43話 機械仕掛けの世界
目を開けると、現代日本の世界に居た。
来るときはいつも『輪廻の森』かその境界線に来るのだが、今回は自発的に来てしまったせいか目的の場所よりかは少なからずずれてしまったようだ。
まぁ、そんなことはどうでもいい。この世界に【狂人化】が居る。そのことだけが重要だ。
「居るのか?」
呼びかけてみるが、返事はない。
ここには居ないのだろうか。そう判断して部屋の出口を探し始めた瞬間、
───♪、───♪
聞き慣れたような電子音が、耳に響いてきた。
音の方へ向かっていくと、ゲームコントローラを持って真剣にテレビを睨んでいる、白髪白眼の『俺』が居た。
「……何やってんだ?」
『ゲームだよゲーム。タイトルは忘れたけどな』
『俺』はゲームを中断して、タイトル画面に戻る。
しかし、肝心のタイトルは文字化けしていて、何と書いてあるか読み取れない。
背景からして、ファンタジーっぽいゲームなのだが。
『前世でやってたゲームらしいぜ。俺にはその記憶がないから知らんが』
「悪いな。俺も前世のことは殆ど覚えてない」
正直に答えてから、『俺』を見る。『俺』は、もう一つのコントローラを俺に差し出していた。
要は、「やるか?」と言っているのだろう。俺は迷うことなく、そのコントローラを受け取った。
やったことはないはずなのに、やり方が頭に入り込んでくる。
余程前世でやりこんで、体が覚えてるのかもしれない。
『始めるぞ』
『俺』の声と共に画面が切り替わる。
そしてロードが終わると同時に、俺たちが操作するキャラクターは、互いに向かって駆け出した。
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ゲームをやっていたと思ったら、気付けば移動していた。
訳が分からない。
因みにゲームは五勝五敗二分だ。
『さて、前座も終わったところで、だ』
今は、『輪廻の森』の中に居る。
俺の前方にいる『俺』はうんと背伸びをして、こちらに向き直った。
そして、本題である問いを投げ掛けてくる。
『答えは分かってるが…まぁ、一応確認しとく。お前は、どっちを選ぶ?』
「俺は俺として弱いまま生きる」か、「【狂人化】に主権を渡して強く生きる」か。
『俺』が俺に与えた選択肢は、この2つだけだ。
だが、答えがこれだけではないことも、俺たちは理解している。
「どっちも選ばない。俺は俺のまま、仲間を助けて、仲間に助けられて強く生きてみせる」
弱い俺を受け入れてくれるセティが居た。
『俺』ではない俺が良いと言ってくれるアグニが居た。
そしてきっと、俺を受け入れてくれるのは、この二人だけじゃない。
なら、彼女たちのためにも、俺のためにも、俺は俺でなければならない。
それが、
「俺の答えだ」
『俺』の表情を伺うように見つめる。
予想出来たことだろうが、怒る可能性もあると思ってのことだ。
だが、予想に反して、『俺』は怒っていなかった。ただ無表情のまま、俺を見つめている。
そのまま沈黙は続き、やがて『俺』は観念したかのように溜め息を吐いた。
『まぁ、そうなるよな。だけど俺も譲る気はない。だったら……どうなるか、分かるな?』
「ああ」
要は、戦って決めるということだろう。
俺が返事をすると同時に、虚空から剣が現れた。
それはあちらも同じようで、剣の鋒を俺に向けている。
『始めるぞ。どっちが『青原遊夢』なのか、今決めようぜ』
戦う寸前だと言うのに、『俺』はニコリと不敵に笑った。
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「セ─ちゃん!ゲットしたよ!」
勢い良く扉を開け放ち、アグニがユウムの部屋に入ってきた。
ユウムはベッドに寝転がっていて、彼の左手をセティが握っている。
アグニは息を切らしながら、セティに話しかけた。
「せ、セ─ちゃん。ユウ君はどう、かな?」
「···今は、大丈夫」
セティの言葉の真偽を確かめるかのように、アグニはユウムの様子を観察した。
……確かに、震えもなければ汗もかいていない。
少なくとも、今は無事と言えるだろう。
それを確認したアグニは、懐から小さなビンを取り出した。
中には凝縮したような濃い白色の液体が入っている。
「···それ、が?」
「うん。二人分だってさ。それじゃあ、私から飲むね」
そう言ってからアグニはユウムの右手側に寝転がり、彼の右手を握る。
そして、半分だけビンの中の液体を飲んだ。そして直ぐに蓋を閉める。
液体を飲んでから数秒後、アグニに異様な眠気が襲いかかる。
彼女はそれに抗わず、そのまま目を瞑った。
「······」
アグニが眠ってから、セティはビンを拾った。
その後に、ユウムと添い寝しているアグニと、残っている左側のスペースを何度も交互に見る。
暫く沈黙が続く。
「······何でもない、何でも、ない」
自分にそう言い聞かせるように、残った液体をセティは飲み干した。
それと同時に、眠気が彼女を襲う。
セティはそれに抗いながらベッドに上がり、残ったスペースに転がり込む。
そしてユウムの腕を抱き、静かに目を閉じた。
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······暖かい。
彼の温もりが、私の中に入っていく感覚。
それとは逆に、私という存在が彼の中に融けていく感覚がする。
初めて味わう感覚であるにも関わらず、不思議と恐怖は感じない。
むしろ、彼を受け入れる感覚が、彼に受け入られる感覚が、どうしようもないくらいに心地良い。
『···ユウ、ム』
私の形が失われていく。
この心は『私』から離れ、彼の世界に踏み込むのだ。私が『私』の器に囚われている以上、彼の心に干渉することは出来ない。
だからこそ、肉体の制限を飛び越える必要があった。
『成る程、だからリエイトに頼んだのか』
『······っ!?』
体の奥から、私じゃない声が聞こえる。
驚く私の様子を察したのかその声はケラケラと笑った。
消えかけていた警戒心がグッと上がる。この声は、一体何者なのだろうか?
『···誰?』
『誰って言われてもなぁ……』
私の問いかけに、声は困ったような様子を見せる。
無言で待っていると、やがて答えが返ってきた。
それは、予想出来たものだったと思う。
『まぁ、端的に言うとだな…俺は遊夢の別人格って所だ』
『···どうして、あなたが?』
『答えは単純。遊夢がいつもの状態じゃ心を保てなくなったからだよ。だから、俺という人格が必要になった』
『·········』
心を保てなくなる、というのは良く分からない。
が、彼が精神的にとても脆いことは私が理解している。
だから分かる。彼の言っていることは、真実だと。
『もうそろそろ着くぞ。それじゃ、面白くは無いが見ていってくれ、セティ』
体を無くした精神体が、またもや体を構築する。
きっと、そうなるべき世界に辿り着いたのであろう。
「······ここが」
私の目に広がるのは、2つの世界。
どこかの森と、城壁のような大きさの建物が建ち並ぶ世界だった。
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「……何というか、予想外、だね」
良く分からない建物が建ち並ぶ道を歩きながら、私はそう呟くことを余儀無くされた。
何が予想外って、建物や道を作っているものは、どう見ても私たちの世界のものとは違うのだ。
建物も異様に大きいし、道も異常なくらい整理されている。歩いているこっちが謎の不安感を覚えるほど、この道は整備されていた。
「これが、」
ユウ君の世界、なのだろうか?
成る程これは…余りにも、私たちとは違いすぎる。
あの変な急加速や正体不明の爆発も、彼がここで得た魔法、ないし知識なのだろうか?
なんとなく、一番大きい建物に近付く。
扉に触れる数歩前まで来て、疑問に思った。
「……取っ手が、ない?」
そう。目の前の扉らしきものはドアノブや手を引っ掻ける窪みがない。それどころか、ドアは一面透明な板張りである。
これでは、ドアを壊して侵入してくださいと言っているようなものだ。
…元々、人を入れる建物ではないだけかもしれないが。
仕方ないので、ドアを壊そうと一歩踏み込む。
すると……、
「うわぁ!?」
何もしていないにも関わらず、ドアが勝手に開いた。
それに驚いた私は、思わずその場から飛び退く。
予想外のことに頭が真っ白になって、暫く硬直する。
数秒経つと、再びドアは閉まってしまった。
「…どうなってるんだろ、これ」
一体、何がどうなっているのか、想像もつかない。
このドアは近付く私を正確に察知し、それを出迎えるかのように開いたのだ。
何というか、そこまで見事に働かれると、逆に罠なんじゃないかと思えてくる。
キョロキョロと辺りを見回して、誰かが見張っていないか調べる。けれども辺りには誰も居ない。
私はもう一度前を見てから、覚悟を決める。
「───何があるか分からないけど、やらなきゃ」
彼は、追い詰められていた。きっとセーちゃんが行動を起こさなければ、彼はあのまま、得体の知れないナニカに飲み込まれてしまっただろう。
それに、腹が立つ。
彼の不安感を察してあげられない自分が。
彼を支えてあげられない自分が。
セーちゃんが彼を励ましてた時、何も出来ずに立ち竦むことしか出来なかった自分が。
だから、
「だから、せめて戦闘で、ユウ君を助けたい」
それが私の意志。
残念ながら、私は弱い彼を受け入れることは出来ても、弱った彼を立ち直らせることは出来ない。
……自分は弱みを見せて、寄り添って貰えたのに。私はどれだけ、恩知らずな獣人なのだろう。
あの雷の夜を思い出して、また自分に腹が立つ。
それの繰り返しだ。このままじゃ、意味なんてないのに。
だから、私は罠のように見える建物の中へと踏み込んだ。
何かがあることを期待して。




