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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
58/125

57話 遊夢を知る者~疑惑~

 馬車に乗り込む。

 馬の手綱を握るのは、やはりライドさんだった。


 詳しいことは分からないが、どうやら俺たちの馬車担当は彼らしい。

 それが元々の冒険者のルールなのか、それとも別の理由があるのか、俺の知るところではないが。

 それでも馬車に乗るとき、あちらから迎えが来ない限り、ライドさんの馬車しか見たことがないので、やはり何らかの事情があるだろう。


 さて、状況を確認しよう。

 今馬車に乗っているのは俺、ユート、セティ、エストレア、アグニの五人と、早苗とその父だ。

 彼の名前は玄鬼(ゲンキ)というらしい。


 この馬車は六人乗りらしいのだが、それは早苗がセティの膝の上に座ることで解決している。


「……アンタ、魔力ないわね」

「エストレア、だったな。ああ、その通りだ。元来、鬼は魔力が少ない種族だ。当然、魔法なんて使えない」

「はぁ!?だったら、どうやって暮らしてるのよ!?《ファイア》すら使えないの!?」

「魔法関連の【スキル】所持者でも居れば話は別だが…。まぁ、暮らすだけなら問題ない。ここに比べ、不便ではあるがな」


 魔法が使えないという事実にエストレアは驚嘆するが、玄鬼さんは軽く笑いながら言い返す。

 エストレアたちは知らないだろうが、知識と技能さえあれば、魔力を使わなくても暮らすことは可能だ。

 それは、俺の前世が証明している。


『どうする?鬼の住処がメカっぽかったら』

(…想像したくないな。その時はその時で、機械とか触らせて貰おう。ゲームがあると更に良い)

『はっ。それもそうだな』


 狂夢の言葉を肯定しながら、何となく馬車の外を見てみる。

 そして、何となく思考を泳がせていった。


 モンスターとしてじゃなくて、人としての鬼が居るんだなぁ、とか。

 鬼たちの地域はどうなっているんだろうか、とか。

 そんな何でもない、下らないことを考える。


 そして気付けば、俺の意識は眠りに落ちていた。


 ---------------


 馬車で移動すること約三日。

 馬車は、山の梺で止まった。


 玄鬼さんが真っ先に馬車から下りて、俺たちの前に立つ。

 そして、山の説明を簡潔に済ませた。


「ここは『鬼山』と呼ばれている。文字通り、ゴブリンやオーガなんかが出てくる山だ」

「オーガ?」

「ああ。鬼の魔物版とでも思っておけばいい。鬼の成り立ちが成り立ちだからな。その解釈でも間違っていないぞ」

「…それって、どういうこと?」

「───。それは後だ。戦えない者は馬に乗っていろ。オーガは未だしも、ゴブリンは多いからな」


 玄鬼さんは口を閉ざし、山に登っていく。

 早苗はライドさんと一緒にブラウンに乗って、ゆっくりと彼に着いていった。


「それじゃあ行きましょう。ユウムとユートは馬車の横。アタシとセティは後を守るわ。アグニは前ね」

「分かった」


 ---------------


 定期的に整備されているのか。

 山を登るのは、そこまで難しいことではなかった。


 だが、問題は別にあって……。


「チッ。またオーガか。前方注意!オーガ二体確認!」

「後方、ゴブリンの群れが迫ってるわ!」


 敵が多い。

 玄鬼さんによると、この数はかなり多いとのこと。

 ゴブリンはただの雑魚だが、オーガはそうはいかない。


 三メートル弱の巨体が上から降ってくることもあるのだ。迎撃するのも楽ではない。

 倒すこと自体は比較的難しくはないが、馬車を狙われるとキツイ。


「■■■■■■■■■!!」

「【獣人化】、《電光石火》!」


 なので、【スキル】を使う。

 だが、【狂人化】と【廃人化】は使った後が怖いので、使うのは基本的に【獣人化】と【妖人化】だ。

 ゴブリンが異常に湧く時は【妖人化】で一掃し、オーガが出てくる時は【獣人化】で応戦している。


「ユウム君!ちょっとは抑えて!」


 ユートの警告が聞こえてくるが、そんなの聞けない。

 後ろのゴブリンは無尽蔵とも言えるくらい沸いてくるのだから、前に進まなければならないのだ。

 モタモタしていると、エストレアとセティがガス欠する。


「■■■!」

「黙ってろ!」


 獣人の瞬発力を生かして首に飛びつき、剣を使って切り離そうとする。

 だが、オーガの反応は思いの外早く、俺の足を掴み、そのまま振り上げて、叩き付けようとした。


「っ!?」


 オーガの力はとんでもなく大きく、このまま地面に叩き付けられれば間違いなく、意識が無くなる。

 だからもう、なりふり構っていられない。


「【狂人化】、【狂え】!」


 遂に【狂人化】を起動して、【俺に触れている物の方向性を逆転】させる。

 狂わせられる回数が六回となったが、オーガの体が一瞬浮き上がり、決定的な隙が出来る。


「ユート!」

「うん!」


 ユートの剣が俺を掴んでいた腕を切り離し、次はオーガの心臓を貫く。

 ちょうどその時にアグニと玄鬼さんもオーガを倒し、馬車は前進することとなった。


 ---------------


『ねぇ、ヘルピン』

「なんでしょうか、我が神よ」

「あの子、上手くやってる?」

「あの子と言いますと?」


 ヘルピンと呼ばれた魔族は首を傾げる。

 あの子という呼び名では、誰のことを指しているのかまでは分からない。


 只でさえ自由奔放な神なのだ。

 部下に何も言わず部下を作ることぐらい、やっていてもおかしくはない。


『あ、そっか。言ってなかったね』


 案の定、邪神は伝え忘れていたようだ。

 彼は言葉を選びながら、“あの子”の情報を伝える。


『ほら、イレギュラーにはイレギュラーでしょ?ちょっと運命の加護でね。あのイレギュラーに関係のある人物を連れてきたんだ』

「イレギュラー?」

『そこから?イレギュラーっていうのは、この世界の最高神が呼び寄せた、異世界人のことだよ』


 そういう邪神も、詳しいことは分からない。

 何故あの神が、あの人間を呼び寄せたのか。


 単に理由なんてなく、気分で決めたことなど、邪神は知る由もないことだろう。


 だが、お陰で“あの子”を呼び出せた。


『まぁいいや。教えてあげる。その子の名前はね』


 あの二人の関係性は面白い。

 だって、彼らは───。


(アカツキ)真理(マリ)。青原遊夢■■■■■、どこにでも居る普通の女の子さ』


 加害者と被害者の関係なのだから。


 ---------------


「……物騒だな」


【狂人化】を起動してからオーガはおろか、ゴブリンすら寄り付かなくなった。

 あれだけ多かったにも関わらず、だ。


「物騒だが、この隙に進むぞ。日が暮れる前には到着したい」

「それもそうだね。早く行こう」


 玄鬼さんとアグニが進んでいく。

 馬車はそれに追従するように、少しだけ速度を上げた。


『んー。なんか、嫌な予感がするな』

「どういうことだ?」

『上手くは言えないが…天敵が近くに居そうな感じ』


 狂夢が訳の分からないことを言うが、無視して進む。

 それでも、警戒心だけは高めておいた。


 なにせ自分の感覚なのだ。一蹴するわけにもいかない。


「そこまでです」


 案の定と言うべきか。それは俺たちの前に立ち塞がった。


 黒い目に黒く長い髪。

 対照的に肌は白く、服はどこか見覚えがある学生服だ。

 そして、何より特徴的なのは───。


「成る程、魔族か」


 背中から生えた、大きな黒い翼。

 それだけで、少女が魔族であることが分かる。


 ───だが、どうにも引っ掛かる。


『見覚えでもあるのか?』

「ああ。特に、あの学生服には」


 自然と、前に出ていた。

 魔族だから警戒しなければならない。

 そういう意識もあったが、本当に気になるのは、別のところ。


「どうした、遊夢」

「───遊、夢?」


 前に出た俺を、玄鬼さんが見つめてくる。

 それに、魔族の少女が反応した。


 構わず前に出る。

 彼女は俺の顔を確認してその顔を、恐怖に歪ませた。


「あ、貴方、は…!」

「?」

「そんな、そんなわけ───!!」


 彼女が手を振り上げる。

 その手には闇が集まり、大きな球になった。


 それを容赦なく、こちらに向けて落としてくる。

 だが、それは無意味だ。

【狂人化】に、そんな普通の攻撃は通じない。

 右手に【方向性を狂わせる】力を付けて、それを《闇の球》に流し込めばいい。


 しかしながら、それをする気にはなれなかった。


「【狂獣化】」


 だから、わざわざ回数を余分に使って【獣人化】も起動。

 球はエストレアにでも任せて、俺は彼女に接近する。


 すると彼女は余計に怯えて、逃げながら魔法を連発してきた。


「やだ!来ないで、来ないでよ遊夢君!」

「え?───がっ!?」


 名前を呼ばれて、思わず動きが止まる。

 そのせいで、《闇の球》が直撃した。


 浮いていた体は山の傾斜を転がって、木の枝に引っ掛かる。


「ぁ───。私、は……」


 少女の姿は見えない。

 道から外れてしまったせいか、空の光はここに届かず、夜のように暗い。


 だが獣人の強い聴覚は、彼女の声を捉えていた。

 だから聴こえる。


「……ごめんなさい、遊夢君」


 初対面のはずである俺に宛てた、確かな謝罪の声が。


「【狂妖化】、《サンダー》」


 それが分からない。

 俺の名前を知っているだけならまだ分かる。

 魔族が邪神の僕なら、それくらいの情報は伝わっていてもおかしくない。


 だというのに、何故彼女はそこまで悲しそうな、後悔に満ちた声が出せるのか。


『後二回だ。追い付けるな?』

「ああ、追い付いてみせる」


【妖人化】起動時に、木の枝は断ち切った。

 後は《電光石火》をフルに活用して、名も知らない彼女に追い付くだけである。


「行くぞ、【狂え】!」


 貴重な一回で【魔力を回復】させ、俺は木の群れから飛び出した。

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