44話 謎の姿
剣と剣がぶつかり合う。
その度に甲高い金属音が周りに響き、小さな火花が散る。
空間は正常。まだこの世界はどこも狂っていない。
それでも───俺は押されていた。
『その程度か!?』
「ぁ、づ……まだだ!」
戦闘に関する知識量は同じ。戦いの経験も同じ。魔法適正も同じ。
なのに、なのにどうして、俺はコイツに圧倒されているのか。
その理由は分からないまま、ただ淡々と、『俺』は事実を突き付け続ける。
相手の突きを剣で弾いて防ぐ。
『俺』は剣が弾かれた勢いと《電光石火》による強化を利用して一回転し、剣を薙ぐ。
一回転分の力を得た一撃を受けきれないと判断した俺は《電光石火》を起動。その場から大きくバックステップして斬撃の範囲外に逃れた。
『防戦一方だな、遊夢!』
「くっ……【獣人化】!」
『俺』の言う通り、このままでは勝てない。悔しいがこれは事実だ。
《電光石火》も粉塵爆発も、目の前に居る『俺』は把握している。
だから、自力で押すしかない。俺は【獣人化】を起動してから、『俺』に向かって駆け出した。
『ハッ。だったらこっちもやらないとな、【狂獣化】』
(やっぱり、コイツも使えるのか……)
『俺』が【獣人化】に似た能力を起動する。
だがしかしそれは俺の【獣人化】とは違い、全てがアイツの色に染まっていた。
【■■化】から手に入れた俺の【獣人化】は、髪と目、尻尾の色がアグニと同じになり、血の気が若干多くなる。
能力的な変化と言えば、素の身体能力が強化されて、魔法的な能力が弱体化する。
アイツの【狂獣化】も基本的には変わらない筈だ。
だが、あの白い髪と目、尻尾は間違いなく『俺』自身の色だし、何より───アイツから感じる狂気の量が変わっていない。少しも、アレは闘気に変換されていないのだ。
『驚いてるのか?俺はそこまで凄いことはしてないぞ?』
「まぁ、そうだよな」
記憶が戻ったことと同時に、何故かアイツの能力についての知識も一緒に入ってきた。
【狂人化】は、狂わせる能力なのである。
回数制限があり、より絶対的な法則を書き換えようとすると、複数回分使わなければならないという能力だ。
本来なら、「【スキル】の書き換え」は二回分使用するのだろうが……ここが精神世界である以上、そうだと思わない方が良いだろう。
『折角だから教えてやる。この精神世界では、回数制限は無いぞ』
「…だろう、な!」
そんな予想は当たっていたらしく、『俺』は笑いながら情報を与えてきた。
だが、今のところ何も狂わせられていない。
アイツが慢心してるのか、それとも別の理由があるのか。
(…分からない、な)
一応アイツも俺なのだが、何を考えているのかさっぱり分からない。
大元が同じでも、人格が違えば別人なのだろう。
だったら、アイツが何を考えているかの考察なんてしなくていい。
出来ないのだから。
剣を構える。
獣人の血がドクドクと脈打ち、アレを討てと囁いてくる。
俺は《電光石火》を起動。『俺』に向かって飛び出した。
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私は、森に向かって歩みを進めた。
大した理由はない。強いて言えば、こちらの方が私に抵抗感が無かった。
それだけの話である。
「···ここ、どこ?」
『『輪廻の森』だ。セティにも聞き覚えくらいはあるんじゃないか?霊が住まう森、神が治める森とかさ』
いつの間にか隣にいる、ユウムの別人格が私の呟きに返答してくれた。
意図したわけではないが、大変便利である。
───『輪廻の森』
その噂くらいは、私の耳にも届いている。
曰く、強力な魔物が棲んでいる魔境。
曰く、神が治める聖域。
曰く、霊が闊歩する霊界。
この三つの噂全てが真実らしいのだ。
魔境であり聖域であり霊界でもある。そんな『輪廻の森』は、正しく秘境と言えるだろう、と誰かが言ってた気がする。
「···それで、あなたは···何でここに?」
『セティに二回分使ったんだよ。【狂人化】の力をな。だけど、それだと力が大きすぎた。結果として、余分な力が人格として残ったっていう所だな』
二回分と言うのはよく分からないが、十中八九私の腕関連だろう。
そして、私の中に居たと言うことは───。
私は何となく嫌な予感を覚えたので、彼に問いかけた。
「···つまり、私の中に居た?」
『………だ、大丈夫だ。不可抗力以外でお前の精神世界は覗いてない』
私の問いを聞いた彼は私から目を逸らして、言い訳するようにそう返事する。
それで、何となく察しがついた。
きっと、彼は私の内面に入り込んで行ったのだ。
「············」
『嘘は吐いてないぞ。ついでに、ユウムの本体に教える気もない。あんな情報、教えても困惑するだけだしな』
少し怒りを孕ませて彼を見る。が、彼は私の視線を意にも介さない。
それどころか、私が気になるような情報を喋った。
ユウムが困惑する情報とは、一体何なのだろう?
「···どんな、情報?」
『教えてもいいが……却下だ。自然バレの方が面白いし、互いのためになる』
彼は目を逸らしたまま、小さく笑う。
もしかすると、彼はろくでもないことを考えているのかもしれない。
私は、更に彼を問い詰めようとして───、
「···教え───」
『おっと、着いたぞ。ここが、ユウムと鈴音が過ごした家だ』
彼の言葉に遮られた。
彼の指差す方を見ると、そこには小さな小屋が建っていた。
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「落ち着かないなぁ…」
カツカツと音を発てて、私は階段を上っていた
スイッチが取り付けられている扉なんかがあったが、音と、自動で開く扉が不気味だったので階段を利用している。
現在は十階から十一階へと上っている。私たちの世界からは考えられない程に、高い。
窓から見える景色も綺麗ではあるが、それよりもここから落ちた時のことを考えると全然落ち着かない。
「ほんと、よくこんな物作ろうと思ったね……」
もしかすると、あの不可思議な扉は上層階へ行くための道具だったのかもしれない。
だって、ただ歩いて行くにしてはこれは長すぎる。
そんなことを思いながら階段を上り続け、遂に最上階である二十階へと辿り着いた。
ふと、窓を見る。
予想外の高さに、思わず息を飲んだ。
「何て言うか……綺麗、だねぇ」
地上から見た時には「大きい」以外の感想は出てこなかったが、こうして高くから見下ろしていると、芸術的な何かを感じる気がする。
やはり違和感は拭えないが、これはこれで嫌いではない。
「……って、違う違う」
だが、私は景色を堪能しに来たのではない。
あくまで彼の力になるために、ここまで来たのだ。
私は名残惜しさを感じながらも窓から離れ、奥に進んでいった。
「…..これ、は?」
進んでいると、何とも形容し難い音が聞こえてきた。
生物の声ではなく、太鼓やラッパとも違う、奇怪な音。
何よりも、この音は無機質だった。何の感情も感じられない、そんな音。
とてもじゃないが、生き物が出せる音ではない。
警戒心を高めて、進む。
やがて、その音が出ている部屋の前まで辿り着いた。あとは扉を開けるだけで、その正体を掴むことができる。
……意を決して、扉に触れようとした瞬間───、
『誰だ?』
聞き慣れた、けれども感情を消した声と共に、奇妙な音が止んだ。
「っ!?」
『いや、やっぱり名乗らなくていい。……足音からして、アグニか?入ってこいよ。別に襲ったりはしない』
その声は、私がここにいることを言い当てる。
それが、何もかも見透かされているような気がして、思わず身震いした。
当然、警戒心は高まる。
ドアを壊して奇襲するべきか、ここから動かずに居るべきか、普通に部屋へと入るべきか。
『悩んでるのか?じゃあ、迎えに上がるからドアから離れててくれ』
言われた通りにドアから離れ、【狩人の誇り】を弱めに発動させる。
これで、彼が奇襲してきても凌げるはずだ。
彼が本当に、私の知っている人物なら。
永遠にも思える一瞬が終わり、ドアが開く。
そこには、
『それじゃアグニ、上がってくれ。慣れないモノしかないだろうけどな』
群青の髪に青い目をした、ユウ君が居た。




