37話 【スキル】では届かぬ距離
ユウムに投げ渡されたユートをその場に寝かせたあと、セティは治療を始めた。
その間、ユウムは魔族と戦い、エストレアは他の魔物が来ないか警戒しながら援護射撃する機会を伺っていた。
「···《治癒》、《治癒》!······治ら、ない?」
「……う」
その間にユートの傷が治り、前線に復帰───することは無かった。
何故か、ユートの傷が全く治らないのである。
幾ら《治癒》を使おうと、傷が塞がらない。このままでは、ユートは出血多量で気絶し、最悪死んでしまうかもしれない。
どうすれば良いか分からずに悩んでいると、ユウムが粉塵爆発を発生させた。
土煙に火が付き、広がっていく。
それは周りの魔力を糧にして、更にその火力を増していった。
「……っ!?」
そう息を飲んだのは、誰だったか。
その一瞬の間にも、勝負は動いた。
ユウムは《電光石火》を起動して、魔族に追撃を仕掛けるべく突っ込んでいく。
しかし、彼は逆に吹き飛ばされてしまい、最後に《闇の槌》で意識を叩き潰された。
「······ユウム!?」
セティの口から、今まで出たことのないような悲鳴が放たれる。
しかしユウムはピクリとも反応せず、地面に倒れているままだ。
ユウムを倒した魔族は気絶した彼に目もくれず、その瞳にセティとエストレアを映した。
「次は、女共か」
「…っ!?《ウィンド》!」
魔族を近付けまいと、エストレアは魔法を発動させる。
《ウィンド》に《マッド》、《風切》に《土の槍》などなど、撃てる物は全て撃ち、出せる力は全て出した。
それでも魔族は、止まらない。
「小賢しい!《闇の剣》!」
魔族は両腕に闇の剣を作り出し、エストレアの魔法を全て切り裂いていく。
【絶魔砲】が発動しているにも関わらず、エストレアの魔法は魔族の進行速度を遅らせることしか出来なかった。
それが、地力の差である。
距離は徐々に縮まっていき、遂に魔族の剣が、エストレアを射程範囲内に捉えた。
「……取った!」
「不味っ!?」
そして、エストレアの首を魔族の剣が跳ねとばす、その瞬間に───、
「なっ!?」
何者かが、魔族の右腕を切り飛ばした。
魔族の操作から切り離された腕は、外部からの力に従って後方に飛び、力なく地面に落ちる。
魔族は、その力の出所を強く睨み付けた。
「貴様、何故立っている?小僧!」
そこには、傷が治っているユートが居た。
彼は剣を持ち、魔族に向かって宣言した。
「僕に、君の【スキル】は通じないよ!」
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肉を抉られた腕が悲鳴を上げる。
ユウム君に投げられてから、セティさんの治療を受けてるけど、傷が治る気配はない。
「···《治癒》、《治癒》!······治ら、ない?」
「······う」
セティさんが何回も魔法を発動させるけど、それが僕の傷を塞ぐことはない。
今も変わらず、血を垂れ流し続けていた。
爆発が起こった直ぐ後に、ユウム君が吹き飛ばされて気絶してしまう。
(くそっ!動け、動いてよ!)
それを見た僕は更なる危機感に襲われて、必死に腕を動かそうとする。
でも、腕がピクリと動くだけで激痛が走り、上手く動かせない。
今はエストレアさんが足留めしてるけど、それも長くは続かない。
この状況、絶望を理解した僕は、とある事を思った。
───理不尽だ。
ただの日常の一ページ。それが、壊されていく。
これを理不尽と言わずに、何と言うのだろう?
少なくとも僕には、この状況全てが理不尽に思えてならない。
魔族が現れたことも、傷が塞がらないことも、エストレアさんが、殺されそうな事も。全部、全部全部理不尽なんだ。
だから、断ち切らないと。他でもない、この僕が。
数日前、あの女の人が出てきた時を思い出す。
あの時は、ただ無我夢中で腕を振った。でも、それでは駄目だ。
僕の中にある、この呪いを───斬る。
それを意識した瞬間、僕の魂に絡み付いていた何かが、千切れた。
それが何なのかを理解した僕は、セティさんに治療を要求する。
「セティさん、《治癒》お願い」
「······?···《治癒》······傷が、治ってる!?」
魔族の【スキル】であろう効果を断ち切ったなら、治療が出来る。
その目論見は的中したようで、僕の傷がみるみる塞がっていく。
剣を持てるようになった僕は、理不尽と、【絶対斬り】を意識しながら剣を振り下ろした。
斬撃が衝撃波へと姿を変え、魔族の腕を斬り飛ばす。
魔族の腕はエストレアさんに触れずに、後方へと飛んでいく。それを僕がやったのだと理解した魔族は、僕を睨み付けてきた。
「貴様、何故立っている?小僧!」
その瞳には、不可解や怒り、それにまだ残っている慢心なんかもあった。
だけど、それが一体何だと言うんだろう。僕は、皆を守る為に彼と戦う。それだけだ。
「僕に、君の【スキル】は通じないよ!」
「糞がっ……!」
僕の言葉を聞いた魔族は、小さく舌打ちした。
その僅かな瞬間に、僕はユウム君へ向けて【絶対斬り】を発動。魔族の【スキル】を解除する。
「セティさん、お願い」
「······分かった」
目だけでセティさんを見て、一言で伝える。
それが上手く伝わったのか、彼女は魔族に注意しながらゆっくりと移動を始めた。
「……まぁ、乗ってやるか。先に貴様を殺さなければ、後々面倒になりそうだ」
「うん。……来なよ」
剣を地面に刺して、片腕で彼を挑発する。
それに乗ってくれたのか、彼は僕に向かって突進してきた。
今、この状況はある意味計算通りだ。だから、【絶対斬り】は使えない。
僕に出来ることは、この剣を振ることと、なけなしの身体強化だ。
でも、魔族だって片腕がない。充分に、勝てるシチュエーションだ。
「《闇の槌》!」
「くっ!?」
魔族は僕に急接近し、《闇の槌》で殴りかかってくる。
片腕がないせいか、走りにくそうだ。でも、それで油断なんてしない。
僕はハンマーを受けずに避けると、魔族の横腹目掛けて剣を振り抜いた。
片腕がない魔族には、この剣撃を防ぐ手はない。彼はギリギリの所で体を仰け反らせ、何とか僕の剣を回避する。
そこで、僕は追撃せずにバックステップ。魔族の行動を観察すると同時に、エストレアさんが魔法を撃ちやすくなるようにした。
一瞬遅れて、夥しい数の風と土が魔族に殺到する。
それを知覚した魔族は小さく舌打ちしてから、羽を広げて空を飛び回った。
「くそっ!人間風情が、調子に乗るな!」
宣言と共に、幾つもの闇が僕らに降りかかってくる。
それは剣だったり、槍だったり、槌だったりと様々だ。
それと同時に、その闇はどこまでも強力だった。僕はおろか、エストレアさんにも相殺不可能らしい。
僕とエストレアさんは、攻撃を止めて逃げ回った。
真っ直ぐ飛んでくる槍を紙一重でかわすと、今度は剣が上から迫ってくる。それを剣で受け流して凌ぐと同時に、左右から槌が僕を押し潰さんと迫ってきた。
それを前に飛び込んで回避。魔族を攻撃したいと思うが、相手は空を飛んでいるため、僕には何も出来ない。
だから、僕は待った。エストレアさんが魔法を放ち、あの魔族を撃ち落とすのを。
しかし、待てども待てども援護射撃は始まらない。
不思議に思い、僕は横目でエストレアさんの安否を確認した。
その瞬間、絶句する。
「……なっ!?」
目に入ったのは、ただの赤い色。彼女を中心としたその赤い水溜まりは、徐々にその範囲を広げていく。
エストレアさんは、体を貫かれた状態で、力なく地面に倒れていた。
「エストレアさん!?」
「余所見か?小僧」
その事実に衝撃を受けた僕は、あろうことか魔族から視線を外してエストレアさんに駆け寄った。
最も警戒しなければならない相手から、僕は背を向けてしまった。
しまった、と思う頃にはもう遅い。
魔族は後ろから、僕の両足を切り裂いた。
「うあ!?」
走る時に足を伝う衝撃に耐えられず、僕はその場に倒れ込む。
立ち上がろうとするが、足が動かない。腕を使って体を起こすことは出来るけど、それだけだ。もう戦うことは出来ない。
「抵抗出来ないようだな?」
「……この!…ぐぁ!?」
魔族が僕の首を掴み、持ち上げる。
ギリギリと首が締まって、意識がだんだん遠退いてきた。視界が明暗を繰り返し、ボヤけていく。
もう、意識を失う。
そう思った瞬間、僕の体は宙を舞い、魔族に蹴り飛ばされた。
どう足掻いても攻撃が届かない距離まで吹き飛ばされ、僕の意識は完全に黒く染まった。
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『よ、遊夢。やっと起きたか?』
「……ここは?お前は、誰だ?」
見覚えのある、現代日本と『輪廻の森』が混じった空間で、俺は目を覚ました。
目の前には、『俺』らしきシルエットが立っている。しかし、【獣人化】の時とは違い、その態度は気さくと言う他無かった。
……だが、不思議とそこまでの違和感は感じない。
ある意味異質かもしれない目の前の『俺』に、俺は出会ったことがあるのだろうか?
『俺は…そうだな。取りあえずは【■人化】とでも名乗っておくか』
「……?」
今、最初の一言が聞こえなかったのだが。
それを指摘しようとしたが、『俺』がそのまま話を続けようとしたので、黙る。
『それよりも、だ。遊夢、お前はさっきまで何をしていた?』
「何って……」
確か、魔族と戦っていた筈だ。
ユートが腕を斬られたので、セティに向けてユートを投げたり、粉塵爆発を起こしたりしたのを覚えている。
そして、追撃を仕掛けようとして──────反撃されて倒れたのだ。
「皆が、危ない!?」
『まぁまぁ落ち着けって』
その事実に行き着いたので、俺は叫ぶ。が、『俺』に宥められてしまった。
仕方なく、その場に座る。出口がないのだからどっちにしても脱出は不可能だ。
それに倣ったのか、『俺』もその場に座った。そして、話を続ける。
『お前は、弱い。だから鈴音も守れなかったし、今も仲間を失おうとしている』
「……」
悲しいが、事実だ。
俺がもっと強ければ、こうはならなかったのだから。
今、皆は少なからず危険な状況になっているだろうし、鈴音だって、俺がマトモに加勢出来る程度の強さだったら死ななかった。
『だから、俺と替われ』
「…は?何言って………っ!?」
周囲を見渡すと、黒い影が俺に迫ってきていた。
どうやら、この空間そのものが『俺』の支配下にあるらしい。
そんな事に感心している余裕はない。俺はこの影が危険な物であると判断すると、それを消すべく【妖人化】を起動した。
「【妖人化】!《雷の剣》!」
両手に雷の剣を展開し、そのまま回転。
こちらに迫る影を切り払う。
それを見た『俺』は、俺の行動を楽しむかのように笑い、俺の前から姿を消す。
『後悔しても、知らないぞ?』
最後に、そう言い残して。
そして、俺の意識がまた消えていく。恐らく、眠りから目覚めるのだろう。
それを期待しながら、俺は目を瞑った。
俺の心が壊れるまで、後数分。




