64話 戦闘開始
時は遡り、夜。
居間で錬姫と玄鬼が晩酌をしていた。
錬姫とは違い、玄鬼は基本的に飲酒しないのだが、呑めないということはない。
彼らは自分の酒器を片手に、各々の話をしていた。
病にかからずに過ごせたか、『鬼山』に変化は無かったか、早苗は元気に育っているか。
誰の目から見ても分かるような他愛ない話を、彼らは永遠と続ける。
このように話すこと自体が久し振りなせいか、そういう話題から始めても何ら不思議ではない。
話が進み、玄鬼が場に馴染んだ頃。
錬姫が不敵な笑みを浮かべて、玄鬼に問いかけた。
「それで、鍛冶の腕前はどうなった?」
「全く。お前の足下にも及ばないな。【スキル】が無いから当然とも言えるが」
「いや、アンタまで鍛冶を始めると言った時はびっくりしたよ。それが、気付けばそれなりに一人前の鍛冶屋だ。ま、アタイには及ばないみたいだがね。というか、簡単に抜かれるつもりは無いよ」
けらけらと笑う。
酒が入っているせいか、顔はほんのり赤みを帯びていて、気分は高揚している。
玄鬼はそうでもないのか。
少し悔しそうに、けれども嬉しそうに錬姫を見つめていた。
「そう言えば」
「ん?」
「依頼があった。武器を創る依頼だ。それも、神を殺せるレベルの」
「───へぇ」
それを聞いて、錬姫の顔が歓喜に染まる。
単純に、全力を以て武器を創ることが出来るという楽しみと、神を殺すつもりの人間に対する期待だ。
玄鬼は呆れた様子で彼女を見つめているが、錬姫は気にしておらず、むしろ玄鬼を巻き込もうとしていた。
「それって、あの五人組かい?」
「ああ。───、一人はヒーラーだ」
「ん、気が利くねぇ」
そして錬姫がやろうとしたことを感じ取ったのか、玄鬼はセティについての情報を話す。
それを聞いた錬姫は返事をしてから酒器を置き、おもむろに玄鬼に抱き付いた。
それも薄々分かっていたのか。
一瞬目を見開きながらも、玄鬼は抵抗しない。
「アタイの考えてること、分かってるんだね。なら、これからどうするつもりかも───」
「…分かった、分かったから落ち着け。ここだと不味い」
酒の勢いもあるのか。
錬姫は彼を押し倒し、その上に覆い被さる。
それに苦言を呈しながら、彼は錬姫を抱えて立ち上がった。
やはり酔っているのだろう。錬姫はそれを受け入れて、為されるままとなっている。
そのまま彼らは、闇の中へ溶け込んでいった。
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広間に出た。
アタシの目の前には、肩を回しているレンキが立っている。
「エストレア、だったかい?」
「ええ。それがどうかした?」
レンキが提示した、武器製造を承諾するための条件。
つまり、一対一での決闘のルールは単純だ。
アタシとアグニがレンキと。ユートとユウムがゲンキと一騎討ちをする。
それだけのことである。
ヒーラーであるセティには別の条件があるらしいが、詳しくは知らない。
「いや?能力は悪くないと思ってね。それとも、【スキル】の恩恵かい?」
「───さぁ、どうでしょうね?」
レンキの問には答えない。
彼女はどう思っているかは知らないが、これは戦いだ。
少なくとも、自分の情報を易々と教えてはいけないことぐらいは分かっている。
アタシの素っ気ない返事に笑いながら、レンキは戦闘体勢に入る。
両腕を下げて腰を下ろした、脱力している形だ。
「先手は譲るよ。どこからでも、どんな魔法でもいいからかかってきな。魔法使い」
「───じゃあ、遠慮なく」
杖に魔力を込める。
アタシに出来るのは、威力が高い魔法だけ。
回復なんかも出来るが得意ではないし、アタシ自身を強化した所で何の足しにもならない。
だからこそ、やることが分かっていて気が楽だ。
(《ウィンド》《マッド》《風の槍》)
牽制するように、アタシは三つの魔法を発動させる。
それらは一直線に、レンキへと向かっていった。
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旅館のような家から出て約十分。
旅館の前ではない別の広間で、僕とゲンキさんの戦いが始まろうとしていた。
だが、当のゲンキさんはやる気が無さそうである。
「レンキの思い付きにも困ったものだ。俺まで巻き込まないで欲しい」
「それはまぁ、分からなくもないかな」
どちらかといえば僕も巻き込まれる側なので、ゲンキさんの気持ちも分かる。
分かるが、これを条件にして武器製造を約束させられたのだ。
彼には悪いが、全力で倒させてもらおう。
と言っても、だ。
「だが、やるからには全力だ。簡単に勝てると思うなよ、ユート・ルーメント」
「当然。僕も全力でいくよ、ゲンキさん」
仮に彼が無理矢理巻き込まれたとしても、やると決めたのは彼自身だ。
なら、簡単に勝てるとは思わない方がいい。
ゲンキさんが棍棒を持ち、構える。
彼に続くように、僕も剣を構えた。
当然ながら僕の剣ではない。
だけど、長さも重さも丁度いいモノで、僕にとっては都合がいい。
機能性で違う所といえば、刃が潰されていることだけである。
「ここには審判も、開幕の狼煙もない。だから、お前が先にかかってこい。それを合図代わりとしよう」
「分かった。じゃあ───行くよ!」
ゲンキさんの声に応えて、僕は勢いよく駆け出した。
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エストレアとユートが戦っている中、私とユウム、アグニはサナエに連れられてまた別の場所に来ていた。
どうやらここは、闘技場のような場所らしい。
そして私たちの周りには、17人の鬼が居た。
七人は青い鉢巻きを巻いていて、十人は赤い鉢巻きを巻いている。
事態が飲み込めずにキョロキョロしていると、青い鉢巻きをした鬼が、ユウムに話しかけた。
その手には、三つの青い鉢巻きがある。
「これを頭か腕に着けてくれ。あと、武器は回収して、ヒーラーの子以外は素手で戦ってもらう」
「はい。───セティ、アグニ。これを着けてくれってさ」
「······ん」
鉢巻きを受け取ってから、それを頭に着ける。
そしてもう一度、辺りを見回した。
───私の試験は、ユウムたちとは違う。
彼らと違って、傷を癒すことが役目のヒーラーは、単純な戦闘能力を測ってもあまり意味がない。
ヒーラーに求められるのは、生き延びて仲間を治すことだ。
だから、この試験が私に要求しているのは───、
「セティ、だったな。あんただけは魔法を使ってもいい。だが、その分他の鬼からは狙われやすいから気を付けろ。今回の試験は乱戦形式だ。ユウムやアグニは軽く流す感じで頼む」
青い鉢巻きのリーダーなのか、彼はこの場を取り仕切っている。
私は確認の意味を込めて、彼に私の役目を問いかけた。
「···私は、何をするべき?」
「まず前提として、青組が赤組に勝つこと。そして次にあんたの傷が少ないこと。最後に、倒れた仲間が少ないことだな。後の二つは、周りの様子を見て鬼たちが決める」
「···分かった」
倒れた仲間の数よりも、自分の傷の状態が優先されるのは、頭では分かっている。
何故ならもし仲間が倒れても、自分が生き延びていればそれだけ治せる傷があるし、それだけ救える命もあるからだ。
だが、それでも───。
ユウムに気付かれないように彼を見る。
───もし、彼が傷だらけで倒れたら、私は駆け寄らずには居られない。
アグニやエストレア、ユートも同じだ。
その時が来たら、私はなりふり構わず彼らに駆け寄ってしまうだろう。
それこそ、あの魔族との戦いと同じように。
「───」
同時に、言葉が出なくなる。
あの時のことを思い出すと、胸が痛む。
誰も守れなかった。自分さえ一度殺された。
もしキョウムが居なければ、私たちはここに立っていない。
だから、次こそは。
「セティ」
「···なに?」
「そろそろ始まるぞ」
ユウムの声が聞こえたので、顔を上げる。
気付けば、こちらに青組が、あちらで赤組が固まっていた。
「───用意」
先程まで話していた、あの鬼が声を出す。
叫ぶとまではいかないものの、声は鮮明に、私たちの耳に届いた。
そしてついにその時が来る。
「始め!」
私を除く19人が、一斉に飛び出す。
ほんの少し遅れてから、私も走り出した。




