76話 銘
俺たちが広場に出てから数分後。
錬姫さんが、如何にも重そうな木箱を抱えてやって来た。
俺たちの前まで歩いて来ると、乱暴に木箱を地面に放り出した。
鈍い音を発てて地面に落ちたその箱は、それ自体が凶器になりそうな程重くて硬いらしい。
箱を落としたことで少なからず驚いている俺たちを尻目に、錬姫さんは淡々と、箱を開封した。
その中に入っていたのは、幾重の布に包まれた何か。
さっきの話からすると中身は武器だと察しがつく。しかし、外見だけでは武器と分からない程、それらは厳重に保護されていた。
これなら、さっき箱を落としたことも頷ける。異常なまでにぐるぐる巻きになっているのだから、この程度の衝撃は問題ないと思ったのだろう。
「……よし」
一体何を確認したのか。
小さくガッツポーズを取った錬姫さんは、布で巻かれている武器を取り出した。
俺から見れば見分けが分からないそれらを素早く仕分け、俺たちに配っていく。
彼女から武器を受け取ったが、布が厚すぎるのか中身の感触がさっぱり分からない。
それは皆も同じようで、首を傾げたり布の質感を楽しんだりしていた。
「それじゃあ開けてくれ。布が剥げないなら、破ったり燃やしたりしてもいい」
指示に従って、布の包装を外していく。
かなりの布が下に落ちていくが、そんなことは今更というものだ。
───そして、それらは姿を現した。
「っ!?」
布を外し、武器の全体像を把握した瞬間に、言い様のない感覚を覚える。
それは皆も同じなのか。エストレアに至っては、何歩か後ずさっていた。
武器を持ったまま後ずさっているので、意味なんて無いのだが、それはそれだ。
「それじゃ、説明を再開するよ。さしあたっては、その神器の仕掛けをね」
それが思いの外面白かったのか。
けらけら笑う錬姫さんは、その話を始めた。
「アタイの【スキル】は三つある。これは覚えてるね?【鑑識】と【概念憑依】、【異能模倣】だ」
指を折り曲げながら、錬姫さんが彼女の【スキル】について確認する。
「【鑑識】は視る力だ。火加減や打ち加減なんかを見たり、使い手の技量に合った武器を作ったりするために使ってる。アタイが一流の鍛冶屋で居られるのは、コレの恩恵だね。
【概念憑依】は移す力。宝石に魔法を込めて爆発させたりするのが主な使い方らしいけど…アタイはこれを鍛冶に使うことにした。杖なんかに魔法を込めて、魔力を通すだけで魔法を使えるようにしたのさ。───まぁ、王都には似たような物があるらしいがねぇ」
錬姫さんの説明を聞きながら、王都の家にある蛇口やクーラーボックスなんかを思い出す。
言われてみれば、アレだって不思議なアイテムだ。
魔力を込めるだけで魔法を発動出来る。
つまり、イメージする過程が必要無いのであれば、自分とは合わない魔法も自由に使えるというのに。
「───ここまでなら、苦労すれば一部の奴らにはやれる。【鑑識】での鍛冶は普通のプロにも再現出来るかもしれないし、魔法を込めるだけなら、どっかの大魔術師が出来ただろうね。でも、それじゃあ足りない」
受け取った武器に視線を落とす。
武器から放たれる気配は、明らかに魔法なんてものを超えていた。
荒々しさ、静けさ、狂おしさ、冷徹さ、豪快さ。
どこかで感じた事のある気配たちが、同時に渦巻いている。
明らかにおかしい。こんなもの、武器が放っていい気配ではない。
それらはまるで呪いのように、俺を取り込まんと───。
「だから、その為の【異能模倣】さ」
錬姫さんの声が、一気に俺の意識を現実に引き戻す。
もう一度武器に視線をやるが、あの変な気配は鎮まっていた。
「エストレアとアグニは見ているだろうけど、【異能模倣】は【スキル】とかの写し取りだ。これを使うことで、二つの利点が生まれる。遊夢、分かるかい?」
「え、ええと…」
恐らく、一つは【スキル】を武器に込められることだろう。
俺の【■■化】はどうなるか想像出来ないが、セティにアグニ、エストレアの武器がどうなるかは大体想像がつく。
要は、能力が上がるのだ。
セティの【慈愛の心】が武器にも宿り、更に回復力が高まる。アグニの【狩人の誇り】では、恐らく切れ味が上がる。エストレアの【絶魔砲】では、更に威力が上がる。
…だが、二つ目がどうしても分からない。
俺が咄嗟に思い付いた利点はそれだけであり、他には何も無かった。
それに、こんなことで【廃人化】なんか使ってられない。
「一つは、【スキル】を武器に込められること、だと思います。けど、もう一つについては…」
「ま、そんなとこだろうね。仕方無いさ。…もう一つの利点は、この【スキル】が写し取りだってことだ。それはつまり、大本の【スキル】を失わずに、武器へ【スキル】を入れられるってことだよ」
聞いて、ハッとする。
先程自然に考えられていたことではあるが、錬姫さんの【スキル】を使うことで、俺たちが持っている【スキル】を重ねがけすることが出来るのだ。
それは、強化魔法重ねがけなんか比較にならない程強力となる。
言ってしまえば、そのキャラクターの許された力の効果を二倍にしたり、他キャラクターにもその恩恵を与えられるということなのだ。
しかも、それによるデメリット。例えば、基礎能力の低下や【スキル】の消失等が存在しない。
確かに、それは誰にも出来ない事であり、最大のメリットだろう。
それを理解した俺たちは、全員が息を飲んだ。
「…いやぁ、理論上出来ると分かってたんだけど、やるとなると勝手が違うねぇ。何度も失敗したよ」
「質問、良いかしら?」
「なんだい、エストレア」
その中で、エストレアだけが真っ先に手を挙げる。
錬姫さんはそれに感心しながら、手でエストレアの質問を促した。
「まず一つ。武器に込められた【スキル】は、全部自分自身のモノなの?」
「ああ、エストレアの武器には【絶魔砲】っていうふうに、武器にはアンタらが慣れ親しんだ【スキル】が入ってる。残念ながら、この村で【スキル】を持ってるのはアタイだけだし、そもそも他人の【スキル】だとアンタたち用に武器を創れなかった。ユートの【スキル】は使い勝手が悪いから、アタイの【鑑識】でも入れようとしたんだけどね。見事に失敗さ」
ユートから呻き声が聞こえてきた気がしたが、無視する。
確かに、理不尽がある時にしか斬れない【絶対斬り】は使い勝手が悪いモノだが、俺たちが殺そうとしているのは運命を定めた邪神だ。
アイツと戦う時には理不尽が付きまとうだろうから、ユートの能力は必要不可欠だろう。
「分かったわ、ありがと。もう一つの質問だけど…この武器、銘はあるの?」
「はっ!?…あ、何でもないです」
エストレアの質問を聞いて、目を見開く。
相変わらずゲーム脳というかなんというか。武器の銘という言葉に反応してしまって、少し恥ずかしい。
錬姫さんは、エストレアの質問を待ち望んでいたかのように笑う。
そして、心底嬉しそうに───。
「ああ、あるさ。彫っては無いから、変えたければ変えていいけどねぇ」
---------------
そう言ってから、錬姫はエストレアの前に立った。
「その武器の名前は“神杖ゲイルジャッジ”。安直だけど、暴風の裁きだ。魔物を殺す【絶魔砲】とその担い手であるエストレアには相応しいだろう?」
「アタシが裁く、ねぇ。実感はないけど、貰っておくわ。ありがと、レンキ」
笑みを浮かべながら、エストレアが強く神杖を握りしめる。
それを確認してから、今度はユートの前に立った。
「それの名前は“聖剣ヴォーパルキラー”、必殺殺しだ」
「必殺、殺し?」
いまいちピンと来ていないユートは、言われた事をそのまま復唱する。
何を思ったか苦笑いした錬姫は、その名前の捕捉を始めた。
「アンタにぴったりの銘だよ。ユートの能力は、「必ず殺す」をねじ曲げる【スキル】だ。これ以上合ってる名は無いさ」
「そう、なのかな?…とにかく、ありがとう。錬姫さん」
それを聞き届けてから、今度はアグニの下へ。
アグニはそれを待ちわびていたのか、少しワクワクしているようだった。
「アグニの短剣の名は、“魔剣ブレイフォーズ”だ。本来なら炎の力、だけど、今回は力を燃やすって意味で捉えて欲しいねぇ」
「うん、いい名前だよ。ありがとね、レンキ」
内心では、自分も神剣とか聖剣なんて名前がよかったと思うアグニだったが、自分の【スキル】を考え、直ぐに諦めた。
体力を喰って能力を上げる【スキル】なんて、間違っても聖剣の類ではない。
「セティの杖は、“聖杖アマテラス”。天を照らす、つまり太陽だね」
「···ありがとう。···大事に、する」
少し仰々しい名前が照れ臭いのか。
セティはそっぽを向きながら、それでも錬姫に礼を言った。
そして、最後に錬姫は遊夢の前に来る。
二人は少しの間見つめ合って、先に錬姫が、その事実を告げた。
「まず始めに。遊夢の持ってるそれは剣じゃない」
「え?」
予想だにしていなかった指摘に思わず、聞き返す。
それを聞き届けたのか、それとも先程までと同じ説明か。
錬姫は、その武器の名前を告げた。
「遊夢の武器の名前は、“霊器常世刃”だ。その武器を持って、【スキル】を起動してくれたら分かる」
常世刃、と木の棒で地面に書き記してから、遊夢に【スキル】の起動を促す。
遊夢は錬姫の言うことを理解しようとしないまま、言われるがままに、【■■化】を起動した。
【スキル】解説
【鑑識】
モノの力を視る力。モノに宿る力だけではなく、物を扱う為に必要な力加減や、者の技量なども推し測ることが出来る。
【スキル】を視ることも可能であり、使用者の技量が高ければその【スキル】所持者よりも深く【スキル】を理解することも出来る。
要錬姫はこの【スキル】を、鍛冶職人の技術として利用した。
【概念憑依】
魔法や呪い、【スキル】を、それらが宿っていない物に移し変える【スキル】。
移す能力であり、写す能力ではないため、【概念憑依】使用後、大元の能力は失われる。
要錬姫はこの【スキル】を、武器に加護をかけるために利用した。
【異能模倣】
【スキル】をコピーする【スキル】であり、一度に模倣出来るのは一つまで。
コピーした能力は自力で解くか、上書きするか、一時間経過すると消滅する。
要錬姫はこの【スキル】を、戦闘のために使っていたが、今回は神器創造のために利用した。
【鑑識】と合わせることで、血液などからも【スキル】を読み込み、模倣することが可能となっている。
用語解説
○器...何らかの加護を受けた武具の総称。「神」なら人を超えた創造、破壊を生み出せるモノ。「聖」なら英雄に匹敵する力を出せるモノ。「魔」なら怪物に匹敵する力を出せるモノ、もしくは何らかのマイナス要素が付きまとうモノ。
「霊」はそれらに分類されない、もしくは全てに分類されるであろうモノを指す。




