45話 合流
結局、青ユウ君に促されて、私は部屋に入った。
青ユウ君からは敵意や悪意を感じないし、何かあっても対応出来る距離感を保っているから問題ないはずだ。
だが、気になるものはある。私は青ユウ君に問いかけた。
「……ねぇ」
『何だ?』
「アレ、何かな?」
指差す先にあるのは、光を発する大きな長方形の板だ。
板と言うには厚すぎるが、箱と言うには薄すぎるような太さである。
『アレか……。なんと言うか、世界情勢を知ったり、創作物を見たり出来る電子機……カラクリだな。また別のカラクリがあればこれに別世界を映し出して遊ぶことも出来る』
「す、凄い。ねぇ、これってどんな魔法使ってるの?」
『魔法じゃない。けど、仕掛けはあんまり分からないな』
どうやら、彼が生きていた世界は物凄いナニカが発達していたらしい。
世界情勢は自分で見聞きするものだし、創作物と言えば文字で書かれた英雄譚くらいだ。
ましてや異世界を映し出すなんて、神と同レベルのことをやってのけているのである。
…そして、あのカラクリが凄い物だと知ると、他の物についても知りたくなる。
私は片っ端から、青ユウ君に説明を求めていった。
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あれから十数分。
『…で、何しに来たんだ?』という青ユウ君の声により、私はカラクリを調べていた手を止めた。
そして本題に入ろうとしたのだが───何から言えば良いか分からない。
「えっと───」
『……………』
青ユウ君は無言で私を見つめている。
無表情な上全く感情が読めないせいか、一瞬彼とゴーレムを結びつけてしまった。
我ながら、かなり失礼なことを考えてるなぁ。
『………アグニ。俺から質問するから答えてくれ』
「う、うん」
見かねたのか、青ユウ君から話を振ってくれた。
因みに、私が言い淀んでから一分も経っていない。
『まず一つ。どうしてこの建物に来た?』
「大きくて、かつ目についたから」
『二つ。どうして森じゃなく、こっち側に来た?』
「こっち側で意識が戻ったから」
因みに、森があることに気付いたのは、建物の窓から景色を見渡した時である。
『三つ。どうしてこの世界に来た?』
「困ってたユウ君を手助けするため」
それで質問は終わりなのか、また暫く沈黙が続く。
次にそれを破ったのは、私だ。どうしても二つ、気になることがあったのだ。
「質問いいかな?」
『なんだ?』
「私を敵とみなさないの?」
『一応、アグニは敵扱いだがな。でも、表の仲間を殺すのは憚られる』
暗に『いつでも殺せる』と言ってる気がするのは、私が少しひねくれてるからか。
少なくとも彼には、表情の変化は見られない。
次の質問をするべく、口を開く。
どちらかというと、こちらの質問が重要だ。
「それじゃあもう一つ。君は、何者?」
『それは、俺が遊夢のどの力を使っているか、と言うことか?』
「うん」
ユウ君は、髪と眼の色がよく変わる。
【獣人化】なら私と同じ赤色、【妖人化】なら、ナーちゃんと同じ黄緑色。
【常人化】なら黒色で、魔族を圧倒してる時は白色だった。
しかし、目の前の彼はそのどれでもない。
でもどうしてか、見たことのない青色の姿に違和感を感じることはない。
「君は、何なの?」
『言っても伝わるか分からないけど、それでいいなら教えるぞ』
「それでいいよ」
例え私に意味が分からなくても、ユウ君が分かれば問題ない。
そう判断して、私は青ユウ君の言葉に耳を傾ける。
そして、思考が真っ白になる。
『【───】だ』
「え?」
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「……?」
『……ちっ』
戦いの最中。
俺と『俺』は形容しがたい違和感を感じ取った。
俺は違和感の正体を掴めずに一瞬困惑し、『俺』は何かしらの心当たりがあるのか、小さく舌打ちした。
接近していた俺たちは、互いの剣を起点として弾けるように後方に下がる。
「何か知ってるのか?」
『……答える義理はないぞ』
そういう『俺』の顔は、嬉しさと悲しさが入り交じったような微妙なもので染まっていた。
ますます分からない。
「まぁ、いいか」
『そう、いいんだ』
【獣人化】では押しきれない。
だから俺は次の力を使うべく、叫んだ。
それに合わせて、『俺』も力を狂わせて叫ぶ。
「【妖人化】!」
『【狂妖化】!』
変身が終わった瞬間、俺は《サンダー》で牽制。
その後に《電光石火》で距離を詰める。
考えていることは同じだったらしい。
『俺』は同じ魔法で俺の牽制を相殺し、こちらに向かって加速してきた。
正面から打ち合うなんて真似はしない。
俺は弧を描くような軌道で『俺』の隣を通過し、後ろから《マッド》を放つ。
今までのような属性付与ではなく、事象具現であるそれは、真っ直ぐ地面に向かっている。
下手に方向転換しようとすれば滑ることは免れないし、かといって走り続けるなら後ろから狙い撃ちにするだけだ。
だが、『俺』はそれ以外の行動を起こす。
『甘ぇよ!』
「《炎の槍》!」
抜かるんだ地面から逃れるために、加速したままジャンプしたのだ。
そして空中で体を捻り、俺を見据える。
俺が追撃することを予測していたであろう『俺』は、剣を持っていない手を突き出した。
『《水の槍》!』
魔力で出来た槍はお互いを突破することができずに消滅する。
その間に俺は、着地している『俺』に向けて飛び出した。
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『……弱いな』
「君が強すぎるんだよ!?」
何の因果か。
私と青ユウ君は、二人でゲームをやっていた。
と言っても、チェスやポーカーのようなものではない。
光の板に異世界を映し出し、その中の人間を操ることで遊んでいるのだ。
我ながら半分くらい何言ってるか分からないのだが、習うより慣れろという言葉の通り順応している。
今やっているのは、魔法がない世界での殴り合いだ。
自分の体を動かすのではなく、ボタンや棒を動かすことで向こう側の人間を操るので、動かしにくいことこの上無い。
移動と攻撃、防御とジャンプの方法しか分からない私に勝てる道理はなく、何回も何回も完封負けしている。
───というか、
「どうやって動かしてるの!?」
『どうって……こう』
「全然分かんないよ…」
器用に指を動かす。
画面の中の人間は青ユウ君の手足のように、一連の打撃を繰り出す。
これがコンボという物らしい。
『まぁ、コンボだけじゃなくて、このキャラの当たり判定全般を体で覚えてたり、アグニの使うキャラの予備動作からの攻撃を全部覚えてたりしてるからな。ついでに言えば、アグニの思考を擬似的に読んだりもしてる』
「……ごめん。何言ってるかあんまり分からない」
アタリハンテイとか一体何のことなのか。
普段のユウ君からは考えられないレベルで専門用語を連呼している。
苦笑いしか出来ない私をどう思ったのか、青ユウ君は目の前の板を指差してこう言った。
『言うなれば、だ。俺はこの世界のことを誰よりも理解してるし、アグニが考えてることも大体分かる』
「…え、どうして?」
『前者は経験だし、後者は【常人化】の視界から観察してたからな。例えば、そう。アグニ、今目的忘れて楽しんでるだろ?』
一応の疑問系。
だが、その眼は確信している。その考えが当たっているのだと。
実際、それは正解なのだが。
残念ながら、彼に指摘されてから、一瞬自分の目的を考え直したのだ。
それは、今の今まで目的を忘れていたことと同じである。
ついでに言えば、この摩訶不思議な遊びも面白くて仕方ない。
…まぁ、負け続けるのは楽しくはないのだが。
「………」
『図星か。んじゃ、そろそろ行くか』
「どこに?」
青ユウ君は板に繋いでいる箱のスイッチを切る。
それと同時に光を放つ板は闇に包まれ、部屋に沈黙が流れる。
どこにいくのか分からなかったので、私は彼に問いかけた。
彼はその場から立ってから、私の手を引いて立ち上がらせる。
そして、当然のように笑顔で言い放った。
『セティを回収して、【狂人化】を仕留めにいく』
笑顔で物騒なことを言う。
だけど、その笑顔は紛れもなくユウム・アオハラのそれであり───、
「分かったよ。行こう」
私は思わず、顔を背けてしまった。
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椅子に座り、前を見る。
テーブルを挟んだ先には、少しにやついているユウムの姿があった。
彼の髪と眼は白色。
今まで見たことも───いや、一度しか見たことのない姿だ。
彼は【狂人化】。ユウム・アオハラの別人格であり、狂わせる力だ。
と言っても、彼はその断片。戦闘能力は私よりも大きく劣る······らしい。
そして、当の彼は何故かにやつきながら小屋の中を見回している。
「·········」
『…うん、良いな』
一人で納得したのか、彼は一度頷いてから私を見つめる。
この小屋に良い思い出でもあるのだろう。
今の表情を見るだけで、目の前の人物がユウムと同じであることが分かる。
滅多に無い気がするが、穏やかな時、ユウムは決まってこんな表情をするのだ。
「······」
『おっと悪い悪い。何でここに来たのか、気になるか?』
「······うん」
切り出し方が分からずに黙っていると、彼の方から話を振ってくれた。
それを少し有りがたく思いながら小さく頷いて、私も彼を見つめる。
『まぁ、何て言うことはない。俺に…というか遊夢にとっては、ここが始まりの場所だったんだよ』
「···ここ、が」
当たりを見回す。
この小屋は古いのか、至る所に小さな傷が入っていた。
「─────────」
『─────────』
お互い、なにも言わない。
私が疑問に思っていることは道中に聞いてしまった。
本来なら直ぐにユウムの所へ行くべきなのだが、この場所の空気がとてつもなく心地好くて、離れられない。
それは彼も同じなのだろう。
時たま頭をカクンを揺らしては、小さな声で『眠い』と呟いている。
永遠に続くと思われたその時間は、唐突な終わりを告げる。
『ここに居たか、セティ。…何故か【狂人化】が残ってるが、気にしないのが正解か』
「一発で当てるなんて、凄いね」
聞き慣れた二つの声。
振り返ると、青いユウムとアグニがそこの居た。
青いユウムは無表情、アグニは呆れ顔である。
青いユウムは迷いなく【狂人化】の下まで歩いていき、その頭を鷲掴みにした。
俗にいうアイアンクローである。
『痛たたたったたたた!?何、何だよ【は──】……青色!』
『いや、お前なら分かるだろ?エスコートしてくれよ』
『何故にアイアンクローしてんのかって聞いてるんだよ!?』
【狂人化】は何回も何回も青いユウムを殴ろうとするが、全く効果がない。
青いユウムはその全てを先読みして、防御しているのだ。
だが、【狂人化】の叫びを聞いてはっとしたのか、手を離して距離を取る。
そして、頭を軽く下げた。
『すまんな』
『……ったく。こっちだ。着いてこいよ』
私たちを置いていくかのように、二人のユウムは歩き出す。
「···待っ───」
「置いていかないでよ!?」
私たちは慌てて、二人を追いかけた。




