62話 面識
あの後、直ぐにセティとアグニが目覚めたため、この場に居た全員に暁のことを話した。
まず始めに、暁は俺の前世で知り合いだったこと。
そして、何らかの原因で俺を殺して、それを悔やんでいること。
血を摂られたことや、俺から摂った血を吐き出していたことについては話さなかった。
自分が吐いたことを話されるなんて、気分が良いものではない。
「…ユウム、一ついいかしら?」
「なんだ?」
エストレアが手を挙げて訊ねてきたので、促す。
するとエストレアは、アグニとセティを見つめてから、
「えっと、ユウム。前世では、マリとどんな関係だったの?」
「…覚えてない。けど、多分友達だと思うぞ」
「恋人だったっていう可能性は?」
「「っ!」」
まるで周りの様子を伺うように、声を潜めて聞いてくる。
それを聞いたセティとアグニが息を飲んだ気がするが、それを気にする前に、エストレアの問いに答えることにした。
「無いと思う。自慢じゃないが、俺は前世で女友達が居なかった。恋人なんて居ないはずだ」
「そう、変なこと聞いたわね」
「いや、気にしなくていい。なんで聞きたかったのかは知らないが」
エストレアが背伸びする。
強調される胸から目を逸らしながら、内心呟いた。
(なんでユートが居ないんだ…)
『さっき聞いただろ、馬車の護衛だって』
(男女比が!)
『慣れろ慣れろ。どうせ、将来は誰か、出来れば鈴音と───分かった先は言わない』
軽い口調で、日中にろくでもないことを言いそうになる狂夢の釘を刺してから、皆に向き直った。
俺から話せることはそれだけだが、皆から質問があるかもしれない。
「他に聞きたいことは?」
「もう一ついいかしら?」
エストレアが再び挙手する。
無言で頷いて、視線だけで促す。
すると、エストレアは真剣な目をしてから、暁について問いかけてきた。
「アンタから見て、魔族としてのマリはどんな感じ?」
「魔族として?」
「そう。魔族らしい行動をしたかとか、敵としてはどれほどの脅威があるのか。なんなら、【スキル】の有無や詳細なんかも」
質問の内容は、暁の詳細についてだ。
前世の、俺の同級生としてではなく、今この世界に現れている、魔族としての彼女。
なるほど確かにそれは───真っ先に伝えるべき情報だった。
だから、包み隠さず答えた。
彼女が、正確に魔族であることと、魔族らしくないことを。
「まず前提として、暁は魔族だ。翼や尻尾は偽物じゃなくて、ちゃんと本物だった。でも、言動は魔族らしくなかったと思う」
「例えば、どんな?」
「どんなって言われても……」
エストレアに訊かれて、答えに迷う。
正直に「血を吸われて、それを吐いていたから」といえば解決するのかもしれないが、それを言うのは暁に悪い。
なので、強引に話を変えた。
俺は、彼女の【スキル】について話す。
「【スキル】についてだけど、暁は持ってた。多分、拒絶とかそんな感じの【スキル】だと思う」
「あ、やっぱりそうなのね」
俺が接近することを、彼女は拒んでいた。
今になれば、それが俺を殺したという罪悪感や恐怖から来るものだと分かる。
それはそれとしてだ。
俺の接近を彼女が拒んだのは、恐らく二回。
一度目は、異常な密度を持った《闇の球》を放った時。あれは【俺が死ぬ要因】をねじ曲げることで、ようやく普通の魔法になった。
二度目は、歩み寄る俺を留めた無色の壁。あれは俺が声をかけ、彼女の拒絶の意志が緩んだことで解けた。
逆を言ってしまえば、【狂人化】を使ってねじ曲げるか、彼女の注意を惹くことでしかあの【スキル】は突破出来ないことになる。
単に俺の力が足りていないだけかもしれないが、そこについては考えない。
「…って、やっぱり?」
「ええ。ユウムは知らなかっただろうけど、私たち、あの魔族と会ってたのよ」
エストレアが立ち上がる。
どうやら、ここからは彼女が話を進めるようだ。
なので俺は考えることを中断し、彼女の言葉に耳を傾けた。
「確か、あれは───」
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「とにかく調べるわよ。もしこれで見つからなかったら───。何でもないわ」
最悪の事態を飲み込んでから、エストレアは率先して進む。
もしこの先にユウムが居なければ───。少なくとも、今日中には探し出せないだろう。
そうなると、流石にユウムの生存も危うくなってくる。
彼は魔族を追ったのだ。
殺されていても、おかしくはない。
その仮定を、エストレアだけは頭から追い出そうとはしない。
彼女はユウムの仲間であるし、別段嫌っている訳でもない。
しかし逆を言えば、ユウムとはその程度の関係だ。
アグニやセティと違い、何らかの特別な感情は抱いていない。
「……」
三人は木々の間を抜け、奥に進む。
道から大きく外れたせいか、木は今まで以上に密集していて、月や星の光すら届かない程に暗い。
こうなると、セティの《ホーリー》だけが光源だ。
アグニとセティは無心で、奥へ進む。
それがユウムを見つけるためだと分かっているエストレアは、ほんの少しだけ、溜め息を吐いた。
(ユウムは───)
ユウムのことを、エストレアはあまり理解していない。
悪人ではないという漠然とした認識と、この世界の住人ではないこと。
リンネという神と何らかの関係を持っていて、複数人の女性から好意を持たれていること。
この程度だ。
好意を持たれている理由こそ分からないものの、ユウムがセティたちに好かれていることは確かに理解している。
だからこそ、言葉が出ない。
これでは、きっと彼女たちは幸せになれない。
どういう結果になろうとも、必ず誰かが涙を溢すことになるだろう。
「───っと」
「···大丈夫?」
考え事をしていたせいで、躓いて転びかける。
大きな音を発ててしまったせいか、セティたちがエストレアを見つめていた。
「大丈夫よ。早く行きましょう」
エストレアはセティにそう言ったあと、先頭まで歩み出る。
さっきまでの考えを、振りきっていくように。
「「「───」」」
暫く歩くと、彼女たちは広い場所に出た。
木々は少なく、適当な広さが確保されていて、端には切り株がある。
段々と自然が濃くなっていくこの場所で、ここだけがある種異質な空間だった。
そこに、居た。
見覚えのある少年と、それを抱き抱えている魔族の少女が。
「···ユウム!」
「ユウ君!」
《ホーリー》の光によって、傷だらけのユウムが見えてしまったセティとアグニは、魔族に向かって飛び出した。
当然、エストレアが止める暇なぞない。
セティたちから見れば、魔族はユウムを殺している、もしくは殺そうとしているようなものだ。
彼のことを第一に想っている彼女たちが、何も感じない筈がない。
当然、戦いにおいては悪手ではあるが。
「待ちなさ──」
「来ないで下さい!」
魔族の言葉に呼応して、無色の壁が出現した。
それはセティとアグニの進行を阻み、彼女たちの攻撃を阻む。
「···っ」
「この!」
「ああ、もう!」
結局戦いは避けられないと判断したのか。
エストレアも魔法を発動させて、その壁を撃ち破ろうとした。
───だが、びくともしない。
強い想いで編まれた壁は、並の魔法では崩れない。
これを崩すためには、魔族の想いを揺るがすか、神と並ぶ力で打ち崩す他無い。
当然エストレアたちがそれを知る筈もなく、彼女たちはひたすら攻撃を続ける。
「私は、遊夢君に危害を加えるつもりはありません!」
「···?」
魔族の叫びを聞いたセティが、僅かに攻撃の手を緩める。
【狩人の誇り】を起動しているアグニには、その言葉を聞く余裕がなく、エストレアはその言葉を信じていないからだ。
「ここに居て下されば、彼には何もしません、から!」
魔族が苦しそうに叫ぶ。
エストレアはその様子を見てから、手を止めた。
アグニはそれに気付かず、一心不乱に拳を打ち続ける。
壁に亀裂が入ることはなく、彼女の行動は誰が見ようとも無意味だった。
「《ウォーター》」
「わぷ…!?」
エストレアの放った水をモロに被り、アグニがエストレアたちを睨む。
その間に、魔族は姿を消していた。
「エスちゃん、何のつもり?」
「このまま攻撃しても意味ないわ。止めなさい」
「意味ないって…そんなの!」
アグニは怒りに任せて、エストレアに掴みかかる。
しかし、【狩人の誇り】の反動もあるのだろう。
肩で息をし、足下も覚束ないアグニは、容易くエストレアに振り払われた。
「アタシに振り払われてる時点で、体力なんて残ってないようなものでしょ。いいから休みなさい」
「でもユウ君が!」
エストレアはアグニを突き放すように事実を淡々と述べるが、アグニはなお食い下がる。
その姿を見たエストレアは小さく溜め息を吐きながら、アグニを地面に押し倒した。
疲れきった体に抵抗する力は既になく、アグニは素直に地面に倒れた。
それでもその瞳はエストレアを睨んでいて、今にも噛み付きに行きそうである。
それでアグニの意志が伝わったのだろう。
エストレアは大きく息を吸って、怒鳴った。
「そんなに心配ならさっさと寝なさい!アンタがそんなにボロボロだと、救えるものも救えないでしょうが!それともなに?アンタはそのボロボロの体で向かっていって、ユウムと一緒に、アタシたちを巻き添えにして犬死にする気!?」
「それ、は───」
「…じゃあ、目を瞑りなさい。手足の力は抜いて、アタシが合図するまで開けないこと。それが出来たら、直ぐにでもユウムを助けにいってもいい」
エストレアの鬼気迫る態度に何か感じたのか。
アグニは渋々ながらも目を瞑った。
当然、アグニは眠るつもりなど毛頭ない。
しかし限界を超えて酷使された体は貪欲に休みを欲しがっている。
結果、あまりにも呆気なくアグニは眠りに落ちていった。
アグニが眠ったのを確認したあと、エストレアはセティに声をかける。
「次はセティよ。さっさと眠りなさい」
「···分かった」
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「こんな感じね。セティが素直に眠ったのは意外だったけど」
「い、色々あったんだな」
「ホント、誰のせいなんだか」
気が付けば、俺は正座しながらエストレアの話を聞いていた。
所々だが、エストレアの視線がこちらに刺さってきたからだ。
アグニがそれだけ焦っていたのも、それを無理やり寝かし付けた苦労も、元々といえば俺が気絶したせいなのだから当然とも言える。
それでも、今回に関しては八つ当たりだと思うのだが。
「長くなっちゃったわね。それじゃ、そろそろ行くわよ。そもそも、武器を創って貰うのが目的だし」
「あ、そうか。それじゃあそろそろ───」
「ついでにユウム、【狂人化】を使いきりなさい」
「は?」
エストレアが振り向いて、進もうとする。
その時に、【狂人化】を使い切るように言われた。
だが、【狂人化】を使い切るということは、気絶しろと言っているのと同じだ。
流石にそれには頷けない。
「いや、向こうに着いてから───」
「いいから。その姿だとライドたちがびっくりするでしょ」
「だけど」
「さっさとしなさい」
反論しようとするが、有無を言わさずエストレアが言葉を挟んでくる。
何も言えないと感じた俺は、【狂獣化】を起動してから【地面の土を盛り上げ】て、【狂人化】を解除。
そのまま気絶した。




