63話 交換条件
「───ふ、不便だ」
目が覚める。
視界に入ったのは見慣れない天井。
起き上がって自分の姿を確認すると、布団に寝転がっていることが分かった。
その下にあるのは、当然のように畳である。
「……日本?」
その光景は、まるで日本のそれだ。
漫画やゲームでよく見る、和風の寝床に似ている。
部屋は襖で仕切られていて、外に続いているであろう窓にはカーテンの代わりに障子が光を遮っている。
「…ますます日本風だ」
だが、ここは日本ではない。
まず俺自身が魔力の概念をちゃんと把握しているし、仮に夢だとしたらリアル過ぎて論外だ。
前世では普通の一軒家に住んでいたはずなので、こんな家は夢だとしても見るはずがない。
「さて」
立ち上がり、布団を畳んでから襖を開けて部屋の外に出る。
すると、廊下に出た。
「───」
廊下が思ったより長かったので、言葉が詰まる。
これでは、日本の家というよりは武家屋敷か旅館だ。
左右どちらを見ても曲がり角だったので、俺が寝ていた部屋に近い右へ向かった。
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右側にあったトイレで用を済ませてから、今度は逆の方向へ向かう。
長い廊下を歩き続ける。
同じような大きさの部屋を幾つか通り過ぎると、先程よりも大きな襖が目に付いた。
ここが居間か、それとも屋敷の管理人の部屋かもしれないので、ノックしてみる。
すると、鋭い返事が返ってきた。
「誰だい?ここの住人じゃあないね?」
「…先日、気絶して運ばれた者です」
「ああ、あの男か。入りな、廊下は冷える」
許可を得て、襖を開ける。
そこは居間だったようで、一人の女性が長方形の机に腕を乗せ、座布団の上に座っていた。
髪は黄色く、肌は白い。
眼は血のように紅くて、頭には大きな角が一本生えている。
そんな彼女は酒器を持ちながら、俺を品定めするように見つめていた。
「歓迎しよう、客人。アタイは要錬姫。要点の要、錬鉄の錬に姫様の姫だ。それとも、レンキ・カナメって言った方が分かりやすいかい?」
「いえ、俺も名字が先にくる人間なのでお構い無く。俺は青原遊夢。青い草原と遊ぶ夢、です」
「面白い名前じゃないか、遊夢」
「そちらは…鍛冶屋のような名前ですね、要さん」
要さんとの自己紹介を終え、彼女を名字で呼ぶと、何故か睨まれた。
魔力が殆ど無いにも関わらず感じる威圧感に少しだけ驚きながら、聞き返す。
「どうかしましたか?」
「…名前で呼びな。玄鬼と早苗の知り合いだろう」
「───?」
「分からないかい?玄鬼はアタイの旦那だ。───その様子だと、名字を名乗ってなかったみたいだねぇ」
「はぁ……ええ!?」
適当に相槌を打とうとして、驚愕した。
別に、錬姫さんが結婚していたことにではない。
確かに、目の前にいる彼女は結婚しなさそうというか、一人でも生きていけそうな雰囲気を出しているが、だからと言って独身であることにそこまで驚くことはない。
だから、それ以外の部分がおかしいのだ。
本人の気質や性格からではなく、もっと大きな───。
例えば、
「だって、早苗に角は…!」
「ああ、そんなことかい」
玄鬼さんには、一本の角が生えていた。
それだけで凶器になりえそうな程、鋭く強靭な角だ。
そしてそれは、目の前にいる錬姫さんにも生えている。
彼女たちの娘である早苗には、角は生えていないというのに。
なんとか絞り出した俺の主張を、錬姫さんは「そんなこと」で済ませた。
「って、遺伝とかどうなってるんですか!?」
「いや、アタイのお袋がエルフなんだよ。だから、早苗に角が生えなくても不思議じゃない。ほら、早苗には魔力があるだろ?本来、鬼は魔力はが殆どない種族なんだ。その鬼に並み以上の魔力が宿っているのは、単にエルフのお陰だね。因みに、アタイも魔力を持ってる。そうは言っても、気持ちマシってだけだけどねぇ」
「……言われてみれば」
目を閉じて、錬姫さんの魔力を探る。
その結果、僅かながらも彼女から魔力を感じとることが出来た。
どうやら早苗は、鬼から産まれたエルフという、特異な種族であるらしい。
そんな事例、聞いた事がないが。
「特別、なんですか?」
「どういう意味で聞いてるかは分からないね。言うならハッキリと言いな」
錬姫さんの視線が強くなる。
まるで、これ以上間違ったことを言えば殺すと言わんばかりの、巨大な殺意。
それで、俺が聞こうとしていることがどれだけ愚かだったのか、悟った。
「すみません。今のは失礼でした」
「解ればいいって。まぁ、鬼からエルフが産まれるのは珍しいといえば珍しい。でも、娘の価値をそれで決めるのは許さないよ。アンタみたいに、間違いに気づいて謝る奴は良いけどね」
「…因みに、誤魔化したりしていたら?」
錬姫さんの殺意が消えたので、冗談半分で問いかける。
絶対に俺はしないであろう、誤魔化しや嘘。
もしそれで錬姫さんを騙そうとしたのなら───、
「近くに玄鬼か早苗が居るのに期待しな」
酒器に入った酒の豪快に飲みながら、錬姫さんは獰猛な笑みを浮かべた。
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どうやら、俺が目覚めた時間帯は早すぎたらしい。
それから暫くした後、ユートたちが居間に入ってきた。
ユートやライドさんたちも、エストレアくらいから説明を受けたのか。
事情は聞いてこずに、ただ「大丈夫か」とだけ声をかけてくれた。
それに返事を終えると、錬姫さんが再び話始める。
「さて、これで全員揃ったね」
「早苗はまだ眠っているがな」
「あの子は疲れてるんだ。そんなこと、わざわざ言うんじゃないよ。全く、真面目だねアンタは」
玄鬼さんが錬姫さんの言葉に訂正を入れる。
彼女はそれを流しながら、軽く玄鬼さんの頭を叩いた。
いつものことなのか、玄鬼さんは微動だにしていない。
「それは置いといてだ、アンタたちの用件は聞いてるよ。神を殺せる武器が欲しいんだって?」
さっきの軽い調子から一転。
錬姫さんの顔が強ばり、声が低くなる。
これが素なのか、それとも公私を使い分けているのかは分からないが、これが真剣な話であることは言うまでもない。
なら、俺たちがする返事も決まっている。
「ああ、神を殺せる武器が欲しい」
「普通の武器じゃ駄目みたいなんだよね」
「神様から、ゲンキを紹介されたのよ。で、ゲンキにここまで連れてこられたわけ」
「···あなたが、創るの?」
アグニとライドさんは何も言わない。
マリア様に呼ばれたのは、俺たち四人だ。
邪神を倒しに行くときはどうか知らないが、その主となるのは俺たちだと言っていいだろう。
だから他でもない俺たちが、それを言う必要があった。
「ああ、武器はアタイが創る。でも、交換条件だ」
俺たちの返事を聞いた錬姫さんが、口角を上げる。
それは、何か満足したような表情だ。
気合いは良しと思ってくれたのなら、それでいい。
「……」
だから、今は交換条件に耳を傾ける。
何を言われようとも、飲むしかないことに変わりはないのだが。
「まず一つ。武器を創る時には、アンタたちの力を貸して貰う」
「アタシたちに鉄を打てってこと?」
「素人にそんなことさせないさ。ただ、血液をそれなりに貰うだけ。後は、アンタらの【スキル】も教えて貰うよ。どうせあの神様のことだ。それくらいの措置はしてるに違いない」
一つ目の条件は、俺たちの協力と情報開示。
錬姫さんの言う神様が誰なのかは分からないが、あの口ぶりからして多分リエイトなのだろう。
それはさておき、そのくらいの条件なら簡単だ。
むしろ、頷けなくてどうする。
「分かりました。それで、他の条件は?」
「そう慌てるな。次が最後の条件だ」
錬姫さんが笑みを浮かべながら、玄鬼さんを手招きする。
玄鬼さんは何か察したのか。呆れるように頭を押さえながらも、錬姫さんの隣に座る。
そして錬姫さんは、自分たちを指差してこう言った。
「もう一つはもっと単純。アタイたちに一対一で勝てばいい」
それは、実力を測るような腕試しではなく、殺し合い寸前の闘いだということを、その気配が報せてきた。




