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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
59/125

58話 遊夢を知る者~欠片~

 それは、いつのことだっただろうか。

 神も魔法も無い世界。

 ほぼ全ての事象が機械的に定義された、神から見ればツマラナイ世界での話だ。


 そこで普通の少女は、普通の少年に恋をした。

 詳しい事情は少女自身にしか知り得ないが、きっかけは大したものではなかったはずだ。


 重い荷物運びを手伝ってくれたとか、さらりと彼女が喜ぶ言葉を言ったりとか。

 そんなありきたりのものであったに違いない。


「───には、好きな子とか居るの?」

「好きな子?…いや、居ないな。何ていうか、そんな自分が想像出来ない」


 中学生らしい話題を振ってみるも、少年はそんなことしか言わなかった。

 それでも良い、と少女は思った。


 今自分を見てくれなくても、他の子に着いていっていないのならば、幾らでもチャンスはある。

 仮に少年に“そういう人”が出来ても自分は祝福しようと考えていたし、それが自分なら喜ぶだけだ。


「そうなんだ。良い人が見つかるといいね」

「良い人、なぁ…。生憎、そこまで女友達居ないし。お前くらいだぞ─。俺の女友達って言ったら」

「───!」


 少年にとって唯一の女友達と言われ、嫌がおうにも耳が反応する。

 あくまで“友達”であるにも関わらず、だ。


「どうした、熱でもあるのか?」

「な、何でもないよ!それより、妹の面倒見ないと!それじゃあね、───」

「ああ、また明日。暁」


 ---------------


 微かに息を飲む音が聞こえる。

 力の数は残り一回。実質使えないのと同じだ。


 邪魔な木々の間を駆け抜けて、少女を視界に捉える。

 少女はこちらに目を向けると、やはり、その顔を歪ませた。


「生き、てる…?」

「ああ。運良くな」

「そう。それなら、今の内に───って、出来るわけないよね」


 自嘲気味に笑う。

 敵とは思えないその行動を見て、思わず口を開いてしまった。


 当然、それが引き金になることなど、知る由もない。


「誰なんだ、お前。その学生服といい、普通の魔族じゃないだろ」

「───。…あはは、そうだね。それが、普通だよね。──────私のこと何て、覚えたくなんてない、はず」


 どこか遠くを見ながら、少女は呟いた。

 その目には涙は浮かび、唇は固く閉じられている。


『あちゃー。おい、なんか地雷踏み抜いたぞ馬鹿』

「って、なんで泣いてるんだ!?」


 狂夢の白々しさに反応する余裕もない。

 少女の涙は演技などではなく、本当に悲しんで泣いている。


 だが、理由がさっぱり分からない。

【廃人化】状態で思考すれば心当たりも出てくるかもしれないが、今【廃人化】を起動することは出来ないのだからどうしようもない。


 だから、せめて何か聞こうと一歩前進する。

 それが、圧倒的に不味かった。


「来ないで!」


 複雑な感情が暴れだしたのか。

 少女はただ俺から離れる為だけに、闇をこちらに放ってきた。


「な!?」


 それは、明らかに密度がおかしかった。

【スキル】でも使っているのでは無いかと疑ってしまう程の、濃密な拒絶反応。


 闇というよりかは無に近く、一瞬で俺を『無かったこと』に出来る程度の力は持っていた。

 だから咄嗟に、右手を差し出した。


 最後の一回に全力を注ぎ、【俺が死ぬ要因】を狂わせる。


「【狂え】!」


 それでも『無』は止まらない。

 いや、結局即死の要因は取り除けても、闇魔法そのものはどうにも出来ない。

 魔法で相殺を狙ってみるが魔法は発動してくれず、ただ右手が闇をねじ曲げようとしているだけだ。


『って、魔法と【狂わせ】の同時使用は出来ないのか!?肝心な所で使えねぇ!』


 狂夢が叫ぶ。

 なんでお前が分からないんだと問い詰めたくなるが、そんなことを考える余裕なんてない。


 右手が闇に呑まれ始める。痛みが右手を苛むが、問題はそこではなかった。

 闇はゆっくりと球状に収縮し、


「待っ──!?」


 少女の静止より一瞬早く、爆裂した。


「あ」


 宙を舞う。

 闇に吹き飛ばされた結果、闇から手が離れてしまった。

 それはつまり、【闇の即死攻撃をねじ曲げる】という行程が終わっていたことを示し、同時に。


「く、そ…」


 俺の意識が消え行くこともまた、示していた。


 手を伸ばすが、少女との距離は余りにも遠い。

 なので当然のように俺はそのまま意識を失い、山を転がり落ちることとなった。


 ---------------


 魔族の《闇の球》を何とか相殺したエストレアは、まず馬車の護衛を優先させようとした。

 幾ら鬼の気配が途絶えたとはいえ、ここはまだ無人の道。


 ユウムがどこに消えたか分からない以上、非戦闘員が居る馬車を安全地帯に送り届けるのは、護衛の前提とも言えることであった。

 だが、


「私はユウ君を探しに行くよ」

「···なら、私も」


 アグニとセティが、ユウム探しを優先させた。

 それが護衛としてどれほど愚かなのか、理解出来ない二人ではないだろう。


 それでも彼女たちはそう主張した。

 馬車を守り、ユウムも探し出すため、二手に分かれるよう提案したのである。


 しかしながら、今回はそれをするべきではない。

 何故ならば、さっきまでゴブリンの群の迎撃をするのに手一杯だったのだ。

 ユウムも居ない上、更に二人抜けられたとあらば、馬車を守りきられる保証は無い。


「駄目よ。セティたちの気持ちも分かるけど、今はこっちを優先して」


 だからエストレアは彼女たちの意見を蹴った。

 それが仲間を見放す冷酷な決断でも、彼女は一冒険者としての義務を優先させたのだ。


「そういうことだから、早く移動するわよ」

「必要無いぞ」


 しかし、その意見を一蹴するものがある。

 それは他でもない、護衛対象であるライドだ。


「はぁ!?何言ってんのよアンタ!下手したら死ぬって分からない!?」

「そんなこたぁ分かってる。これでも、それなりに活動していた冒険者でねオッサンは。エストレア嬢ちゃんの意見が正しいことくらい分かってるさ」


 エストレアの怒号を無視して、ライドは話し続ける。

 彼はエストレアの意見を肯定しながらも、不満そうな顔をし、エストレアを指差した。


「それでも、覚えておくべきだ嬢ちゃん。そんな定石に従って仲間を喪った日には、一生後悔するってな」

「……。アンタは、どうなの?」


 エストレアは問う。

 ───アンタは、後悔したことがあるの?


 それにライドは答えない。

 彼女の質問を理解出来ていないのか、理解した上で答えていないのか。

 結局彼は、いつも通りの声色に戻してから、


「護衛なら心配ないね。玄鬼さん一人で充分。な?早苗ちゃん」

「はい!お父さんは強いんですから」


 そう、エストレアの疑問とは違った返答をした。


 ---------------


 そういうことがあったので、エストレアたちはあろうことか、馬車を置いて仲間を探すこととなったのである。

 一応ユートも馬車の護衛に回したが、それだけではまだ不安は残るというものだ。


 堪らず、小さく不満を漏らす。


「ったく、どこまで行ってるのよ」

「争いの音なんかは聞こえないね。ここを通ったのは確実なんだけど」


 先程傷付いたと思われる木を見つめながら、アグニは先を見据える。

 それでも、やはりユウムの姿は見えなかった。


「······」


 セティは無言で歩み続ける。

 エストレアのような不満は抱かなかったし、普通に会話出来る程心に余裕が無かったからだ。

 アグニのように傷跡を観察する力も余り無いため、彼女に出来るのはただ周りを観察し、足を動かすことだけ。


 何回も転びそうになる。

 ユウムの姿が見えずに、不安が募っていく。




 気付けば、《ホーリー》を灯り代わりにして、山の中を進んでいた。

 既に日は暮れていて、魔物の動きが活発になっている。


「《ウィンド》!」


 それでも、魔物を見かけることは余りなかった。

 仮に魔物がこちらを見つけても、何故か向こうから離れていくのである。


 その中の例外だけを、エストレアたちは撃退していた。


「アグニ、どう?」

「どうしてかは分からないけど、こっちに行くほど魔物が少なくなってる。何か居るかもしれないけど、それは」


 それは、ユウ君ではないと。

 そう呟こうとしたアグニを、エストレアが爆音を鳴らすことで止める。

 発動された《ファイア》の魔法は、オーガの頭を包み、燃やした。


「とにかく調べるわよ。もしこれで見つからなかったら───。何でもないわ」


 先は言わない。

 エストレアは最悪の可能性を飲み込んでから、アグニが示す方向に向かっていった。


 ---------------


「──を殺せ」

「っ!?」


 いつかの出来事だ。

 普通の少女は、同じ学校の少年に日常を壊された。


 肉親を誘拐され、玩ばれ、助ける対価として様々な物事を要求された。

 万引きに始まり、イジメの協力、自らの体など、数えればキリがない。


 実際それを知る者は余り居ない。

 彼は裏社会と繋がりを持つ人物で、その程度のことなら簡単に揉み消すことが出来たからだ。

 誘拐も、窃盗も、強姦も、そして───殺人も。


 だが、それではツマラナイと彼は考えた。

 だから、他人にやらせる。


 何となく誘拐し、遊んだ少女の姉は、奇しくも同じ学校の生徒だったのだ。

 ちょうど、学校で疎ましい人間も出来た頃である。


 なので彼は、少女にソイツを殺させることにした。


「それ、は」

「出来ないとは言わせない。あ、言ってもいいぞ?妹がどんな姿になっても良いならな」


 彼はある写真を少女に見せる。

 大きな痣だらけの、一糸纏わぬ少女の写真だ。


「ついでに言えば、俺たちだけでも──は殺せる。コンクリに詰めて海に沈ませたり、薬で狂わせたりな。ほら、お前がやった方がマシだろ?」

「……分かり、ました」


 震える声で返事する。

 彼が嘘を言わないことなど、少女は既に分かっていた。


 だからこそ、自分が手を下さなければ、──が苦しんで死ぬこともまた、理解してしまったのである。


「よしよし、いい子だ。そういうことなら武器をやろう。誰でも使える、鋭いナイフだ」


 彼が鞘に入った刀を放り投げる。

 それを受け取ってから、少女はその場から出ていった。



 自宅に戻り、自分の部屋に入る。

 親は既に亡くなっているので、少女を慰めてくれる者など誰も居ない。

 ただ、一人を除いて。

 その人物も、結局は他人なのだが。


 携帯電話を手に取る。

 そして少女は、ある人物に電話を掛けた。


『もしもし?こんな時間にどうした?─』

「ごめんなさい。声が、聞きたくて」

『……。泣いてるのか?大丈夫か?』

「………うん、今はまだ、平気」


 電話の主は少女の声を聞き、少女に異変が起こっていることを察した。

 だが、それ以上は踏み込めない。


 例え嘘でも「大丈夫」と言われてしまえば、それ以上は何も言えないのだ。


『何かあったら言ってくれ。力になるから』

「うん、ありがとう。まだしばらく、いいかな?」

『ああ。どうせ今日は徹夜でゲームする気だったし』

「変わらないね、青原君は」

『唯一の趣味だからな、仕方ない』


 あくまでいつもの調子で、青原は話す。

 それを彼女が望んでいたことなんて、知らないにも関わらず。


「…ねぇ。明日、一緒に出かけよう?」

『いいぞ。誰連れてくんだ?田中か?』

「ううん。二人っきりで」


 だが、状況がそれを許さない。

 少女は苦しみながら、青原をデートに誘った。


 それをデートと取ったかは青原本人しか知り得ない。

 それでも彼は少し間を置いてから、


『あ、ああ。分かった』


 イエスと、運命の決断をしてしまった。

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