表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
60/125

59話 遊夢を知る者~記憶~

 ───それは、誰に責められたことでもない。


「あぁ……あ、ぁ!?」


 少女はただ、自分の手の内にあるナイフを見つめることしか出来なかった。

 日はとうに暮れていて、空には白い月がかかっていた。


 風は無く、動物の声も聞こえない。

 今ここに二人が居ることを知らせているのは、一つの街灯だけだった。


 街灯が、少女を照す。

 一言で言えば、赤だった。


 赤いマフラーと白いブラウスに、赤黒い液体がこびりついている。

 それは紛れもなく、誰かの血液。


 普通からかけ離れた、異常な光景だった。

 しかし、まだ異常は終わらない。


 少女の足元に転がっている何かがピクリと、震えるように動いた。

 それは人の形をしていて、紛れもなく生きている。


「───」

「ぇ、生きて、る?」


 その事実が、少女を震わせた。

 声が震え、紅くなった手が震える。

 遂には足まで震えてしまい、少女はその場に座り込んでしまった。


 ───確かに、胸をナイフで滅多刺しにしたはず。


 少女はソレを早く殺すために、心臓目掛けてナイフを降り下ろしたのだ。

 何度も、何度も。

 ソレの悲鳴を聞く度に、狂いそうになる意識を出来るだけ排除して、一心不乱に胸を刺し続けた。

 それでも運悪く、ソレは死ななかった。

 心臓に届かせるべきナイフは、ソレの肋骨に阻まれたのである。


 ソレは苦しそうに胸元を押さえながら、這って少女の下へ移動した。


「───な、ん」

「ひっ…!?」


 それが、恐ろしかった。

 痛みに歪んだその声は、さながら映画に出てくるゾンビのそれだ。

 幾ら即死していないとはいえ、体を貫かれる痛みは筆舌に尽くしがたい。


 だが、それはまだ許容範囲。

 人がそこまで苦しんでいることも、それが目の前に転がっていることも。

 今この瞬間の少女に限って、そんな事実は意識に伝わりきっていない。


 視界に映る殺人未遂現場など、既に感覚が麻痺しきっていてよく見えない。


 では、何が恐ろしいのか。

 単純だ。

 少女は、ソレを殺しきれていないことが、堪らなく怖いのである。


 何故ならば、だ。


「嫌……こんなの、もう」


 死んでいないならば、また殺さなければ。

 ナイフを再び握る。

 手は震えて、唇は固く閉じられている。

 そうでもしないと、今にも叫びだしかねないのだ。

 目には、涙が滲み、それは滝のように頬を伝っている。


 対してソレは、思考が停止していた。

 何故こうなったのか、どうして自分の体から、こんなにも赤いモノが流れ出ているのか。

 恐怖はない。そんなもの、疑問に押し潰されている。

 だが停止した思考では、ソレの疑問は晴れることはないだろう。


 故に、問う。


「──なん、」


 ───なんで、そこまで。

 ソレが知りたかったことはとんでもなく、どうでもいいことだ。


 どうして自分を刺したのか。

 決して、ソレが聞きたかったのはそのようなことではない。

 そもそも、ソレだって感覚が麻痺して、これが夢なのか現実なのか分からなくなっている。


「…ぁ、ああああああぁぁぁぁぁぁあ!!」

「泣、てる」


 ───泣いてるんだ?


 雑な軌道を描いた銀閃が、ソレの腹部を穿つ。

 ドス、と鈍い音がしたかと思えば、直ぐ様鮮血が吹き出した。

 どうみても助からない大きな傷、湯水のように溢れる、儚い命。


 それは少女を汚し、体を紅く染めていく。

 勢いが強かったのは始めだけ。

 その後は、ソレを中心として紅い花を咲かせていった。


 ---------------


「……」


 意識が戻ると、最初に暗い空が目に入った。

 どれだけ眠っていたのか、体は少し重い。


「っていうか、どこだここ」

『山の梺近くじゃねぇの?結構な勢いで転がり落ちてたし』


 狂夢の言葉を適当に聞き流しながら、俺は立ち上がり、伸びをした。

 辺りを見渡すが、誰も居ないらしい。

 嫌な予感はしないので、この近くに魔物は居ない。もしくは少ないと思っていいだろう。


「皆は…行ったよな」


 俺があの場から居なくなってから、それなりに時間が経っているはず。

 となると、馬車は既に目的地へ到着したと考える方が妥当だ。


 ここがどこなのか分からない以上、まずはあの山道に戻らなければ。


「《ファイア》」


 適当な木の枝に火を灯し、辺りを照らす。

 すると、先ほどまで見えなかったものが見えてきた。


 一つは、幾らかの山菜らしきもの。

 少し土を被っているそれは、間違いなく採られたばかりのものだ。


 そしてもう一つ。いや、もう一人は……。


『あの魔族か』

「ああ」


 俺を気絶させた張本人とも言える、魔族の少女だった。

 彼女はその大きな翼で体を包み、木に体を預けて眠っている。

 眠っている様子だが…とても快眠状態とは言えなかった。

 何かにうなされているのか。目の前の少女は苦しそうに呻き、首筋には汗が流れている。寒いのか、体は小さく震えていた。


 極めつけは、


「ご───な、さい」


 彼女の唇から漏れる小さな謝罪と、頬を伝う涙だ。


『どうする?離れるなら今のうちだぞ』

「……お前なぁ」


 理性的な判断をする狂夢に内心で呆れながら、俺は少女を見つめた。


 名前なんて知らない。

 姿に見覚えも、ない。

 そもそも前世に女友達なんて居なかったはずだし、仮に居たとしても今は関係のない話だ。


 しかし、しかしだ。

 彼女は俺を知っている。

 名前を、姿を知っていて、何故だか分からないが悔やんでいる。


 そんなの、放っておける訳がない。


『可愛いしな』

「余計なこと言うな」

『余計なんかじゃないさ。小動物みたいに怯えてる女の子は、とてつもなく可愛いと思───』

「黙ろうか」


 少し危ない雰囲気を出し始めた狂夢に釘を刺しながら、俺は辺りを見回した。

 看病なんて出来るほど器用でもないが、せめて汗ぐらいは拭ってやるべきだろう。


 そういう訳で、タオルの代わりになるようなものを探しているのだが、当然のように見つからない。

 俺の服を千切って使おうかと思ったが、山を転がり落ちたせいか泥だらけなので使えない。

 当然、手で拭うのなんて論外である。


『なんで念を押したし』

「お前が言いそうだったからな」


 汗を拭うのは断念。

 次に目を着けたのは、明かりだ。


 今ここにある灯りと言えば、右手に持った木の枝くらいである。

 光がそれだけだと心許ないし、暖だってとれない。


 そう思うと、急に寒く感じてきたから不思議だ。


「適当に枝とか集めるか」


 早速決行する。

 具体的には、少女から離れ過ぎないように気を付けながら、落ちている枝を拾ったり、枝をむしったりしただけである。

 それらを一ヶ所に集め、周りの木々に引火しないよう注意しながら《ファイア》を発動。


 俺の手から放たれた魔法は、薪を燃やし光を発した。


「……よし」


 熱を発し燃え始める気を見つめながら、俺は少女の隣に腰を下ろした。

 そして、何をするわけでもなく、炎を見つめ続ける。


 ───そして気付けば、朝日が昇ろうとしていた。


 ---------------


 少女は、夢のなかにいた。


 見ている夢は何時もと変わらず、絶望にまみれた紅い世界。

 少女に精神世界があるならば、目の前の光景はまさにそれだ。


「……また、ここ」


 気分が悪くなる。

 その世界は───懺悔に満ちていた。


 最愛の人を手にかけた。

 何度も何度も、その体に刃を突き立てて、命を奪ったのだ。


 少なくとも、それは少女の望んだことではない。

 だからこそ、少女は罪の意識を感じているのだ。


 それでも、助けたい家族がいた。

 妹を魔の手から救い出したかった。


 ───それが、無意味なことだと知りながら。


『死ねよ』

『───』


 結局、誰も救われなかったのだから。


「───っ」


 その事実を否応なしに見せつけられるこの世界は、彼女にとって嫌悪すべき対象だ。


「……変わらなかったね、遊夢君は」


 目を瞑り、見るに絶えない世界から逃げる。

 そして、少し姿が違う少年の姿を思い浮かべた。


 白い髪、白濁した瞳。

 何時もより嫌な感覚を彼から感じた少女だったが、そんなもの、全く気にならなかった。


 そんなものより、自分自身が醜く見えて仕方ない。


 大きな翼も、長い尻尾も。そして、魔力の渇望・吸収という魔族の特性すらも。

 特に最後のものは、我慢するだけで頭がおかしくなりそうなのだから手に負えない。


 まるで、卑しい狗のようだ。


「まだ、人を襲ってはない、けど…」


 それも何時まで持つか。

 彼女自体、つい先日呼び出されたため、この世界に馴染んではいない。


 そして彼女自身は気付いていないだろうが───。

 ついさっきの逃避行で、彼女は余りにも魔力を使い過ぎた。

 目覚めれば間違いなく、近くに居る人間を襲ってしまうだろう。


 だが、ここが夢のなかである以上、何時までも居られる訳ではない。

 終わりは唐突に、少女の意識は一瞬で消え失せる。


 そして、意識は現実へ引き戻され、彼女はあの少年と再開することとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ