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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
36/125

35話 ユウムの殺意

 殺せ。

 その女は魔族だ。人間の敵だ。邪神の眷族だ。鈴音を殺した奴と同類だ。慈悲をかける必要は、ない。


 俺の中で、異常な殺意が渦巻く。

 俺は少女に向かって一歩踏み出して──────腕をユートに掴まれた。


「待ってユウム君。その子を、どうするつもり?」

「何言って……な!?」


 ユートに指摘されて、俺の手が剣に添えられていることに気が付いた。

 もしユートの制止が無ければ、俺は少女に歩み寄って彼女を切り裂いていただろう。

 そんな無意識の殺意に、俺は身震いした。


「……助け、て」

「ナチュル、どうする?」


 少女がまたもや助けを求めた。それは皆にも聞こえているようで、皆の視線が少女に向く。

 その中でただ一人、俺は視線を外していた。

 今度少女を直視して、殺意を抑えられるか不安だったのである。


 ラックの呼びかけに対して、ナチュルは微妙な表情で返事をした。


「…分からない。魔族は人間の敵だからな。放っておけば敵対するかもしれない」

「でも!この子は今傷だらけだよ!?」


 ユートが声を荒げる。エストレアやセティも声こそ出していなかったが、ユートに同意見であることがその表情から伺えた。

 ラックはナチュルの意見に頷きで同意を示している。

 アグニはどちらとも言えない表情だったが、自分の意見を伝えるべく口を開いた。


「私の知ってる魔族は、残忍だよ。楽しむだけのために村人を殺したりしたし、異を唱えれば仲間だって殺すような連中さ。だから、この子は助けても良いんじゃないかな?きっと、仲間に殺されかけた子だと思うから」

「どうしてそう思うんだ?」


 俺は出来るだけ少女を視界に入れないように気を付けながら、アグニに問いかけた。

 そんな俺の問いに、アグニは笑顔を浮かべて一言。


「女の勘だよ」


 俺は少し頭を押さえた。

 そして、恐る恐る少女を見る。

 視線の先には、ボロボロになった少女の姿がある。

 服は穴と泥だらけだし、右腕からは血が流れている。背中から生えている小さな、本当に小さな羽と先端が矢じりのようになっている黒い尻尾が無ければ、普通の少女だ。


 でも、そんな彼女にも俺は殺意を向けてしまう。それを抑えたくて、俺は少女から目を放した。

 頭の中で、声が響く。声の主は誰なのだろうか?


『逆らわなくても良いんだぞ?お前はそれを望んでる』

(くそっ!誰なんだ、お前は!?)

『俺か?俺は──の──────』


 聞き返した瞬間、ノイズのような音が頭に響く。

 その不快感が酷くて、俺はその場に座り込んだ。この行動に、デジャブを感じる。


 座り込んでも不快感は止まずに、俺の精神を蝕んできた。

 体中から汗が流れて、息が荒くなる。壁を殴り付けるが、痛みも襲ってこなかった。


「……あ、が」


 俺の中にある何かが広がる。それと同時に俺の視界が暗くなっていき、意識を失った。


 ---------------


「ユウ君!?」


 ユウムが地面に倒れたことを、アグニがいち早く察知した。アグニはユウムを抱き上げて声をかけ続ける。しかし、ユウムが返事をすることは無かった。

 別に死んでいるわけではない。ただ気絶しているだけだ。

 それでも、アグニは不安だった。魔族の少女を発見してから、どうもユウムの様子がおかしかったからである。

 訳もなく、ユウムが少女に斬りかかるはずがない。少なくとも、アグニはそう思っていた。


「皆!ユウ君が……」

「······大丈夫。···気絶、してるだけ」


 セティはユウムの状態を正確に診断するが、その表情は険しかった。

 セティは、ユウムが何か異常を抱えていることに気付いているのである。具体的なことを知っているわけではないが、ユウムに何かあったことだけは、彼の鈴を見ることで気付いていた。


 ──────もしかして、トラウマ?


 セティはそう思ったが、口には出せなかった。

 それが本当かも分からない上、本当にトラウマだったとすれば尚更、本人の許可なしに語る訳にはいかないからだ。


「あーもう!この女の子といいユウムといい、何でこんな普通の任務で問題ばっか起きるのよ!?」


 苛立ちからかパニックからか、エストレアも叫んだ。

 今この場で冷静なのは、ナチュルとラックだけだ。ユートは訳が分からずに茫然としている。


「取り敢えず、この女を回収して引き上げるぞ」

「……あぁ。その方が良いだろうな」


 ラックとナチュルはユートたちの腕を引っ張り、『鉱石の魔窟』から出ていった。


 ---------------


「………く」


 目が覚めると同時に、ここが家、それも俺の部屋であることが分かった。

 辺りを見回すと、セティが毛布にくるまっている姿が目に入る。

 俺は二段ベッドから降りてセティの姿をもっと近くで見る。もし、寝ているのではなく倒れているなら大問題だ。

 しかし、その心配は杞憂に終わる。セティは寒そうに体を丸め、毛布を肩まで被っていた。

 それを見た俺はもう一度ベッドに登って俺が着ていた毛布を回収。それをセティに被せた。風邪を引かれると困る。


「看病、しててくれたのか?」


 そう呟くと同時に、闘技場での出来事を思い出す。

 あの時は寝顔を見てしまったりアグニに告白されたりで結構騒がしかったが、今回はそうならなさそうだ。

 その事に少し安堵しながら、俺は何となく一段目のベッドを見た。

 その瞬間、俺の中に電流が走る。


「う!?……落ち着け、落ち着け」


 ベッドに寝ていたのは、あの魔族の少女だった。

 体の中で膨れ上がる殺意を抑えながらも、俺は少女を観察した。


 傷だらけであることは変わっておらず、服は着替えさせられている。

 髪形は黒色のツインテールで、褐色肌だ。か弱そうな細身の体に不釣り合いなくらい成熟した胸も付いている。

 どう見ても、可愛らしい美少女だった。


 だと言うのに、俺は彼女に殺意を抱く。その理由が分からない。

 魔族だから、なのだろうか?


「考えても、仕方ないな」


 そう思った俺はそっと部屋から出ていく。

 少し、外の空気が吸いたかった。


 ---------------


「マリア嬢、リエイト。入っていいか?」

「ラックか……良いよー」


 魔族の事を相談しようとした俺は、神殿までやってきた。

 ノックすると、リエイトの返事が聞こえてくる。

 俺は勢いよく扉を開けて、目の前に居る二柱の神に手を上げて、「よっ」と挨拶する。

 それを見たマリア嬢は小さく溜め息を吐き、リエイトは同じように挨拶に応じた。


『貴方ぐらいですよ?人間で私に敬意をはらわないのは』

「気にするな。心の中ではちゃんと敬ってる。それよりも、だ。報告がある」


 マリアの不満を受け流してから、俺は言葉を続けた。

 報告と言う言葉を聞いて、マリアの顔が少し引き締まる。リエイトはと言えば……相変わらずヘラヘラ笑っていた。


『それで、報告とはなんですか?』

「単刀直入に言おう。『鉱石の魔窟』にて、魔族の少女を発見した。身長は目測で145cm程で細身の体。胸はそれなりに大きく、髪形は黒のツインテールで褐色肌だ。背中には飾りのように小さな羽があり、先端が矢じりにようになっている尻尾が生えている。発見した当初は傷だらけだったので、『アザーファル』の家にて保護した」

『魔族、ですか』


 ざっと報告を済ませると、マリア嬢の顔が少し曇った。

 リエイトも少しだけ、微妙な表情を浮かべる。


「何が目的なのかな?」

「まだ分からん。目覚めてないからな。奴の負傷は、切り傷擦り傷に打撲多数。何かの魔法が直撃したのか、片腕がボロボロだったな」


 そんなにまじまじとは見つめていないので何とも言えないが、誰かに襲われたと見るのが普通だろう。

 その誰かだが………。


『どうせ貴方の事ですから、心当たりはあるのですよね?』

「当然だ。奴は恐らく、裏切り者だ。大方組織に嫌気が差して逃げたんだろう。それを元仲間の魔族に追われて、負傷。最近あった崖崩れもその魔族が起こしたと考えれば納得だ」

「何で裏切りだって思ったのかな?」

「泣いていた。それだけで十分だ。本来魔族は戦いで涙を流すことはない。それは魔族という種族の根幹に他種族よりも強力な戦闘意欲があるからだ。だから、痛みで泣くのではなく、悲しみで泣いたと思える。魔族と他種族の仲が険悪なのは全ての人類が承知済みだ。ならば………」

「同種族、それも相当仲が良かった人に殺されかけた。そう考えるのが自然ってこと?」

「まぁな。それが合ってるかは知らん」


『鉱石の魔窟』での光景を思い浮かべながら、俺は俺の考えを述べた。

 それを二人は感心したように聞いている。この程度の憶測なら、誰にでも出来る筈なのだが。


「って言うかさ、ラックは何でそんなにその子を見てたの?もしかして何か良からぬ事を……」

「態々変態のような演技をする必要はないぞ。そうだな………」


 効果のないからかいをしてくるリエイトを軽く受け流して、その答えをどう言うべきか考える。

 だが、幾ら考えても具体的な理由は思い付かなかったので、あの時感じたことをそのまま言うことにした


「何となくだが、奴が原因で何か起こる気がした。それだけだ」


 ---------------


 次の日から、俺たちは当番制で魔族の面倒を見ることになった。

 最初はアグニである。その次にユート、エストレア、俺、セティの順番だ。


 そのことに対して、アグニとセティは俺を心配していてくれたが、皆がやって俺がやらない訳にもいかない。

 俺は「大丈夫だ」と嘘を吐いた。


 さて、何故面倒を全員で見ずに当番制にしたのか?

 それは、残ったメンバーで依頼を受けて金を稼いで治療薬などを買うためである。

 あの魔族には、何故かセティの《治癒(ヒール)》が効かなかったのだ。

 だったら、それ以外の方法で治すしかない。


「……『グランドフォレスト』の魔物討伐、か」


『グランドフォレスト』などど大層な名前が付いているが、要は王都近くの森のことである。

 前にナチュルと修業した草原。その奥にあった森が『グランドフォレスト』だそうだ。

 出現魔物は……ゴブリンやマナウルフなど、『鉱石の魔窟』に出てきた魔物と大差ない。


「行ってらっしゃい、皆。……気を付けてね」

「あ、ユート君。防具が少しずれてますよ?」


 アグニが俺をチラリと見てからそう言って、トーラはユートの乱れた防具を直していた。

 ……「ネクタイずれてますよ」みたいな軽い感じで防具を直しても良いものなのだろうか?どっちにしても、ユートとトーラが若干新婚夫婦に見えてしまった。やはり、そこも前世の知識が影響していて、この世界では普通のことなのかもしれない。


「ちょ、トーラさん!?恥ずかしいって!?」

「動かないで下さい………はい、出来ました。皆さん、どうかお気をつけて」


 その言葉に思い思いの返事をして、俺たちは出ていった。

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