67話 慈愛の癒し手
この戦いでの私の役割は明白だ。
治して、治して、治して、そして相手の攻撃から逃げることである。
「らぁ!」
「···!」
赤の鉢巻きを着けた鬼が、その大きな腕を振り上げて、力任せに凪ぎ払う。
直撃すれば恐い一撃ではあるが、そんなもの、大振り過ぎて当たらない。
私はバックステップしてそれを避けると、最低限の魔力を使って《ホーリー》を発動。
少しよろめく程度のダメージを目の前の鬼に与えてから、移動を再開する。
辺りを見回して、劣勢な人や傷付いた仲間に加勢して、治療する。
言うだけなら簡単だが、実際やるとなるとかなり難しい。
まず第一に、私の仲間である青い鉢巻きを着けた人が9人もいる。
彼らは思い思い戦っているので、私は彼らに合わせて動かなければならないのだ。
ユウムとアグニなら一歩下がったりしてくれるのだが、他の鬼たちは何が何でも前線に居ようとする。
わざとやっているのか性分なのかは分からないが、結局大変であることに変わりない。
そしてもう一つの理由は───彼らが素手で殴りあっていること、だ。
意図的に付けられた制限なのかは知らないが、この闘いでは、私以外の人は武器及び魔法を使ってはいけないこととなっている。
一見彼らに対する制約のように見えるが、実際は私の行動も少なからず縛っている。
一言で言ってしまうと、敵と味方がゼロ距離で組み合っているのだ。
加えて、鬼たちは自発的には下がらない。
となると必然、回復魔法はかけにくくなる。
どうしてか?答えは単純であり───、
「···《治癒》!」
「…ん?」
「···ぁ!?───《光の槍》!」
《治癒》の効果範囲を間違えて、味方はおろか、敵さえも治してしまう。
敵と味方が至近距離で取っ組み合ってしまっているために、《治癒》をかけにくいのだ。
結果発動範囲を間違えて···敵も一緒に治したりしてしまっていたりする。
今回の人でもう3回目だ。
「セティ、大丈夫か!?」
「···うん、大丈夫」
ユウムが近くの鬼を蹴り飛ばしてから、大声で安否を確認してくる。
それに頷きで返事をしてから、私は次の負傷者を探したり、隙だらけの鬼を探したりしていった。
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「はっはっは!やるなぁ、嬢ちゃん!」
結局あの後、これといったハプニングも無く、戦いは終わった。
こちら側の負傷者はほぼゼロで、あちら側には負傷者が多数出ている。
誰が何と言おうと、私たちの勝ちだ。
勝ち、なのだが······。
「···ふぁ」
私の口から、小さく欠伸が漏れる。
魔力を使いすぎたせいか、眠くて眠くて仕方がない。
今は控え室のベンチで、アグニにもたれ掛かりながら、勝利の喜びを分かち合っている鬼たちを遠目から眺めている。
既に意識は朦朧としていて、目の前の騒ぎも上手く耳に入らない。
「大丈夫?」
「···大、じょう───」
嫌がらせなのか、アグニが私の頭を優しく撫でる。
優しさを感じるそれが思いの外気持ちよくて、私はゆっくりと目を瞑った。
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こうして、レンキが提案した試験、その一日目が終わった。
レンキとゲンキは体の各部を骨折していたが、それはセティと、セティの【スキル】を模倣したレンキ自身が何とかしたので、明日の戦いにも支障はきたさないだろう。
───そう、試験は連日行われる。
それがレンキの趣味なのか、それとも理由があるのかは知らないが、彼女は一日休もうとはしなかった。
その無茶な行動を、セティはヒーラーとして咎めたが、レンキはどこ吹く風だ。
「別に、休まなくってもいいんだよ」
「···駄目。レンキたちが···危ない」
「それは、アンタかアタイが治せば問題いないって」
傷の治療を終えた二人は、明日のことについて話していた。
同じ部屋にゲンキも居るのだが、彼は疲れからか、眠っている。
「···魔法で癒しても、それは完璧じゃない」
「ん、ああ。それは違うよ」
基本的に、回復魔法は応急措置以上の役割は持たない。
確かに、傷を塞いだり止血したり、折れた部位を治したりは出来るが、それだけ。
ユウムの【狂人化】のように、事象を歪めての修復は不可能なので、千切れた体を元に戻したり、無くなった血液を補充したり、失った魔力を戻したり。
そういったことは、回復魔法では出来ないのだ。
だが、レンキは「出来る」という。
その理由が分からなくて、セティは聞き返した。
何がどう間違っているのか、セティには全く分からない。
「···どういう、こと?」
「───こりゃ参った。エストレアもアンタも、どうやら自分の【スキル】が分かってないみたいだ」
そして、セティの疑問を聞いたレンキは、やれやれといった具合に溜め息を吐いた。
それは怒りや蔑みなどではなく、単に呆れているだけ。
侮蔑の感情を感じなかったお陰か、それに苛立ちは感じない。
「···?」
「それじゃあ、アタイがレクチャーするよ。───模倣が本物に指導なんて、変なこともあるもんだ」
改めて溜め息を吐きながら、レンキは話し始める。
最初は、セティの【スキル】についてだ。
「それじゃあ話を始めるよ。セティ・セイクリッド。まず、あんたの【スキル】の名前は【慈愛の心】。これは分かるね?」
レンキの確認に、セティは頷く。
それを受けて、レンキは話を続けた。
「【慈愛の心】の基本能力は、自分の回復力の上昇。ついでに言うなら、魔力にも補正がかかる。魔法を使えないはずのアタイが魔法を使えたのもこれのお陰だ」
「···質問。あなたは、どうやって、それを調べてるの?」
魔力の補正については、セティの知らない事実だった。
それを知っているレンキを、セティは不思議がる。
そもそも、レンキの解説がどこから来ているのかが分からない。
何かしらの魔法で調べたのか、それとも自身の実感による推測か。
どちらの情報であるかによって、信用度は大きく変わる。
その意図を察したのか。
レンキはわらいながら、自分の目を指差した。
「【鑑識】っていう、アタイの【スキル】だ。アタイは【スキル】を三つ持ってる変わり者でね。機会があれば説明するよ」
「···分かった」
どうやら、レンキの情報は信用に足るものだったらしい。
レンキが嘘を吐いている可能性まで考えたらキリがないので、セティは彼女の説明を信じることにした。
「話を変えるよ。今度は、【スキル】と魔法についてだ。セティ、あんたは【スキル】と魔法の違いを説明出来るかい?」
「······魔法の消費量を抑える?」
レンキに問われたセティは暫く考えたあと、自信なさげに答える。
しかし、レンキはその答えを『是』とした。
「厳密には違うけど、普通に使う分にはその解釈で間違っちゃいないよ。あんたの【慈愛の心】も、エストレアの【絶魔砲】もそういう部類だからね。ただ、厳密に言うなら、やっぱり少し違うんだ」
「···?」
レンキの言っていることの意味が分からず、首を傾げる。
彼女も分からせる気が無いのか、きょとんとしているセティを見て笑っていた。
「【スキル】は、個人に新しい概念を与える力なんだ。だから、エストレアの攻撃魔法やあんたの回復魔法は、そもそも前提からして違うんだよ」
「···違う?」
「そう、違う。普通の回復魔法が『傷を塞ぐ』ものなら、あんたの回復魔法は『傷を治す』ものだ。要は、完全な上位互換ってわけ。普通の魔法で上位互換をやろうとしたら魔力を多く使うけど、法則が違うんだからそれに囚われない。だから結果的に魔力の消費が少ないって訳だ」
【スキル】は、個人に宿った潜在能力。
セティたちの【スキル】を発現させるとき、マリアはそう言った。
その意味を、ようやくセティは理解した、気がした。
「···だから、完全に治せる?」
「纏めるとそうだね。法則が違うから、何でも治せる。───ま、千切れた腕や死人なんかは難しいけどね」
何かを知っているのか。
少し黒い笑みを浮かべながら、レンキが告げる。
その視線は、セティの右腕に向けられていた。
それに気が付いたセティは、レンキから右腕を庇うように押さえる。
そこはいつか、魔族に切り落とされた部位だ。
「···知ってるの?」
「知ってるか知らないかで言えば知ってる。でも、まだ言えないかな。ネタばらしは最後にお預けだよ」
どこかの神のようにケラケラ笑いながら、レンキは立ち上がる。
彼女は気だるそうに肩を回してから、大きく伸びをした。
「うーん。慣れないことはするもんじゃないね。ちょっと外に行ってくる」
「···ん」
居間からレンキが出ていき、セティだけが残される。
「······寝よ」
話し相手が居なくなったので、セティも自室に戻る。
こうして、武器を創るための戦い、その前半が夜と共に終わりを告げた。
【スキル】解説
【慈愛の心】
回復魔法の力が上がる。自分が愛する者に対して回復魔法を使った場合更に回復力が上がる。
【スキル】保持者の魔力量に補正がかかる。
厳密に言えば【回復魔法の上書き】であるが、上記の定義で把握してもあまり問題ない。




