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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
73/125

72話 白色はかたる

 炎が揺れる。

 作業場よりも幾分か離れて燃え盛る炎は、作業場を薄暗く照らしていた。


 作業場では女性が床に座り込んでおり、顔色はあまり優れていない。

 先程まではここで然るべき作業──武器の製造が行われていたのだが、今聞こえる音は彼女の荒い息遣いのみである。

 そんな彼女はとうとう床に背中を着けた後、大きく四肢を伸ばして叫び散らした。


 それはまるで、獅子の咆哮。

 しかし獅子とは違い確かな知性を宿した、ヒトの叫び。


「───完成、だぁぁぁぁぁぁ!!!」


 声は近くの屋敷のみならず、村中に広がっていく。

 あるものは耳を塞ぎ、あるものはこの工房を見つめ、あるものは───、


「……ゆっくり休め、錬姫」

「言われなくても。あぁ、うん。凄く疲れたよ」


 真っ先に飛び込んで、彼女の容態を確認した。


 同時に眠りへと落ちていく彼女を見届けてから、男は近くにある五つの武器を見る。

 薄暗いため色こそ分からないが、杖が二本に短剣が一本、両手剣が一つに、日本刀のような剣が一振り。


 彼女にしては珍しく、それらの武器には相応しい装飾がなされていた。

 それでも尚失われていない機能性を見て、男は胸を撫で下ろす。

 それを確認してようやく、これらの武器を創ったのが紛れもなく「要錬姫」だと確信出来たからだ。


「それはそれとして…」


 改めて、男は武器を観察する。

 実際手に取らなければ分からないことはあるが、それは本来の担い手達に任せることにした。


「…謎の威圧感と言うべきか。成る程、これが神器手前と呼ばれる所以か」


 武器から放たれる、肌を刺す圧力を受けて、男の体が強張る。

 動揺や感動ではない。確かな物理的、魔法的圧力のどちらかを、目の前の武器は放っていた。


 本来の担い手にしか扱えぬよう製作者が細工したのかは定かではないが、どうやら男が勝手に触れていいような代物では無いらしい。

 元よりそんな気はない男は、何の躊躇いなく武器に背を向け、錬姫を担ぎ上げる。


「全く。やはりお前には敵わないな、錬姫」


 一人呟いて、男はその場から歩き去った。


 ---------------


「ユート、起きてるか?」

「はい、起きてるよ」

「そうか。準備をしてから居間に集まってくれ。武器が完成した」


 そう言って、襖の先に居る足音が遠ざかる。

 いつも通りの声色で、さらりと重大なことを告げられたため、理解が遅れる。


「…あれ?……え!?」


 彼の言葉を把握して、驚愕する頃には、彼の気配は既に去っていた。


 今すぐにでも村を出られるように身支度してから居間に向かう。

 朝の空気はひんやりしていて、そのせいで布団が恋しくなったりするのだが、それはそれ。

 流石に布団にくるまったまま、芋虫みたいに移動するわけにもいかない。


 せめてもの抵抗に手を擦り合わせてみるものの、あまり効果は無い。


 襖を開けて居間に入る。

 誰も居ないのか、明かりはない。

 明かりを点けようとして辺りを見回すと、人と目が合った。


 驚いたのは一瞬。

 彼がここに居て、何故明かりを点けないのかは気になったけれど、夜に比べれば断然明るいのだ。

 気分にもよるけど、点けないという選択肢もあるのだろう。


「…」

「ユウム君?」

「なんだ?」


 僕より早く居間にいたユウム君に話しかける。

 彼は僕を見つめて、感情の無い声で返事をして来た。


「いや、明かり点けないのかなって」

「…悪い」

「謝ることじゃないけどさ。…点けていいかな?」

「頼む」


 ユウム君の許可を取って、明かりを点ける。

 そうすることで、彼の表情を読み取ることが出来た。


 それは、とても良い表情では無かった。

 今にも吐きそうな程真っ青な顔、涙を堪えるように歯を食いしばっていて、目の光は限りなく小さくなっている。

 どう見ても異常な事態だと気が付いた。


「ど、どうしたの!?」

「なんだよ。そんな慌てて」

「気付いてないの?そんな吐きそうな顔して」

「吐きそう、か。昨日寝れなかったからな。久し振りの徹夜だったからかも」


 しかし、ユウム君はそれに気が付いていないようだ。

 徹夜なんかしたこと無いけど、たったそれだけでここまで酷い顔になる筈がない。


 要らないお節介かもしれないけれど、彼を放っておくことは出来なかったらしい。

 失礼なことだと知りながら、僕は彼を問い詰めた。


「何があったの?」

「だから、何もな───」

「キョウム君は?キョウム君の声も聞きたい」


 あくまでユウム君は隠そうとするので、もう一人に尋ねる。

 僕の意図や感情が伝わったのか。彼は心底嫌そうな顔をしてから、少しの間目を瞑った。


 そして、目を開ける時には別人になっていた。

 今は【常人化】状態のはずなのに、白髪と白い眼を幻視する。

 目の前の彼は、どうしようもないくらいやる気のなさそうな瞳を、僕に向けていた。


「…ったく。やる気出ねぇ。寝やがったぞ遊夢の奴」

「ねぇ、キョウム君」

「なんだよユート。生憎、今の俺らは絶賛自己嫌悪中だ。世間話がしたいなら玄鬼とでもやってろ」


 刺々しい敵意を隠しもしない。

 ユウム・アオハラと対になっている彼は、根底の部分ではユウム君と全く同じらしい。

 つまり、この敵意はユウム君が抱いていて、僕や皆に隠しているであろう本心というわけだ。


「どうして、そんなになるまで自己嫌悪してるのさ。今にも吐きそうだよ、君」

「どうしてって言ってもなぁ。…ここで話すのも不味いか。場所変えるぞ」


 そう言いながら、キョウム君は近くにあった紙に文字を書いて、机の真ん中に置く。

 そこには、『ちょっと外に行ってます。説明と説教は後で受けるので、ユウムとユートは放置して話を進めておいて下さい』と書かれていた。


 ---------------


「そんじゃ、俺のこと話す前に聞かせて貰うぜ。ユート、お前好きな奴いるか?」


 村から少し離れた場所にある小屋。

 そこのユートを連れ込んだキョウムは、開口一番にそう尋ねた。


「え、どうしたの急に?」

「いいから答えろ。何気に大事なことだぞこれ」


 質問の内容は理解しているものの、その理由が分からないユートは、当然聞き返す。

 しかし、キョウムは詳しい説明はせずに、ただ回答だけを促した。


 ユートは頭を押さえるが、それでキョウムが退いてくれる訳でもない。

 キョウムの表情を見てみたが、ユートの見る限りは真剣そのもの。

 この話が重要であることを雰囲気で悟ったユートは、本心でそれに答えることにした。

 幸い、ここにはキョウム以外誰もいない。ユウムはこういう話で弄ってくるような人物ではないから、何も問題は無いと判断したのだ。


「好き、とまでは言わないけどさ。…まぁ、守りたい人くらいなら居るよ」

「へー。それって、他の女とは違うのか?」

「どうなんだろ。……ごめん、分かんないや」

「───なんだ、詰まんねぇ」


 そう吐き捨てた後、キョウムはユートを睨む。

 敵意や殺意なんてものは持っていなかったが、ユートに心の内をさらけ出す気にもなれなかった。

 結果として、キョウムはつまらなさそうに、その場に座り込む。それに倣い、ユートも座り込んだ。


「…それで、君はなんで自己嫌悪してるのさ。僕のこと話したんだから、君だって話してよ」

「そういや、俺からそう言ったんだっけか。…チッ、仕方ねぇ」


 鬱陶しそうに頭を掻きながら、キョウムは言葉を選ぶ。

 先程のように、下手なことを言ってユートの追及を受けるのを嫌がったためだ。

 記憶を弄ることも考えたが、そんなことをすれば更に大事になる。それは遊夢として避けたいこと。


 だから、キョウムは何時もの自分で居ようと努めた。

 真剣さを感じさせない口調で、どこかの物語を語るように打ち明ける。

 そうすれば、ユートも呆れて納得するだろうと考えた。

 そうなれば話は早い。キョウムは先日まで浮かべていた笑みを表面に写し出し、話を始めた。


「それじゃあ話を始めよう。これはまぁ、どっかの男の物語って思っていい」

「…真剣に話す気はあるのかな?」

「大有りさ。だけど普通にやるのじゃ詰まんねぇ。それじゃあ俺もお前も直ぐ飽きる。シリアスなのは遊夢に任せて、俺は語り部でもやっときゃ良いのさ」


 ピエロの仮面を貼り付けて、白き狂気は心を騙る。

 それはどこまでも適当で、感情なんてどこにもなくて。その癖全てにおいて真剣だった。


「さて、それじゃあ男の話を始めよう。さしあたっては、そうだな。青原遊夢の願いについて、解説でもしておこうか。ほら、邪神殺しの報酬の話さ」

「…」


 ユートは口を挟まない。

 挟んでも意味がないことは分かっているし、挟む理由も無かった。

 キョウムがどのような話をしようとも、どれだけやる気のない演説であろうと。


 それは紛れもなく、ユートが知りたがっていた話なのだから

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