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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
41/125

40話 狂いの意志は表を望む

 ───赤。

 最初に見えたのも、ずっと広がっているものも、全てが赤に染まっていた。

 草原に居るはずなのに、草木は赤く、空も炎のように燃えていた。

 その中で本来の色を保てているのは……俺を含めた人間たちしかいない。

 その人間たちも地に伏していて、同時に生き絶えている。


 知らない人も、敵も、仲間も、全て。

 その場に立って、生きているのは俺しかいない。


 ……いや、俺も生きているとは言えないのかもしれない。

 前に向かって歩き出そうとする。しかし、その脳の命令に反して足は後ろに向かって移動を始めた。


 そう。この世界はどうしようもないくらいに狂っている。

 もしかしたら、ここで生きている俺こそが本当に死んでいるのかもしれない。

 それを確かめる方法は存在しない。

 俺に出来るのは、この狂いきった世界をさ迷うことだけだ。


 意識を集中しながら、行きたい方向と逆に足を動かす。

 ゆっくりと、ゆっくりと歩を進め、俺は仲間たちの死体の傍まで来た。


 生首だけが残っているアグニ、全身を矢で貫かれたトーラ、腰から下を切り落とされているユート、腹に大きな穴が開いているエストレア、肩口から腕を切り落とされたセティ、頭の半分が吹き飛んでいるラック、顔に穴が開いているウォールさん、干からびてミイラになっているナチュル、全身の間接が曖昧になっているライドさん、四肢が無くなっているマリア様、全身が焼け焦げているリエイト。


 皆が皆、顔を俺に向けていた。目があるものは、闇しか映していない虚ろな目で、目がない者は、骸骨の目の部分にある空洞で、俺を見ている。

 それを意識した瞬間に、死臭が俺の鼻を突く。思わず立ち上がろうとして、思い切り地面に叩きつけられた。


 水が跳ねる大きな音を聞きながら、俺は血の池に顔を打ち付ける。

 それだけでは終わらない。あったはずの地面が消えて、底の無い海へと俺の身体は沈んでいく。


 呼吸が出来ない筈なのに、何も苦に思わない。

 その違和感を違和感とは感じずに、俺はゆっくりと目を瞑る。

 どうやら、目や口を動かすことは普通に出来るらしい。


「皆、死んだのか?」


 極普通に、その言葉が俺の口から液体を伝い、耳に届く。

 その問いに返事をするものが居ないと分かっていても、そう言わずには居られない。

 案の定、誰の声も響かないまま、俺の身体は何故か空中に放り出され、そのまま落下して地面に激突する。


 それにも痛みは感じない。

 目を開けて辺りを見回すと、先程の赤ではなく、全てが黒に染まっていた。

 全部が全部真っ黒ではないが、どれだけ明るくても黒ずんだ灰色しか見えない。

 闇の世界。それがここを表すのに一番向いていた。


 それでも狂っていることに変わりなく、俺の体は俺の意思とは正反対に動く。

 そこに、一人の少女が立っていた。


 誰かは言うまでもない。

 俺の大切な、けど血の世界には居なかった彼女。鈴音だ。


「りん、ね?」

『はい。私ですよ、遊夢さん』


 世界が狂っていても、彼女は変わっていない。

 何故か、それだけで安心出来た。それと同時に、やはり、俺がどうしようもないくらいに鈴音を愛している事を実感する。


「なぁ、鈴音。ここは……どこなんだ?」

『貴方の中にある、負の感情が渦巻く世界です。憎しみだったり、殺意だったり、絶望だったり、狂気だったり。他にも様々な感情が、世界そのものを狂わせています』

「そう、か」


 あの後、セティを抱き抱えながら狂うように笑った後に、一体何があったのだろう。

 それを知るには……あの声に、聞くしかない。


「鈴音。俺の中にいる……別人格みたいな奴見なかったか?」

『そうですね。答えを言うのであれば……』


 そう言って、鈴音は微笑みながら俺に近付いてくる。

 彼女の腕が俺に届く距離まで近づくと、鈴音は俺の背中に手を回し、抱き付いてきた。

 それにドキドキしながらも、俺は鈴音を引き離そうとする。


「お、おい鈴音!離れてくれって!?」


 こんなことをするなんて鈴音らしくないが、この世界が俺の精神世界なら納得できる。

 要は、鈴音にそうして貰いたいのだろう。だが、今はそんな状況じゃない。


 しかし鈴音は、俺の声に反して更にねっとりとした、絡み付くような甘い声を出す。


『そんなこと、どうだって良いじゃないですか。ここがどこでも、壊れていても、狂っていても、誰も居なくても。私は、貴方が居るだけで幸せですよ?だから、ここに居ましょう。ずっと、ずっとずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーっと、一緒に居ましょう。だって、外に行けば、私は……ただの、死人ですから』

「鈴音……」


 これが俺の妄想だとしても、この鈴音の言っている事は半分正しい。

 ここにいる限り、俺は鈴音を愛せるし、鈴音も俺を愛してくれる。


 だが、外に出ればどうだ?

 邪神を殺さなければ鈴音は死んだままだし、仮に鈴音を生き返らせたとしても、彼女が俺を見てくれる保証はない。


 だったら、ここにいた方が……幸せで居られる。


 ───全部、忘れよう。

 あの美しい景色も、俺を信頼してくれた仲間も、鈴音の死も、誓った事も、全て。


「鈴音、俺は──────」


 ──────それで、いいのか?


 誰かが呟く。その正体は分からぬまま、俺の意識は闇に沈んでいった。


 ---------------


 横に開く不思議な扉を開けると、私は一歩退き、ユートに先へ行くよう促した。

 彼は小声で「ありがとう」と言ってから、家の中に入っていく。

 少しして、アグニの悲鳴が聞こえてきた。


 ユウムは気絶してるし、私たちも服がボロボロだ。何かあったことを察するには十分過ぎる。


「ルー君、これ、どういう……!?」

「お、落ち着いてよ、アグニさん……」


 そんなアグニを宥めながら、ユートはユウムを部屋に運ぶ。私は、何故か不安を感じながらそれを見守った。



 ユートが部屋に入ると、アグニが私の肩を掴み、問いかけてくる。


「何が、あったの?」

「······それ、は」


 隠すことでもなかったので、全てを正直に話した。

 魔族が出現したこと、ボロボロに敗れたこと、私の腕が切り落とされたこと、それが何故か治っていたことに、白髪のユウムのこと。

 話せることは、全て話した。


 それらを聞いたアグニは、直ぐにユウムが運ばれた部屋へと駆け出した。

 恐らく、ユウムが心配でならないのだろう。

 私も行こうとしたが、その前にトーラにもこの事を言っておくべきだと思い、彼女を探す。


 別の部屋で、トーラを見つけた。彼女はまだ、魔族の様子を診ている。

 私の足音に気付いたのだろう。彼女は私の方を向いて、軽く礼をしてきた。


「あ、お帰りなさい」

「···ただいま。······ちょっと、いい?」

「え、えぇ。どうぞ」


 トーラの了解も得たので、私は魔族に歩み寄って《治癒(ヒール)》をかける。

 すると、みるみる傷が塞がっていった。

 恐らく、この少女もあの男の魔族に傷つけられたのだろう。だから、さっきまで治療が出来なかった。

 そう考えれば、今傷が治っているのも納得出来る。あの魔族は、死んだのだから。


「え、傷が……!?」


 トーラが驚いているが、私は返事をせずに立ち上がる。

 あの魔族のことを思い出すことで、私が受けた傷も思い出してしまった。

 あの痛みを、どうしようもなかった絶望を思い出して身震いしてしまう。


「だ、大丈夫ですか!?」

「···大丈夫」


 思わずあの時断ち斬られたはずの右腕を抱える。

 当然私の腕は繋がっていて、痛みも全くない。

 次に、自分の頬を触る。

 やはりそこにも傷や痣らしきものはなかった。


(······異常)

 幾ら回復魔法と言えど、千切れた腕を戻すことは不可能だ。

 それこそ、神やそれに近い存在でなければ。

 だというのに、私の腕は繋がっている。


 訳が、分からない。


『───まぁ、回復じゃないしな』

「···っ!?······誰!?」


 頭の中に、ユウムのものらしき声が響く。

 だけどその声から感じるのは、紛れもなく異常な感情だった。


 でも、なんでそれが私の頭に響くのか、分からない。

 ふとトーラを見ると、こちらの顔色を伺っていた。


「あの……どうかしましたか?」

「·········何でも、ない」


 少なくとも、トーラはこの声を聞いていないらしい。私は何でもないふうを装うと、ユウムが居る部屋に向かって歩き出した。


 ---------------


 意識は確かに暗転したが、俺はこの世界から脱出できずに、また別の場所へと来てしまっていた。

 次に来たのは、最早お馴染みと化しつつある『輪廻の森』と前世が融合した世界だ。

 しかし、見慣れた光景に一つだけ、見慣れない影があった。

 それに近付くと、電流が走るかのように頭が痛む。まるで、近付くなと警告されているかのように。


 それでも俺は歩き続ける。それしか、出来ることがないから。


 そして、鮮明に見えたその影は、とある記憶を思い出すトリガーとなる。

 その影が何者かを理解した瞬間に、頭痛が更に強くなる。


 周りの音が聞こえないぐらいに大きいノイズ音が俺の耳に響く。そもそもここに音なんてものは発生していないのだが、それはどうでもいい。


「……お前、は」


 知っている。俺はソイツを知っている。

 忘れる事なんて出来やしない。何故ならソイツは、鈴音を、一方的に殺した(・・・・・・)のだから。


 それと同時に全てを思い出す。

 鈴音はあの魔族に勝てなかったこと、俺が狂ったこと、魔族を殺したこと、記憶が改竄されたこと。


 それだけではない。ついさっきの出来事だって、鮮明に思い出す。

 血溜まりで笑い続ける俺、勝手に紡いだ【狂人化】という【スキル】、そいつが俺の体を使って魔族を殺したこと。


 記憶を取り戻して少し混乱している俺に、声が投げ掛けられる。

 出所は……鈴音を殺した魔族に扮した『俺』だ。


『思い出したか?遊夢』

「お前、は……」

『言わなくても分かるだろ?俺はお前でお前は俺だ。ただ、どっちが狂ってるかっていう所しか変わらない』


『俺』は自然な動作でその場に座り、話し始める。

 俺は頭痛に耐えながら『俺』の話を聞いた。


『まぁそんなことはどうでもいい。俺はただ、取引をしにきただけだ』

「取引?」


 別人格とは言え、自分自身に取引をする必要があるのだろうか?

 そう思う俺をよそに、『俺』は勝手に話す。


 そしてその内容は、俺の心を揺るがすには十分なものだった。

 何故なら──────、


『簡単な話だ。お前は弱い。だから、これから仲間を守ることなんて出来やしない。それは俺が代わってやる。仲間を守って邪神を殺し、鈴音を生き返らせてみせる。そしてお前は、この世界で永遠に幸せになってろ。

 つまりだ、『青原遊夢』という存在の主権を、俺に寄越せ』


 それは、仲間と自分を天秤にかけるものだったのだから。

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