今のリリィは遊夢が生み出した、半端な人格だ。だから、もう一度洗脳し直して、リリィを元に戻す。言ってしまえば───」


 言葉を詰まらせる。


 …もし、今口を閉じれば。「なんでもない」と言うことが出来たなら、何事もなく一日を終えることが出来るのだ。

 そんな考えが頭を過ったが、直ぐに考え改めさせられる。


 リリィの瞳が、真っ直ぐ俺を見ていたからだ。

 俺からの話が真剣なものであることを察してくれたのか、覚悟をしたように俺を見上げている。


 その瞳の意志を理解して、引き返すことなんて出来る筈もなかった。


「俺は本当のお前を出すために、今のリリィを殺すことになる」


 ただ、この時の俺は甘く見ていた。


 俺の性格を。人の愛情を。そして───リリィの強さを。

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