65話 風土の魔法使い
アタシの放った三つの魔法は、真っ直ぐにレンキへと向かっていく。
風属性のものが2つ、土属性のものが一つ。
今のアタシからすれば通常攻撃程度の魔法だが、以前──【絶魔砲】を手に入れる前のアタシからすれば、全力一歩手前の魔法と同程度の破壊力を持っている。
それこそ、並みの魔法使いなら恐れ戦き、張り合うことを放棄して逃げ出す程に。
…まぁ、本当に逃げ出すかどうかはさておきだ。
とにかく、アタシの魔法は強い。
風と土でしか全力を発揮できない体ではあるが、それでもアタシの魔法は、直撃して平然としていられる筈がないのだ。
何が言いたいかというと、だ。
「…化物なの、アンタ」
「鬼が化物だっていうなら、確かにアタイは化物だよ」
それらを受けてもほぼ無傷であるレンキは、一体何者なのかということだ。
少なくとも、ただの人間じゃない。
「それにしても、だ。今の魔法、悪くないねぇ。いや、むしろ凄まじいと言った方がいいかい?」
「……直撃してピンピンしてる人に言われたくないわ」
「直撃と言っても、殴って迎撃したんだけどね」
嘘かどうか分からないことを言うレンキへ向けて《ウィンド》を放つ。
緑色の魔力は波となり、レンキを飲み込もうと迫る。
それに対するレンキの行動は、単純且つ驚きだった。
「へぇ、まだ上があるなんて、面白いじゃないか」
右足を一歩下げ、正拳突きのような構えを取る。
アタシが知っている正拳突きと違う点といえば、雰囲気が格闘家のそれではないことだろうか。
彼女の構えからは野生の勘や本能といった、一見荒々しいものがイメージさせられる。
下げた右足を踏み出してから、腰に回転を加える。
音がしそうな程強力な回転は、この《ウィンド》が容易に突破されるであろうことを予感させられた。
彼女の表情を見ると、楽しそうに笑っている。
けれどもそれは、まるで獲物を狩るときの獣のそれだ。一言で言うなら、物凄く獰猛である。
そして、彼女は右腕を振り抜いて、当然のように魔法を打ち消した。
風属性である《ウィンド》が四散したせいか、辺りに風が吹き始める。
それを確認したアタシは、移動して戦うことにした。
このまま立って魔法を連発しても、あの拳で打ち消されることは明白だし、あの拳を喰らえば気絶出来る自信がある。
だからアタシは腰を落とし、接近すると見せかけてから右へ跳ぶ。
こんなフェイントとも呼べないものでは足止めすら出来ない、と思っていたのだが、どうやら実際は違ったようだ。
レンキはアタシを迎え撃とうとしたのか。
勢いよく前に出てから、急ブレーキした。
「──────」
それを隙と見たアタシは、一瞬の内に出来る範囲の最大火力を発揮しながら《風切》を発動。
風の刃を作り上げ、それをレンキに向かって放った。
今、レンキの体勢は僅かに崩れている。
急に飛び出そうとして止まったせいで、ほんの少しだけ前につんのめっているのだ。
だから、この魔法は当たる。
一撃で倒すまでとはいかないだろうが、片腕くらいは負傷させられるるはず。
そしてその予想は、決して間違いではなかった。
「……すぅ」
《風切》はレンキに当たった。
その時に左腕で無理矢理防いだせいか、今の一撃で彼女の左腕はボロボロで、力なく垂れ下がっている。
だというのに。
レンキは落ち着いた様子で一回、呼吸した。
それに、不吉な予感がして。
急いで《土壁》でその予感から身を守ろうとしたが、遅すぎた。
「《土か─》───ぐ!?」
「油断かい?それは良くない」
作りかけの《土壁》を堂々と蹴破ったレンキは、何の躊躇いなく体を捻って左腕を凪ぎ払う。
右腕や足での攻撃を予想していたアタシでは、それに対応出来ない。
肋骨に嫌な音を感じながら、数m程吹き飛ばされる。
そのまま何回か地面を転がって、仰向けに寝転んだ。
「つ、ぁ───」
痛い。
肋骨が折れたのか、それとも単に悲鳴を上げているだけなのかは判別出来ないが、とにかく痛くて痛くて堪らない。
レンキの一撃が相当堪えたのだろう。
体は起き上がることを嫌がって、足を動かすことをしばらく忘れる。
魔法なら放てるが、この体勢で放ったところでろくな結果は出せないだろう。
それでも、倒さなければ。
「もうリタイヤかい?アタイは、まだまだやれるけどねぇ」
レンキの声は遠くから。
実際の距離よりも遥かに遠く聞こえる。
転がりまくって頭でも打ったのか、それとも意識が消えかけているのか。
とにかく、立たなければ。
どうやって立てばいいか考える。否、どうすれば立てるか考える。
足は多分動く。
問題は、痛くて痛くて堪らない、この胴体だけだ。
「───ふぅ」
レンキの呼吸を真似してみる。
それが無意味なことだと気付きながら、それでも意味が無かったので少し落胆した。
これでは駄目だ。
魔法で治すことも考えたが、アタシは回復魔法は苦手だ。
もしやろうとすれば、やっている間にトドメを刺される。
だから、もしやるなら思い込み。
あとは自己暗示や、他の痛みを思い出すだけしか出来ない。
いや、暗示も出来ないと思うのだが。
とにかく、何かを思い出そうとする。
具体的に言うなら、これより酷い痛みを。
こんなものがかすり傷になる程、致命的な痛みを。
「………ぁ」
そして、それを見つけた。
その時のアタシは、どうやら闇魔法にお腹を貫かれていたらしい。
お腹に入っていく異物、力なく倒れる体。
溢れ出す血に、死ねば楽だと思える痛み。
それを鮮明に思い出して、ほんの少しだけ、苦笑した。
──────こんなの、かすり傷じゃない。何寝転がってるんだか。
「お」
痛む体に鞭を打って立ち上がる。
依然痛みは止まないが、それでも、立つことくらいは出来たようだ。
「あー、」
痛い、という言葉を飲み込む。
一度でも言ってしまえば、きっともう、立ち上がれない。
それらを振り切るように、前へ。
右手に持った杖に魔力を溜めていく。
「まだまだ余裕って訳かい。魔法使いなんてのはつまらない連中ばかりと思っていたが、案外そうでもないみたいだ」
レンキの言葉には耳を貸さない。
敵の動きを確認するのは目だけ。それだけは鮮明に、正確に、レンキの動きを寸分違わず捉えていく。
その間にも、魔力は杖へ。
限界かと思われた魔力を溜めても、まだまだ魔力が杖に入り込んでいく。
杖から不穏な気配を感じる。
恐らく、これを放てばこの杖は壊れるのだろう。
───関係ない。どちらにせよ、普通の武器はお払い箱だから。
魔力はまだまだ、まるで荒れた川のような勢いで流れ込む。
それでも限界は訪れない。
そういえば、【絶魔砲】を手にいれてからは、魔力切れを起こしていない。
今まで気のせいだと思っていたが、どうやら【絶魔砲】と関係がありそうだ。
「───!?」
レンキが息を飲む。
どうやら、魔力を溜めていることがバレたらしい。
ゲンキには魔力が無いから、同じように魔力感知の力も無いと思っていたのだが、どうやら甘く見積もっていたようだ。
だから、今すぐ魔砲を放とうとして───、
「なら、アタイも借りようか。【異能模倣】:【絶魔砲】」
レンキの魔力が爆発的に上昇して、彼女の腕から魔力を感じた。
それは紛れもなく、魔法を発動させる動作だ。
「真っ向勝負は嫌いじゃないんだ。借り物で悪いけど、魔法のぶつけ合いといこうじゃないか」
「───」
レンキの笑みに釣られ、ほんの少しだけ笑う。
そうこうしている間に、魔力がそこを尽き始めた。
だから、宣告する。
レンキはアタシと魔法の戦いに応じてくれたのだから、それくらいしないと失礼だろう。
一応、これは殺し合いではないのだから。
「準備はいい?アタシは出来てるわ」
「なら、アタイもやるよ」
杖に力を込める。
射出する形を整えて、名前を付ける。
明らかに普通の魔法の規模ではない。
なら、少しくらい調子に乗って、神様の魔法の名前を借りてもいいだろう。
《風の槍》や《風切》だとレンキが死にかねないので、あくまで基本形の《ウィンド》だけで勝負する。
「───《神風》!」
「───【絶魔砲・雷】!」
そして、魔法のぶつかり合いが起こった。
アタシからは《ウィンド》の発展魔法が。
レンキからは、溜めた魔力量からは想像出来ない程の雷魔法が。
…だがそれでも、アタシの魔法は敗れない。
レンキが何故ここまでの魔法を使えるのかは分からないが、それでもアタシの方が何年も魔法使いとしてやってきている。
「───は、あああああぁぁぁぁあああ!」
叫ぶ。
絶えず杖に魔力を与え続けて、《神風》を維持し続ける。
最早、レンキの魔法なんて見えていない。
ただ、限界を───。
それでも現実は虚しく。
気が付けば、《神風》はただの《ウィンド》となっていた。
しかも、その《ウィンド》には攻撃力というものが無い。
そこまで認識してやっと、気が付いた。
戦いは、終わったのだと。
痛む頭を押さえ、乱れる呼吸をどうにかして落ち着ける。
だが、全く意味をなさない。
ふらつきながらレンキの下まで移動する。
彼女は既に気絶している。アタシの魔法が打ち勝ったのだから当然だ。
死んでいないのも、彼女の魔法があったからだろう。
とりあえず、レンキを持ち上げようとして───、
「…あ、これ───」
そのまま地面に倒れ、意識が闇へ沈んでいった。
【スキル】解説
【絶魔砲】
魔物や自分が嫌う存在に対しての魔法の力が上がる。相手がより強く、より嫌う魔物であればあるほど魔法の力が上がる。
【スキル】名を叫びながら魔法を放つことで、全力の一撃を放つことが出来る。
ただし、魔力消費量も威力に比例する。
この【スキル】を持つものは、自分が得意とする魔法の力に大幅な補正がかかる。
本人の魔力量も増えるが、苦手な魔法の効率はむしろ悪くなる。




