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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
42/125

41話 慰め

『仲間を守ってやるから主権を寄越せ』

 確かに『俺』はそう言ってきた。全く悪びれもしていないし、今まで『青原遊夢』の主権を持っていた俺に対する憎しみなども感じられない。

 まるで「山があるから登るのだ」とでも言うような、突然かつ気軽に、『俺』はそう言ってきた。

 それが嘘や冗談であるとは思えないから、俺は言葉を詰まらせる。


「それ、は……」

『嫌ならいいぞ。後で仲間なり恋人なりを失ってから、また今回のように壊れてくれればいいさ。流石に、三回も経験すれば納得するだろ?』


 なんて事を言いながら、『俺』は威圧ともいえる狂気を俺に向けてきた。

 まるで、承諾しないと仲間を殺すとでも言っているように。


 だが、それでも俺は即決出来ない。『俺』が仲間をキチンと守ってくれるかという不安もあったし、何より、今の俺が消えるのが嫌だった。

 しかし、それと同時に力不足を感じているのも事実だ。このままいけば、俺は仲間を失いかねない。


 結局、俺の出した答えは──────────、


「考え、させてくれ」


 そんな、煮え切らないものだった。


 ---------------


 コンコンと二回ノックする。

 返事は来なかったが、構わずにドアノブを回し、押す。

 予想通り鍵はかかってなく、ドアは開いた。


 ······今更であるが、何故に玄関だけ横開きにしたのだろうと溜め息が出てしまう。

 しかし、そんな事よりもユウムの方が気になる。私は意を決して、部屋の中へ踏み込んだ。


「······ユウム?」

「あ、あぁセティか。無事だったんだな」


 ユウムは、起きていた。ベッドから体を起こした状態で、静かに窓を見つめているその姿は、言っては悪いが死期を悟った病人のそれに見える。

 私が声をかけてからはじめて振り返り、返事をして来た。


 それにも、感情はあまり込められておらず、心が無いような錯覚をしてしまう。実際は、そんなことないのに。

 私はベッドの直ぐ隣に椅子を置き、話しかけた。


「···ユウムこそ、大丈夫?」

「俺は……」


 その問に、ユウムは考える素振りを見せたあと、こう返事をしてきた。

 それは、私の予想外のものだったのだが。


「夢見が悪くてな」

「······そう」


 予想外と言えば予想外だが、彼なら大丈夫だろう。

 そんな無責任な感情を、私は抱いてしまっていた。何故そう思ったかと問われれば、私は間違いなく「私を助けてくれたから」と答えるだろう。

 少なくとも、その程度にはユウムのことを信用していた。


「なぁ、セティ。盗賊団の時のこと、覚えてるか?」

「······うん」


 忘れるはずもない。

 あの時、私は色んなモノを失いかけたのだから。同時に、誰かに助けられるのもアレが初めてになる。


「俺は、あの時思ったんだ。『こんな俺でも、まだ誰かを守れるんじゃないか』って」

「······うん」


 ユウムが何か言う度に、彼の声が暗くなる。

 それを見たくないと思った私は、無理にでも話題を変えようとした。でも、その前にユウムが言葉を続けてしまう。


「······ユウム、」

「でもな、実際は違ったんだ。魔族が来た時、俺は何も出来なかったんだ。鈴音の時も、今回も、ただ地面に倒れて、仲間がやられるのを見ているしか無かった」


 視線は遠くへ向いている。鈴音、と言う人のことを思い出しているのかもしれない。

 その正確な意味は分からず、私はただ、話を聞くことしか出来なかった。それで少しでも彼の気が晴れるなら、それで良いと思ったのである。

 でも、そんな考えに反して、ユウムの声はだんだんと暗くなる一方だった。


「結局、俺には何も出来ない」

「···そんなこと、ない」

「まだ、そんなこと言ってくれるんだな」


 本心から思ったことを伝える。

 けれども彼は、ただ自傷気味に笑うだけだ。

 私には何も出来ないと思ったので、席を開けることにする。

 ······飲み物でも、取ってこよう。それで少しは、落ち着くはずだ。


「······飲み物、取ってくる」


 それだけ言って立ち上がる。そして彼に背を向けた。

 その瞬間、


「······っ!?」


 突然、ユウムに手を掴まれた。

 慌てながらも振り向くと、彼自身、何があったか分からないとでも言いたげに自分の手を見つめている。

 硬直すること数秒。ユウムは慌てて手を離した。


「あ、いや、……ごめん」


 何故だろう。その瞬間、ユウムがとても弱く、儚い生き物に見えた。

 だからなのかもしれない。私は、今までに無いほど積極的に、ユウムへと接近する。


「せ、セティ!?何して……!」


 驚くユウムを無視して、ベッドの上に乗る。その後ユウムの直ぐ側まで接近して、彼の背中と後頭部に手を回す。

 そして、彼の目、もしくは口が私の肩に触れるように抱き締めた。


 何時もなら、そんなことをする気は起きないが、何故か今回に限り、スムーズにそんなことが出来た。


「セ、ティ……」

「···泣きたいなら、···泣いていい、よ?」


 力無く私を呼ぶ彼に、私はそう声をかけた。

 遅れて、彼も私を抱き締める。力強くて、少し体が痛くなる。

 けれど、それはまるで親にすがり付く子供のように震えていて、それで彼が追い詰められていることを理解した。


 次に聞こえるのは、嗚咽。

 肩を覆っている服が涙で濡れるのを実感する頃に、ユウムの声が聞こえてくる。


「……怖いんだ。戦うのも、傷付くのも」

「···うん」

「鈴音が死んだ時も、セティが死にかけた時も、俺は何も出来なくて」

「······うん」


「そんなことない」

 そう言いたかったのを何とか抑えて、私は彼の言葉を肯定した。

 彼は涙を多くしながら、話を続ける。


「そしたらさ、俺の中のナニカが、俺を蝕んでくるんだ」

「···うん」

「俺だって、仲間を守りたい。でも、俺が俺で無くなるのも、嫌だ」

「···私も、嫌」


 彼が彼で無くなる。

 その意味は分からないが、私は思った事を、そのまま返す。


 それきり、暫く無言が続く。

 それを破ったのは、ユウムだった。


「……ごめん。暫く、このまま居させてくれ」

「···いいよ。···好きなだけ、泣いて」

「ありが、とう」


 私は、ユウムのことを誤解していた。

 彼は、強い人だと思っていたのである。実際、それは間違っていない。単純な力や戦闘技術においては、彼は十分強い。

 ···そういうことでは無い。

 彼はきっと、誰よりも心が弱いのだ。それこそ、私よりも。

 でも、彼はそれを出来るだけ隠そうとしている。当然か。そんなこと、知られたくないのかもしれない。


 なら、こんな時くらいは私が支えてあげないと。


 静かな部屋に、彼の嗚咽だけが響く。その間、私は彼を抱きしめ続けた。


 ---------------


 ─────────ああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!?


 一通り泣き終わり、セティが部屋から出ていったあと、声が漏れないように布団を噛みながら、俺は部屋の中を転げ回った。

 まさか、自分があれだけ精神的に弱いとは思わなかった。胸の内に秘めようと思ってたのに、いざ抱き締められたら出るわ出るわ。

 しかも全部本心なのが更に痛い。


 ついでに言えば、さっきは心がボロボロだったので問題なかったが、今思い出そうとするとセティの体の感触や匂いなんかも浮かんできて色々マズイ。


「……まぁ、お陰でいつもの調子に戻れたけどな」

「···ユウム。···お茶、持ってきた」

「うおぁ!?」


 そんな事を思っていると、セティとアグニが部屋に入ってきた。

 ……って、アグニも?


 疑問を浮かべながら首を傾げる。

 何故、彼女もここに居るのだろうか?


「ユウ君、大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だ」


 正直、まだ色々不安は残ってるがそれをバラす必要はないだろう。

 そう思ってさりげなく嘘を吐いたのだが、


「···アグニ。···どう?」

「嘘、吐いてるね。ダメだよ。ちゃんと私たちにも相談して、ユウ君」


 ビーストだからなのか、あっさりと見破られてしまった。

 どう弁解しようか考えていると、アグニが言葉を続けてくる。仕方なく、俺は押し黙った。

 そんな彼女は、恐らく怒っている。


「どうして、何も言ってくれないのかな?私たちが信用出来ないの?」

「……そんなことはない。でも、言える訳ないだろ。自分の弱みなんて」

「外ではそうかもね。でも、ここは家で、私たちは擬似的な家族みたいなものだよ?相談、して」

「……」


 アグニの言いたいことも、分かる。

 けれど、何でもかんでも弱みを吐き出していいわけではないだろう。

 そうすれば、余計に心配をかけることになる。


「いや本当に、相談するほどのことじゃないんだ」

「······ユウムの中の、ナニカ?」

「……っ!?」


 図星だ。

 あれだけセティに慰められて言うのもアレだが、俺はまだ【狂人化】の問に答えるかどうかで迷ってる。

 何故なら、【狂人化】は実力なら確実に俺より上だからだ。

 ……自分の体なのに、一体どこで差が出てるのやら。


 見破られたからにはしょうがない。俺は素直に白状した。


「あぁ、そうだ。俺よりも、ソイツの方が強い。だから、代わるのは嫌だけど、悪い手じゃないと思ってる」


 それを言うと、部屋の中の空気が変わった。

 セティは驚いたように目を見開き、アグニは怒ってるのか、肩を震わせている。

 だから、俺は問いかけた。


「ど、どうしたんだよ。俺、そんな変な事言ったか?」

「っ!?き、君は……!」

「···待って」


 俺のその言葉を聞いた瞬間に、アグニが俺に掴みかかろうと近付いてくる。

 それを止めたのは、セティだった。

 彼女はアグニを手で制したあと、いつもの彼女からは考えられない強い目で俺を見つめる。


「···ユウムは、何が大事なの?」


 急に、そんなことを言うセティを不思議に思う。

 だが、聞かれた手前答えない訳にも行かない。俺は、正直に答えた。


「俺は──────」

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