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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
48/125

47話 帰還

「……ここ、は」


 意識が戻る。

 目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。

 だが、正直そっちはどうでもいい。

 問題なことは二つ。


 一つは、俺は【狂人化】を倒せたのかということ。

【廃人化】なんて言葉が浮かんでから、どうも記憶が曖昧だ。

 …いや、俺が俺の意思で戦っていたのは事実なのだが、妙に現実感が無いというか、ゲームをしてる感覚に近かった気がするというか。

 こっち(現実)に戻れたと言うことは、無事だった証でもあるのだろうが、まだそう決めるのも……。


「考えても仕方ない、か」


 それよりも、それよりもだ。

 もっと気になることがあるのだ。


 先に言っておくと、俺が使っているのは二段ベッドの上側だ。

 確かに数人乗っても落ちない程度の強度はあるのだが、下から上への移動手段が梯子しかない以上、乗り込みにくいことに代わりはない。

 セティと話している時は普通に座っていたが、一人寝転がれば結構狭くなる。


 何が言いたいかというと、だ。


「何で二人とも寝転がってるんだ……」


 アグニが右手側、セティが左手側に寝転がっている。

 当然のように、俺を挟んで。


 落下防止の為に柵はあるのだが、そのせいで密着度が上がってしまっている。

 必然的に、二人から逃げられなくなっているのだ。


 特にセティだ。

 アグニは俺の手を握るだけに留めてくれている。完全に恋人繋ぎな感じなのには物申したい所があるが、それはまだいい。

 セティは、大事そうに俺の腕を抱いている。

 強引に締め付けてるなら振りほどけるのだが……。


「物理的にも心情的にも無理だ……」

『なら逆転の発想だ。このまま押し倒せ』

「変なこと言うな、馬鹿」


 ……あれ?

 聞き覚えがある声なので普通に返事してしまったが、それはおかしい。

 だって、今この場には俺とアグニ、セティしかいないはずだ。


『間違ってねぇよ。その考え方は』

「お前は……まさか!?」


 声が頭の中に響く。

 発信源は恐らく、俺の内側だ。

 となると、該当する人物は一人だけ。

 つまり、


「【狂人化】か?」

『ご名答。まぁ、自分を完全に殺すなんて真似、出来るわけないんだよ』


 確かに殺したはずの【狂人化】が、当たり前のように俺と話をしている。

 俺としては、「何故消滅してないのか」ではなく「何故会話が成立しているのか」が知りたい。


 どうやらその思考すら読まれているらしく、【狂人化】は勝手に答えてくれた。


『何でって言われてもなぁ。お前が【狂人化】()を正式に取得したからだろ。言わなくても分か…もしかして、自覚なかったのか?』

「なにがだよ」


 当然だ、と【狂人化】は言うのだが、俺は全く理解出来ていない。

 というか、そもそも謎が多いのだ。【■■化】は。


『んじゃ解説してやる。有りがたく聞いとけよ』


 ---------------


 自分に物事を教えられると言うのも変な話だが、そのお陰でそれなりに【■■化】について把握することが出来た。

 要約すると、


 ・力を取得した際、その力の一部が【常人化】に加算される。

 ・人格がある力を正式に取得した場合、その力を人格の交代無しで使用出来るようになる。

 ・その場合でも力に対応した人格は消えずに、精神世界に残る。

 ・その人格が持っていた力を使うと、その人格の我が強くなる。

 ・オリジナルと、取得した人格は会話することが可能。

 ・人格の交代はいつでも出来るようになるが、主権はあくまでオリジナルにある。


 ということらしい。

 因みに、【獣人化】の場合は身体能力の上昇。

【妖人化】の場合は魔力コントロール精度の上昇。

【狂人化】の場合は、何かが狂わされるらしい。俺の場合は殺しへの躊躇いだそうだ。

【廃人化】は俺の本質から来ているので、恩恵は何もないとのこと。


「これで全部か?」

『まだあるが…ま、それは今度ってことで。それよりも、だ』


【狂人化】の声が険しくなる。

 真剣な話をするらしい。だから俺も真剣に耳を傾けたのだが……。


『腕の主権、貸してくれ』

「何でだ」

『だってズルいだろ。両手に華じゃないか』

「………何もしないよな?」


 要は、【狂人化】はこの状況を羨ましがっているらしい。

 確かに、色々柔らかい感じはあるが、緊張が勝ってそれどころではない。


 それは【狂人化】も理解してる筈なのだが。


『───問おう。汝の腕に我が移ることを認可するか?』

「何だよ急にそれっぽく言いやがって。それよりも、さっきの質問にだな…」

『緊張してるんだろ?替わってやるから早くしろって』

「……む」


 それはそうだ。

 男として嬉しいなんて感情よりも、気まずさの方が大きい。

 だから、俺は腕の感覚を【狂人化】に渡した。


 渡してしまったのだ。


 ---------------


『……お前、本当に幸福者だよなー』

「なにがだよ」

『いや、なんつーか。スゲー柔らかい』

「止めろ、俺の声でそんなこと言わないでくれ」


【狂人化】は俺の腕をジャックした後、意外にも何もしなかった。

 暫く無言で横たわり、時たま俺に向けて嫌味を言うだけである。


(と言うか、俺は鈴音一筋だからな?)

『それは分かってる。心配しなくても、全遊夢は鈴音一筋だぜー?かくいう俺も、恋愛感情向けてるのは鈴音だけだ』

(…意外だな。お前のことだから、『可愛い娘は皆大好きだ』とでも言うのかと思ってた)


 俺と【狂人化】が関わった時間は少ないが、そんな気がしてならない。

 それを聞いた【狂人化】は小さく笑った後、それがさも当然であるかのように───、


『あぁ。可愛い娘は皆大好きだぜ?恋愛まで発展するか否かだけだよ。当然、性格含めてだけどな』

(………は?)


 それが引き金にでもなったと言うのか。

【狂人化】は片手でアグニの手から抜け出し、自由になった腕を使って半回転。


 そして、なんの躊躇いなく、セティの背中に手を回して抱き着いた。


「なっ!?ななななななな何してるんだよ!?」

『大丈夫大丈夫。起きてないし』

「止めろ!地味に感覚だけ共有するな!?」


 自分の意思とは関係なく動く腕。

 しかし、そこから伝わるべき感覚はキチンと伝わってしまっていた。


【狂人化】がセティに触れている腕を動かす。

 背中から上に上がり、首筋を執拗になで回す。


 女の子の肌に手を這わせているという事実を嫌がおうにも感じてしまって、言葉が出なくなった。


『そんなに嫌なら、全身貸してくれよ。腕だけだと色々やりにくい』

「……あ、駄目、だ」


 触れたいけど易々と触れてはならない。

 それは人間としての常識だ。そんなこと、分かっているのだが、抗い難いものも当然ある。


 それでも、無理矢理逃げるために、全身を明け渡せばどうなるかは分かる。

 だから、それだけは頷けない。


 俺の手がセティの頬に触れる。

 柔らかくて温かいそれは、少しだけ、俺の意識をボヤけさせる。

 顔が殆ど目の前にあるのだ。色んな意味で、危機感を感じるのも仕方ない。


『襲いたかったら好きにしろよ。勝手に感覚共有するから』

「……」


 誰がやるか、という悪態すら出ない。

 ただぼうっとした頭で、駄目だ駄目だと念じることしか。


 腕が勝手に髪に触れる。

 髪の間に指を絡ませ、とかす。

 さらさらとした感覚が指を伝う。


 今更であるが、セティはまだ目覚めていない。

 その無防備さに思う所があったのか、気付けば息を飲んでいた。


 もう、【狂人化】が手を動かしているのか俺自身が動かしているのか分からない。


 ただ、セティの寝顔から目が離せなくて。

 肌の感触が心地好くて、良い匂いを感じて、最後には段々何も考えられなく───。


「······ユ、ウム?」

『あ、やば』

「セティ……セティ!?」


 固まる。

 セティはまだ完全に目覚め切っていないのか、ぼうっとしたまま俺を見つめている。

 対して、俺は意識が完全に覚醒した。

 手を離そうとするが、悲しいかな。【狂人化】はまだセティに触れていたいらしい。


(馬鹿、離せ!)

『あーあー聞こえなーい』

(いいから離せって!?)

『冷静に考えると、困るのはお前だし?』

(ふざけんな!?いいから、腕の主権を返せ!)


 心の中で叫ぶ。

 すると、腕が自分で動かせるようになってきていた。

 どうやら、【狂人化】は渋々ながらも要求を飲んでくれたようだ。


 それに安堵すると同時に、危機感が帰ってくる。

 セティはまだ寝惚けているのか、俺がやったことを仕返すように抱き着いてきている。


「セティ!?止め……!?」

「·········」


 心臓の音が全身に響き渡る。

 俺だって男なのだ。可愛い女の子に抱き着かれるとドキドキする。

 それが無防備な姿なら尚更だ。


 小さな寝息が聞こえ、白い首筋が目に入る。

 それに触れたいという衝動を我慢して、無意識に腕に力が入った。


 その結果、


「···ユウ、ム?·········ユウム!?」

「あ、わ、悪い!」


 完全に目が覚めてしまったのか、セティが俺から手を離して離れようとする。

 釣られて俺も正常な思考を取り戻し、慌てて手を離した。


 だが、それがいけなかった。

 いきなり離してしまったせいで、セティは勢いよく後ろに移動しようとしたのだ。

 ここが二段ベッドの上側だと理解しているならいい。

 しかし、セティの動きはそれを理解出来ていないものだ。


 立ち上がって後ずさろうとしたため、柵に躓いてバランスを崩す。

 そして、そのまま床へと頭から真っ逆さまに落ちて───。


「……っ!」


 気付けば飛び出していた。

【獣人化】を起動しながら、俺も落下を開始する。

 セティを抱き締めたまま、背中から床に激突した。


「───が!?」

「ユウム!?」


 セティの悲鳴が聞こえる。

 落下だけでなく、加速しながら床に激突したのだ。

 いくらあそこと床の高さがそこまで無くても、痛いものは痛い。


 だが、後悔が一つだけ。


「飛び出さなくても、普通に腕掴めば大丈夫だったなぁ」


 《電光石火》も併用すれば、セティが落ちる前に行動出来たはずだ。

 それをわざわざ床にぶつかるような真似をして、少なからずセティにも衝撃を与えてしまった。


「···ごめんなさい」

「いや、気にしなくていいって。元はと言えば俺が───」


 俺が悪いんだし。

 そう言おうとしたが、それは扉の音に掻き消された。

 バタン、と勢いよく開いたそれは、扉を開けた人物が慌てていることを表している。

 大方、さっきの激突を聞き付けたのだろう。


 だがしかし、待ってほしい。

 俺は、セティを抱き締めたままなのだ。


「何があったの……って、ユウム?あんた何してるの?」


 扉を開け放ったのはエストレアだ。

 その声にデジャブを感じながら、無意味だと分かっている弁明を始める。


「え、エストレア?違う、誤解だ!」

「……前にもあったわね、こんなこと」


 にこりと笑う。

 しかし、目は全く笑っておらず、俺がこれからどうなるのか、分かったようなものだった。


「覚悟はいい?待たないけど」

『いやー、運悪いな遊夢。俺は楽しかったけどな』


 その直前に聞こえた【狂人化】の声が耳障りで仕方なかったのは言うまでもない。

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