4話 願いの理由と『彼女』の名前
「邪神の討伐、か」
大方予想通りだった。あの鎧の兵士だって、俺が「邪神を倒す」と言った途端に連絡し始めたし。
ただ、腑に落ちないことはあるので、それは言わせてもらう。
「邪神の討伐は俺自身の目標なので構いませんが、気になることがあるので質問させて頂いても?」
『構いません』
マリア様の許可も得た。
「まず一つ。なぜ自分で邪神を倒しに行かれないのですか?」
『………』
そういうと、自分の言葉を整理しているのか、少し考えてる素振りを見せる。画家が見れば絵を描きたくなりそうな、美しい顔だ。
言うことが決まったのか、マリア様は口を開く。
『理由は二つ。一つ目は、邪神の能力の一つに、【神殺し】があるからです。名前の通り、神に対して絶対的な力を発揮します』
「つまり、邪神は神の天敵である、ということですね?」
一つ目の理由については分かった。確かに【神殺し】とかいう能力があるならば、自分で邪神を倒しに行けないのも頷ける。だったら、二つ目に理由とは何なのだろうか?
俺がその考えに辿り着くのを待っていたかのように、マリア様が口を開く。
『二つ目の理由ですが…………貴方は運命というものを信じていますか?』
運命を信じる。要は未来は定まっていると思うかということか。それなら答えは決まっている。
「いいや、信じない。未来が定まってるなんて、思ってないし思いたくない」
だってそうだろう?仮に運命があるとすれば、『彼女』が死んだことだって、「そういうもの」で片付けられてしまう。そんなのは、絶対に嫌だ。
俺は敬語を使うことも忘れて、強く否定する。
『はい、基本的にはそれで合っています。但し、極稀にですが、何者かによる圧倒的な世界への影響力によって、未来が定まってしまうことがあります。それが運命です』
スケールがでかくてよく分からないが、とりあえず運命はめったに定まるものではないことは分かった。
だったら安心……は出来ないだろう。それどころか、絶望出来るレベルだ。
何故ならば、
『察しが良ければ理解して頂けたと思いますが、邪神によって、世界が滅ぼされる運命が見えました』
「「…………」」
今、ここで運命の話をするということは、邪神が何かしらの未来を定めてしまったと考えるのが普通だ。俺もラックさんもそれは分かっていたので、声を出すほど驚いてはいなかった。リエイトに至ってはその未来が見えているのだろう。神だし。
ただ、それを理解することで、驚きとは違う、絶望が訪れる。先ほどもマリア様が言っていたが、運命が創られるということは、未来が定まるということだ。それは、このままでは必ず世界が滅ぼされることを意味している。
だったら、余計に分からない。
「運命なんてものに、たかが人間が抗える訳がない。だったら、リスクを犯してでも神が邪神を倒しに行くべきじゃないのか?」
『いいえ、逆です。神とは、いわば一つの概念です。どんな力を持っていても、運命を覆すことは出来ません。ですが、神とは違う人間なら、僅かではありますが可能性があります。大昔から、常識を疑問に思い、新たな概念を創り、全ての事象を定義する。それが人間が人間たる所以であり、運命すらねじ曲げる可能性を生み出した原因なのですから』
どうやら神は、定められた運命に逆らえないらしい。人間はそれとは違い、運命すらねじ曲げることが可能である、か。
これで人間が邪神を倒さなければならない理由は分かった。では、二つ目の質問をさせてもらおう。
「では、仮に俺が邪神を倒したら、なにが貰えるのですか?」
話題が変わったからか、自然と敬語に戻る。
この質問は、別に自分が得をするために言ったわけではない。というかもう殆ど好奇心だ。仮に「ありません」と答えられても、マリア様の頼みを断るつもりなんてないし。
ただ、依頼があれば報酬もあるよなぁ、と思っただけだ。
『まず、邪神を倒した英雄として、貴方たちの名前が残されます。そして………』
一つ目の報酬は、地球的にいうと、教科書に名前が残ることらしい。だが、それは今の俺たちにはあまり報酬足り得ないだろう。なんか色々めんどくさそうだし。
となれば、次の報酬が本題か。
『二つ目の報酬は、貴方の望みを叶えることです』
望みを叶える?それなんて某七星の龍だよ。というか、望みって凄く抽象的だな。
「望みって、なんでもいいんですか?」
「うん。そうだよー。お金や地位以外でも、神になったり、自分だけの世界をもらったり、それと…………」
何故か、マリア様ではなくリエイトが答える。いや、こいつも神だから答える権利はあるのか。
そして、リエイトは、今の俺にとって衝撃的な言葉を発する。
『死者を甦らせることだって、できるのさ』
神の威厳を込めて発ったその言葉は、俺の心に突き刺さった。
それを理解した途端に俺は口を開く。
「分かりました。邪神討伐の願いは聞きます。ですが、俺の願いも聞いてもらっても良いですか?」
『はい。当然です』
『うん。いいよ』
どうやら、彼女たちは俺の願いを叶えてくれるらしい。
………正直、リエイトが言っていたことが本当かは限らない。願いを言っても断られるかもしれないし、それどころか、邪神を倒したあと、「願いを叶えるなんて言ったっけ?」と、とぼけられる可能性だってある。
それでも、その可能性に賭けて、俺は望みを言う。俺では、人間では叶えられない願いだから。
「俺が望むのは、ある神の蘇生です」
『その神の名前はなんですか?』
マリア様が俺に聞いてくる。
だから、俺は言う。
俺の願いを。『彼女』の名を。
「リンネ・ワツカサ。『輪廻の森』に存在した、環司鈴音です」