57話 遊夢を知る者~疑惑~
馬車に乗り込む。
馬の手綱を握るのは、やはりライドさんだった。
詳しいことは分からないが、どうやら俺たちの馬車担当は彼らしい。
それが元々の冒険者のルールなのか、それとも別の理由があるのか、俺の知るところではないが。
それでも馬車に乗るとき、あちらから迎えが来ない限り、ライドさんの馬車しか見たことがないので、やはり何らかの事情があるだろう。
さて、状況を確認しよう。
今馬車に乗っているのは俺、ユート、セティ、エストレア、アグニの五人と、早苗とその父だ。
彼の名前は玄鬼というらしい。
この馬車は六人乗りらしいのだが、それは早苗がセティの膝の上に座ることで解決している。
「……アンタ、魔力ないわね」
「エストレア、だったな。ああ、その通りだ。元来、鬼は魔力が少ない種族だ。当然、魔法なんて使えない」
「はぁ!?だったら、どうやって暮らしてるのよ!?《ファイア》すら使えないの!?」
「魔法関連の【スキル】所持者でも居れば話は別だが…。まぁ、暮らすだけなら問題ない。ここに比べ、不便ではあるがな」
魔法が使えないという事実にエストレアは驚嘆するが、玄鬼さんは軽く笑いながら言い返す。
エストレアたちは知らないだろうが、知識と技能さえあれば、魔力を使わなくても暮らすことは可能だ。
それは、俺の前世が証明している。
『どうする?鬼の住処がメカっぽかったら』
(…想像したくないな。その時はその時で、機械とか触らせて貰おう。ゲームがあると更に良い)
『はっ。それもそうだな』
狂夢の言葉を肯定しながら、何となく馬車の外を見てみる。
そして、何となく思考を泳がせていった。
モンスターとしてじゃなくて、人としての鬼が居るんだなぁ、とか。
鬼たちの地域はどうなっているんだろうか、とか。
そんな何でもない、下らないことを考える。
そして気付けば、俺の意識は眠りに落ちていた。
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馬車で移動すること約三日。
馬車は、山の梺で止まった。
玄鬼さんが真っ先に馬車から下りて、俺たちの前に立つ。
そして、山の説明を簡潔に済ませた。
「ここは『鬼山』と呼ばれている。文字通り、ゴブリンやオーガなんかが出てくる山だ」
「オーガ?」
「ああ。鬼の魔物版とでも思っておけばいい。鬼の成り立ちが成り立ちだからな。その解釈でも間違っていないぞ」
「…それって、どういうこと?」
「───。それは後だ。戦えない者は馬に乗っていろ。オーガは未だしも、ゴブリンは多いからな」
玄鬼さんは口を閉ざし、山に登っていく。
早苗はライドさんと一緒にブラウンに乗って、ゆっくりと彼に着いていった。
「それじゃあ行きましょう。ユウムとユートは馬車の横。アタシとセティは後を守るわ。アグニは前ね」
「分かった」
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定期的に整備されているのか。
山を登るのは、そこまで難しいことではなかった。
だが、問題は別にあって……。
「チッ。またオーガか。前方注意!オーガ二体確認!」
「後方、ゴブリンの群れが迫ってるわ!」
敵が多い。
玄鬼さんによると、この数はかなり多いとのこと。
ゴブリンはただの雑魚だが、オーガはそうはいかない。
三メートル弱の巨体が上から降ってくることもあるのだ。迎撃するのも楽ではない。
倒すこと自体は比較的難しくはないが、馬車を狙われるとキツイ。
「■■■■■■■■■!!」
「【獣人化】、《電光石火》!」
なので、【スキル】を使う。
だが、【狂人化】と【廃人化】は使った後が怖いので、使うのは基本的に【獣人化】と【妖人化】だ。
ゴブリンが異常に湧く時は【妖人化】で一掃し、オーガが出てくる時は【獣人化】で応戦している。
「ユウム君!ちょっとは抑えて!」
ユートの警告が聞こえてくるが、そんなの聞けない。
後ろのゴブリンは無尽蔵とも言えるくらい沸いてくるのだから、前に進まなければならないのだ。
モタモタしていると、エストレアとセティがガス欠する。
「■■■!」
「黙ってろ!」
獣人の瞬発力を生かして首に飛びつき、剣を使って切り離そうとする。
だが、オーガの反応は思いの外早く、俺の足を掴み、そのまま振り上げて、叩き付けようとした。
「っ!?」
オーガの力はとんでもなく大きく、このまま地面に叩き付けられれば間違いなく、意識が無くなる。
だからもう、なりふり構っていられない。
「【狂人化】、【狂え】!」
遂に【狂人化】を起動して、【俺に触れている物の方向性を逆転】させる。
狂わせられる回数が六回となったが、オーガの体が一瞬浮き上がり、決定的な隙が出来る。
「ユート!」
「うん!」
ユートの剣が俺を掴んでいた腕を切り離し、次はオーガの心臓を貫く。
ちょうどその時にアグニと玄鬼さんもオーガを倒し、馬車は前進することとなった。
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『ねぇ、ヘルピン』
「なんでしょうか、我が神よ」
「あの子、上手くやってる?」
「あの子と言いますと?」
ヘルピンと呼ばれた魔族は首を傾げる。
あの子という呼び名では、誰のことを指しているのかまでは分からない。
只でさえ自由奔放な神なのだ。
部下に何も言わず部下を作ることぐらい、やっていてもおかしくはない。
『あ、そっか。言ってなかったね』
案の定、邪神は伝え忘れていたようだ。
彼は言葉を選びながら、“あの子”の情報を伝える。
『ほら、イレギュラーにはイレギュラーでしょ?ちょっと運命の加護でね。あのイレギュラーに関係のある人物を連れてきたんだ』
「イレギュラー?」
『そこから?イレギュラーっていうのは、この世界の最高神が呼び寄せた、異世界人のことだよ』
そういう邪神も、詳しいことは分からない。
何故あの神が、あの人間を呼び寄せたのか。
単に理由なんてなく、気分で決めたことなど、邪神は知る由もないことだろう。
だが、お陰で“あの子”を呼び出せた。
『まぁいいや。教えてあげる。その子の名前はね』
あの二人の関係性は面白い。
だって、彼らは───。
『暁真理。青原遊夢■■■■■、どこにでも居る普通の女の子さ』
加害者と被害者の関係なのだから。
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「……物騒だな」
【狂人化】を起動してからオーガはおろか、ゴブリンすら寄り付かなくなった。
あれだけ多かったにも関わらず、だ。
「物騒だが、この隙に進むぞ。日が暮れる前には到着したい」
「それもそうだね。早く行こう」
玄鬼さんとアグニが進んでいく。
馬車はそれに追従するように、少しだけ速度を上げた。
『んー。なんか、嫌な予感がするな』
「どういうことだ?」
『上手くは言えないが…天敵が近くに居そうな感じ』
狂夢が訳の分からないことを言うが、無視して進む。
それでも、警戒心だけは高めておいた。
なにせ自分の感覚なのだ。一蹴するわけにもいかない。
「そこまでです」
案の定と言うべきか。それは俺たちの前に立ち塞がった。
黒い目に黒く長い髪。
対照的に肌は白く、服はどこか見覚えがある学生服だ。
そして、何より特徴的なのは───。
「成る程、魔族か」
背中から生えた、大きな黒い翼。
それだけで、少女が魔族であることが分かる。
───だが、どうにも引っ掛かる。
『見覚えでもあるのか?』
「ああ。特に、あの学生服には」
自然と、前に出ていた。
魔族だから警戒しなければならない。
そういう意識もあったが、本当に気になるのは、別のところ。
「どうした、遊夢」
「───遊、夢?」
前に出た俺を、玄鬼さんが見つめてくる。
それに、魔族の少女が反応した。
構わず前に出る。
彼女は俺の顔を確認してその顔を、恐怖に歪ませた。
「あ、貴方、は…!」
「?」
「そんな、そんなわけ───!!」
彼女が手を振り上げる。
その手には闇が集まり、大きな球になった。
それを容赦なく、こちらに向けて落としてくる。
だが、それは無意味だ。
【狂人化】に、そんな普通の攻撃は通じない。
右手に【方向性を狂わせる】力を付けて、それを《闇の球》に流し込めばいい。
しかしながら、それをする気にはなれなかった。
「【狂獣化】」
だから、わざわざ回数を余分に使って【獣人化】も起動。
球はエストレアにでも任せて、俺は彼女に接近する。
すると彼女は余計に怯えて、逃げながら魔法を連発してきた。
「やだ!来ないで、来ないでよ遊夢君!」
「え?───がっ!?」
名前を呼ばれて、思わず動きが止まる。
そのせいで、《闇の球》が直撃した。
浮いていた体は山の傾斜を転がって、木の枝に引っ掛かる。
「ぁ───。私、は……」
少女の姿は見えない。
道から外れてしまったせいか、空の光はここに届かず、夜のように暗い。
だが獣人の強い聴覚は、彼女の声を捉えていた。
だから聴こえる。
「……ごめんなさい、遊夢君」
初対面のはずである俺に宛てた、確かな謝罪の声が。
「【狂妖化】、《サンダー》」
それが分からない。
俺の名前を知っているだけならまだ分かる。
魔族が邪神の僕なら、それくらいの情報は伝わっていてもおかしくない。
だというのに、何故彼女はそこまで悲しそうな、後悔に満ちた声が出せるのか。
『後二回だ。追い付けるな?』
「ああ、追い付いてみせる」
【妖人化】起動時に、木の枝は断ち切った。
後は《電光石火》をフルに活用して、名も知らない彼女に追い付くだけである。
「行くぞ、【狂え】!」
貴重な一回で【魔力を回復】させ、俺は木の群れから飛び出した。




