29話 仕返し
「……っていう訳で、あの女が出現したんだが…」
「……で、何がどうなってあんたはセティを押し倒したの?説明しなさい」
「一体何をしたのかな?ユウ君?」
「呪ワセロォォオオ、恐怖ヲヨコセェェエエ…ムググ……」
エストレアに正座させられたあと、俺の目の前ではエストレアとアグニが仁王立ちで俺たちに詰め寄ってきた。その時にまた女性が騒ごうとしたが、それはエストレアが女性の口を《マッド》で押さえ込むことで黙らせた。……うん、地味に恐い。
「えーと、だからな……」
だから、俺は語り始めた。といっても、そんなに複雑なことじゃないのだが……。
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俺が女性を《サンダー》で貫くと、女性は少し吹き飛ばされてから倒れこむ。俺はそれを見ても警戒心は解かずに、無言のままセティの傍まで近付いた。
そして改めて女性を観察すると、俺が貫いた穴からは血ではなく、黒い霧のようなものが吹き出ているのが確認出来る。少なくとも、彼女は人間ではないことが確認出来た。
「···ユウム?」
「セティ、気を付けろ。まだ、終わってない」
「······どういう、こと?」
セティは訳が分からないという顔をするが、それを放置して、俺はもう一度女性を見る。
女性はよろよろと立ち上がると、先程のように突進……はしてこずに、ひたすら俺とセティを見つめていた。
それに対して警戒心を高めていると、女性が動き出した。
「オトコ、ジャクテン、オンナ……」
「っ!?セティ!」
「······何···きゃっ!?」
何か嫌な予感がした俺はセティを押し倒すことでそれを回避する。その瞬間、俺の背中を何かが掠めていった。
その力を感じとった俺は身震いしながらも、起き上がろうと手に力を入れて……セティの顔が真っ赤に染まっていることに気付くと同時に、何か柔らかい物を掴んでいることに気づく。
それは、セティの小さな、けど柔らかい胸で……。
「わ、わざとじゃないんだ!」
「······分かったから······ユウム、どい、て」
その触ったことのないような柔らかさを右手に感じつつも、俺はセティに謝罪する。
セティは目を見開いて、顔を真っ赤にしながらも、ちゃんと俺を見て返事をしてきた。それが、その雰囲気的な何かが、アレの前兆のように思えて……。
激しい理性と本能が戦いを繰り広げているなか、その声は響いてきた。
「取り敢えず、ユートとユウム、正座しなさい!!」
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「……と、言うわけで」
「…《マッド》」
「痛たたたたたっ!!?」
一通り話すと、エストレアが冷たい目をしながら《マッド》を事象具現化で発動。その重しを正座してる俺の太股に乗せてきた。……凄く、重いです。いや、冗談抜きで。
俺が痛みに悶えていると、エストレアがいい笑顔をしながら話しかけてきた。それが、物凄く恐ろしく見える。
「じゃあ何?あんたはあの変な女を止められなかっただけじゃなく、セティの胸を揉んで楽しんでたってわけ?ふーん……」
「ち、違っ!?」
「·········っ!?」
俺は反射的に違うと否定する。しかし、本当に、客観的に見れば見るほど、強ち間違っていない。
俺がそのことに対して罪悪感を感じていると、エストレアが俺を見下ろしながら口を開いた。
「……で、セティ。こいつどうする?」
「·········解放、してあげて」
「分かったわ。セティに免じて許してあげる」
そう言うと同時に、俺の上に乗っている《マッド》が消える。俺は直ぐに立ち上がってセティに謝りに行こうとするが、足が痺れて思うように動けない。
周りを見ると、ユートは普通に立ち上がってトーラの下に向かっていて、あの女性はエストレアに正座させられていた。勿論体を縛ったうえで、だが。
「······ユウム?」
「あ、セティか。いや、足が痺れて……」
「······」
さっきとは違う、至って普通の顔をしているセティを見て、俺は正直に自分の足の状態を告げる。それを聞くと、セティは俺の足を見て、そのあとにセティ自身の胸を見る。
触ってしまったことを思い出して目を逸らしていると、突然、足に痛みが走った。
「─────────!!?」
「···お返し?」
その犯人は、セティだった。彼女は俺の足、しかも一番痺れている部位をピンポイントでマッサージしてきたのだ。当然、急に痺れた足に触れられれば痛みが走るのも当然で、俺は思わず声にならない悲鳴を上げる。
お返しとは、胸を触ってしまったことへの仕返しということだろうか?ならば仕方ないと、俺はそれを甘んじて受け入れることにした。
そのまま足を弄られ続けていると、次第に足の痺れが収まり、マッサージが気持ち良く思えてきた。
……そう、気持ち良いのだ。これじゃあ仕返しにならない気もするのだが、一所懸命やっているセティを見ると、それを伝えるのも憚られる。どうすることも出来ずにそのまま居ると、段々と眠気が襲ってきた。
(あー、段々眠く……)
思えば、馬車の中で俺だけが寝ていないのだ。ならば、良いだろう。
そう思って、俺は意識を手放す事にした。
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(ユウム君寝てるし……)
エストレアさんに怒られて、トーラさんへの謝罪も一通り終わった僕は、ユウム君とセティさんを見て少し呆れた。さっきの騒ぎが、一体どう転じればマッサージへと繋がるのだろうか?という感じである。
まぁ、仲が悪くなるよりはずっと良いんだけどさ。
「何かあそこだけ空気が違うよね」
きっとお互いに意識なんてしてないんだろうけど。セティさんはそんなに話さないから性格とか掴みにくいし、ユウム君は何時も良く分からない事の中心にいる気がするし。リエイトちゃんとの勝負でも、アグニさんとの決闘でも、盗賊団でもそうだった気がする。
そんな二人だから、あんな空気になるのかなぁ、と自己分析してみる。
「ユート君?どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ」
そんなことをしていると、トーラさんが話しかけてきた。なので僕はユウム君たちから目を逸らして、トーラさんを見る。彼女は何か思い付いたような目で、僕を見ていた。
それに対して僕は嫌な予感を感じながらも彼女に問いかける。
「ど、どうしたの?」
「マッサージ、されたいですか?」
「…ま、まぁ、されたことはないから、気にはなるかな?」
「じゃあ、してあげますから、そこに座って下さい!」
「え、あ、うん……」
何故だろう?僕は悪いことしかしていないのに、マッサージをされることになった。自分でのストレッチとかは数えきれないくらいやってるけど、他人からはされたことないよなぁなんてどうでもいいことを考えながら、僕はトーラさん指示に従い、その場に座る。
「い、行きますよ」
「うん」
暫くして、僕の肩にトーラさんの手が乗り、そのまま僕の肩を揉み始める。少しすると無性に首を動かしたくなり、左右に首を振ると、ゴキゴキと大きな音が鳴った。
「うわ!?」
「凄く、大きい音でしたね」
自分でも予想外なその音に驚いていると、トーラさんの手に力が加えられる。それが思いの外気持ち良くて、思わず声が洩れた。
「はぁ~。気持ち良いね」
「ふふっ。そう言ってくれると嬉しいです」
「……あんたたちも何やってるのよ…」
「「わっ!?」」
トーラさんと話していると急に後ろから声をかけられて、僕とトーラさんは変な声を上げる。振り返ろうとするが、その前にエストレアさんが僕の前まで来てくれた。その顔を一言で表すなら、呆れだね。
「い、いや、トーラさんがマッサージしてくれるっていうから」
「あ、後で擽ろうと思いまして……」
「え!?そうなの!?」
「……まぁ、それは良いわ。アタシが聞きたいのは、どうやって壁を壊したっていうことよ。ユウムの言葉を聞く限り、あんたが壁を壊したみたいだしね」
「え!?ユート、君が……まさかそんなに覗き…」
「違うから!それは違うから!?」
エストレアさんの言葉を聞いて、トーラさんが驚いたように僕を見る。どうやら僕が計画的に壁を壊したと思っているらしい。
実際はそんなことはないので慌てて否定してから、真剣にその原因を考え始めることにした。まず、僕が腕を振って、そこから衝撃波みたいなのが出て……あ。
心当たりが出来たので、僕はそれを話すことにする。
「もしかしたら、【絶対斬り】かも」
「…確かそれって、自分が理不尽に思わないと発動しないんじゃないの?」
「だって考えてみてよ。クローゼットを開けたらそこから自分のトラウマが出てくるなんて、理不尽だと思わない?」
「確かに、そうね」
「あ、あの、どういうことでしょうか?」
「あ、あー、そう言えば……」
僕の話を聞いて、エストレアさんは納得し、トーラさんは疑問をぶつけてくる。
そう言えば、トーラさんには【スキル】について説明していなかったな。なので僕の口から、僕の【スキル】について説明することにした。
「………っていう感じかな?」
「えーと、つまりユート君は、白い和服を着た長い黒髪の女性が苦手ということですか?」
「そこなの!?」
「あ、心配しなくても【スキル】については理解出来てますよ?ありがとうございますね」
「うん、どういたしまして」
一応、【スキル】については分かって貰えたらしい。トーラさんは僕に笑顔でお礼を言ってきた。
そしてその後に、僕の後ろに来てまた肩を揉み始める。
「あ~、気持ち……あはははっ!?く、くすぐったいよ!?」
「ここですか?ユート君?」
「な、なんでこんな…….!!」
それだけには留まらずに、トーラさんは僕の体を弄り、こそばしに来た。それに笑い声を上げていると、エストレアさんの呆れたような声と、トーラさんの囁く声が同時に聞こえてきた。
「はぁ~、なんでイチャついてるのかしら?」
「何でって、お返し、ですよ」
「エストレアさん、助けて!」
「あー、あー、聞こえない」
「そんなっ!?」
いや、確かに悪いことをしたのは僕だけどさ。兎に角、僕はこのままトーラさんに弄られる羽目になった。




